15.出発
嵐みたいな夜が、まるで嘘だったかのように、ひとつの曇りのない空が、私を見下ろしている。
雨に洗われた、みずみずしい空気を胸いっぱいに吸い込んで、今日こそ翔太とちゃんと向き合おうと心に決めた。
「実花ちゃん、本当に可愛い!! お兄ちゃん、実花ちゃんの事奪い返したくなっちゃうでしょ??」
ふふふとユミが駿の顔を見る。
昨夜ユミから受けたレクチャー通りに朝自分でメイクをした。
プレゼントでもらった女の子らしい白いワンピースで身を包み、裾が柔らかな風に揺れる。
長くなった睫の横顔を見つめる駿が、思わず本音をポロリと零した。
「あぁ……、綺麗だ、実花ちゃん……」
自分の口から出てしまった言葉にハッとして、
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
慌てて取り繕う。
「お兄ちゃん!!」
ユミは突っ込みながら、私と顔を見合わせ笑いあった。
「ユミ先輩、駿先輩……。本当にありがとうございました。こんなに楽しかったの久しぶりで……。またしばらく元気でいられそう!」
素直に嬉しかった。
ずっと一人の夜が寂しくて仕方がなかった。
干からびた心がたっぷりのお水で満たされたように、ようやく心から笑えている自分がいた。
「お兄ちゃん、私、これから用事があって行けないから、実花ちゃん駅まで送って行ってくれる? まだ道、不安でしょ?」
初めて来た森下家の家は、大通りから路地に入ると結構入り組んでいて、初めて来る人には覚えづらい道だった。
「もちろん! 実花ちゃんさえよければ」
今日のキラキラした日差しのように温かい笑顔を浮かべた駿。
「そうしていただけると助かります。私方向オンチなんで、駅まで辿りつけるか心配だったんで……」
何処までも駿に甘えてしまっていることが申し訳ないとは思ったが、早く翔太のところにも行きたいし、迷っている暇はないと思った。
「じゃあ、行こう」
ゆっくりと進み始める駿の背中を追いながら、私はユミに大きく手を振った。
「実花ちゃん、このまま翔太君のところに行くの?」
駿の瞳がほんの少し陰りを見せている。
「はい。早くちゃんと話がしたいから……」
昨日は電話も来なかったことに、考えないようにしていた不安がもくもくと心に影を作る。
「……僕は……いつまでも待ってるから」
突然の言葉に私は言葉が出なかった。
「……え?」
やっとの思いで出た声で、私はその言葉の意味を聞き返してしまう。
「僕は、実花ちゃんの避難所になっても全然構わない。逃げたくなったら、いつでも両手を広げて実花ちゃんの事を受け入れるよ」
ポンと私の肩を叩きウインクする駿。
「駿先輩……」
こんな自分をまだ好きでいてくれることが、申し訳ないような、嬉しいような……
私は本当に恵まれていると思った。
「私が翔太を信じられなくなったら……その時はもう誰の事も好きになる資格を失う時だから……」
翔太以上に好きになれる人は、一生涯、もう現れることはない。
それは誰よりも、自分が一番分かっていたことだ。
翔太にフラれてしまったら……
その時は、きっと一生一人でいるんだろうな。
他の誰かと恋をするなんて、全く考えられない。
「そうか……? でも気が気が変わったら、僕はいつでも待ってるから」
駿先輩の真っすぐな瞳が私に本気を伝える。
「ありがとうございます」
そんな風にしか答えらえられない自分が情けなかった。
もっと、駿先輩の気持ちを汲み取ってあげられる何か……
でも、いくら探しても見つからない。
「じゃあ、また、バイト先で」
名残惜しそうな駿先輩に、私は深くお辞儀をした後、駅の階段を駆け上がった。
翔太に逢いたい……!!
まだかまだかと、私は駅のホームで電車を待ち侘びていた……




