14.彼女の気持ち
「さあ、実花ちゃんのお父さんの病室に顔を出して、帰りましょう」
暫くして翔太の母である早紀は翔太のところへ戻り、声をかけた。
「あぁ、分かった」
結局実花に繋がることのなかったスマホをしまい、翔太はゆっくりと起き上がる。
鉛のように重たい身体は、まるで自分の心を体で表すかのようだった。
「宗次さん、ご無沙汰しちゃってごめんなさいね」
早紀は笑顔で病室に入っていったものの、想像以上に衰弱している実花の父である宗次の姿を見て衝撃を受ける。
「……早紀さん。来てくれてありがとう……。こんな姿ですまないね」
宗次は力なく、二人をもてなすことが出来ないことを詫びた。
「何言ってるの!! 早く元気になって、今度は実花ちゃんのこと支えてあげなきゃでしょ??」
必死で涙を堪えている早紀の様子は、翔太の目から見てもすぐに分かった。
「母さん、俺実花のお父さんと話したいことがあるから、ちょっと席外してもらっていい?」
このままでは零れ落ちてしまうのではないかと心配になるほど瞳に涙を溜めていた彼女を見ていられずに、翔太は声をかけた。
「……分かったわ。またすぐに来るから……」
そう言って、病室のドアを開け出て行く。
「お父さん、本当にご無沙汰してしまって、申し訳ありません」
翔太が宗次に会うのは去年の夏以来だった。
すっかり痩せ細ってしまった身体に、誰に言われなくても調子のいい状態でないことは一目瞭然だ。
「久しぶりだね、翔太君。こんな身体になってしまって……君たちの事、気にしてやれんで、本当にすまないな」
弱々しく微笑む姿が、切なく胸を締め付ける。
「実花にも……、あの子は今一番楽しい時なのに、私の介護と家の事全部まかせっきりになってしまって……申し訳なくてな」
宗次はベットに横たわり、ずっと天井を見つめている。
「お父さん……去年、実花ちゃんに必ず自分の気持ちを伝えるって話したの覚えてますか?」
残り少ない実花の父との時間に、翔太は伝えておきたいことがたくさんあった。
「あぁ……もちろん覚えているよ」
懐かしそうに微笑む。
「実は、あれから実花ちゃんに気持ちを伝えることが出来て、今彼女とお付き合いさせていただいてるんです。報告が遅くなってしまって、すみません」
翔太はこんなことを言っている自分がなんだか気恥ずかしくて、無意識に頭をポリポリと掻く。
「おぉ!! そうか、そうか!」
嬉しそうな宗次の表情に翔太は少しばかり、ホッとした。
「でも、最近気持ちがすれ違うことが多くて……。俺、自分に自信がないんです。実花のためならなんだってできるって覚悟はあるのに、それが上手く伝えらえなくて。彼女の気持ちが……俺から離れて行ってしまうんじゃないかって、今猛烈にヘコんでて」
翔太は情けなくて、宗次の顔がまともに見られない。
「自信を無くすことなんてないよ、翔太君。実花は君にベタ惚れだよ? 今も、昔も。ここに来るたびに君の話ばかりだからね」
ハハハと声すら小さなものだったが、宗次は嬉しそうに笑った。
「私が心配しているのは……翔太君が無理して実花の事を想っていないかだよ。実花の母さんの事気にしてるんじゃないかって、私はそこだけが心配なんだ。翔太君がもし、責任を感じて実花といるんであれば、それだけは絶対にやめて欲しい。本当にお互い求め合っている相手じゃなきゃ……幸せなんかになれないからね」
念を押すように宗次はゆっくりと、真っすぐ翔太の目を見て確認する。
「僕は実花ちゃんの事大好きです。責任とか、そんなこと一度だって思ったことない。彼女にベタ惚れなのは俺の方です。絶対に、失いたくない……一生一緒に居たいと思える大切な女性です」
宗次の視線を受け止め、またそれを返すように力強く投げ返す。
「……ただ、俺はそう思っていても、周りから見たら分かりづらいようで……。どうしたらいいのか、わからないんです」
急に俯いた翔太の表情を見て、宗次は自分の不甲斐なさを恨んだ。
「翔太君、実花は私の世話もそうだし、家ではいつも一人だろ? 弱いところを見せまいと、ここでは一生懸命笑って、私を元気づけてくれる。本当は疲れてるし寂しくて仕方なないだろうにな……。元々あの子は甘えん坊だったのに、母さんも早くに他界して、私はいつ実花の傍からいなくなるか分からない。もうそろそろ、辛くなってきている頃だと思うんだ」
翔太を見ていた宗次は天井を見上げた。
「私がこんなんだから、甘えるどころか強がって平気な顔をしている実花を見ているのが、とても辛くてね……。あの子には本当に申し訳ないと思ってるんだ」
宗次の目じりからつぅと涙が流れ落ちた。
「きっと二人はもう恋人同士なら心配することもないんだろうが……実花の事を本気で好きでいてくれているなら、是非あの子を思いっきり抱きしめてやって欲しい。私にはもうそんなことをする力も残されていないんだ。翔太君なら……きっと、実花の辛い気持ち、埋めてあげられると思うんだ。図々しいお願いで済まないな」
俺はハッとした。
結局自分が全部悪かったんだ。
毎日、どれだけ寂しい思いをしてたんだろう?
どんな気持ちで俺と毎日電話をしてたんだろう?
俺と沙彩が一緒に時間を過ごしている事を聞いて、どんなに傷ついただろう……?
「お父さん……俺……、俺全然実花の事分かってませんでした……。今すぐ……実花のところに行ってきます……!! 話せて本当に良かった、ありがとうございます」
自分の目から涙が流れていることも気付かない程に、実花の事で全身いっぱいだった。
大きく頭を下げ、なりふり構わず廊下を駆け出した……




