8th Day
「あ、シュンさん、ハルカさん、おはようございます」
僕とハルカが集合室に入ると、すでに中にいたアヤメがあいさつをかけてきた。
どうやら、本を読んでいる様子。どうやら、『祐樹祐葉・狐の童話集』みたいだ。
彼女もこの本の虜になってしまったらしい。この分だと、そのうち小隊内でファンクラブでもできそうだな。
「あぁ、おはよう、アヤメ」
「おはよう、アヤメちゃん」
と、アヤメは僕のほうをじーっと見つめている。
「ど、どうしたの?」
「シュンさん、今日もいっぱい女難に襲われそうな予感がしますよ」
そう言ってにっこりと笑ってくる。
「って、えぇ、ほ、ほんと!?」
「ふふ、どうでしょう?」
そう言って、再び読書に戻るアヤメ。
予知能力があるだけに、からかっているのか、それとも本当なのか、ちょっと怖い。
果たしてアヤメの真意はなんだったのか、僕は硬直したまま、頭をひねり続けた。
ハルカと、その後集合室にやってきたクルミから、疑惑に満ちた視線を投げられるまで。
……やっぱり、本当なのかも。
(Ⅰ)
「もう……あまりからかわないでよ。ハルカたちから疑われて、ちょっと大変だったじゃないか」
「うふふ……すみません」
そうぼやく僕に、アヤメはそう言ってくすくすと笑った。
そのほほえみがかわいくて……
「シュンくん?」
「ご、ごめん。そういえばさ、アヤメって危険がわかったり、予知ができたりっていうけど、どんな風にわかるのかな? やっぱり、脳裏にビジョンが浮かぶとか?」
僕がアヤメを、少しぼーっとした目で見ていたことを気づかれたらしい。ハルカが僕に鋭い視線を投げつけてくる。
少しでも雰囲気を和らげようと、僕はアヤメに話題をふってみた。
……に、逃げたんじゃないもん。
すると、彼女は唇に指を当てて、んーと少し考えた。
その姿も、いつもの礼儀正しく大人しい彼女とはちょっと違って、少しかわい……いやいやいや、そんなこと考えてたら、またハルカに怒られちゃう。
猛毒料理を食べさせられるのは、もうこりごりだ。
「映像が浮かぶとかじゃないんですよね。なんか、こんなことが起こりそうかなぁ、ってひらめくというか……。でも、間近のことしかわかりませんし」
「へぇ、そうなんだ……。でも、先のことがわかるってなんかいいなぁ……。もし先のことがわかったら、兄さんにどういうプレゼントをすれば喜んでくれるとかも……」
そう感心するクルミ。……後半部分は聞かなかったことにしよう。あとでハルカが怖いし。
と、クルミにそう言われたアヤメは、嬉しいような困ったような、そんな複雑な表情を浮かべた。どうしたんだろ?
「本当にいいことばかりだったらいいんですけどね……」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありません。……あっ、そろそろ先生が来ますよ」
「う、うん」
アヤメの言葉に僕らが前に振り向くのと、僕たちの担任(?)の教官が来るのとは同時だった。
「よし、全員そろってるか? 点呼!」
「いち!」
「に!」
「さん!」
「し!」
「ご!」
「ろく!」
(Ⅱ)
さて、今日の午前中の訓練は、いつぞやと同じく、MeS二機とリサーチャーで組んでの模擬戦闘訓練。
今回は、さらに戦場の設定を実戦に近づけているということで、果たしてどうなることやら……とても緊張する。
「シュンくん、0時方向から1小隊近づいてきてるよ」
「おっけー」
その場で停止して、正面から接近してくるであろう敵を待ち受ける。
「ハルカ、もう一小隊は?」
「こちらのレーダーでも捉えてないよ。多分、拠点で待ち構えてるんじゃないかな?」
「わかった。そしたら、とりあえずはこの一小隊だな」
「うん。あ、こっちに来てる一小隊、1km先で二手に分かれたよ。気を付けてね」
こっちを挟み撃ちにするか、一機が囮になるという手筈かな。
「わかった。そっちも、敵の動きの追跡、頼むね」
「うん、わかった……。あ、一機が9時方向から来るよ。もう一機は3時から」
「了解」
挟み撃ちか。とすると……
「シンヤ、僕が9時方向のをやるから、シンヤは3時方向のをお願い」
「OK。クルミちゃん、くれぐれも僕まで撃ったりしないでね」
「う、うん。わかってるよぅ」
そして……
「来たっ、クルミっ」
「う、うんっ。えーいっ!」
ガガガガっ!!
MeSの両肩のガトリング砲がうなりをあげ、敵機に劣化ウラン弾の雨を浴びせる。
でも、敵を沈黙させるにはいたらず、逆にこちらに向けてガトリングを撃ってきた。
かわしきれない! 僕は両腕でその弾丸からコクビットをかばう。右腕でこのドライバー席を。シールドのついてる左腕でクルミのガンナー席を。
「くっ!!」
シミュレータとはいえ、着弾の衝撃を再現した振動が、僕に襲い掛かる。それを歯を食いしばって耐え、敵の一斉射を耐えきると、MeSをその敵機に突進させる。
ドライバー席をかばった右腕は損傷で使い物にならなくなったけど、まだ左腕が残ってる!
「うおおぉぉぉ!!」
左腕で敵機を殴りつけて吹き飛ばす。
「クルミ!」
「うん!」
吹き飛んだ敵機にガトリング砲が浴びせられ、敵機は沈黙した。
ふと視線を動かすと、シンヤも敵を沈黙させることに成功していた。
「ふぅ……大丈夫だった? クルミ」
「う、うん……か、かばってくれてありがとね」
「うん」
そして再び前進。
「ハルカ、敵の様子は?」
「うん。レーダーにとらえたよ。拠点の前で待ち構えて……あれ?」
ハルカの戸惑ったような声。
「どうしたの?」
「その待ち構えてる敵なんだけど、一機だけなの」
「もう一機は別行動なのかな……?」
と、そこに。
「……! シュンさん、急いでその場から離れてください!」
「え? う、うん!」
アヤメの警告に従い、急いで機体を今立っている位置から移動させる。
しかし、少し遅かったらしい。もともと損傷していた右腕に何かが着弾し、その腕が吹き飛ばされる。
MeSのレーダーには何も映っていない。ということは……
「スナイパーキャノンによる狙撃!? ハルカ!」
「う、うん……きゃっ!」
ハルカたちのリサーチャーにも狙撃が放たれ、アヤメのちょっと乱暴な運転によって、なんとかそれを回避する。
かなり乱暴な運転に振り回されてるらしく、通信機からはハルカの悲鳴も聞こえてくる。
「え、えーと……4時方向に! なかなかこちらのレーダーにも映らなかったところを見ると、ステルス機みたい」
「索敵結果を出して」
「う、うん」
サブモニターにレーダー画像が表示される。彼女の言うとおり、僕たちの右後方、4時方向に消えたり出たりしてる光点が映っている。
その距離は明らかに、こちらのガトリングの射程外だ。
「こちらからあれを沈黙させるのは難しいね。どうしよう……っと!」
「うーん……うわっ!」
どうすべきか考えながら、機体を必死に動かして狙撃を回避する僕たち。
そういえば、この狙撃、僕たちをどこかに誘導してる……というか追い込もうとしてる気がするんだけど、気のせいかな……?
と。
「いけない、シュンさん! それ以上後ろに行っては!」
「え?」
アヤメの声に、僕は反射的に機体を後方ではなく、右に回避させた。
そして、僕の後方にスナイパーキャノンが着弾し……
ドカーーーン!!
「地雷!?」
なるほど、戦場の設定をより実戦に近くしたというのはこういうことなのか。
と、そんなことを言ってる場合じゃない!
あの爆発からすると、もし踏んでしまったら間違いなく、足を吹き飛ばされてしまうだろう。そう思うと、本当にぞっとする。
アヤメの危険感知能力に、僕は大いに感謝した。
「よし、後ろのスナイパー機はとりあえず無視して、このまま拠点に突っ込もう。拠点をつぶせば任務完了なんだし」
「うん、それしかなさそうだね」
「それじゃ行くよ。シンヤは、スナイパーからリサーチャーを守るのお願い」
「了解」
そう作戦を立てると、僕たちは一気に敵拠点に向かって突進した。
後方からの狙撃には目もくれずにただひたすらに。後方でシュンが、スナイパーの狙撃を防いでくれている。
やがて、拠点と、それを守ってる敵MeSが映ってきた。
僕はスロットルレバーを思いっきり倒し、その敵機へと突進した。
敵機がガトリング砲を発射する。僕はそれを左腕のシールドで防ぎ……
「クルミ、耐ショック防御してて!」
「う、うん!」
敵機に体当たり!!
激しい衝撃が、僕……そしておそらくクルミにも襲い掛かる。
「ぐっ……!」
「きゃっ……!」
そして倒れた敵機に、クルミがガトリング砲を突きつける。
そして。
『Enemy Surrendered』
『Mission Complete』
の文字。
ふぅ……やっと終わった……。今回はとてもハードだったなぁ……。
僕がシミュレータから出ると、他のみんなも出てくるところだった。
「みんな、お疲れ様」
「今回のはとてもきつかったね」
「そうですね」
「少し気持ち悪かったよぅ……」
「あたしはおでこぶっちゃった……。兄さん、もうちょっと優しく操縦してよね」
「ははは……ごめん。でも、今回はアヤメの危険感知のおかげで助かったよ。ありがとうね」
「い、いえ、とんでもありません……」
僕のお礼に、そういってほほを染めるアヤメの顔をかわいいと思ったのは秘密だ。
ハルカとクルミが怖いから。
(Ⅲ)
さて、昼休み。
ハルカのお弁当を平らげた僕は、集合室でナンプレにいそしんでいた。
これを始めたのは、112施設に入所して、僕がファーストのドライバーに決まったとき、先生に勧められたからだった。
なんでも、「色んな戦局で的確な判断ができるよう、頭を柔らかくしておくのが大切」とのことで。
それが今でも、役に立っているかといわれると……どうだろ、うーん。
でも、きっかけはどうあれ、ナンプレは今や、僕の趣味としての立場を確立していた。
ともあれ、今日も僕がナンプレに取り組んでいると……
「あれ、シュンさん。ナンプレって、意外なご趣味ですね」
「そ、そうかな……。というか、意外なって、少し失礼だなぁ」
僕がそう文句を言うと、アヤメはくすくすっと笑う。
「だって、シュンさんって、あまり頭を使うってイメージないんですもの」
「そうかなぁ……」
そこでアヤメは、くすくすと笑ってとんでもないことを言い出した。
「シュンさん、ハイスクール時代も、勉強や頭の体操よりも、漫画読むことのほうが多かったですし」
って、えぇ!?
これに僕はびっくり仰天。確かにその通りだけど、どうして彼女がそんなこと知っているんだろう。
「どどど、どうして、アヤメが僕のハイスクールのことまで知ってるの!? アヤメ、もしかして、相手の過去まで見通す千里眼を持ってるとか!?」
僕がそううろたえてると、彼女はくすくすと笑って種明かしをしてくれた。
「そんなんじゃないですよ。シュンさん、ハイスクールは、三重県のシマシティハイスクールでしたよね?」
「う、うん……って!? どうして僕の出身ハイスクールまで!?」
それに、彼女はまたくすくす。
「私も、そのハイスクールに通ってましたから。実家がイセシティにありましたので」
「そ、そうなんだ……」
「時々、廊下から見てましたよ。シュンさんが漫画を読んでるところ」
「そ、そっか……」
そんなところを見られてたなんて、ちょっと恥ずかしいな。
というか、僕とアヤメがハイスクール時代の同級生だったなんてびっくり。
「でも、アヤメ、ハイスクールではどうだった? とてもかわいかったから、人気あったんじゃないな、と思うんだけど」
今でさえ、こんなにかわいいんだから、当時もとてもかわいかったんじゃないかと思う。
だけど、照れたり、幸せそうに微笑むんじゃないかと思う僕の予想とは裏腹に、アヤメは、今朝見せたような嬉しいような困ったような表情を浮かべた。
「うーん……あまりそんなに楽しくはなかったですね。この能力がありますから、みんなから気味悪がられてたので……」
「あ……」
「最初のほうこそ、『すごいねー』とかって言われてましたけど、そのうち、気味悪がられて、避けられてしまって……それに……」
「それに?」
「親しくなると、その相手の災難も見えてきちゃいますから……。だから、どうしても人と深く付き合うのを避けてしまうんですよね……」
アヤメの言いたいことはよくわかる。
好きな人を悪いことが襲うと知ると、どうしても心穏やかでいられるはずがないし、ましてや命に関わることとなればなおさら。
それに、それを避けようと相手に忠告しようとすれば、それこそ気味悪がられるし、怒らせることもあるかもしれない……自分に不幸が襲いかかると聞かされて良い気分はしないもの……そう考えると、彼女が深い付き合いを避けようとするのも仕方ないかもしれない。
僕のそんな気持ちを汲んでか、アヤメはこくんとうなずいて……
「だから、私はここに入ってよかったと思ってます。みんな、私のこの力を受け入れたうえで仲良くしてくれますし、この力で、その皆さんを助けることができるのですから」
「そうか……よかったね」
と言って、アヤメの頭を撫でてあげる。……と。
「あ、ありがとうございます……でも」
「え?」
「この直後、シュンさんに女難が迫っていますよ?」
「へ?」
と同時に、僕の背後からよからぬオーラを感じた。
ぎぎぎ、と背後を振り返ると……
「シュンくーん、何をしてるのかしら?」
「え、は、ハルカ、これは……」
「ふんっ、シュンくんなんか知らないっ」
「ま、待ってよー」
ぷんぷんと怒って去っていくハルカを慌てて追いかける僕。
……そのあと、彼女の機嫌を直すために、イチゴシェイクを三本おごったのは言うまでもない……
なんで最後にこんなオチが待ってるんだーーー!?
To be New Day...