6th Day
ある夏の日曜日。言うまでもないことながら、今日は訓練は休み。
そんな休日のこと。
「アヤメちゃん、その塩取ってくれませんか?」
「あ、はい、わかりました。 ハルカさん、そのしょうゆを……」
「うん、どうぞ」
寮の自炊室からはそんな声が聞こえてくる。
112-77の女性陣の面々が、僕に料理を作ってくれるらしい。
それは嬉しいのだが……
嬉しいんだけど……
命の危険を感じるのはなぜなんだろう。
(Ⅰ)
全ては、おととい……金曜日。ハルカにちょっとした相談をしたことがきっかけだった。
「クルミの料理?」
「うん。ラテン料理だったらうまく作れるようになってるんだから、ハルカに教えてもらえば、他の料理もうまくなると思うんだ」
そういえば、今まで勘違いしてたんだけど、ジャンパラヤはラテン料理ではなかったそうだ。
北米自治区のルイジアナ州の料理で、さらにいうと大本はスペイン料理なんだとか。
さらにいうなら、クルミが住んでいたのは中米で、ラテン……つまり南アメリカではないわけで。
あれ? それじゃどうして、クルミは留学先でラテン料理を習ってたんだろう? 向こう(ホームステイ先)の人が南米の人なのかな?
まぁ、それはともかく。
我が愛すべき妹がこのまま料理下手というのは、兄としてはかなり心配なわけで。
さらに言うと、時々夕食に毒料理……もとい、妹の愛情料理を食べさせられる身としては、妹の料理技術の向上を切に願うというのもある。
念のために言うと、前者が最大の理由で、決して後者が本音というわけではない。うんうん。決して決して。
と、そこにやってきたのは……
「あら、アズマくん、ナガサワさん」
「あ、ヨシノ先輩、こんにちは」
文庫本を持ったヨシノ先輩だった。その本はきっと、いつもの『祐樹祐葉・狐の童話集』だろう。
「どうしたんですか? 二人でお話して」
「いや、クルミの料理について……」
かくかくしかじかっと、僕がクルミの料理について思ったこととか、今ハルカと話してたことをヨシノ先輩にも伝える。
すると。
「それはいいですね。私も、ハルカさんに料理教わりたいです。ハルカさん、本当に料理上手ですもんね」
「や、じ、上手だなんてそんな……」
そう言って照れるハルカ。そんなところがとてもかわいい。
うん。ハルカの料理はとてもおいしい。豪華さはないけど、その分おいしさや家庭の味というものがぎゅっと詰まってる気がするんだ。
ほんとにハルカの料理はとても素晴らしい。ある一点をのぞけば……だけど。
そして、ハルカ、ヨシノ先輩、そして声をかけたクルミと一緒に四人で寮の自炊室に向かって……
そこにはアヤメがいた。
「あら? シュンさんに皆さん、どうしたんですか? こんなところに」
「そういうアヤメはどうしたの? 自炊室で」
「はい。食堂の店員さんに、この前飲んだ一期一会ブレンドを教わったので作ってみようかと思いまして。それで、シュンさんたちは?」
「うん。実は……」
と、アヤメにも説明する。すると。
「それでしたら、料理教室のあと、料理大会なんてどうでしょうか?」
「え?」
ちょっと待って、何その流れ……
「せっかく作っても、食べてもらえないなんてもったいないですし」
「あ、そうですよねっ。それに楽しそうっ」
アヤメの提案に、ノリノリのクルミ。
「それで、試食は……?」
「それはシュンくんじゃない? この中で客観的な評価を下せるの、シュンくんしかいないもの」
……無情な宣告、ありがとう、ハルカ。
でも、一応聞いてみよう……かな。
「あの……僕に拒否権は……?」
「拒否権、なんですかそれ?」
「ないですよ」
……うん、素敵なお返事ありがとう、クルミにハルカ。
(Ⅱ)
そういうわけで、僕はみんなの料理が出来上がるのを待ってるわけで。
ちなみに、アヤメの料理の腕について聞いてみると、
「和食なら一通りできますよ」
とのことだった。一通りだなんてすごい……
でも、「和食なら」ってことは……いや、気にしないことにしよう。
そして、クルミはというと……
ジャンパラヤやラテン料理を要望したけど、当人は断固として拒否した。
ものすっごく不安。
「えーと、分量はこんなものでいいかな? ハルカ」
「うん、そんなものかな」
でも、クルミがちゃんとハルカに料理を教わっているあたり、彼女の料理には少しでも期待が……
「あー、ちょっとそれは入れすぎだよっ」
「えー、これはあたしの愛情ですよ、愛情」
もてる……かな。 はははは……
と思ってると……
「シュンさん」
アヤメが小皿を持って、僕の部屋にやってきた。
「ん、アヤメ、なに?」
「いえ、とりあえず、作ってみたので、味見してほしいな、と……」
小皿の中には、じゃがいもの煮物。
うん、和食和食。セーフセーフ。
「? どうしましたか、シュンさん?」
「いや、なんでもないよ。 それじゃいただきます」
そう言って煮物を一口。
うん、とてもおいしい。さすが、和食なら一通りできると言ってただけのことはある。
「どうですか?」
「うん、とってもおいしいよ」
「よかった」
少し照れてほほをそめるアヤメ。
普段は礼儀正しく冷静なんだけど、こんなところがあるのがとてもかわいいなぁ……
といかんいかん。こんなところをハルカに見られたら……
と、部屋の出口のほうから、痛すぎる視線が……
その出口のほうに向けると……
「仲のいいことで何よりですね、シュンくん」
「え、は、ハルカ、こ、これは……」
「ふんっ、シュンくんなんか知らないっ」
ぱたん。
ドアは閉められた。
し、しまった! 彼女を怒らせたうえに、しかも機嫌を直し損ねた!
「どうしましたか、シュンさん?」
「い、いや、なんでもない、は、はははは……」
(Ⅲ)
そして、そのときはやってきた。
試食は、食堂の店員さんにお願いして、テーブルの一つを貸していただいてすることになった。
そのテーブルの上に、色々な料理が並んでいる。
じゃがいもの煮物、カレーライス、豚肉のしょうが焼きに……なにこれ?
最後のよくわからない物体からあえて目をそらし……
「さ、さて、まずはどれから食べようかな……。じゃ、まずはこのカレーから」
「は、はい、よろしくお願いします」
と緊張した面持ちでいうヨシノ先輩。そうか、これは先輩のか。
そして一口。
「うーん、ちょっとスパイスが足りないですね」
「あ、そ、そうでしたか……」
「でも、おいしいですよ。辛口が苦手な人には食べやすいかも」
「あ、ありがとうございます……」
そしてじゃがいもの煮物。
「うん、とてもおいしい」
「ありがとうございます……。実はエルさんに、『少しじゃがいもにフォークで穴を開けるといい』って教わったのでやってみたんですが……」
そう言って照れるアヤメ。
さて……
「え、えーと……この豚肉の生姜焼きは……?」
恐る恐る聞いてみる。
実はこの状況、どっちの場合でも最悪な状況は変わらなかったりする。
いつもだったら、片方はセーフなんだけども……
「あたしだよ、兄さん。いっぱい食べてねっ」
「う、うん……」
豚肉のしょうが焼きは一見まともな印象。だけど、彼女の料理は見た目にだまされてはいけないのだ。
毒料理スキルを持っている彼女は、見た目まとも、中身超絶最悪という神業をいともたやすくやってのける達人なのだ。
「どうしたの、兄さん? さぁ、食べて食べて♪」
「う、うん……いただきます……」
(もう、どうにでもなれ!)
覚悟を決めて食べてみる。 だけど……
(あ、あれ? あれれ?)
「食べれる……」
「もう、失礼だなぁ……兄さん。でも、嬉しいよ」
そう。彼女の料理は少し上達していた。
まずいにはまずいんだけど、そんな気絶するようなまずさではなく、思わず吐き出したくなるようなまずさでもない。
これも、ハルカや他のみんなから料理を教わった成果だろうか。
少しでも成長した妹が、ちょっと素敵に見えた。
さて……
「さぁ、シュンくん、どうぞ食べてね♪」
「う、うん……」
笑顔でハルカが僕に料理を薦めてくる。目は笑ってなかったけど。
「……」
「どうしたの、シュンくん? さぁさぁ」
やっぱり目は笑ってなかった。
そして、硬直した僕の目の前にはよくわからない物体。
「しゅ・ん・く・ん?」
「……はい、いただきます……」
一口食べた瞬間、僕は気を失い、そのあと一日丸ごと、ベッドで過ごすことになった。
そう、ハルカの料理は確かにおいしいんだけど、そのできは、彼女の気分に比例するんだった。
特に、今回のように怒らせたうえに、しかも機嫌を直し損ねると、このように料理のありとあらゆる面が非常に雑になり、かつてのクルミ以上の毒料理が生まれる……と。
あまり、彼女を怒らせないようにしなきゃな……がく。
To be New Day...