5th Day
「あ、シュンさん」
僕がハルカと教練棟に向かっていると、アヤメが声をかけてきた。
「あ。アヤメ。おはよう」
「おはよう、アヤメちゃん」
「おはようございます。そ、それで……」
とたんにもじもじし始めるアヤメ。どうしたんだろ?
「こ、こ、これをっ」
と言って、アヤメが差し出したのは、一枚のハンカチ。
「え、これは?」
「き、昨日、シュンさんのハンカチを汚してしまったので……そ、そのお詫びというか、お礼というか……」
「そ、そうか……」
アヤメが照れてるのか恥ずかしがってるのかに合わせて、僕もぎくしゃくとしてしまう。それでも僕はなんとかハンカチを受け取った。
「あ、ありがとう」
「い、いえ、それじゃっ」
そういうと、アヤメは教練棟のほうに爆走していった。
普段は礼儀正しくて、控え目で清楚って感じなんだけど、こんな面もあるんだなぁ……
と、横から何やらよろしくないオーラが……?
ふと横を振り向くと……
「ふんだっ。シュンくんなんか知らないっ」
ふくれたハルカがすたすたと歩いていくところだった。
「ま、待ってよ~」
それを慌てて追いかける僕。
そのあと、彼女の機嫌を直すために、購買のイチゴシェイクを3本おごるはめになったのは言うまでもない……
(Ⅰ)
さて、今日の午前中は久しぶりに座学。
みんな大教室に集まって、他の訓練小隊の人たちと一緒に、講師の教官が黒板に書きなぐった文字をノートに書きとっていく。
そう、この時代でも紙媒体は重要なのだ。
そして、僕もノートに書きとっていく一人なのだが、間違ったところを消そうとしたとき……
「あ、あれ?」
消しゴムがないことに気が付いた。あれ、忘れてきたか、それとも無くなったのに気付かなかったかな?
でも、どうしよう……
そう思っていると、僕の背中をつんつんと叩く感触が。
「え?」
振り向くと、それは、僕の後ろの席に座っていたアヤメだった。
「はい、どうぞ」
そう言って、僕に消しゴムを差し出してくる。
「え、い、いいの?」
「はい。たまたま、多く持ってきてたので。良ければ使ってください」
「そうか、ありがとう」
そう言うとアヤメは……
「い、いえ、とんでもありませんっ」
顔を赤くして、あわてたようにそう言うと、照れ隠しのようにノート書きに集中した。
視線を感じると、ハルカとクルミから痛い視線が。
ははは……これは、後で二人に何かおごってあげなきゃダメかな……
(Ⅱ)
時が経って昼休み。
僕とハルカが二人で、訓練施設の敷地を歩いていると……?
「あれ……?」
「どうしたの、ハルカ?」
「うん、あれ」
ハルカが指差した先を見ると、そこには鳥居が。
軍事施設に、鳥居……?
なんか妙な取り合わせだなぁ。
「どうする? のぞいていってみる?」
「うん。何か嫌な予感がするんだけど……」
「?」
そう会話しながら、鳥居をくぐると、そこは小ぶりながらも、ちゃんと拝殿がある神社だった。
「ここにこんなところがあるなんて、全然知らなかったなぁ……」
「うん、そうだね。あれ? あそこにいるのは……」
「え?」
ハルカが指差したのは、これまたこじんまりとした売店だった。
店というよりは、まるでお祭りの露店のような感じ。その中で、巫女さんらしき人が仕事をしている。
そして、その巫女さんは僕のほうを向き……
あ、あれ、どこかで見たような……?
具体的に言うと、朝、僕にハンカチをくれて、午前中の座学の時間に消しゴムを貸してくれた人のような……
「し……シュンさん!?」
「って、えぇっ、アヤメ!?」
「は、はい、そうですっ」
「ななな、なんでそんなっ……」
って、こんなやりとり、前の日にもあったような……
そして。
「でも、こんなところに神社があるなんて、今まで知らなかったよね、シュンくん」
「うん。ましてや、ここでアヤメが働いてるなんて、さらに知らなかったよ」
そう感想を言う僕とハルカ。
本当にびっくり。ここは訓練施設……れっきとした軍事施設だ。
そんな物騒なところに、神社なんてものがあるなんて、誰が想像するだろう。
「ははは……そうですよね」
と、苦笑いするアヤメ。
そんな彼女の話によると、軍とて神社と無関係ではないらしい。
卒業生が武運長久をお祈りしたり、小さな神社を艦内に持つ艦もあったり。
「それだけでなく、最近では、神前の結婚式をやりたいとか、施設内で初詣をしたいとか、そんなニーズもあったりしまして……それで、ここにこんな神社ができた、というわけなんですよ」
「へぇ……」
それで、アヤメが巫女としてここで働いてる、とのことらしい。彼女が、月一回、あの山ノ神社で働いていたのも、ここでの仕事の役にたてるためだとか。
「でも……」
「え?」
「シュンさんとここで会えるなんて……神様って本当にいらっしゃるんですね……」
「……」
そう言って、ほほを染めるアヤメ。
というか、巫女さんが、神様の存在を疑問視するようなこと言っていいのかな?
あと、隣のハルカの視線がすっごい鋭くて痛いんですけど……
(Ⅲ)
そして、午後の訓練を終えたあと。
僕は一人で食堂に向かっていた。
ハルカは何か調べものがあって、クルミは今日も、ヨシノ先輩と射撃の特訓。
そんなわけで、僕は一人で、夕食を食べようとここに来たわけだ。
と。
「あ、シュンさん」
「アヤメ」
食堂の前で、アヤメとばったり出会った。
「シュンさん、これから晩御飯ですか?」
「うん。いつもはハルカと一緒に食べるんだけどね。彼女、今日は調べものがあるとかでさ」
「そうですか……そしたら今日は一人で夕食ですか?」
「うん」
その直後、アヤメの口から小さく「よしっ」って声が聞こえた気がするけど……気のせいだろう、多分。
小さくガッツポーズしたように見えたのも、きっと気のせいだと思う。
「それなら、もしよければ、一緒に夕食を食べませんか?」
「あ、うん、いいよ」
断る理由はない……よね、よね?
あくまで友人同士として食べるわけだし、ハルカもクルミも許してくれる……
くれると思う、くれる気がする、……くれたらいいなぁ。
そんなわけで二人で食堂へ。
注文したのは、僕がハンバーグセット、アヤメが塩鮭定食だ。
「和食の定食かー。アヤメって、本当に和風って感じだよね」
「そ、そうでしょうか……」
そう言って少してれてれになるアヤメ。こんなところもかわいいよなぁ……
と、いかんいかん。鼻の下を伸ばしてたら、またハルカに怒られちゃう。
と、店員さんが僕のところにコーヒーを持ってきてくれた。
この食堂ならではの、毎日ブレンドが変わり、「同じブレンドには二度と出会えない」が売りの、『一期一会ブレンド』だ。
さっそく一口。うん、とてもおいしいや。
と、ふと見ると、その僕を、アヤメが興味深そうに、僕とコーヒーを見ている。
「え、どうしたの、アヤメ?」
「い、いえ、とてもおいしいのかな、って」
へぇ……
アヤメって巫女さんだから、やっぱりコーヒーよりもお茶のほうをよく飲むんじゃないかな、と思ってたけど、どうなんだろ。
ちょっと聞いてみる。
「アヤメってコーヒーは飲んだりするの?」
「はい。食堂のは飲んだことはないですけど、家では時々飲むことありますよ。巫女だからといって、飲まないなんてことはありませんし」
「へぇ……」
「あ、すいません、店員さん。私にも、一期一会ブレンドお願いします」
「かしこまりました」
そして数分後、アヤメのところにもコーヒーが運ばれてきた。
それを手に取り一口すするアヤメ。
すると。
「うん、とってもおいしいですね。なんかはまってしまいそうです」
「そうか、それはよかった」
そうにっこりと微笑むアヤメに、僕もほほがゆるみそうに……っと、いかんいかん。
(Ⅳ)
そして夕食を食べた後。 食堂の外にて
「今日は付き合っていただいて、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、ありがとうございました。また明日ね」
「はい」
と立ち去ろうとしたところで、アヤメが足を止めた。
「ん?」
「そういえば、今感じたんですけど、シュンさんに女難が迫ってます。気を付けてくださいね」
「そ、そうなのか。迫ってるってどのくらい?」
「んー……私が立ち去ってから5秒後ぐらいですか…… それでは失礼しますね」
そう言って立ち去って行くアヤメ。
5……
4……
3……
2……
1……
「シュンくんっ」
「うわっ」
見知った子の、怒った声を聴いて、僕は思って飛び上がってしまった。
さらに、背後から何かよろしくないオーラが。
こ、これはもしかして……
恐る恐る後ろを振り向くと……いた。
「は、ハルカ!?」
「こんばんは、シュンくん。何かとても楽しい時間を過ごしていたみたいデスネ?」
「え、えと、いつからいたの?」
「今日は付き合っていただいて、ありがとうございました、のあたりからかな?」
「……」
ハルカの頭に二本角が生えてる幻が見えた……ような気がした。
「どんな付き合いをしていたの? シュンくん」
「い、いや、なんというかですね……」
「ふんっ、シュンくんなんかもう知らないっ」
ぷんぷんと怒りながら寮の自室のほうへと歩いていくハルカ。それを僕も慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ~」
この後、ハルカに機嫌を直してもらうために、さらにイチゴシェイクを三本おごることになったのは、また別の話。
To be New Day...