4th Day
日曜日。
僕は幼馴染のハルカ=ナガサワと一緒に、電車に揺られていた。
いかにジャパン自治区が戦争とは縁の薄い地区とはいえ、それでも僕が所属しているのは軍隊だ。軍隊は軍隊。
無断外出なんてできるわけもなく、金曜日に外出手続きをするのが大変だったけど、でも、それはこれからの時間の楽しさを考えればどうってことはない。
こんな二人きりのイベントとなると、阻止しようとするか、自分も着いていくと言い張るクルミは、今回はお留守番。
彼女には悪いけど、二人きりで過ごしたかったからね。数日前の約束もあるし。
素直に聞き入れてくれたあたり、クルミも内心では、僕とハルカの仲を認めてくれてるのかもしれない。
……もしかしたら、明日から一か月の間、毎日ソーダフロートをおごるという約束に納得したのかもしれないけど。
ともあれ。
「楽しそうだね、シュンくん」
「そ、そうかな?」
「うん、今のシュンくん、とてもニコニコしてるよ」
「そういうハルカだって、とても嬉しそうな顔してるよ?」
そう言うと、ハルカは顔を赤くしてうつむいた。
「だ、だって……大好きなシュンくんと一緒なんだもん……」
「そ、そっか……」
その答えを聞いて、僕も顔を赤くする。
でも、そう言ってもらえると、僕もハルカと来てよかったなって思う。
そう、これからデートなのだ。
(Ⅰ)
僕たちが向かっているのは、アオキシティという街。
第112MeS訓練施設のあるヨコスカシティからは、まずトーキョーまでHLTで10分。そしてトーキョーから通常の列車で1時間の距離に当たる。
この時代、大都市間は、超高速鉄道網であるHLTで結ばれ(なんとどの区間でも、片道一時間!)ているが、大都市から1時間圏内は、まだニーズがあるとのことで、通常の電車が使われているんだ。
さてさて。
「アオキシティについたら、ハルカはまずどこを見たいの?」
「うーん……」
僕の質問に、ハルカは唇に指を当てて考え込んだ。その姿がとてもかわいい。
「まずは、すすきヶ原自然公園に行ってみたいかな? あそこの、祐樹祐葉さんの記念碑を見てみたいの」
「へぇ……確か、ヨシノ先輩の読んでた童話集の作者だったっけ」
「うん」
ヨシノ先輩に、祐樹祐葉さんの本……『祐樹祐葉・狐の童話集』を薦められて読んでから、ハルカもかの本と、その作者さんの虜になってしまったようだ。
でも、それは僕も読んでいてよくわかる。彼女の作品って、楽しいけど、どこか柔らかく暖かい感じがするから。
この感じ、どこかで感じたことがあると思ったら……
「ん? シュンくん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
そう、いつものハルカの感じに似ている感じがするんだ。
そう考えると、もしかしたら祐樹祐葉って人は、ハルカとよく似た人だったのかもしれない。
もしかしたら、彼女の旦那さんも僕と同じく、祐葉さんと、彼の妹との間で振り回されてたのかもしれないけど。
「それじゃ、シュンくんはどこに行ってみたい?」
「うーん、そうだなぁ……」
僕も少し考えて……
「まず、S大学近くの喫茶店に行ってみたいかな。あそこのOLTBホットドッグ、とってもおいしいっていうし。昼ごはんに行ってみない?」
「うんっ、いいよ。それから?」
「それから……そうだなぁ。山ノ神社とか」
「あ! それいいね。確か、『すすきがはらのこぎつね』に出てくる狐にゆかりのある地なんだって」
「へぇ……」
そう話しながら、今日の予定を組み立てていくと……
「間もなく、アオキシティに到着いたします」
(Ⅱ)
じゃり……じゃり……
玉砂利が敷き詰められた参道を歩く。やっぱり神聖さをひしひしと感じるせいか、僕もハルカも、口数は少ない。
ここは山ノ神社。僕たちは最初に来ることにしたんだ。
ハルカの話では、この神社には、『すすきがはらのこぎつね』に関係する伝説の原本があるらしい。
なんでも、すすきヶ原で子狐と仲良くなると、その子狐は人になって、会いに来てくれるとかなんとか……そんな話だった。
そんなことを思い出しながら歩いていると……あれ?
「あれ……もしかして……」
「あ……」
僕たち二人がびっくりしてると、僕の視線の先……僕たちがびっくりした原因の相手もびっくりしたようだ。
巫女服を着た彼女は、ぱたぱたと僕のほうに駆け寄ってきて……
ぱたりこ。
あ、倒れた。
「い、いたたた……」
「だ、大丈夫?」
「は、はい、なんとか……って、ししし、シュンさん!?」
「って、やっぱりアヤメ!?」
「は、はい、そうですっ」
「ななな、なんでここで……」
こんなところでアヤメと出会うなんてとってもびっくり。それは向こうも同じようだったけど。
と、よく見ると、アヤメの膝が擦り剥けて、少し血が出てるや。
僕はポケットからハンカチを出すと、膝小僧の血やら砂やらをふいてあげた。
「あ……し、シュンさん、そんなことしてもらうわけには……」
「いいっていいって。怪我してる子は見逃せないしね」
「もう、シュンくんったら……」
ははは……
少しむすっとして、ジト目で僕を見るハルカに、乾いた笑いを返しながら、僕はアヤメの擦り傷のところに、ばんそうこうを貼ってあげた。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。でもアヤメがここにいるなんて思いもしなかったよ」
「わたしも。もしかして、ここでバイトか何か?」
「はい、そんな感じです」
やっと冷静さを取り戻した彼女の話では……
彼女は月に一回、この山ノ神社に、巫女の修行として働いているんだそうだ。
「あ、もちろん、給料はもらえないんでただ働きなんですけどね」
そう言って苦笑いする彼女。
そう。いまだ候補生とはいえ、僕たちは身分の上では軍人……地球連邦所属の公務員という扱い。
他でバイトすることは許されない。
彼女の話では、ここで働く許可をとるさいにも、かなり上ともめたそうだ。
それで結局、バイト料をもらわないという条件で認めてもらえた、ということだった。
「でも、巫女として色々勉強になるから、まんざらでもないんですけどね」
彼女は最後にそう言って、話を締めくくった。
「それで、お二人はどうしてここに?」
「あぁ。ハルカとデートにね。それで、ちょっとここでお参りしていこうかな、って」
「そうですか。あ、それでしたら、少しここで休んでいきませんか? お茶でも出しますよ」
「ああ、いい……」
「あーーーーーーっ!!」
と、そこでハルカが声をあげた。
「え、絵馬書こ絵馬っ。やっぱり神社といえば絵馬だしねっ。うんうん、お守りより絵馬、お茶より絵馬、何より絵馬。絵馬書くことが一番大切なんだからっ」
あの……ハルカさん? ハルカさんはどうしてそんなに絵馬を書くことを真剣に力説しておられるのでしょうか?
でも、そう聞く暇もあればこそ。
僕は、アヤメから引き離されるように、ハルカに半ば無理やり、奉納所に連れて行かれたのだった。
……いや、むしろ連行されたというべきか。
(Ⅲ)
そして舞台はうつって、S大学近くにある喫茶店。
ちなみに看板に書いてある英語らしき単語は、僕には全然読めなかった。
「はい、どうぞ。本日のランチです」
「あ、ありがとうございます」
少しクールでぶっきらぼうで、どこか購買のエルさんに似た雰囲気の女性…多分この店のマスターかな?他に店員はいなさそうだし…が、僕とハルカが座っているテーブルに、コーヒーとOLTBホットドッグを載せたトレイを置いてくれた。
「うわぁ、とってもおいしそうだよね、シュンくん」
「うん。タウン誌のうわさ通りみたいだよね。それじゃ……」
「「いっただっきまーすっ」」
二人一緒に「いただきます」を言って、本日のランチを食べ始めた。
……うん、とってもおいしい。
しっかりとしたパンに、ジューシーに焼き上げられたお肉、そしてレタスのシャキシャキ感が見事にマッチして、見事な美味。
ハルカのお弁当に匹敵するぐらいにおいしいと思う。
さらにそのおいしさをタバスコが引き立てている。
さらにさらにいうと、コーヒーも若干苦めで、そのホットドッグととても相性がいい感じ。
気が付くと……
「わぁ、シュンくん、食べるの早いね」
「ははは、そういうハルカだって」
「だって、とってもおいしかったんだもん」
そう言って、くすくすと笑うハルカ。とってもかわいい。OLTBホットドッグのおいしさが、このかわいい笑顔を引き出したのかな?
と。
「あ、シュンくん。唇にケチャップついてるよ?」
「あ、そっか。ありがと」
「あ、いいよ。わたしがとってあげるから」
「え、い、いいよ。自分でとれるから」
「いいから。ここはわたしに任せて。ほら、目を閉じて」
「う、うん……」
ハルカに押し切られて、目を閉じる僕。
でも、どうしてケチャップとるのに、目を閉じる必要があるんだろう?
すると……
唇に当たる柔らかく優しい感触……。
「ん!?」
その感触が一度離れ、続いて柔らかく濡れた感触が、僕の唇を撫でる感覚。
……どうやら、舌でケチャップをなめとってくれてるらしい。
「め、目開けていいよ。シュンくん」
「う、うん……」
目を開けてみると、もう彼女の顔は僕の目の前から離れていた。顔を赤くしてる彼女。
「ご、ごちそうさま……」
「お、おそまつさまでした……」
そう顔を赤くして言い合う僕たち。 さらに。
「お二人とも、仲がとてもよろしいようで。微笑ましいことです」
いつの間にか、水を注ぎに来ていたマスターさんの一言に、僕たちはさらに顔を赤くした。
(Ⅳ)
『ぼくのしんぞうをあげます。だから、みるちゃんをたすけてください』
『わたしはこころをあげます。だから、おねがいします』
『---すすきがはらのこぎつね 祐樹祐葉』
一面のすすきの穂。その真ん中に立っている、『すすきがはらのこぎつね』の一節が刻まれた石碑。
今日のデートの締めくくり、僕たちは、このすすきヶ原自然公園にやってきていた。
「とってもきれいな景色だね、シュンくん」
「うん。すすきヶ原という名前に、偽りなし、って感じだね」
そう言って微笑みあう僕たち。
「それに……」
「ん?」
「この碑文、男の子たちが、みるちゃんをどれだけ大切に思ってるのかがよくわかるよね……」
「うん……」
先日、先輩に本を見せてもらったときのことを思い出す。
確か、このシーン、主人公のかずとくんと、彼と仲良しの女の子が、眠ったままのみるちゃんを助けるために、すすきヶ原に、神様に会いに行くところだったような。
それで、神様に会ったとき、神様に言われたんだっけ。「みるちゃんを助けるためには、何かを彼女にあげなくちゃいけない」と
その言葉に、この二人は言ったんだ。かずとくんは「心臓をあげます」、女の子は「心をあげます」って。
心臓も心も、自分たちにとってはとっても大切なものだろうに。大切なみるちゃんのために、それを差し出そうとする二人の想いに、胸が熱くなる。
多分、この石碑が言っているのは、自分の大切なものを差し出すほど、大切な人を愛しなさい、ということなんじゃないかな、と思う。
「シュンくん、どうしたの?」
「いや、男の子たち、本当に素敵な人たちだなってさ。自分の命を喜んで差し出すなんて」
「うん、そうだね……」
そう言って、ハルカは僕の腕に抱きついてくる。
「……ね、シュンくん」
「ん、なに?」
「この自然公園ね。春になると、桜できれいになるんだって」
「へぇ……」
「それとね。さっきの喫茶店の近くの大学も、桜並木がきれいなんだって」
「そうなんだ。それじゃ、来年の春、またここに来ようか」
「うんっ」
そう言ってまばゆい笑顔を見せるハルカ。その笑顔はとてもかわいくてきれいで。
そんな笑顔をさせてあげられる自分を、僕はちょっと誇りに思った。
(Ⅴ)
そして帰りの電車の中。
「今日も楽しかったね、シュンくん」
「うん、そうだね。またこうやって遊びに来られたらいいな」
「うんっ。 ……あ、そうだ」
「え、なに?」
僕が聞くと、ハルカは少しほほを赤くして。
「もしわたしが眠ったままになったら、シュンくんはわたしを助けるために、心臓を差し出してくれる?」
「うーん……」
僕は少し考えてしまった。
小学校で会ったときから今まで12年一緒に生きてきた僕とハルカ。今も道を一緒に歩んでいるハルカ。
僕のためにお弁当を作ったり、世話を焼いてくれたりするハルカ。
そんな彼女のことはとっても大好きだし、大切だ。
でも、そのために命を差し出すとなると……うーん
「う、うん、もちろんだよ」
「あーー、今少し、どうしようか考えたでしょっ」
「ご、ごめんっ」
ふくれっ面を浮かべる彼女。でも、すぐに元の笑顔に戻る。
「でも、いいよ。それでも、わたしのこととても大切に思ってくれてるから。今はそれだけで十分」
「そ、そっか……」
「でもね。いつか、わたしを助けるために命を差し出すくらいまで、大切に思ってもらえたらいいな。 ね?」
「……善処します」
そういうと、ハルカはくすくすっと笑って……
ちゅっ
「ん!?」
僕の唇に軽くキスされた……
「本当に今日は楽しかった。これからもよろしくね、シュンくん」
「う、うん、こちらこそ……」
そう言い合って、僕たちは仲良く握手した。
To Be New Day...