3rd Day
朝。
僕がハルカと一緒に、112-77訓練小隊の集合室に入ると……
「あ、アズマくん、ナガサワさん、おはようございます」
「シュン、ハルカちゃん、おはよう」
「ヨシノ先輩、シンヤ、おはよう」
「ヨシノ先輩、シンヤくん、おはよー。 先輩、今日も本読んでるんですね」
シンヤとヨシノ先輩が先に集合室にいて、そのヨシノ先輩はいつものように、何か本を読んでいるらしかった。
「えぇ。この本、私のお気に入りなので」
「へぇ……どんな本なんです?」
「えぇと……これです」
僕の質問に、ヨシノ先輩は微笑むと、読んでいた本にしおりをはさむと、その表紙を僕たちに見せてくれた。
表紙には……
「祐樹祐葉・狐の童話集……」
「あ、名前聞いたことある。確か、150年前の童話作家でしたよね?」
「あぁ……そういえば」
僕も、エレメンタリー・スクール(小学校)で習ったことがある。確か、自分が体験した狐に関する出来事を童話にしたのをきっかけに、ジャパン自治区……当時は日本という一つの国だった……各地に埋もれてる狐に関する昔話を童話にして発表していった人だって。
「特にこの中の、『すすきがはらのこぎつね』って作品がお気に入りなんです」
「あぁ、祐葉さんのデビュー作なんでしたっけ。わたし、子供のころよく読んでましたよ」
「僕も、確かエレメンタリー・スクールの授業で読んだ気がするなぁ」
「僕は……子供のころ、ヨシノ姉さんにせがまれて読み聞かせてあげた記憶があるな」
あと、もう一つ情報。
その150年前。彼女たちが住んでいた街にある『すすきヶ原』が開発されようとしたとき、その祐葉さんが仲間たちと一緒にすすきヶ原の保護運動を行って、開発をストップさせたんだとか。
そのすすきヶ原は、150年後の今では、緑とすすきの穂に包まれた自然公園になって、そこにはその『すすきがはらのこぎつね』の一節が刻まれた記念碑がたてられているそうだ。
ちょっとした偉人って感じかな?
…………
……
……
150年前
「くしゅんっ」
「どうしたの祐葉? 風邪?」
「なのかなぁ……熱はないみたいなんだけど」
「もしかしたら、誰かが噂してるんじゃないの? 祐葉のこと」
「うぅ……そうかも」
(Ⅰ)
「よし、点呼はじめ!」
「いち!」
「に!」
「さん!」
「し!」
「ご!」
「ろく!」
「よし、着席。それでは、今日のブリーフィングを始めるぞ!
いつもの点呼のあと、いつものブリーフィングが始まって、そして終わった。
そして……
「今日の、最初の訓練はこれか……」
と、僕はげっそりした表情。
今日の1時間目の訓練は、持久走だった。
そりゃあ、いくらMeS乗員でも、機体が破壊されたら、それを放棄して戦いを継続しなきゃいけない。
それを考えたら、やっぱり体力は必要だし、運動能力も必要だと思うけど、やっぱりきついものはきついわけで。
3周目……
「ふぅ……ふぅ……本当にきついなぁ……」
「なんだい、シュン。もう音をあげてるのかい? 情けないなぁ」
僕にそう言って笑いかけるシンヤは涼しい顔。確か、シンヤはハイスクール時代は長距離走の選手だったと聞いたことがある。
お願いだから、帰宅部の僕と、バリバリの体育会系のシンヤを一緒にしないでほしい。
「大丈夫ですか?」
「な、なんとか……アヤメは平気なの?」
「えぇ。巫女さんにも体力は必要ですから」
そ、そうなの? そりゃあ、巫女さんにも仕事はあるし、舞を踊ることもあるから体力は必要だろうけど……
1500mの持久走を走れるくらいの体力って必要なのかな?
「シュンくん、大丈夫?」
「うん、ハルカ。 ハルカのほうこそ大丈夫?」
「うん、これくらいなんとか大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
「ハルカー、先に行ってるね~」
と言って、クルミがスローペースで走ってる僕とハルカの横を通り過ぎていく。ここを追い抜くチャンスと思ったらしい。
するとハルカも……
「こら、待ちなさいよ! わたしだって負けないからねっ!」
ハルカも猛スピードで、クルミの後を追った。
あああ……というか、そんなにペースを上げたら……
ちーん……
ハルカ、5周目でリタイア。
クルミ、4周目でリタイア。
「ふぅふぅ……」
「ぜぇぜぇ……」
6周目。
リタイアしたハルカとクルミは、二人仲良く木陰で息を切らして休んでいた。
まぁ、あれだけ猛スピードで走ってたらね。それに女の子だし。
その様子を横目に見て、僕は残り1周半に挑んでいた。
そこに。
「はぁ……ふぅ……」
僕の前を走る女子生徒。ヨシノ先輩だ。
「ヨシノ先輩、大丈夫ですか?」
「は、はい……はぁ……ふぅ……なんとか、大丈夫です……」
でも、なんか足元が少しふらついてるような……
本当に大丈夫なのかな?
そこに。
「ヨシノ姉さん、大丈夫?」
「あ、シンくん。 うん、なんとか……」
「ほら、無理しないで一緒に走ろう? ゆっくりでいいから」
「う、うん」
そう言って、さっき、僕より先に1500mを走りきったシンヤがゆっくり、ヨシノ先輩に併走する。
シンヤのタフさにもびっくりだが、幼馴染と一緒だからか、先輩も少し元気になったみたいだ。
仲良く走る姿が、なんか微笑ましい。
そして、僕も先輩も、無事に1500mを走りきった。
(Ⅱ)
そして30分の休憩のあと、次の訓練。
次の訓練は、シミュレータを使った、模擬戦闘訓練だ。
僕とクルミのファーストと、シンヤとヨシノ先輩のセカンドの二機でチームを組んで、CPU操作の敵機と戦うことになる。
まぁ、クルミのノーコンが少し気になるところではありますが。
そして実戦開始。
「あ、当たって当たって~」
クルミが必死にガトリングを撃つけど、全然当たらない。
一応、大まかに、狙ってる方向には飛んでいってるけど。まぁ、狙ってる方向に飛んで行ってるだけましか。
さらに敵の攻撃をよけるのに動いてるから、なおさら。
そうこうしてるうちに、僕のファーストは、敵機の接近を許してしまう。
しまった!
そう思うと同時に。
「ヨシノ姉さん!」
「う、うん!!」
ドガガガガっ!!
その敵機に、シンヤ機のガトリングが炸裂した。鋼の巨人がハチの巣になり、そして沈黙する。
「ふぅ……ありがとう、シンヤ」
「どういたしまして。さぁ、あと一機。気を引き締めていこう」
「オッケー、相棒」
そして残った敵に向き直る。そして戦闘再開。
でも、クルミのノーコンは相変わらずのままでして。
「うぅ~、ごめんね、兄さん……」
「い、いや、気にしないで。クルミのノーコンは今に始ま……もとい、まだ訓練始めて間もないんだし」
うーん、でも、一発も当たらないのは問題だ。
だって、射撃がアテにならないんなら、残る攻撃方法は格闘しかないんだから。
かといって、格闘だけで戦うというのも無茶な話だ。
だって、格闘するには接近するしかないんだもの。格闘に持ち込む前にハチの巣にされるのが目に見えている。
うーん……射撃を少しもアテにできるようにするには……あ、そうだ。
「クルミ、それならさ、銃座を左右に振って撃ってみて?」
「う、うん、やってみるね」
そうだ。狙いをつけようとするからいけないんだ。
それを放棄して、弾幕を張るような感じで撃てば、いい線行くかもしれない。
かくして。
ガガガガッ!
ドカァッ!
「や、やった! やったよ兄さん!」
「うん、よかったね、クルミ」
クルミの張ったガトリングの弾幕のうちの数発が敵機に直撃した。さらにそのうちの一発は、敵のドライバー席に直撃したようで、膝をついて沈黙する。
だけど。
「よかったね、じゃないよ。シュン……」
「え?」
ふと見ると、シンヤのセカンドにも、弾幕のうち数発がヒットしていた。しかも、彼の機体は、両腕が吹き飛ばされていた。
(Ⅲ)
さて、訓練を終えた終業後。
僕がジュースを買いに購買に行くと……
「エルさん、このジュースくだ……あれ、先輩?」
「いらっしゃいませ、アズマさん」
「あ、こんばんは、アズマくん」
店員のエルさん……エル=ヒフミさんと、ヨシノ先輩が中にいた。
彼女の手には、食材の入ったビニール袋がぶら下がっている。それにしても、この購買って、なんでも売ってるんだなぁ……
ほぼ全ての食材がそろってるなんて、コンビニ顔負けだ。
さて。
「先輩、食材なんか買って、料理するんですか?」
「はい。いつか、シンくんに何か手料理ごちそうできるようになりたいな、と思って、練習で」
「へぇ……」
先輩って、本当にシンヤのことが好きなんだなぁ……
そう思うと、なんか微笑ましくなってしまう。
「アズマさん、どうされましたか? 何かにやにやしてるようですが」
「え? いやいやなんでもないですよ」
でも、シンヤはヨシノ先輩のこと、どう思ってるんだろう? 今度聞いてみようかな。
「アズマくん?」
「え?」
ヨシノ先輩は真剣な目。
「シンくんに聞いたらダメですよ? やっぱり、私のほうから聞いて、そして告白したいですから……」
「はぁ……」
先輩に見透かされてるや。
先輩はやっぱり真剣な目。その眼から、シンヤへの熱い思いが感じられる。
「……ね?」
「えぇ、わかりました」
観念して、そのことを諦める。
その僕を見て、笑顔を浮かべる先輩。
「でも、先輩、その思いが、いつかシンヤにも届くといいですね」
「は、はい……」
(Ⅳ)
そして寮の自室に戻って……。
クルミはまだ帰ってきてない。また、ヨシノ先輩と居残り特訓してるのかな?
そのとき。
とんとん。
ドアをノックする音がしたので、ドアを開けてみると……
「あ、こんばんは、アズマくん」
「あ。先輩、どうしたんですか?」
「料理の練習で、一品作ってみたので、アズマくんに試食してもらおうと思って……」
と、先輩は手に何やら鍋を持っていた。
あ、そういえば。
「そういえば、クルミ、まだ帰ってきてませんけど、知りませんか?」
「あ、クルミちゃんでしたら、私とさっきまで特訓やってて、今後片付けしてるところですよ」
へぇ……クルミ、頑張ってるんだなぁ…… 感心、感心。
さて、鍋を開けてみると、それはなんともおいしそうに見えるカレーだった。
生唾を飲み込む僕。カレーは僕の大好物なのだ。
「本当にありがとうございます。カレー、大好物なんですよ」
「ふふ、それはよかったです」
そう会話をしながら、僕は自分の皿に、ご飯を持って、さらに先輩のカレーをかけていく。
うーん、本当においしそうだ。
「それじゃいただきます。これ、作るの大変だったでしょ?」
「いえ……」
カレーを口に運ぶ僕。
「料理の練習で、クルミちゃんに教わりながら、一緒に作りましたから」
気が付いたときには、翌日の朝で、僕はハルカに看病されて朝を迎えたのだった……
せ、せめてジャンパラヤだったら……
そのときはじめて僕は、カレーがラテン料理ではないことを恨んだ。
まぁ、これは余談だけれども。
To be New Day...