2nd Day
とんとん
朝を告げる音楽が鳴るのと、ドアをノックする音がするのは同時だった。
「もう朝か……」
と思いつつ、制服を着て、身支度を整える。
そうそう、起きるさいに、一応妹のクルミをゆすり起こしておくのも忘れない。
僕は今まで三か月、ここ……第112MeS訓練施設で過ごしてきたかいあって、この音楽ですぐに目覚めることができるけど、クルミは昨日入寮したばかりだからね。
そして、身支度を整えるとドアを開ける。
すると、そこにいたのはいつもの……
「あ、おはよう、シュンくん」
「おはよう、ハルカ」
そうあいさつして、微笑みあう僕とハルカ。
と、その奥に気が付いたハルカが、微笑みをむすっとした顔に変えた。
「え? え?」
「シュンくん~? ど・う・し・て、クルミがシュンくんの布団で一緒に寝てるのかな~?」
「あ。 そ、そうだっ。ぼ、僕がベッドで寝て、クルミが床で寝てたんだよ、うんっ」
「へぇ~、シュンくん、お客さんを床で寝せる礼儀知らずなんだ」
「うぅ……ごめん。ハイ、昨日ハくるみサント一緒ニ寝テマシタ」
「うん、よろしい」
完敗した僕に、うんうんとうなずくハルカ。
これで一件落着かと思ったけど、やっぱりハルカはふくれたまま。
「あ、あの、ハルカ……?」
「こんなことだろうと思って、昨夜メールしといたけど……変なことはしてなかったでしょうね?」
「も、もちろんだよっ」
「そうだよ、ハルカ。あたしと兄さんは、あくまで兄妹なんだから。きょ・う・だ・い」
そういって助け舟を出してくれるのは、制服に着替えたクルミ。とてもありがたい。
でも、その口ぶりに何か嫌な予感を感じるのは気のせい? 頭の中で、赤い警報ランプがピコピコ鳴ってるんですが……
「兄妹だから、寝ながら手をつないでてもおかしくないよね、兄さん?」
あーーー、そんな爆弾発言はーーーー!
「へぇ……そうなんだ」
それを聞いたハルカが、さらに膨れ面に……ああああ。
「あ……あの、ハルカ……さん?」
「シュンくん、わたし、先に行くね」
そう言ってすたすたと去っていくハルカ。
「お、お~い、ハルカ~……」
そのあと、ハルカの機嫌を直すために、購買のイチゴシェイクをおごらされたのは言うまでもない……
しかも三本。
(Ⅰ)
「はぁ……」
「どうしたんだい? シュン」
いつものブリーフィングという名のホームルームを終えた後、僕たち……僕、シンヤ、ヨシノ先輩、そしてクルミの四人は、エレベータでシミュレータ室に向かっていた。
今日のシミュレータ訓練は、僕とシンヤのドライバー組が、射撃回避訓練。ヨシノ先輩とクルミのガンナー組は射撃基礎訓練だ。
「朝からハルカとけんかしちゃってさ。まぁ、機嫌直してくれたのはいいんだけど……購買のイチゴシェイク3本900円はきつい……」
「一緒に寝て、手をつないだくらいなのにねー」
「クルミちゃん……それは「くらい」って言わないと思いますよ……」
「えー、だって手をつないで寝るなんて、向こうの国じゃ当然のスキンシップですよ、スキンシップ」
「そんなスキンシップはありませんっ」
……あれ? なんか今ハルカの声が聞こえたような……気にしないことにしよう。
「それに……今まで三年間、兄さんに会えなかったんだもん……」
と、寂しそうな表情を浮かべるクルミ。
そうだったよな……
クルミは、ハイスクールに入ってすぐ、語学学習のため、中米某自治区(連邦成立前でいう国家だ)にある街・ラウラバドルに留学に行って……三年の間、僕と離ればなれになって……
さらに、アリアスとの戦争が始まって、僕と会えなくなるかもしれない不安に襲われて……
そう考えると、クルミが僕にあそこまでスキンシップを求めるのも、わからないではないんだよね。
昨夜、クルミが言った言葉が思い出される。
「だから今、とっても嬉しいよ……? こうして兄さんと一緒にいれて、一緒の布団で眠れるんだから……これに勝る幸せなんて、ない」
その言葉が、いまさらながら、胸の奥に沁み渡る。
「……? どうしたの、兄さん?」
「いや、なんでもないよ。これからもよろしくね、クルミ」
そう言ってクルミの頭をわしわしとなでてやる。微笑みを浮かべて嬉しそうにするクルミ。
その顔を見ると、イチゴシェイク3本900円分も安いものだと思えてしまう。
「いいなぁ……わたしもシンくんに……」
「え、シンヤに?」
「な、なんでもありませんっ。秘密ですっ」
そう言って、顔をゆでだこのようにするヨシノ先輩。
あー、なんとなくわかる気がするなぁ。
クルミも気が付いたのか、にやにやしてるし。
「へぇ、そうなんだ~」
そんなこんなで、僕たちはシミュレータ室に入って行った。
(Ⅱ)
さて、シミュレータ室に着くと、僕たちは受付の人にIDカードを見せ、使ってもいい筐体の番号が書かれた札を受け取る。
そして筐体に入ると、IDカードをセットして、シミュレータを起動させる。
『MeS Simulation System Ver1.23/By Minose High Technology』
その文字が出て、画面がホワイトアウトすると、目の前には仮想敵機のMeSの姿が。
今回の、僕たちの射撃回避訓練と、クルミたちの射撃基礎訓練は、セットで行われる。
僕の機体がヨシノ先輩に射撃され、クルミがシンヤの機体に射撃し、それを僕たちがかわすというものだ。
「い、行きますよ、アズマくんっ」
「えぇ。いつでもどうぞ」
ヨシノ先輩の機体から、僕に向けて、機体両肩部のガトリング砲が発射される。
僕はそれを、機体を巧みに動かして回避し、回避しきれないものは、機体左腕のシールドで受け止める。
「や、やりますね、アズマくん」
「ヨシノ先輩こそ、さすがです」
そう言葉を交わしながら、訓練を続ける。
あれ? そういえば、シンヤたちのほうからは銃声だけが聞こえて、MeSの駆動音とかは聞こえてこないぞ。
どうしたんだろう?
「あ、当たって当たって~」
「……クルミちゃん、ちゃんとこっちに向けて発射してくれないと、訓練にならないよ……」
……
あー……クルミって、昔からノーコンだったもんなぁ……
そう遠い目をした僕の機体に、先輩のガトリングがクリーンヒットした。
…………
……
……
そして、シミュレータ訓練終わり。
「うぅ~……」
涙目でうなってるクルミ。どうやら、一発も当てる……どころか、正しい方向にすら撃てなかったのが悔しいらしい。
「ま、まぁ、初日だし、うまくいかないのも当たり前だよ、うん」
そう言って、クルミの頭を軽くぽんぽんってしてやる。
「ん……」
「元気出してください、クルミちゃん。練習すれば、きっとそのうちうまくなりますよ」
「うん、ありがとうございます……あ、あのっ」
「はい?」
「終業後、練習に付き合ってもらえますかっ? このままじゃ終われないんでっ」
そのクルミの申し出に、微笑んで返すヨシノ先輩。
「えぇ、かまいませんよ。なんなら、私が教えてあげますよ?」
「ほ、本当ですか? ぜひぜひっ」
うーん。クルミもやる気満々だなぁ。いいことだ、うんうん。
「……次の射撃回避訓練のときまで、ノーコンが直ってたらいいよね……」
「……そうだね」
まぁ、一日一歩、少しずつよくなっていけば……いい……よね、うん。
射撃も……あれも。
(Ⅲ)
そして終業後。時間は6時ごろ。
僕は一人で、寮の自室にいた。
ちなみにクルミはまだ帰ってきてない。 終業後、使用許可をとったうえで、ヨシノ先輩と一緒にシミュレータ室で特訓してると思う。
本当にクルミは努力家だからなぁ……
ふぅ……でもおなか減ったな。
食堂に晩御飯でも食べに行くか……
そう思って立ち上がったところで。
「ただいまー、兄さん」
クルミが帰ってきた。
「おかえりクルミ。かなり頑張ったみたいだね。少しはうまくなった?」
「うん、少し……ね」
クルミの表情を見ると、まだまだみたいだな。まぁ、少しでも上達したのなら立派な進歩だ。
「お疲れ様。それじゃ、晩御飯は……って……」
と、そこで僕は気が付いた。クルミが両手で持っている、何やら食べ物ののっている皿を。
「? どうしたんですか、兄さん?」
「い、いや、その皿はナンデショウカ?」
僕のその言葉に、クルミは持っている皿に目を落とすと、再び僕のほうに目を向けて
「あぁ、これ? せっかくだし、晩御飯作ってみたの。この寮、各フロアに自炊できる施設あるしね♪」
ええええええ!?
「何ひいてるのよ、兄さん? あと、後ずさっているように見えるんですけど」
「だ、だって……」
僕がひいて、後ずさるのも無理はない。だってクルミは……
毒料理つか……もとい、料理が超絶下手なんだもの。
「兄さん? 今失礼なこと考えませんでしたか?」
「い、いやいやいや」
クルミの料理は、僕の記憶では、食材に失礼なほどにまずかった気がする。
彼女がジュニア・ハイスクールのころ、一週間に一回は彼女が料理を作ってくれてたんだけど、そのたびに気絶するのが、うちでの恒例行事だったなぁ……
「失礼だなぁ……。あたしだって、留学してて、少しは料理も成長したんだよ?」
「そ、そうなんだ……」
「まぁ、とにかく食べてみて、兄さん?」
「う、うん」
僕がそう言うと、クルミはテーブルに皿に載った食器を並べ始めた。
彼女が作ったのは、ジャンパラヤに味噌汁だった。 なんか妙な取り合わせ。
「そ、それじゃいただきます……」
「うん」
本当は遠慮したいんだけど、そうしたらクルミがどうなることか。
僕は覚悟を決めて、ジャンパラヤを口に入れてみた。
だけど。
「お、おいしい……」
「でしょ? やった~」
僕の感想に、クルミは笑顔を浮かべた。まばゆい笑顔。
いや、本当においしい。スパイシーかつうまみもあって、一流シェフもびっくりなおいしさ。
クルミがこんなおいしいお料理作れるなんて驚きだ。
「言ったでしょ? 料理も成長したって。 留学してた頃、ホームステイ先の人に、ラテン料理を教わって、頑張って練習したんだよ。向こうの人たちにも好評だったんだから」
「そうだったんだ。本当にクルミも成長したんだなぁ」
「もう……」
ほっぺを膨らませるクルミ。でも怒ってる様子じゃない。そんなクルミもとってもかわいくて、僕もつい笑顔になる。
だが、僕は致命的なミスを犯した。ジャンパラヤのおいしさと、クルミの笑顔に気を取られて、クルミの話の大切な部分に気づかなかったんだ。
「さて、それじゃ次は味噌汁をいただこうかな」
「うん。どうぞ」
そう、彼女が得意なのは、ラテン料理だけだったんだ。
僕が意識を取り戻したのは、夜の9時ごろだった。
(Ⅳ)
そして夜の9時。消灯時間になって、もう部屋は暗い。
さて。
「……それで」
「なに、兄さん?」
「なに、シュンくん?」
「クルミはわかるけど、なんでハルカまで僕の部屋にいるのかな、と思うわけですが」
そう、僕のベッド。真ん中に僕、右側にハルカ、左側にクルミと川の字に寝ていたのだった。
ベッドはシングルで……まぁ、どんな状態になってるかは予想がつく……よね?
「だってー…… シュンくんはわたしのだもん。 クルミに負けたくないんだもん」
「だけど、基本的に男女同室は禁止でしょ。早く戻ったほうがいいよ」
「あ、あんたはどうなのよ、クルミ」
「あたしと兄さんは特別なんだもん♪」
そう言って、クルミは僕の左腕にしがみついてきた。
あー……そんなことをされたらハルカが……
「わ、わたしだってっ」
ぎゅっ。
ほら。ハルカまで僕の右腕にしがみついてきた。
もしかして、昨日アヤメが言ってた女難、まだ続いてるのかな……?
って、それよりも。
「男子の部屋に入ってるのがばれたら、先生に怒られちゃうよ。早く戻ったほうがいいんじゃない?」
「ぶー……わかった」
しぶしぶベッドから出ていくハルカ。
「それじゃ部屋に戻るけど、くれぐれも変なことはしないようにね」
「う、うん、もちろんだよ」
「ふぅ……ほんとにシュンくんったら」
そう言って部屋を出ようとするハルカ。
でも、やっぱり付き合い長い身としては、何かフォローしなくちゃ、と思う。
「あ、そうだハルカ」
「え、もしかして一緒に寝ていいとか?」
「いやいや。今度、またイチゴシェイクおごってあげるから、ね?」
そういうと、ハルカは口に手を当て
「ん~……」
と考え込んでから笑顔で言った。
「それもいいけど、今度の休日、一緒に出掛けたいな。どう?」
「う、うん、わかった」
そういうと、ハルカはまばゆい笑顔を見せてくれた。
「えへへ、ありがと。それじゃ今度の休日、楽しみにしてるねっ」
「う、うん」
元気に部屋を出ていくハルカ。
そのあと、今度はクルミを必死になだめて、ソーダフロートを5本2500円分おごることになったのは言うまでもない……
To be New Day...