14th Day
春が目前に迫ってるようなそうでないようなよくわからない二月のある日。
今日の訓練が終わっての、寮への帰り道。
「はぁ、来週からいよいよ昇級試験かぁ」
「何溜息ついてるのさ。ここに入ってからわかりきってたことじゃないか」
溜息をつく僕に、傍らのシンヤがそう声をかけてくる。苦笑を浮かべながら。
「だって、大事な試験だしさ。そりゃ溜息もつくって」
「そうかなぁ」
「ほんとにシンヤがうらやましいよ。僕に点数分けてほしいくらい」
そう、シンヤは本当に文武両道で、実技訓練だけでなく、座学の成績もとてもいいのだ。
彼の家は軍人の家系ではなかったはずなんだけど、そう思えるくらい。
「分ける点数ぐらい、毎日の訓練や自習をしっかりやってれば稼ぐと思うよ」
それをやっても、なかなか点数を稼げない人がここにいるのですが……
「シンヤのような秀才と、凡人を一緒にしないでよ……」
「そうかなぁ…… それより、僕は姉さんのほうが心配なんだけどね」
「ヨシノ先輩のことが?」
そう聞くと、シンヤは困ったような顔をしてうなずいた。
「ほら、姉さん、一度留年してるだろ? だからさ」
「あ……」
そうだった。
MeS訓練施設に限らず、士官学校はとても厳しい。
二回、同じ理由で留年したら、そこで退学になってしまうのだ。
「あれ、ということはもしかして先輩は……」
「うん…… 去年は体育試験に落ちちゃってね。だから、『試験に落第』でってことになるのかな」
「本当に体育試験は、女の子には辛いよね……」
そんなことを話しながら歩いていく。
運命が決まる昇級試験まであと少し……
(Ⅰ)
「うーん、難しいなぁ……」
「うん……ハイスクールの勉強とは大違い……」
その翌日の土曜日、僕とクルミは、互いに向かい合って勉強に励んでいた。
とはいえ……
「うーん、うーん……」
「うーん、うーん……」
運動系の訓練もちょっと苦手だけど、座学の勉強も苦手な僕には、ちょっと一苦労。
どうやら、それはクルミも同じらしい。
かりかり……
かりかり……
かりかり……
かりかり……
「うーん、わからん……」
「うーん、わからないよぉ……」
あ、また二人とも嘆きがそろった。
「うーん、ちょっと休憩しようか」
「そーだね。あ、あたし、ジュース買ってくるね」
「うん、ありがとう」
そう言って、クルミが部屋を出ていく。
ふぅ…… ほんとに勉強は大変……。
まぁ、これを読んで一息つくかな……
と、取り出したのは僕が良く読んでる少年漫画雑誌。
「えーと、今週は……と、ぶっ!」
僕はその雑誌を開いていきなり噴き出してしまった。
なぜかというと、開いたページが、ちょっとえちぃ漫画のところだったから。
しかも間が悪いことに。
がちゃ。
「ただいまー、兄さん。 あれ、どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよっ」
あわてて、雑誌をうつぶせにしてテーブルの下に隠す。
「? まぁいいか。 はい、ジュースだよ」
「う、うん、ありがとう……」
クルミが持ってきてくれたのはオレンジジュース。冷えててとってもおいしい。
ちなみに、彼女も同じものを飲んでいる。
「ねぇ、兄さん?」
「え、な、なにっ?」
「あー、やっぱり態度おかしい。顔赤くしてるしー」
「そ、そんなことないよっ」
と言いつつも、気がつかれやしないかと、テーブルの下の雑誌に目を配る。
でも、それがいけなかった。
「テーブルの下……? あ、漫画雑誌。
やだなぁ、兄さん。もう高校生じゃないんだし、こんなの読んだくらいで怒ったり……って……」
それを読んで硬直するクルミ。
一気にあたりを気まずさが覆い尽くした。
「……」
「……」
「兄さんの……えっち……」
「あ、あぅあぅ……」
顔を真っ赤にしてそれだけつぶやくクルミ。
それがとてもかわいいと思ったのは秘密……
でも、それがささいなことぐらい、部屋の中を気まずい沈黙が支配してるわけで……
「え、えと……」
ぷるるるるる……
「うわっ」
「きゃっ」
携帯が鳴って、僕たちはびっくりした。
それと同時に、気まずい空気も霧散していく。
携帯を開くと、ハルカからのメールだった。
メールいわく。
『いやな予感がしてきたからメールしてみました。
変なことしてたりしないで、ちゃんと勉強するように!』
な、なんて鋭い勘なんだ!
我が幼馴染ながら恐るべし……
「そ、それじゃ、ちょっと気分転換に散歩してくるね」
「う、うん、行ってらっしゃい」
そして僕は顔を少し赤くしながら部屋を出た。
(Ⅱ)
訓練施設内をのんびりと歩く。
まだ2月とあって、敷地内の桜はまだ咲いていないようだ。
でも、ところどころに咲いてるフクジュソウが、僕の目を楽しませ、心を癒してくれる。
そんな中を散歩しているうちに、勉強で疲れてた頭も癒され、そしてさっきまで感じてた気まずさもなくなっていく。
本当にさっきはどうしたものかと……
と思っていると、向こうから走ってくる人影を見つけた。あれは……
「あ、アズマくん」
「ヨシノ先輩」
向こうから走ってきたヨシノ先輩が、僕の前まで来たところで止まる。ジョギング中なのか、その場で足踏みしたままで。
「ランニングですか?」
「はい。今度の体育系の試験に備えて、体力をつけておきたくて」
「へぇ……頑張ってるんですね」
「だって、シンくんについていくためですから……」
「え、シンヤの?」
「あ、な、なんでもありませんっ」
と顔を赤くする。 とてもかわいいなぁ……
それに、先輩がどれほどシンヤのことを想っているかがよくわかる。
「あ、もしよければ一緒に休憩しませんか? ジュースでもおごりますよ」
「え、そ、そんな、悪いですよ」
「いえいえ。気にしないでください。僕がおごりたいだけですから」
「そ、それじゃお言葉に甘えまして……」
そして僕と先輩は、ジュース片手に、近くのベンチで休憩することにした。
「そういえば、先輩って、どうしてこの訓練施設に……軍に入ろうと思ったんです?」
「それは……シンくんが軍人になりたいと言ってたから……」
「そうなんですか?」
「はい。シンくんは、ずっと平和な生活が続くように軍人になりたいって言ってました……」
「へぇ……」
シンヤ、軍に入ったのはそういう動機があったからなのか。
それは初耳。
「それで、そう言ってたシンくんがとてもまばゆく見えて……それで、私も、そんな彼を支えてあげたいなと思って……」
「そうなんですか……」
先輩は、シンヤのことをまばゆく見えると語ってたけど、その彼を支えたいと語っていた先輩もとても輝いていた。
やっぱり、軍に入った目標というか、目標が明らかで、それが本人にとって、何にも代えがたいものだからだろう、と思った。
「これからも彼のそばで支えてあげられたらいいですね」
「はい、ありがとうございます。それじゃ失礼しますね」
と言って先輩は、再びランニングに戻って行った。
その先輩の姿も、やっぱりまばゆくて、僕はその姿をずっと見つめ続けていた。
(Ⅲ)
さて、部屋に戻った僕は、再びクルミと勉強に励んでいた。
そのころには、あの気まずい空気はすべて吹き飛んでいた。
あたりにはまじめな空気と、ペンの音が流れていた。
だけど僕は、気まずさとは違う理由で、あまり勉強が進まなかった。
シンヤは、平和な生活がずっと続くように……
先輩は、そのシンヤを支えられるように……
クルミは、ずっと僕のそばにいたいから……
アヤメとハルカの理由はなんだろう……
そして、僕は……
僕は……
なんで、この施設に……軍にいるんだろう……?
その迷いが、心の片隅に巣くっていたのだ。
「? どうしたの、兄さん?」
「ん? いいや、なんでもないよ?」
「そう?」
「うん」
クルミが再び、ノートとテキストに視線を落とす。僕もそれに習う。
僕の……僕の軍にいる……戦う理由は……?
そのときだった。
うぅぅぅぅぅぅぅ!!
「!?」
「な、なに!?」
部屋……いや、寮の中に、非常事態を告げるサイレンが鳴り響く。
そして非常放送が語りだした。
「非常事態発生! 訓練生各位は、ただちに非常シェルターに集合せよ! 繰り返す……」
「い、いくよ、クルミ!」
「う、うんっ……!」
僕とクルミは、部屋を駆け出し、ハルカの部屋で彼女と合流し、非常シェルターへと走って行った……
To be New Day...




