1st Day
2150年の世界。僕らが生きている時代。
その時代には、三つの点をのぞけば、21世紀初頭とほとんど変わりはなかった。
そう。
世界が『地球連邦政府』の元ひとつになったことと。
Metal Soldier……MeSと呼ばれるロボット兵器が主力兵器になってること。
そして、中米に興ったアリアス共和国が世界に宣戦を布告したこと。
この三つを除けば。
中米では、アリアスと連邦政府の国境地帯で、MeSが戦場を駆け、死と悲劇をばらまいているという。
そんなこととは一切関係なさそうな極東の一地区。
これは、そこで語られる物語……
Ⅰ.
朝を知らせる音楽が、寮内に響き渡る。その音楽に目を覚ました僕……シュン=アズマはちょっと急いで制服に着替える。
着替えにもたついて、集合に遅れたら大変だ。
そして僕が着替えを終えるのと同時に。
とんとん
「シュンくん、起きてる? もうそろそろ行かないと危ないよ?」
「うん、ちょっと待ってー」
身なりを整えると、自室のドアを開ける。
そこに立っていたのは、腰までのロングヘアと、白いリボンの女の子。
ハルカ=ナガサワ……僕の幼馴染であり、僕の所属してる、『第112Mes訓練施設・112-77訓練小隊』の仲間だ。
「お待たせ」
「もう準備整えてるなんて珍しいね。明日は雨かな?」
「失礼だなぁ。毎日、ちゃんとしてるじゃないか」
「そうだっけ?」
そう言ってくすくすと笑うハルカ。やれやれと頭をかく僕。
すると、ハルカはかばんから、二段重ねの弁当箱を僕に渡してくれた。
「はい、お弁当。いつも通り、上が朝の、下が昼のね」
「うん、ありがとう。いつもすまないね」
僕がそう言うと、ハルカは微笑んでいわく。
「ううん。シュンくんに食べてもらえるの、とっても嬉しいから」
ハルカにそう言ってもらえると、僕もとっても嬉しい。
そして弁当箱を受け取ると、僕はハルカと並んで、教練棟に歩いて行った。
Ⅱ.
ここはジャパン自治区・ヨコスカタウンにある、第112MeS訓練施設。
人型機動兵器・MeSに携わる人員を育成するための訓練施設……いわゆる『士官学校』みたいなものだ。
士官学校といえば、しごきとかいじめとか、規律が厳しいとか、そんな悪いイメージがあるけど、僕たちの第112は、戦場とは大きく離れた…しかも、今までずっと戦争とは無縁であったジャパン自治区にある土地柄からか、そんな負のイメージとは全く無縁の、ちょっとのんびりした学校だ。
そりゃ、校則違反をしたり、遅刻したりしたら怒られることはあるけど、そんなのは、一般の大学や高校とたいして変わらない。
そんなここを、僕はとても気に入っている。それに、ハルカや、他の仲間たちもいるしね。
Ⅲ.
今日も早く起きれたからか、始業時間前に教練棟の、僕たち112-77訓練小隊のガンルームに着くことができた。
さっきも言った通り、第112訓練施設は、それほど厳しくない。座学や実習の時間でなければ、弁当を食べても怒られたりしないし。
そんなわけで、僕はさっそく、ハルカからもらった弁当を開けてみた。
「うわ~、とってもおいしそうだね」
それは、ハンバーグに煮物にサラダと、いろいろな料理がつめあわされたとてもおいしそうなお弁当だ。
起床時間は6時半。つまり、ハルカはそれより前に早起きして、お弁当を作ってくれてることになる。そのことには、本当に頭が下がる思いだ。
「どうかな? シュンくん」
「うん。とってもおいしそうだよ。食べるのがもったいないなぁ」
素敵なお弁当に感嘆してそう言うと、ハルカは嬉しそうに微笑んで言った。
「遠慮しないで食べて。シュンくんに食べてほしくて作ったんだから」
「うん、そうさせてもらうよ」
そう言うと、僕はハルカの作ってくれたお弁当にはしをつけはじめた。
そこに。
「おはよう、シュン。今日もハルカちゃんのお弁当かい? いいなぁ」
「あ、おはよう、シンヤ、ヨシノ先輩」
「シンヤくん、ヨシノ先輩、こんにちは」
「アズマくん、ナガサワさん、おはようございます」
集合室に入ってきたのは、三つ編みの髪の女の子と、男子生徒が一人。
女の子は、ヨシノ=ホソヤマ先輩と、男子生徒は、僕の親友、シンヤ=ニシオカ。
二人とも、僕と同じ、112-77訓練小隊の仲間だ。
ちなみにヨシノ先輩は、僕らより1歳年上だが、何かの事情で留年したらしく、僕らと同じく一年生をやっているんだ。
さて。僕ははしを休めることなく、シンヤに言ってやる。
「そんなにうらやましいなら、ヨシノ先輩に作ってもらえばいいじゃん」
痛いところをついてやる僕。
「そうしてもらえればいいんだけどさ、ヨシノ姉さんは料理の腕が……」
「え、私の料理の腕がなんなの? シンくん」
「え、な、なんでもないよっ」
その場を取り繕うようにあわてながら言うシンヤ。僕の切り返し、大成功だ。
と、そこに背後から。
「あんまりそうやってシンさんに意地悪みたいなことしてると、今日よくないことが起こるかもしれませんよ、シュンさん」
「うわぁっ! あ、アヤメか……」
びっくりして背後を見ると、そこにはおかっぱの髪の女の子……アヤメ=クラタが座っていた。
彼女も、僕の所属している112-77訓練小隊の仲間だ。
さて。よくないことが起こると聞いて、僕はちょっとどきりとした。
彼女は神社の娘ながら第112MeS訓練施設に入った……つまり、僕たちと同じ軍人志望という変わり種の女の子なんだけど、神社の娘だからか、ちょっとした予知能力や危機感知能力を持ってるんだ。
だから、彼女がこんなことを言うことは、笑い話では済ませられないわけで……
「よ、よくないことって?」
「シュンさんに女難の気が感じられます。それも今日の放課後に。気を付けてくださいね」
「う、うん……」
そういえば、訓練小隊のことについても説明しておこうかな。
ここの学生たちは、実戦配備を想定して、実際のMeS一個小隊と同じ編成のチームを組んで訓練や勉強をしてる。このチームを訓練小隊というんだ。
その一個小隊は、ファースト(一号機)のドライバーとガンナー……あ、ドライバーというのはMeSの操縦や制御を担当する人、ガンナーは銃火器の制御や照準、射撃を担当する人のことだよ……と、セカンド(二号機)のドライバーとガンナー。さらに、MeSと同行して、戦況分析や情報処理を担当する情報車両の、運転手と情報処理担当の計6人から構成されている。
それで、僕たち112-77訓練小隊の担当はといえば……僕がファーストのドライバー、ハルカがリサーチャーの情報処理担当、シンヤがセカンドのドライバー、ヨシノ先輩がセカンドのガンナー、そしてアヤメがリサーチャーの運転担当……となってる。
あ、そういえば、僕のファーストのガンナー、まだ決まってないな。どうするんだろ?
「あ、そういえば……」
と、そこでハルカが話しかけてきた。
「ニュースで見たんだけど、ラウラバドルの近くにも戦火が広がってるんだって。そこに住んでる邦人の退避が始まってるそうだよ」
「あぁ……やってたよね。ラウラバドルといえば、確かクルミちゃんが留学してたんじゃなかったっけ?」
「うん。クルミ、無事だといいけどな……」
クルミ……ハイスクールに上がったと同時に、中米……そのラウラバドルに留学した、僕の実の妹。
とっても僕になついてて、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と甘えてきたっけな。
ジュニア・ハイスクールになると、さらにその甘えが加速して、もう兄妹愛のレベルからかけ離れてるような気がしたけど……
でも、本当に無事なんだろうか……とても心配だ。
「あ、間もなく先生が来ますよ」
と、先生…つまり教官の気配を感知したのか、アヤメが僕たちに声をかけてくれた。
僕たちが前を向くと、それと同時に僕たちの担当の教官が集合室に入ってきた。
本当にアヤメの予知能力や危険感知能力とか、そうした不思議な力には助けられっぱなしだ。
「点呼はじめ!」
「いち!」
「に!」
「さん!」
「し!」
「ご!」
「よし、着席。今日のブリーフィングを始めるぞ!」
そして点呼してから、ブリーフィング(といっても、高校のHRみたいなもんだけどね)をした後、僕たちはおのおのの訓練現場へと散っていく。
そう、今日もこれからいつもの一日が始まるんだ。
Ⅳ.
いくらMeSに乗る身とはいえ、いきなり一年生から実機に乗せてもらえるほど、訓練施設……というか連邦軍は甘くない。
なので、僕とシンヤは、エレベーターで最上階にあるシミュレータ室に向かった。
シミュレータに乗り込むと、認証機器のスロットにIDカードを差し込む。
すると、ディスプレイにCGで景色が映し出される。シミュレータ訓練のはじまりだ。
今日の訓練は、MeSによる格闘の訓練。
僕はシミュレータ上でMeSを操り、目の前にいるシンヤのMeSと格闘戦を繰り広げる。
パンチにキック、あるいはコンボとか。
だけど、そうして格闘戦を演じながらも、僕はあることが気がかりであまり集中できなかった。
それはラウラバドルに留学してる妹クルミの消息。
(クルミ、無事でいるかな……。後で消息確認に国際電話でもかけてみるかな……)
「隙ありっ!」
「え?」
その声に僕が反応した瞬間、シンヤの機体のストレートが僕の機体に直撃し、僕のMeSはひっくり返ってしまった。(いや、シミュレータ上の話だけどね)
そして画面に映しだされる。
『You Lost』
の文字。
通信機から、シンヤの声が。
「シュン、ぼーっとしてたらダメだよ。戦場ではちょっとした油断が命取りになるんだから。ましてや君はファーストのドライバーなんだから、余計しっかりしないと」
「あ、ご、ごめん……」
そうだった。MeS小隊では、ファーストのドライバーが、小隊長となる慣例がある。
そんな人が油断とかしてたら、隊員たちにも危険が及ぶんだったよね。
……ってこれは、確かこの前の統率学の座学で習ったことだけど。
「大丈夫。クルミちゃんは、君の妹じゃないか。きっと無事で、元気でいるよ」
「…………」
そう言ってくれるシンヤ。その言葉に、少しだけ安心感が沸き起こってくる。本当にシンヤは最高の親友だ。
「うん。ありがと、シンヤ」
「どういたしまして」
そう言ってお互い微笑みあう。いや、シンヤも微笑んでくれてるかはわからないけどね。別の筐体に乗ってるから。
でも、多分微笑んでくれてると思う。
「よし、それじゃもう一戦行くか」
「うん、望むところだよ」
筐体のスタートボタンを押して、そして。
「よーし、行くぞっ!」
Ⅴ.
そして、その日の訓練も終わり……
「よし、全員そろってるか? 点呼!」
「いち!」
「に!」
「さん!」
「し!」
「ご!」
「よし。デブリーフィングを始めるぞ」
集合室に五人が集まり、デブリーフィング(とはいっても実際は帰りのHRみたいなものだけど)を行う。その途中で教官が言った。
「そうだ、アズマ訓練生。お前の所に面会者が来ている。終業後、訓練生寮の教官室まで来るように」
「あ、はい」
「以上。解散!」
と、そんなわけで、僕はハルカと一緒に寮の教官室に向かっている。
その間、僕の頭は?が飛び回っていた。なぜかというと……
「どうしたの、シュンくん?」
「あ、いや……面会者だったらさ、普通は教練棟の面会室で面会するじゃん。なのに、どうして教官室なのかなぁ、って」
「あー……そうだよね。 まぁ、行ってみればわかるんじゃないかな?」
「そうだね」
そう会話をしているうちに教官室に着いた。ドアをノックして……
「失礼します。シュン=アズマ訓練生、入ります」
そしてドアを開けると同時に……
ぼふっ
何か……いや、誰かが僕に抱きついてきた。
とても懐かしい香り。これは……
「クル……ミ?」
「うん、久しぶり、兄さん」
そう、僕に抱きついてきたのは、ちょっと大人になったけど、それでもまだ当時の面影を残す、僕の妹のクルミだったんだ。
「こんなに大きくなって…… でも、無事に帰ってこれたんだね、よかった」
「うん。ラウラバドルまで戦火が広がる数日前に、不穏になってきたからって、向こうの人の心遣いで帰ってこれたの」
「そうだったのか……でも、本当によかった」
本当に無事にクルミと再会できてよかったな。向こうのホームステイ先の人には感謝しなきゃ。
と、ふと横を見ると、ハルカが面白くなさそうな顔をしてる。というか少しふくれてる?
「あ、ハルカも久しぶりだね」
「う、うん、久しぶり」
「ま、まぁまぁ、ハルカも機嫌直してくれよ。後で何かおごるからさ」
「う、うん……」
と、そこで僕はあるものに気が付いた。
それは、机の上に書かれてる書類。しかも僕の目がおかしくなければ、そこには『第112MeS訓練施設入所願』と書いてあるような……?
「ね、ねぇ、クルミ、これは?」
「あ、うん。あたし、少しでも兄さんの近くにいたくて……」
「いたくて……?」
何かいやな予感がする。それと、僕の横のハルカからよくないオーラが……
「ここの訓練施設に入ることにしたの。よろしくね、二人とも♪」
「「ええーーーー!?」」
僕の妹は、まばゆい笑みを浮かべて、そう宣言した。
さらにそのあとに追い打ちが。
その追い討ちは教官からだった。
「まぁ、そういうわけなんだが、問題はこの寮は満杯で、彼女の部屋がないんだ。うーん……」
そして。
「よし、アズマ訓練生。君が彼女と同居するように。兄妹だから、おかしなことにはならないだろう」
「「ええーーーー!?」」
僕の妹は、まばゆいばかりの笑みを浮かべて……
「というわけだから、これからよろしくね、兄さん♪」
これが、僕のMeSのガンナーが決まった瞬間だった。
Ⅵ.
そして夜。夕食を終えた僕は、自室で布団の上に横になっていた。
この部屋のベッドは、一人一室を原則してるので、一つだけ。
なので、クルミはベッド、僕は、教官室からお布団を借りて、床で。
だけど、なかなか眠れない。だって、今、妹とはいえ、年頃の女の子と一緒の部屋で寝てるんだもの。
そんなこんなでどきどきしてると……
「ね、兄さん」
僕の妹は……
「な、なに?」
「そっちの布団で、一緒に寝てもいい?」
どかーーん!
メガトン級の爆弾を投下なされました。
「な、な、な、何をいきなり…… ぼ、僕とクルミは兄妹……」
「ダメ……かな?」
そこまで言って気が付いた。クルミの声がわずかながらに震えているのを。
「うん、いいよ。どうぞ」
「ありがと……」
そしてクルミが僕の布団にもぞもぞと入ってくる。
そうだったよな…… 教官室で再会してから、部屋で床に就くまでずっと笑顔だったから気づかなかったけど、クルミはずっと、戦火が及ぶかもしれない町にずっと一人でいたんだ。表面上は気丈にふるまっても、内心はどれだけ不安で怖かったことか。
僕は、安心させるように、クルミの頭を軽くなでてあげる。
「ん……。兄さんに、こうしてもらえると、とても落ち着く……」
「そっか……」
「あたしね……。やっぱり怖かった……」
「そうだよね。いつ戦火が忍び寄ってもおかしくない街に住んでたんだもんね。それは僕だって怖いよ」
「ううん……」
「ん?」
「それも、だけど……」
え、何かクルミの目がうるんでるような?
「確かにいつラウラバドルが戦火に焼かれるか、というのも怖かったけど……それよりも、このまま兄さんに会えないまま死んじゃうかもしれないっていうのが怖かった……。兄さんとまた一緒に過ごせないかもしれないのが怖かった……」
「クルミ……」
「だから今、とっても嬉しいよ……? こうして兄さんと一緒にいれて、一緒の布団で眠れるんだから……これに勝る幸せなんて、ない」
「そ、そっか……」
クルミの思いを聞き、少し恥ずかしい気持ちになりながら、彼女の頭を軽くなでてあげる。
恥ずかしい気持ちになりながらも、胸がいっぱいで熱くなる。
だけど、その一方、僕は気まずい空気を感じていた。
なんか、恋愛ドラマに出てくる告白シーンみたいな空気なんですが……いったい僕はどこで選択肢を間違えたんでしょうか?
と、そこに。
ぴろぴろぴろ……
「うわっ」
「きゃっ!」
突然携帯が鳴り、僕もクルミもびっくりした。
慌てて携帯を開く。 ハルカからのメールだ。
『シュンくん、もう寝てる? 明日も早いんだから、変なことしてたりしないように!』
ハルカ、直感鋭すぎっ!
女子部屋からここまではかなり離れてるのに。
でも、そのメールのおかげで、さっきまでのシリアスでしっとりした空気はどこか霧散したようだ。
「そ、それじゃそろそろ寝ようか」
「そうだね。明日早いんだっけ?」
「う、うん」
「それじゃおやすみなさーい。……あ、そうだ」
「ん?」
「手……つないで寝てもいいかなぁ?」
「うん、いいよ。断る理由なんかないさ」
ほんとならあるんだけどね。寮の部屋はカードキーだから大丈夫だと思うけど、この現場をハルカに見られたらどうなることか。
でも、これでクルミが安心して、幸せな気持ちで眠れるんなら安いものだ。
「それじゃおやすみなさい、兄さん」
「うん」
おやすみ、クルミ。 良い夢を見るんだよ。
To be new day...