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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
杏奈さんの懸念と秘密
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本音をぶつけ合える仲7

 しかし、

「そっかー。慎も見た目が幼いところあるから、おもちゃにされてないか?」

「えっと、おもちゃってよく分からないけど。ゲームセンターとか、よくあるデートスポットとか、そういうとこ行くんだって言ってたよ」

「あれ、女装とかさせられてない?」

「女装!? ……したなんて話聞かないけど。一緒に服を買いに行っても、普通に男の子の服買ってくるよ」

「そっか……」

 よく話を聞いてみれば、その安堵も再び消えてしまった。


「あれ、あたし変なこと言った?」

「いや、そんなことないよ。あの子はお菓子作りとか上手だったけど、今もしてるのか?」

「花木さんって料理とかしないって言ってたけど。え、するの?」

「七海も普通に料理するよ。わたしの料理の師匠が七海のお母さんなんだけど、昔はよく夕飯の準備を二人で手伝ってた。お菓子作りもあの子の趣味で、月に二回くらいしてたんだけどな」


 落ち込んではいないようなのだが、それでも、話を聞けば聞くほど杏奈が良く知っている彼女には程遠いことが分かってくる。


「……ってことは」

「うーん、また色々と抱え込んだまま忘れようとしてそうだな」

「うわ……やっぱあたし変な話しちゃった」

「明日香は気にしなくて大丈夫だって。あの子が塞ぎ込んで何もできなくなってるわけじゃなければ、あとは慎と七海自身に任せようと思ってるし」

「うー、でも……」

「ありがとう明日香。教えてくれただけで十分嬉しかったよ」


 一方で、無茶をしなくなったという考え方をすれば、成長したとも言える。

 マイナスに考えすぎるのはやめて、前世の記憶にある人間関係には深く踏み込まないことを決めたのだった。


「杏奈ぁ……何とかできない?」

「わたしは何もしない」

「でも、あたしも花木さんから話聞いたの。小さい頃からずっと一緒にいて、いっつも遊んで、喧嘩もしたって。ホントはずっとずっと好きだったのにって。ずっと泣いてたのよ、目の前で死んじゃったんだって。助けてくれたのに、助けてあげられなかったって。喧嘩したまま、仲直りもできてないって!」

「無理だよ。わたしはもう、須藤佑介じゃないんだ。何もできない」

「でも! せめて何か、花木さんの背中を押せる一言でも良いから……お願いっ」

「そう言われてもなぁ……」


 ところが、明日香からはその決意を打ち砕くような言葉が次々と飛んでくる。


 それでも杏奈がこのまま拒否の姿勢を貫こうと思うのは、七海との関係が既に終わっていて、しかもどう頑張ったって取り返せないものだからに過ぎない。しかしよく考えてみれば、明日香にとっては今ある人間関係の話だ。あの少女が心の奥に隠した感情を聞いたことで、情が移っていても不思議では無い。


 それに。ふと自分のことを考えてみると、杏奈には、綺麗事ばかりも言っていられないように思えてきた。

 何故なら、今彼女が住んでいるこの地域は、近いとは言えないのだが明日香が前世で生活していた場所にも行けてしまうのだ。


 つまり、いつ自分が逆の立場になってもおかしくないということになる。


 であればこのまま知らんふりを続けるよりも、少しでも明日香の気持ちが晴れるように手を貸す方が良いのではないかと思うのだった。


「まあでも、明日香がそこまで言うなら分かった。その代わり、わたしも明日香の前世の知り合いに会ったら、一つだけ無理を言うかもしれないけど、良いか?」

 その気持ちを素直に、手を貸すけどタダじゃないぞ、と口にしたのだが、

「うん……! ありがと杏奈!」


 それがどんな風に伝わったのだろう。スマホのスピーカーからは、明日香の嬉しそうな声が聞こえてきた。


「って言っても、わたしが前世で住んでたアパートの部屋に入る必要があるんだけどな」


 とはいえ、杏奈が考えている手助けもそんな簡単に実行できるものではない。

 彼女自身が直接何かをするのではなく、残っているかどうかも怪しい「あるもの」に望みを託すくらいのことなのだ。


「それは全然大丈夫だけど。でも、何か伝えれば良いんじゃないの?」

「どうせやるなら、強力なのを渡そうかと思ってさ」

「強力なの? プレゼント?」

「ただの思い出だよ、わたしの黒歴史。……アパートの場所は知ってるのか?」


 あの頃は絶対に二度と誰かの目に触れさせるものかと思った負の遺産が、今の杏奈にとっては「役に立つなら良いや」と思えるものに変わっていて、不思議なものだと思う。


「うん、もちろん。部屋の方もまだそのままになってるんだよ。花木さんの話もそこで聞いたの」

「え、嘘……家賃は?」

「花木さんのところで払ってるって」

「それは参ったな……。いや、今回は好都合だけど」


 ただ、まさかその場所が未だに維持されているとは思ってもおらず、驚いてしまう。


 というのも、

「なんかね、親族が分からないから市の方もすぐにはどうにもできないみたい」

「アパートの契約だと大家さんが処分できるってなってるはずだけど?」

 と、杏奈からしてみれば持ち主がいなくなった時点で片付けられてしまうものだと思っていたのだ。


 だからこの作戦は半分以上諦めていたし、運良く部屋がまだ開いていたとしても、大家さんが子どものイタズラみたいなことに協力してくれるとは思えなかったのだから。


「え、よく知ってるわね。でもそれも法的にはグレーっぽいから、だったら思い出を残しておくことになったって聞いたわ。万一遺族が見つかったら引き渡すって」

「一家揃って花木家に迷惑かけ続けてるのかよ……最低だな家は」


 しかし「よく残ってたなぁ」とは言っていられない。


 自分たちの遺したものが七海の家族の負担になっていると聞けば早めになんとかしたいと思うものの、それについても、やはり杏奈自身が何かできるものではなかった。


 それがつい、口をついて出てしまう。


「えーっと杏奈さん? 口調が男になってますわよー」

「ああ……ごめん。で、話の続きだけど」


 後悔ばかりしていても仕方がない。

 今は明日香に効果があるかも分からない「あれ」を託すのが先だ。

 そう思いなおして、杏奈は説明を続ける。


「うん、何すれば良いの?」

「居間の奥に部屋があるだろ? そこに入って右奥、仏壇のあるところだけど、分かる?」

「分かる分かる! 二回くらいしか見たことないけど」

「良かった。んで天井の板なんだけどさ、一番右奥から左に三枚目のところが上に外れるんだよ。ちょうど仏壇の左隣に踏み台を置けば、その真上が外れる場所のはず」

「えっと……奥の部屋の入った方向から見て、一番右奥の天井から左に三枚目、外れるっと」

「うん。そこに四角いお菓子の缶がまだ残ってれば、それを……まあ、七海の前でひっくり返してみてくれ。隠してたことを少しは話してくれるようになるよ」


 一瞬、それを燃やしてくれと言いそうになって、何とか言い直した。

 一度死を経験しているし、もう二年以上もその缶の中身なんて見ていないというのに、今でも置かれていると思われるそれを思い出すと、一緒に、中に封印したあれやこれやが、そしてその時感じた気持ちも鮮明に思い出してしまったのだ。


「な、何か乱暴ね?」

「その中身は思い出したくもないからな……」


 随分と「あれ」……七海に女装させられて撮らされた写真……に対しての感じ方が変わったと思っていたのだが、当時の感情まで思い返してしまっては流石に元気もなくなるというものだ。

 思い出したくないと言ったのが、もう既に大体を思い出してしまった後だというのは、随分と自虐的な皮肉だった。


「杏奈の黒歴史、だったね」

「わたしじゃなくて、佑介だった頃のだよ」

「あはは、ごめんごめん。ん、でもありがと。夢で見たのよーとか誤魔化して、渡してみるね」

「頼むよ。それを見ながら死んだ人間の思い出話でもしてみれば、きっと色々抱えてるものを吐き出せるだろうからさ」


 とはいえ、後は明日香たちが杏奈のいないところで解決してくれるだろう。


 そう思うと直接ではないにしても自分のやり残したことに区切りをつけたようで、

「迷惑かけちゃうけど、七海をよろしく」

 側から聞けば歳不相応ではあるのだが、杏奈もまた、こんな言葉を口にするのだった。


「全然問題なし! 無理言ったのは、むしろあたしの方だし」

「ありがと。まあその分、わたしも明日香の前世のやり残しを一つ丸投げできるようになったわけだし、もし何かあった時はそれもよろしくな」

「あはは……そっちはお手柔らかにお願いしまーす」

 肩の大きな荷が一つ降りた杏奈は、もう重たい話はやめようとばかりに、

「了解了解。にしても、慎と七海が付き合ってるなんて思わなかったなぁ」


 研究所時代からの仲間である慎の恋に話を向けると。


「あ、杏奈もやっぱり気になっちゃう? 花木さんが絡むから話しにくいなぁって思ってたけど、大丈夫?」

「もちろん。え、何で仲良くなったんだ?」

「あのね、最初は……」



 話をし始めると止まらなくなるもので、その日の会話も、夜中遅くまで盛り上がり続けるのだった。

二人の会話が終わったわけではないですが、

この話自体はこれで終わりです。


面白いと思っていただけたら、ブックマーク・評価・感想をいただけると、とても嬉しいです!


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