本音をぶつけ合える仲3
とはいえ、ここで「やっぱなし」とやめるわけにもいかないし、言っても後の祭りだ。
「知らなかったのか、ごめん。実は……前当主の人が亡くなって今の当主になった時に、その人があの研究所の実験のことを知って止めに来たんだ」
自分も隠していた側だったことを謝罪するのと同時に、要約ではあるものの真実を口にした。
少し焦ってしまったせいか早口になってしまったが、それが何を意味するのか、明日香にはちゃんと伝わったらしい。
電話の向こうから言葉は聞こえなかったものの、彼女が声にならない吐息を漏らしたのが分かったのだ。
ただ、更に踏み込んだ話をすれば、研究所の解体と解散の前後で、杏奈がどんなことに巻き込まれていたかも話す必要が出てくる。あまり教えたくないし、彼女たちを巻き込みたくないという思いから、これ以上の詳しい話をするのはやめておこうと決める。
「その頃から何かと縁があるんだけど、楠本が弟だって聞いたのは当主の人からだよ」
「そっか、そうだったんだ……。あれが絡んじゃうと、そうそう人に言えないわね」
杏奈が伝えた一連の情報は、もしかしたら明日香にとってショックの大きなものだったのかもしれない。
先ほどまで達哉の噂話を口にしていたときとは違い、その声が沈んでしまっていた。
「そうなんだ……。悪いけど、今のは秘密で頼むよ」
「おっけー、そうする!」
そして今度の返事は少し無理をして声を明るくしているような雰囲気で、その声を聞いて居た堪れなくなってきた。杏奈はこの話はこれで終わりにしておこうと思った。
そういえば今の話題も脱線し続けてこうなったんだったな、ということを思い出す。テストの順位で高めを狙おうとしていたのは何故か。そんな話をしていたはずだ。
今の話は、そこに繋がっているような繋がっていないような微妙な話題だった。
とはいえ、
「ありがと。まあでも、わたしが委員長で楠本が副委員長ってなるとさ、あいつにテストで勝てないのは仕方ないけど、それでも悪い点は取りたくないだろ? 委員長がそれじゃかっこ悪いというか、クラスの皆に示しがつかないというか」
元の話に戻すとしたらこの辺りがちょうど良いのだろう。
だから必然的に、達哉と張り合わなければいけない気持ちになってしまったのだと。
しかしそうは言ってみたものの、これは先ほど解決策が出ている。平均点くらい取れていれば、完璧じゃないクラス代表だと思われるかもしれないが、バカにされる程でもないはずだと杏奈も納得できたのだ。
不満があれば、二学期に誰かが立候補してくれるだろうとも。
「そうねぇ。確かに気持ちは分かるけど、真面目に考えすぎじゃない?」
納得はしていたのだが、明日香から意外な言葉が飛んできて、思わず杏奈は首を傾げてしまった。
「真面目に? そうかな?」
「杏奈ってさっぱりした性格なのに真面目なのよ。真面目じゃないのって勉強してないことくらいじゃないかなって、あたしずっと思ってたもん」
しかも、もし側で第三者が聞いていたら「如月杏奈という少女はとても真面目な性格らしい」と勘違いされてしまうような、そんな評価だ。
明日香が自分のことをそんな風に思っていたなんて思っていなかった杏奈は、思わず
「えぇー?!」
と声を出すほど驚いたのだった。
そして、自分の出した声の大きさにもう一度驚いてしまった。
それくらい、杏奈は自分が真面目だとは思っていなかったのだ。
「わたしって結構いい加減なところ多いぞ?」
しかし思ったことをそのまま口にしてから思い出す。
誰かに「自分のいい加減なところを上げろ」と言われたら、具体的な例をいろいろ上げられる自信が、実は無いことにも気づいてしまった。
あえて上げるとすれば、自分の中で決めたことを貫き通す時もあれば途中で曲げることもある、というところだろうか。あとは、普段は節約しようと心がけているのに、ふとした拍子に美味しいものを食べたくなって高い食材に手を出したり。
それから、休日にはやると決めている勉強を時間通りやらなかったりする。今日やらなければ明日苦労するぞと、自分に発破をかけてようやくやり始めるくらいだ。
とはいえその日中にやっているのだから、それが真面目だということなのだろうか。
しかしそう考えてみると、明日香が杏奈の真面目では無い部分に唯一あげていた勉強すら、今は真面目にやっていることになってしまう。
「かもだけど、自分に責任が来ることになると一人で背負いこむじゃない。研究所の解体のこととか、全っ然相談してくれなかったし」
しかも明日香からは、杏奈の真面目なところを更にあげられてしまう。
「うん……あれはごめん」
「えっと、別に責めてるわけじゃなくて。と言うか、そうやって謝っちゃうところもやっぱ真面目なのよね、杏奈は」
「あれ? あー、そうなっちゃうのか」
真面目なところをあれもこれもとあげられてしまうと、なるほど、確かにその通りかもしれないと気づかされる。
しかし、今の謝罪だってただ条件反射的にしてしまったわけではない。
あの件に関して杏奈は、皆に対して、特に明日香、康太、慎の三人には今ですらあれこれと隠し事をしている。今日うっかり話してしまった、研究に投資していた楠本家の件もそうだが、いくら同期の仲間でも話していない事実がまだあるのだ。
そういった意識から内心では申し訳なく思っている所があり、謝罪の言葉はそういう気持ちから来ているのである。
「でも……委員長になったからか知らないけど最近いろんな授業で当てられることが多くなってきてさ。先生たちから期待してるぞとか言われたら、テストも上位取らなきゃって思っちゃうんだよな」
その後ろめたさから逃れるため……では無いが、杏奈はもう一度話を学校の方へと戻した。
あまり暗い話ばかりしていても気持ちがしぼんでしまうし、明日香にも暗い気持ちにはなって欲しくなかったのだ。
「あー、それね! クラスの委員長っていうだけで担任とか教科担任からプレッシャーが来るって中学の友達が言ってた。あれってやっぱりあるの?」
「わたしはあると思うよ。楠本も結構当てられてる気がするけど、あいつは勉強が出来すぎるからなぁ。当てられるプレッシャーなんて感じてなさそうだ」
達哉への嫌味をダシに、少し冗談も交えてみる。
杏奈は彼がどれくらい勉強ができるのかを知らないが、実力テストが全て満点だったという噂を耳にしたり、授業で当てられて間違えたことがないという状況を見てきている。
そんな優等生を見ると、劣等生経験者の杏奈は嫌味の一つくらいぶつけたくなってしまうのだ。
もっとも彼女の場合、こうして本人が聞いていない場所で言うことよりも、本人に面と向かって言うことの方が多いが。
「あはは……達くんは昔っからいろんな伝説があるからねー」
しかし明日香が前世でこの地域にいたのは、中学二年の春頃までだったと聞いている。その頃から達哉少年はある意味やんちゃだったのか、それとも今よりも紳士な性格だったのか杏奈には分からないものの、伝説という言葉が出てくるような何かをして来たのだろう。
「伝説、か。確かにたまに噂を聞いたりするけど」
杏奈の知っている噂は、主に中学二年の夏以降のものだ。彼が一人の少女と付き合い出したという、その時期からのことである。
さすが、明日香は昔からこの地域に住んでいただけはあって色々と情報を持っているようだ。と思う一方で、どうやら彼はそんな以前からプライベートが脅かされ始めていたらしいことも分かってしまう。
「杏奈も達くんの昔の噂聞くんだ?」
「聞くよ。どれだけ尾ひれがついてるかは知らないけど」
女子たちが話している噂は、伝言ゲームのようなものだと杏奈は思っている。だから、どれくらい大げさになっているのか、あるいは真実から離れてしまったかは分からないのだ。
とは言っても、学校で耳にする噂のほとんどは彼とどんなデートを楽しんだか、という実体験を元にしている話が多い。それも、つい最近の。
出ては消えて、消えては生まれるをくり返しているだけの噂とも呼べない小さな自慢話だ。
おそらく、明日香のいうような「伝説」ではないのだろう。
「そっかぁ。でも相手が達くんだと比べられるの辛いかもだけど、杏奈は杏奈だよ。もしテストの順位が二十位以上取れなくても委員長失格じゃないんだから、テスト勉強で無理しすぎないでね」
「ありがと。そうだな、気楽にやってみるよ」
「うん!」
話があちこちに飛びすぎて、何が話したかったのかが分からなくなってしまったが、杏奈にとっては一つ重荷が降りたような、スッキリした気持ちになれたのが嬉しかった。
これだけで明日香に電話をして良かったと思える杏奈だったが、
「でー、何でテストの話になったんだっけ。……あっ、全国高校生模試大会!」
この話も、元を辿れば脱線した話題だったことを明日香が思い出し、その言葉を聞いて杏奈も「そう言えば」と思い出した。
話題を出した杏奈ですら忘れていた。というよりも、単に会話を始めるのに良さそうな話題がなくて、明日香も知ってるのかな? と単なる興味本位で投げかけた話題のつもりだったのだ。
しかし彼女にとってはかなり興味のある話題だったようだ。
「あれねー、うちの学校って全然意識してないみたいなの」
話すその声はとても残念そうで、ほとんど愚痴のような口調になっている。
彼女の話によると、先生に質問に行く前に当然クラスメイトたちにも訊いたそうだ。
しかし、生徒たちは全国高校生模試大会のことをほとんど知らず、明日香や康太が説明しても「面倒臭そう」とか「出る意味なさそう」とか、なかなかに辛辣な感想が返ってきたらしい。
ここまで認知度がないとなれば、「皆、出る気はないんだ」と悟ってしまう。その時点で、自分では出場するつもりのなかった明日香としては、まあ良いかと諦めたそうだ。
「でも何か、康太はもの凄く張り切っててね。昨日なんて大会に出ないのかって先生に訊きに行ったくらいなのよ!」
「そこまでやる気があるのか、凄いな」
だからこそ、教師に直談判して大会に出られるようにしてもらったのだろう。
とはいえ、どこからそれほどの熱意が出てくるのかは分からない。
「あいつ、前世は大学入学が決まってたらしいから。本戦は大学の共通入試に似せてるみたいだし、今なら余裕だと思ってるんじゃない?」
「確かに高校卒業まで普通に勉強してたんだもんな。出場したら問題自体は簡単だろうけど……」
明日香のどことなく呆れ口調な予想に同意してみたものの、何だかそれだけでは康太のやる気に繋がるとは思えないのだった。
しかし杏奈の思考は彼のやる気の元が何であるかを考えるよりも、彼が出場するとどんなことになるかの方に向いていた。
ただし、それは良くないことではなく、自分たちに都合の良さそうなことの方向だ。
「となると、康太が予選通過するのは確実かもしれないな。もし本戦に出ることになったら、そっちは日曜日っぽいし応援に行くよ」
そう、よその学校とはいえ本戦に知り合いが出るのであれば、応援しに行くだけならタダなのだ。中には野球のようにスタジアムに入るための入場料が必要だったりもするが、どうやら全国高校生模試大会の本戦は会場内なら誰でも入れるホールでやるらしく、何にも邪魔されることなく会いに行くことができるのである。
「あ、もしかして久しぶりに会えるってこと!?」
「そう、もし康太が予選を通過できればな」
校内で大会に参加する人数が少なかった場合でも、大会運営から送られてきた問題で予選を行う必要がある。そこで規定の点数を取れなければ、予選通過ができないのだ。
だからこそ、みんなで久しぶりに会うためにも康太には予選通過してもらいたい、それが杏奈の気持ちだった。
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