本音をぶつけ合える仲1
大型連休の後半が始まった。
しかし杏奈はこの日、誰かと遊びに行くとか何かしなければいけない用事があるとかいったことは一切なく、家の中で借りた漫画を読んだり、テレビで連休の特番をぼーっと眺めたりしながら過ごしていた。
普段から休日で一緒に遊ぶといえば、高校入学当初から仲良くしている晶、真奈、紗江の三人くらいしかまだいないが、彼女たちもこの連休は忙しくしているらしい。
真奈は、ついにやってくるこどもの日には先週に引き続きまたも親戚の家に出向くらしく、色々と準備することがあると言う。
晶は相変わらずバイトを入れているようで、一体いつ休んだり勉強したりしているのか色々気になるハードスケジュールを自信たっぷりにアピールしてきたのだが、どうも彼女としては、忙しいことよりもメイドとしての技術を磨いていることを自慢したいのだと思われる。
休みを極限まで削って体調を崩すのは良くないが、杏奈も両親を亡くしてからは休みもあまり入れずバイトをしていた。休む間もなくあれもこれもやる生活の大変さは良く知っているのだが、晶自身が決めたことをとやかくは言えないと、適度に頑張れと応援しておいた。
一方で紗江は、
「倒れないように気を付けてくださいね、晶ちゃん」
と心配そうにしていたのが彼女らしい。頑張れ、でも倒れないように。杏菜たち二人の応援でちょうど良いバランスが取れていそうだ。
そしてそんな紗江はというと、どうやら先週晶のバイト先で経験したヘルプが思ったよりも楽しかったらしく、自分でも何かバイトを始めたくなったと言っていた。部活でのお披露目会が終わって手が空いてからは、バイト紹介雑誌などを手に取って調べつつ、この連休は色々「調査」に行くそうだ。
杏奈が男だった頃のバイト選びといえば、興味のある業種で時間が合いそうなところを見つけたらとりあえず電話などでアポを取るだけだったが、紗江は実際に働く場所も知っておきたいらしく、リサーチにも計画を立てていて力が入っている。
そうやって三人が忙しくしているならと、杏奈にもバイトを探したいという気持ちが湧いて来る。しかし、神海高校の色々な生徒たちがバイトをしている話を小耳に挟みながらも、校則を破ってまで始める気にはなれず、行動に移せていないのだった。
そしてこの日、彼女が一日中ほとんど何もせずに過ごしていたのにも訳がある。
先週からの一週間が、公私ともに色々なことの連続であまり気が休まっていなかったのだ。
毎日なにかを考えていて精神的な疲れがたまる一方の一週間だったが、それもようやく気持ちに整理が付いてきた。
そうして一息ついてみると、今度はため込んでいたストレスの存在に気づいてしまい、今日は一日だらけて過ごすと決めたはずなのに、不思議と無性に誰かと話をしたくなって来た。
しかしそう思ったのは、もう夕飯の支度をし始めてしまった後。
しかも、この「あーもー上手くいかないっ」という気持ちには前世の記憶も少しばかり絡んでいて、この感情を思いっきりぶつけても大丈夫そうな相手は、明日香しか思いつかなかった。
思い立ったが吉日。
杏奈は夕飯の用意を終えると、スマホで明日香にメールを送って電話をして大丈夫な時間があるかを確認してみる。
彼女からの返事はすぐにきて、それも「今すぐでも大丈夫」と言ってくれたのだが、流石にまだ夕飯前の時間なのだ。あれもこれも話をしたいと思うことが多くて、長電話は避けられないと思うと、今からは電話しづらい。
時間をずらした方が良いと判断した彼女は、それから明日香と何度かメールでやり取りをして、今夜電話をかける約束を取り付ける。そして「よしっ」と嬉しそうに呟いて、顔を綻ばせるのだった。
◇◇◇◇
九時過ぎ、杏奈は風呂から上がると少し急いで自室にあるガラスのテーブルに置いておいたスマホを手に取り、明日香に電話をかける。
電話の約束していた時間を少し過ぎてしまっていたのだ。
「はい、もしもし」
すると、待っていてくれたのだろうか、呼び出し音が二回なり終わるかどうかという早いタイミングで、明日香の声がスピーカーから聞こえてきた。
「もしもし明日香? ごめんな、こんな時間に」
彼女の空いている時間を事前に確認してはいたのだが、この時間となってくると少し迷惑な電話をしているような気がして、半分以上社交辞令でしかないもののつい謝罪をしてしまう。
逆の立場だったとしても謝る必要はないと思うだろうと分かっていても、そこは杏奈の性分なのだ。
「ううん、メールもらってたし全然大丈夫!」
そして案の定、その辺りのことは明日香も気にしていないようで、明るい声でそう言う。
しかし、
「でもちょっとビックリしちゃった。杏奈の方から何かを話すのって、あまり好きじゃないと思ってたのに」
二人はついこの間の月曜日に電話で話したばかり。その週末に杏奈がもう話をしたいと言い出したことが、彼女には意外だったようだ。
「いやーなんか今週、色々重なってさ。明日香と話したくなったんだよ」
明日香は研究所時代、ストレスがたまったら何でもいいから話がしたくなると言っていたことがある。要するにそれと同じことがしたくなったのだが、あの頃の杏奈は自分から進んで愚痴を話すようなことがほとんどなかった。
きっとそれは明日香から見てもそう感じられるほどで、彼女の言葉には、そういったところも含まれているのだろう。
研究所を離れて二人が会わなくなってから、まだ四ヶ月半くらいしか経っていない。
普通なら四ヶ月という時間はかなりの期間であるはずだが、高校に入ってからのこれまでには、杏奈が今までに経験したことのない密度で色々なことが起きているような感覚だった。そんな中で今日はとても久しぶりにゆっくり休んだような気はしているが、ふと振り返ってみて、「あれ、まだ高校入って一ヶ月しか経ってない?」と思ってしまったくらいだ。
杏奈の体感からすれば、仲間たちと別れてからかなりの時間が経っているような気持ちになっている。一度こうして自由に話せると分かると、気持ちが盛り上がってしまったのである。
「なになに、あたしで良ければ何でも聞いちゃうよ! じゃんじゃん話して!」
「うん、ありがと」
とはいえ「話したい」という気持ちを満足させることが目的でかけた電話だったため、これといって「話す内容」は決めていない状態だった。いや、話したいことは色々あるのだ。その中から、明日香に話題を振っても大丈夫そうなものがどれかなんて考えていなかったため、とりあえず当たり障りのなさそうなものを選んで、杏奈は話し始める。
「それじゃいきなりだけど……明日香は全国高校生模試大会って知ってる?」
今年、生徒会定例ミーティングでその名前を初めて耳にした、勉強や知識といった分野に特化した大会。それを明日香も知っているのか、それを確かめてみた。
「もちろん! 春秋二回やるやつだよね」
「年二回やってるのか」
「うん。秋は三年生が参加できないから、春が毎年激戦になってるんだよ」
「へぇ、全然知らなかった」
すると、意外にもミーティングで説明された内容とはまた違った情報が出てきて、明日香が予想していたよりも詳しいことに驚いた。
むしろ、大学へ進学することがほぼ当然のことのように認識されているような進学校では、これくらいのことは知っていて当然、そんな知識なのかもしれない。
と思ったのだが、
「もしかして神海はもう模試大会の話が出たの?」
「そうなんだ。一昨日から校内予選の募集してるんだけど、もう十人以上立候補者が出たんだってさ」
「さすが神海は違うなぁ。あたしと康太が通ってる学校も進学校のはずだけど、なんか全然盛り上がってないの」
「そうなのか?」
「うん、康太が先生に聞きにいったら、一応大会に出ることは出来るようにしてもらえたんだけど」
明日香の話を聞いてみると、どうやらその予想は間違っているような気配を感じる。彼女がこの大会の知識を持っていたのは、こちらに住んでいた頃、つまり前世の記憶を持っているからというのが正解のようだ。
普通、こういった大会で優秀な成績を取っていれば、受験する高校を選んでいる中学生たちに自分の学校の印象を強く持ってもらうため、積極的に情報を公開していくはずだ。
例えば神海高校は、この大会の実績を地域に広く発信しているのだろう。だから会長はこの大会に力を入れたいと言葉にし、副会長までもが重ねて協力を呼びかけたことにも説明がつく。そして、そういった情報が自然と耳に入る環境なら、明日香が詳しい知識を持っていることも頷ける。
しかし彼女は、今通っている学校では盛り上がってないと言う。
「へぇ……。あれ、明日香たちってどこに通ってるんだっけ?」
そこで、彼女がどこの学校に行っているのかを確認してみた。
今の明日香たちが住んでいる場所は、杏奈が前世で住んでいたアパートの建つすぐ近くなのだ。そこから通える範囲にある、進学校を掲げる普通科高校はかなりの数があるため、今聞いた情報だけではとても絞りきれない。
その一方、中学二年だったあの頃、行動の早い生徒たちが少しずつ高校の情報を集め始めていたのだが、その頃からちらほらと噂が聞こえ始めていたにもかかわらず、杏奈の記憶にはどの学校も「全国高校生模試大会」で「何位に入賞しました」という情報を出していると聞いた覚えが無かった。
杏奈は決して勉強が得意だったわけでも、進学に興味があるわけでもなかった。それでも当時の自分なら、この手の大会の話を聞けば「頭が良いヤツ専用の大会か」と頭の悪い感想を抱いたはずなのだ。
今はそんなことを考えるはずもないのだが、当時は偏差値の高い学校に憧れる気持ちもあったため、聞いていれば印象が強く残った自信もある。
それがないということは、そもそもあの地域ではこの大会を重要視していないのではないかと、ふと思ったのだ。
「あのね、豊森高校だよ」
「豊森か! 県内で一番入試が難しいって言われてたところじゃないか」
そして返ってきたのは、杏奈が驚くような学校の名前だった。
しかし、同時に納得もしてしまう。
その学校は確かに入学するために必要な学力が高いと有名だっため、色々な教科担任が「こんな大学に進学出来る高校だ」とか「狙うなら今のうちから勉強し始めろ」とか言っていたのだが、こういった大会はどれくらいの成績を残しているのか、全然情報が無かったのだ。
もちろんちゃんと調べれば出てきたのだろうが、恐らく力を入れていないのだろう。それを証明するように、
「なんかね、そういう大会での勉強方法を知ってる先生がいないから、広く出場者を募集しないんだって。出場申し込みと予選テストはできるけど、その他は自分でよろしくって話みたい」
明日香はため息混じりにそんな話をしてくれた。
力が入っていないどころか、どうでもいいとすら思っているような状態のようだ。
そんなことをしなくても、一地方の中学校ですら教科担任が情報を口にするような学校だ、自然と生徒が集まってきているのだろう。
「そっか、それは仕方がないのかもな」
「ねー。それ聞いたら何か気が抜けちゃって」
明日香と杏奈のとりとめもない会話が、7回ほど続く話になります。
これまでのこととか、これからのこととか、
説明口調にならない形で会話にしてみようと目指してみたら……。
それもそれで、ちょっと行き過ぎてしまったかも知れません。
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