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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
杏奈さんの懸念と秘密
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第二回生徒会定例ミーティング2

 さっきの言葉も、「意中の相手」が杏奈のことを言っているのは分かるのだが、それも、この間の日曜日に緑ヶ丘でデートした時に言動で示されたから察しが付くような状態だ。


 もしこの会話を第三者が聞いていたら、「楠本達哉にはどうやら想い人がいるらしい(如月杏奈を除く)」と解釈していただろう。「意中の相手」などという遠回しの言葉を、全く情熱的ではない雰囲気で言ったとしたら、それはここにはいない誰かを指しているのだと、誰だって思うはずだ。


 ただ、達哉がそういう言い回しをしたからこそ、その発言が冗談だと杏奈には分かった。

 だからこそ、とても残念な気持ちになったのだ。


 好きな相手の気を惹きたいと思う男としての心理には共感できるのに、その「好きな相手」を目の前にして、好きだという気持ちを自ら「冗談」の発言に乗せるという行動をした理由が、全然理解できない。

 本当にこの男は自分に好意を持っているのか。

 他の女子たちは、こんな表現ばかりするような男のどこに惚れているというのか。


 呆れてしまうほど! 全く! 分からない。


「あれ、そこまで……だったかな?」


 対して達哉は自分の言葉が「残念」だということは分かっているらしい。一方で、睨むまではいかないにしても、ジト目でワザとらしく頬杖をついた杏奈の態度が示すように、すごくという言葉が頭に着きそうなほど残念だったとは思っていなかったようだ。


 だからだろう。達哉は次に、

「ごめんね、怒らせるつもりは無かったんだけど」

 と謝罪の言葉を口にしたのだが、杏奈からすればさらにがっくりと来てしまう。


 今の彼女の感情は、失望と呆れだ。とはいえ、こっちが勝手に期待して勝手に失望したのだから、前者の感情については分かって欲しいわけではない。


 しかしこの状態を「怒っている」と勘違いするのはやめてほしかった。「逆の立場で同じ言葉を聞かされたら、お前は怒るのか?」と再考を促したいくらいだ。

 とは思うものの、直接そうとは言わない。そんなことを言っては気持ちを理解されなかったからと不貞腐れる面倒な女になってしまう。


「怒ってはないよ。呆れてるのを目で表現してるだけだ」


 本当であれば大げさに肩をすくめるとか、海外の映画で女優がやっているような呆れた時のしぐさなんかをこれ見よがしにしたかったが、場が場なだけにそこまで大きなリアクションはできなかった。


 頬杖も、思いっきり机へ体重を乗せるような格好だと目立ってしまうため、机の手前端ギリギリに肘をつき手を握った状態にしてほぼ顎を乗せただけの体勢で、それほど大胆なものではない。


 そしてそこにジト目を加えたものが、今の杏奈の体勢というわけだ。


 もっとも、決してお行儀のいい状態ではないため、達哉がその姿勢と言葉をどう解釈したかは分からない。


 彼は杏奈に呆れていると言われ、あははと困ったように苦笑いを浮かべていた。

 するとそこへ、


 パンパンッ


 と手を打つ音とともに、

「皆さん、静粛にお願いします」

 よく通る副会長の声が飛んできた。


 その声に会議がまだ終わっていないことを思い出した生徒たちは会話をやめ、視聴覚室を静寂が再び支配する。

 姿勢の崩れていた杏奈も、彼女の姿に困惑していた達哉も、副会長のかけ声を聞いて体の向きを真っ直ぐ前へと戻した。


 集まっているメンバーの動きが止まったことを確認すると、副会長が会長に頷いて合図する。

「ありがとう、千恵美君。さて、次のイベントだが……」

 合図を受けて議題を進める会長は、一旦そこで言葉を切った。


 とはいえ、次に話すべき内容を忘れてしまったわけではなさそうだ。あえて止めることで、全員の注意をさらに引き付けようと思ったのだろう。


 先ほど副会長が場を鎮めたばかりだというのに、似たようなことを続けて行ったのは一体どういうことだろうと疑問には思うが、杏奈にその答えは全く想像がつかない。とりあえず、続きが告げられるのを待つ。


「北咲道下高校との交流会についてだ」

 そして二拍ほどの間の後、会長が議題を口にした。


 すると、その瞬間まで緊張していた場が、またしても緩んだ空気に包まれる。

「あぁー」

 とか、

「またやるのか」

 とか、主に上級生たちからやれやれと言うかのような雰囲気の声が聞こえてきた。


 一年生の中にも、この議題が何を指しているのか察する者もいるらしく、

「もしかして」

「恒例のアレってやつかな」

 という声がしている。


 しかし、そんな空気も長くは続かず、

「一年生諸君の知らない者のために説明しよう」

 会長の次の言葉が聞こえてくると、自然と静かになった。


「北咲道下高校は戦前、まだ中等学校であった本校から分校した姉妹校だ。戦後に廃校の危機を迎えたが、それを乗り越え私立となった。両校の交流会は分校後も元は一つの学校であったことを忘れないようにするために行われ始め、今なお続いている」


 会長の説明によると、分校した後にどちらの校舎も一度建て替えが行われ、その際に敷地も移動したことから当時よりもかなり距離が開いている。そして一方で、公立と私立という管理体制が別となったにもかかわらず、交流会は途切れず続けられているのだという。


 もっとも、その歴史が古すぎる上に当時の校長を務めた人物は既に亡くなっており、この二つの学校の間からは仲間意識というものなど完全に消え去ってしまっている。

 それでもこの「伝統」は続いていて、今は両校の張り合いの場へと変わっていた。


 いや、それすらも間違いかもしれない。


「交流会の内容は先方との相談の結果、今年もここ数年と同様、競技大会に決定した。競技種目については配布資料の通りである」


 競技大会といっても、配布資料に並んだ種目には運動会のようなリレーなどがあるわけではなく、どちらかというと運動部の練習試合のような状態だった。


 午前中はテニス、バドミントン、サッカーに柔道。そして午後に野球、ソフトボール、バスケットボールが予定されている。

 野球は男子のみ、ソフトボールは女子のみだが、それ以外は男女両方行うことになっていた。


 バスケットボールを除き、どれも神海高校では大会成績のあまりよくない種目だ。


「各競技には、基本的に本校で該当する部活に励んでくれている者たちに参加してもらうことになる。この会議では競技種目を採用するか決め、異議が無ければ承認するものとしたい」


 と会長は言っているが、おそらく反対は出ないだろう。


 競技会に含まれる中で唯一県大会まで行くのがバスケットボールである。男女ともそうらしいのだが、所属人数が割と多く二軍三軍が作られているため、新人戦などで忙しいこの時期ではあっても全員を部員で構成して大丈夫のようだ。


 杏奈自身はバスケットボール部には男女それぞれにどれくらいの部員がいるのか知らない。しかし、この学校にいれば嫌でも耳に入ってくるのがバスケットボール部の話でもある。


 その中に、部員が多くて一軍の競争が激しいという噂も、もちろん入っている。


 ちなみに達哉も男子バスケットボール部に所属しているが、彼がこの部を選んだのは、大勢の中に紛れ込めて目立たなくなるからではないかと、杏奈は勝手に予想している。


 などといった情報を他の参加者たちがどの程度持っていたかは分からないが、会長から反対の挙手を求められても、誰一人として反対意見は出さなかった。


「では、競技種目はこれで決定とする」


 こうして、生徒会定例ミーティングで交流会で行う競技会種目が決定した。

 後日、部活動定例ミーティングの方で各競技に該当する部活の部長へと、参加者を選定する依頼を出すことになるのだろう。


 ただし、生徒会側にもまだ決めなければいけないことが残っている。


「続けて、この交流会を行う実行委員を選定したい」


 杏奈は会長の言葉を聞きながら、配布資料の下半分へと視線を移す。


 交流会で競技を行うのに種目を決めるのはもちろんだが、当然、実行委員会がいなければ準備も進行も行えない。

 競技種目の下には、各校から参加する実行委員の人数が書いてあった。


 生徒会役員は六人が全員参加、そしてクラス代表からは各学年四人ずつの計十二人が選ばれることになっている。

 両校合わせて三十六人ほどだ。


「それに際して、事前に競技種目を行う部活に所属している者の把握をしたい。各種目に参加する部活に所属している部員は、手を挙げてくれたまえ」


 会長の声に、ちらほらと手が上がる。全部で七人だった。


 クラス代表のメンバーは一学年八クラスで十六人、さらに三学年合わせて四十八人いる。今「部活所属者」として手を挙げたのが、三年生からは三人、二年生と一年生からは二人ずつ。


 圧倒的な人気を誇るバスケットボール部が種目に含まれているにしては、少ない割合と言えるだろう。

「あれ、楠本は手を挙げなくていいのか?」

 ところが、その中に含まれているはずの楠本達哉少年は、両手を机の上に置いたままにしていた。


 達哉がバスケットボール部に入ったというのは、確かに聞いていたのだ。それなのに今、彼が手を挙げていないのは明らかにおかしい。と思う杏奈だったが、質問を投げかけた後ですぐに、このタイミングで彼が手を挙げていない理由に思い至った。


「大丈夫。オレ、四月いっぱいで部活辞めたから」

 そう、達哉が部活をやめている場合だ。


「え……? 何で?」


 しかしそこまでは分かっても、辞めた理由は見当がつかなかった。

 しかも、そう問いかけた答えが、

「だって、遊べる日が少なくなっちゃうでしょ?」

 という意味の分からないモノだったとなれば、何言ってるんだこいつ? という顔で杏奈が固まってしまうのも無理はないだろう。


 神海高校では休日の部活動は土曜日のみと決まっている。日曜日や祝日は休みなのだ。

 つまり達哉は「授業のない土曜日が遊べなくなる」と言っているのだが、そんなことは力を入れていることで有名なバスケットボール部に入る以上当たり前なことで、入部を決めた段階で覚悟していたはずだ。杏奈から言わせれば「何をいまさら」である。


 彼女にはどう頑張っても達哉にどんな心境の変化があったのか分からない。むしろ、今彼女が浮かべているこの表情を見たなら、詳しい説明を求めているのだと察してほしいモノだが、一方の達哉は、またもニコニコと嬉しそうに笑っているだけだった。


 否、彼の方もその表情だけで杏奈には伝わると思ったのだろう。


 しかし、予想外の情報が入ってきて半分ほど思考が停止してしまっている彼女には、その笑顔にどんな意味が隠されているかを理解することはできなかった。


「諸君、協力に感謝する。では実行委員の選出に移ろう。ジャンケン方式でいこうと思う。今から私が……」


 そんな風に混乱していたのがいけなかったのか、それとも選出方法からすると運が悪かっただけなのか。杏奈と達哉はそろって実行委員会になったのだった。

ちなみに、じゃんけん方式とは一人が出す手に勝った人から着席し、

立っている人が既定の人数になるまで続けるあれです。

で、委員会に選ばれたのは杏奈の運が無かったから。


達哉はずっと杏奈と同じ手を遅出しで出し続けて、彼女と同じ立場になるよう計っただけ。

何こいつ立派なストーカー!


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誤字脱字などの指摘もありましたら、

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