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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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初登校日4

「相変わらず楠本達哉は人気者じゃな」

「?」


 すると、今度は正面からそんな声がした。


 独り言にしては声が大きく、かといって誰かに話しかけているような口調でもない上に、少し年寄りくさい喋り方だった。

 何だろうと思って顔を上げてみると、右手を腰に当てて立つ眼鏡をかけた女子がいた。その子は入学式の時杏奈の隣に座っていた生徒で、出席番号は三番。


 確かクラス表には、秋元真奈という名前が書いてあったはずだ。


 真奈は杏奈の視線に気づくと、その目を見つめ返して笑い、

「狙っとるなら、早めに仲良くなっとかんといかんよ?」

 と言った。


「あー……いや、そうじゃないよ。何となく見てただけで」

「そうじゃったか」


 杏奈の返事を聞いても、真奈は特に表情を変えることなく言葉を返した。恐らく初めて話しかける相手への、単なる話題振りだったのだろう。

 すぐ横では達哉と女子三人が談笑していたが、そんなことは全然気にしない様子で、真奈は杏奈のすぐ横まで歩いてくると、

「えっと確か……如月杏奈と言ったかな?」

 と、確認するように杏奈の名前を口にした。どうやら、近くの生徒の名前を覚えていたのはお互い様だったようだ。


「そう言うあなたは、秋元真奈さんだったな」

「ははは、そっちも覚えとったか。遠慮なく『さん』なんてとってくれて構わんよ。席が前後ろ同士よろしくじゃ、杏奈」

「こっちこそよろしくな。真奈」

 真奈から差し出された右手を杏奈は笑顔で握り返す。最初の友達が早くもできた瞬間だった。


 フレンドリーではない後ろの席の生徒に少し不安を感じた杏奈ではあったが、フレンドリーな前の席の真奈を知り、一気にその不安が吹き飛んだ気がした。

 本当に初対面なのかと思うほど順調な挨拶を交わした二人だったが、そこへ教室の前の方から、窓際と隣の列の机の間をトコトコとひとりの女子が歩いてきた。真奈と比べて頭半分ほど背が低いその子は、杏奈たちのすぐそばまで来てピタリと歩くのをやめる。


 杏奈は、このクラスに一人として古い知り合いはいない。ということは、必然的に真奈の知り合いということになる。

 そしてそれを示すように、

「真奈ってば、同中のボクと話すより先に友達づくりなんて、ホントちゃっかりしてるよね」

 つい今しがた知り合った少女に向かって、そんなことを言うのだった。どうやらこの二人は少なくとも中学時代からの友達らしい。


「うちの席から一番近い女子なんじゃから、早いうちから仲良くしておいてもいいじゃろ?」

「んー、まあそうだけどさ」

 そんな曖昧な返事をしてから、その子は「よいしょっ」と声に出して、真奈の席に腰を下ろした。

 真奈の友達だというのならきっと仲良くなってくれるだろうと思った杏奈は、彼女にも自己紹介をしておくことにする。


「わたしは如月杏奈って言うんだ。杏奈って呼んでくれればいいよ」

「ボクは白川晶。よろしくね、杏奈」

「こちらこそよろしく。晶」


 晶と名乗ったその子の方は、真奈のように握手をする気はないようだ。その代わり、体を乗り出すように杏奈の顔や体をジーッと見ていた。


 男の頃は全く女子から人気がなかった杏奈は、まじまじと見つめられるという慣れない状況に苦笑いを浮かべてたじろぐが、晶はそんなことはお構いなしのようだ。

 まさかパッと見ただけで「造りものの躯」だと見抜かれたのではないかと心配になる。しかし実際にはそんなことは全くなく、晶はもっと別のことを考えていたらしい。


「なんかさ、杏奈の方が色々似合いそうだよね。紗江よりも」

「初対面の相手をじろじろ見て、なにを言っとるんじゃお主は」

 急に目を輝かせ始めた晶に、真奈は呆れた様子で眉間を押さえていた。


「すまんな。晶はあまり人のことを考えんやつで……」

 その反応から察すると、晶はいつもこんな感じなのだろう。そのことで真奈は色々と苦労しているようだ。

「いや、別に気にしてないよ」

 本当は晶が目を輝かせている理由が気になる杏奈だったが、「色々似合いそう」と言う言葉は少し不吉な意味を含んでいるような予感がして、訊くことができなかった。


 杏奈の言葉を聞いた真奈はもう一度「すまんな」と苦笑いしながら言うと、ふと気付いたように、

「そういえば、紗江はどうしたんじゃ? 一緒のクラスだと思っとったが」

 と晶に言った。


「どうもこうも、そこで話してるよ」


 言葉を返すのと同時に指し示される指の方向を見てみると、そこには達哉と話す一人の女子生徒がいた。ついさっきまで達哉と話していたはずの女子三人組を追いやって、一対一の会話をしている。

 晶が指を差した辺りで話をしている女子が今は一人しかいないから、きっとその生徒が紗江という子なのだろう。


 しかし杏奈たちがそっちを見たのとほとんど同時に二人の会話が終わったらしく、少し離れた位置にいた女子たちに「お邪魔しました」と言うと、達哉に軽く会釈をしてこっちに歩いてくる。

 この子が真奈たちの言う紗江で間違いないようだ。


「こんにちは晶ちゃん、真奈ちゃんも。同じクラスになるなんて偶然ですね」

 そう話しかけてきたこの女子生徒は、さっきの態度でもそうだったが、かなり丁寧で人柄が良さそうな印象を受ける。


「ホント。一緒の学校どころか同じクラスになったんだから、気兼ねなく一緒に遊びに行けるようになるよ」

「はい! これからもよろしくお願いします」

 丁寧な言葉遣いでそう言うと、手を前で組んでお辞儀をする。

 この立ち居振る舞い。そして表情が柔らかい笑顔なところからも、もしかしたらどこかのお嬢様だろうかと思ってしまう。

 実際にそのように紹介されても、全く不思議ではないほどの雰囲気を出していた。

 今、もし彼女の隣に黒い服を着た執事がいたとしても、何の違和感もないだろう。


 仲が良さそうに笑い合うこの三人を見ていると、実はこの二人もどこかのお嬢様で、杏奈だけが一般人なのではないかと思えてくる。

 しかし、それならばここのような公立の高校なんかよりも、私立の更に頭のいい学校へ進学しているだろう。


 それを思い出した杏奈は、紗江のお嬢様説を心の中で否定した。


「もしかして、この方も二人と同じ学校だったんですか?」

「いんや、ちょうどうちの後ろの席でな。さっき話しかけたばかりなんじゃ」

「そうだったんですか……私、三人があまりにも親しそうにお話してたのでてっきり」


 親しくしていたというよりは、自己紹介をした後に見つめられて思いっきり杏奈の方がたじろいでいたのだが、どうやら彼女にはそれが仲良く見えたようだ。


 そして、自分の席から晶を引き剥がしにかかった真奈と入れ替わりに杏奈の隣に立つと、

「自己紹介が遅れてすみません。私、柳橋紗江といいます」

 彼女はそう自己紹介をした。


 その横で「ボクたちすっごく仲良しだよね~」と晶が真奈に絡み、「分かったから、はよどかんかいっ」と鬱陶しそうにあしらわれているのだが、それを完全に無視している紗江も、どうやらこの二人とはかなり仲がいいようだ。


「わたしは如月杏奈。杏奈って呼んでくれればいいよ」

「分かりました、杏奈ちゃん。私のことも紗江って呼んでくださいね」

 そう言うと、紗江はにっこりと杏奈に笑顔を見せた。その表情に親近感が湧いてきて、すぐに仲良くなれそうだと思わせてくれる。安心した杏奈まで笑顔になってしまうくらいだ。


「ねー、せっかくだから杏奈も入れて、みんなで遊びに行かない?」


 真奈の席から退かされた晶が、今度はひょいっと紗江の肩に飛びつくように抱きつきながら言った。

 体重をかけられた彼女は「重いですよ」と言ってはいるが、表情ではまんざらでもなさそうである。


「でも、皆さんはいいんですか? 親御さんが一緒だと思いますけど」

「ああ。うちはもう、晶と遊んで帰ると言ってあるからな。問題は紗江と杏奈じゃろ」

「私は大丈夫ですよ。お昼ごはんは必要ないと言ってありますし」

「わたしもだよ。特に用事もないから」


 全員一致で了承の返事に、

「それじゃ決定~! 急いでかばんとって来るよ」

 という晶の一声で、入学式のその日にできた友達と、早くも遊びに行くことが決定した。


 はしゃいで自分の席に戻ろうとする晶に、反対に呆れた様子の真奈が、

「おい、この辺りでどこか遊ぶ場所に当てがあるんじゃろうな?」

 と問いかけたのだが、晶は立ち止まることもなく徐々に遠ざかりながら、

「大丈夫だよ。実は皆で行きたいところがあるんだー」

 少し大き目な、教室全体に聞こえるような声でそう言うのだった。


 ……その瞬間。

 えっ? と驚いたような生徒たちの視線が、晶の方に集中した。


 入学式の日、まだ教室内に残っていた少し張り詰めた空気を全く無視して、とても場違いでありながら、しかしある意味ではいい方向へ雰囲気のベクトルを変えた明るい声に、あちらこちらからクスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。


「ホントに場の空気が読めんヤツじゃ……晶は」

「あんな大声で……こっちまで恥ずかしいですよ」


 そんな友人の姿を見て顔を赤くする真奈と紗江の二人だったが、すぐ傍にいる杏奈はといえば、必死に噴き出すのを堪えているのだった。


「くくくっ、『皆で行きたいところがある』って……教室全体に聞こえるような声で言って、一体何人で行くつもりなんだよ晶は」

 確かに真奈の言うように場の空気が読めていないし、読もうとしてもいないような言動ではあるが、しかしこれは結果オーライというやつだろう。教室の空気は一気に和やかなものになったし、杏奈以外にも晶が言った言葉の『違う解釈のしかた』に気付いた生徒がいたようで、数人の男子グループが晶に話しかけに行っていた。


 そういうちょっとした交流を生んだのも、プラスの結果と言えるかも知れない。


 晶はかばんの中に配られたプリントや自分の筆記用具をしまいながら対応していたが、手を振りながら去っていった男子たちを見送り、かばんを持って戻ってくると、

「何か、あいつら誘ってもないのに『今日は遠慮しとくけど、また誘ってくれ』って言ってきたよ……。なんなの? あれ」

 かなり怪訝そうな顔でそう言った。

 それを聞いて「ぷっ!」と噴き出した杏奈は、そのまま笑いが止まらなくなってしまう。


 そんな彼女の必死に声を押し殺した笑いをみて、晶は不思議そうに首を傾げるのだった。

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