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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
杏奈さんの懸念と秘密
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小さな嵐8

 赤緑線の高岡西駅で友人たちを見送って歩き出した途端、

「コスプレしてた杏奈ちゃん、すごく可愛かったよ」

 と口にし始めた隣を歩く男子生徒を見て、

「達哉ってば意地悪ですよねっ!」

 まさに、ぷりぷり怒っているという言葉が当てはまるような様子でそう言った、紗江の姿を思い出した。


 彼女の言葉は、作った服のお披露目会のために、杏奈と紗江が二人して被服準備室で着替えていた時の話だ。


 晶は杏奈用の服しか作っておらず、自分自身が着替えるための服はない。杏奈に服の説明をし終わると、さっさと被服室に歩いて行ってしまってそこにはいなかった。


 そして真奈は「部屋着なぞ着て見せても面白くなかろう」と、まさにこれからの季節に部屋着として使う気満々の、七分袖トップスと七分丈ボトムスの、肌触りが良さそうな生地で統一された上下セットを広げて見せてくれた。


 グレー色の無地の生地だったため、胸元に女の子らしい花のアップリケが付いている以外は、アクセントとなる物が無かった。達哉がいなければ着ても良かったのだろうが、クラスメイトでしかない男の前でそれを着るのは恥さらしだと思ったのだろう。


 そんなお披露目会だったのだが、着替えのために準備室で二人きりになった途端、紗江が「達哉は意地悪だ」と言い出したのだ。

 一体どうしたのかと思ってよくよく聞いてみると、どうやら部室に来る前、教室で杏奈に密着してきたときのことを言っているようだった。


「女の子が手の届くところで落ち込んでるんですよ! 頭を撫でてくれても良いじゃないですか……」


 あの行動がどうにも紗江らしくないと思っていたら、そういう演技で達哉に気にしてもらおうという企みだったらしい。彼女なりの、気を惹く作戦だったのだろう。


 結果はあの通り失敗に終わっているどころか、完全に見破られていたのではないかと思うほど、杏奈から見て彼の顔には焦りが無かった。あの姿が、紗江のことをこれっぽっちも気にしていなかったわけではないと思いたい。


 思いたいのだが、あの時は紗江の方など全く目を向けていなかったというのに、杏奈にはこうやって笑顔を向けるのだ。

 今のこの男の表情を紗江が見たら、もっと拗ねてしまったかもしれない。


 コスプレ姿をほめる達哉には適当なお礼を返し、杏奈はもっと気にしていることへと話を変える。

「楠本は、他の女子のことも知ろうとは思わないのか?」

「それって……今朝のこと?」

「それもあるし、放課後だって教室で紗江には少し冷たかった気がするし」


 すると達哉は、困ったように笑う。


「あの子のことはね……知ってるからこそ、ちょっと難しいところがあるんだよ」


 達哉と紗江は昔馴染みで、幼馴染と言えるかどうかは微妙な関係だという話は杏奈も聞いている。先週までは毎朝のように挨拶とちょっとした会話をしていたのだから、それなりに仲のいい関係なんだと思っていた。


 しかし彼の口にした、知っているから難しい関係だという話は、当事者ではない杏奈にはどんな関係なのか想像もつかない。何しろ紗江は達哉にほぼ間違いなく好意を抱いているのだ。多少とはいえ達哉の方から一方的に距離を置いているということは、彼から見てあの少女には何か問題があるのかもしれない。


 紗江とは普段から友達付き合いをしている杏奈にしてみれば、彼女の何が達哉にそう言わせているのかは全く分からないのだが。


「じゃあ、紗江は恋人候補にならないってことか?」

「……本人には言わないでね」


 その質問に達哉はイエスともノーとも言わなかったが、現時点ではイエスと言っているのだろう。ただ、明言しなかったということはあくまで「今のところ」という意味も含まれているのだと、勝手に解釈する。


 これでも杏奈は、彼には自分以外の恋人をちゃんと見つけてほしいと思っているのだ。きっと杏奈の知らない候補が何人もいるのだろうが、一番に応援しているのは友達でクラスメイトの紗江だ。

 今の話を聞くと前途多難にしか思えないが、まだ可能性は残っていることが分かっただけでも御の字だと言える。


 あとは紗江との作戦会議で、達哉が問題にしているところをどうやって直していくか決める必要があるだろう。その前に、その問題とやらが何であるのかを探っておかなくてはいけないのだが。


 幸い、まだ二人の住んでいるマンションまでは、五分以上の距離がある。


 その間にほんの少しでもヒントが得られないかと、杏奈は自転車に乗って騒がしく追い越していった小学生たちを見ながら、

「小学生は習い事帰りでも元気だなー」

「オレたち、まだ高校生だよ」

「そうだけどさ、あんなに大声で騒ぎながら自転車には乗れないよ」

「あー、そうだよね。さすがに今やると恥ずかしいというか、馬鹿らしいくてできないなぁ」

「あはは、もしかしてお前も昔はああやって、騒ぎながら自転車に乗ってたのか?」


 子どものころの話を持ち出して、情報収集を始めるのだった。


 その後、五分強の道のりでは彼の紗江に対して感じていることの手がかりは、聞き出せなかった。子ども時代の話の中で何度か彼女のことも言っていたのだが、当時からそれなりに仲が良かったらしいということは分かっても、恋人候補から外れるような出来事は何も語られなかったのだ。


 真実に迫るために、これからも時間をかけて聞き出していこうと胸に決める杏奈だった。


 ちなみに、話をしていた限り、「達哉が紗江に抱いている何か」の原因が小学生時代には無いのかもしれないと感じたのが、この日唯一の成果だった。

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