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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
杏奈さんの懸念と秘密
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小さな嵐6

「でもそれはそれ、だよ。ボクはそっちの二人の名前、知らないもん」


 ただ、解決したのはあくまで彼らが晶の名字を知っている理由だけだ。晶にとってそんなことはあまり重要ではなく、真正面から不審者扱いしなくなっただけで不信感はまだ無くなっていなかった。


「ああ、そうだったな。すまんすまん。もっかい自己紹介するか」


 とはいえ、彼ら男子たちからしてみれば不審者ではないと伝わっただけでもかなり安心できたらしい。ふっと笑顔を浮かべると、

「俺は浪木浩太朗。ちな、出席番号十九番だぜぃ!」

「出席番号なんていらないじゃん。ぼくは日比野雅」


 彼らは(ようやく)自己紹介をしたのだった。


「浪木と日比野……? ふーん、まあよろしく」

「扱いひどっ!?」


 軽い調子の男子二人に比べると晶の反応はぞんざいで、浪木たちは再び表情を沈めてしまったが、杏奈としては、話し始めてからの態度からすると突き放してしまうのではと心配していたほどだ。しかし晶がちゃんと「よろしく」と言ったことで、ホッと胸をなでおろした。


 その態度は明らかにしぶしぶ仲良くするのだと物語っていて、男子二人が思い描く仲の良い関係になるまで、時間がかなりかかりそうだ。


 こちらもこちらで、先が思いやられることになりそうだったが、

「すまんな。晶のことはあまり気にせんでおいてやってくれ」

 真奈がそれをフォローするように、友人の態度に苦笑いを浮かべながらも普段と変わらない口調で浪木たちに言った。


 いつも通り、不機嫌な晶に呆れている。そんな様子ではあるのだが……杏奈は真奈の態度に少し違和感があるように思った。


 ここにやって来たタイミングが晶と一緒である杏奈には、その言動が、今の状況に抱いている不満を全く隠そうとしない晶の態度を、無理矢理にでも丸め込もうとしているように見えるのだ。

 そして、達哉を含めた男子三人と積極的に仲を深めようとしている理由を、後からやって来た二人に説明することすらしていない。


 恐らく晶が不満に思っているのは、そこであるはずなのに、だ。


 ちらりと目を向けてみれば、真奈の膝の上に座る晶が、ふんっとそっぽを向くフリをして杏奈へと視線を向けて来た。その目には、当てにならない真奈の代わりに杏奈へと助けを求めているような表情が浮かんでいる。


 杏奈は仕方なく、ため息と共に

「真奈、少し良いか?」

 男子三人へと愛想笑いを浮かべる友人を呼んで、ちょいちょいと手招きをすると、彼らからは少し離れるためロッカー棚のちょうど真ん中辺りに歩いて行った。


 呼ばれた真奈は少し首を傾げると、「ちょっとすまん」と話していたメンバーに声をかけつつも、立ち上がって杏奈の後ろに付いて来る。


「……少し無理してないか?」


 そして杏奈は、少女にそんな問いかけをするのだった。


「無理、とは? 何のことを言っておるのか、良く分からんが……」

「男子三人と仲良くしようとして、無理してないかってことだよ」


 すると、彼女は「……あ、はは」と固まった笑顔のまま乾いた笑いを漏らす。


「気づかれておったか。実際無理というほどではないが、少々辛いとは思っておったところなんじゃ」

「やっぱりか」


 頷く彼女に、杏奈はやれやれと肩をすくめて見せた。

 彼女の余裕がなさそうな様子を見て、そして先ほど屋上で晶と話していたことを合わせれば、すぐに予想できた。


 真奈と仲良くなってからというもの、彼女が自分から男子へ話しかけているところを見るのは、今日が初めてだった。晶の話を聞いて、もしかしたら男と話すことに苦手意識があるのではと思っていたのだが、あの姿を見る限りではそこまで重症という訳ではないようだ。


 しかし、いつも通りに見えていつも通りでは無かった。


「真奈の方からあいつらに話しかけたみたいだし、そうしなきゃいけなくなったのも、わたしや楠本が絡んでるのも分かって……」

「ちょ、ちょっと待て。どうしてうちが楠本たちに話しかけたと分かるんじゃ!」

「だって、紗江はさっきから縮こまってるし。あいつらを会話に入れたいって気持ちがあったんなら、もっと積極的に話をしてるはずだろ?」

「……なるほど、確かにな」


「こうなったのはわたしと楠本も原因だろうから、無理させてごめんって思ってるけど」

「いや。うちにはうちの考えがあったんじゃ。杏奈が謝る必要はない」

「それだって自分のためじゃなくて、紗江のためじゃないのか?」

「今日の杏奈は……やけに勘が鋭くないか? どうしてそこまで分かるんじゃ」


 いつになく真剣な顔をしている杏奈に心の内を次々と言い当てられて、真奈は驚いたように目を大きくした。しかし、

「これくらい、いつもと違う教室の雰囲気を見れば、大体予想が付くよ」

 できて当たり前というように、杏奈は再び肩をすくめた。


「これはあくまで予想だけど」


 そしてそう前置きして、杏奈はなお信じられないという顔をしている真奈に、根拠の説明を始めた。



 とはいえあまり難しい話ではない。

 朝から達哉は自分に話しかけてくる女子たちを遠ざけようとしていた。その結果、ついにこの昼休みで周りから女子を全員払い除けてしまったのだろう。だから、ほぼ毎日達哉と昼休みを共にしていた女子たちが、廊下側で沈んだ顔をしながら昼食を食べていた。


 真奈は、達哉が拒絶する女子たちの中に紗江も含まれているのではないか、そう考えたのだろう。なにせ、今朝達哉が教室に入ってきた時、遠ざけられていた女子たちの中に紗江の姿もあったのだから。

 しかし彼女は、自分たちの友人だ。このまま放置すればあちら側のグループに入ってしまうかも知れない。そうなれば事実上の仲違いとなってしまう。


 だから、達哉をこちらのグループに引き入れた。


 杏奈がいるこのグループ内であれば、達哉も紗江と見かけ上は仲良くするに違いない。そう思って。


 浪木と日比野の二人は、その時一緒に引き入れることになってしまったのだろう。



 というような内容を、杏奈は口にした。


「ほとんどその通りじゃ」


 その言葉に、真奈は力なく頷いて言った。


「驚いたな。杏奈にそこまでの観察眼があったとは」

「褒められることじゃないけどな。……後でもいいから、晶にも説明してあげた方が良いよ。あの子もきっと、説明してほしいって思ってるだろうから」

「ああ、そうじゃな」


「でも、話すのは男子たちがいない所にしといて」


「? ……まあ、お主がそう言うならそうするが。しかし、わざわざそこまで気にすることでもあるまい」

「そうでもないよ。誰だって自分たちが利用されてるんだって思いたくはないし」

「確かにそうじゃな。分かった、そうする」

「うん、よろしく」


 一番重要なのは晶とのことだったが、仲良くしていくことになるのなら彼ら男子たちにも気を使う必要があるだろう。そういったところも含めて伝えたいことを全部伝えた杏奈は、これで一安心できたと笑顔を浮かべる。


 そして、両手を真奈の肩に乗せて彼女を振り向かせた。


「んじゃ、向こうに戻るか。一人だけ呼び出してごめんな」

「構わんよ。むしろうちこそ悪かった、何の相談もせずこんなことをして」

「大丈夫大丈夫。何か辛いことがあったら、遠慮なく言ってよ」

「分かった。すまんな、助かる」


 そして笑顔を交わして、二人は五人が話している方へと戻った。その途中で、真奈の席に座りながら不安そうな顔を向けてくる晶にも、「気持ちは伝えておいた」という意味をこめて頷きかけておく。


 ちゃんと晶に意味が伝わったかは分からないが、真奈がすぐ傍まで歩いてくると、椅子に座ったままの状態で軽く親友の脛につま先をぶつけている。

 それはきっと、晶から真奈への、不満がたっぷり込められたメッセージだったのだろう。蹴られた少女は一瞬驚いた顔をしたものの、何を伝えたかったのかは分かったらしく、微笑みながら手を座る少女の頭に軽く乗せた。


「すまんすまん。今はそこに座らせてもらえんか?」


 そして、優しくこう言うのだった。


 無言ではあるものの、晶が立ち上がって席を譲ったところを見れば、この二人の問題は解決できたようだ。

 しかし、残っているものはまだまだ多い。


「何かあったん、委員長?」


 恐らくこの教室で何が起きているのか、自分が何に巻き込まれてしまったのか分かっていないのだろう。


 少々能天気とも思える浪木の質問だったが、

「んー何て言うか、個人的に頼まれてたことがあったんだよ。早めに伝えといた方が良いと思ったから、ちょっとな」

 嘘ではなく、しかし重要な部分は全て伏せて杏奈は答えた。


 自分でも驚くほど素早い返事ができたのは、恐らく色々と頭を働かせていたからなのだろう。ただ、休み時間は今であるはずなのに脳がオーバーヒート寸前だった。


 しかし彼らがそんな杏奈の状態に気づくことは無く、そこからは他愛もない会話へと移っていった。教室全体としては多少ぎすぎすした空気が残っていたものの、午前中に起きていた達哉と女子たちとの言い合いと比べれば平和な休み時間だったと言えるだろう。


 だからと言って、今日の変化をすぐに受け入れられたわけではない。


 今も、何を気にする必要があって何は気にしなくても良いのか。杏奈の中ではその判断がまだ完全にはできていないのだ。


 心残りの消えない杏奈はその後、午後の授業が始まっても、時々ボーっとした表情で窓の外へと目を向けることが多かった。

 ただ、最近は授業中にどの先生からも当てられることが多くなっていて、考え事ができるのは教科担任の話が授業から脱線したひと時くらいだった。

明けましておめでとうございます。


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