小さな嵐4
新しく色んな情報が入ってきたせいか、頭の中でそれらがぐるぐると回り続けて混乱しそうになる中、それをどうにか押さえつけた杏奈は、今は晶と仲たがいしている場合ではないと判断する。
何よりコミュニティ内の会話のおかげで、自分は今あまり重要視されていないのだ。
その余裕を活かして、現状一人でその責任を負う形になっている達哉の負担を和らげたい。杏奈の気持ちはそこにあった。
しかし彼女の存在は、重要視されていないだけで問題にはされている。
下手に目立つような行動をすれば、ファンの女子たちが抱いている感情がこちらに向いてしまいかねない。
そうなれば最後、誰も幸せになれない結末が待っている……かも知れない。
思考が何もかもネガティブな方向へ向いてしまうのは良くない。そう思っていても、もはや一人では解決できそうもない規模のこの問題に対して、どう解決の手段を見つけていけばいいのか。その検討から始めなければいけなかった。
休み時間の様子を見ている限り、達哉は女子たちに対してあまり友好的な態度を取ってはいなかった。むしろ、
「それ、答えなきゃダメ?」
「ごめんね、そういうのはちょっと」
「そんなことはないと思うけど」
と否定的な言葉が多く、傍から見ていても彼の周りだけ異常なまでに空気が冷えているように思えた。そして、朝の授業前に一時間目の後、二時間目の後と時間が経つにつれて、達哉の周りを囲んでいる女子の人数が減っていったのも気になるところだ。
「でもさ、あいつのことはあまり気にしすぎない方が良いと思うよ」
解決の糸口を探して悩み始めた杏奈に、晶は軽い口調で言う。
「何でだよ」
「だって。楠本達哉は男なのに、今まで休み時間はほとんど女子と一緒にいたんだよ? ボクからしたら、そっちの方がヘンだと思うけどなぁ」
どうやら彼女は、女子は女子同士、男子は男子同士でつるむのが普通だと言いたいようだ。
「杏奈には分かんないかもだけど」
「別に分からないことはないよ。今はわたしも女同士の方が楽だし」
彼女が気にすること無いと言い出したときは、その口調の軽さにカチンと来た杏奈だったが、その主張自体は理解できた。杏奈自身も入学前には、女になったとはいえ女子グループに入るのは不安だと思っていたのだが、今では自分と同じ性別の友人といる方が落ち着けると感じるくらいだ。
もし入学した日に男子から最初に声をかけられていたら……なんてことは、彼女自身、いつの間にか考えることもなくなっていたくらいに。
「まあでも……なるほどな。周りが全員、自分に惚れた女ばかりって環境よりは、男だけのグループにいる方がよっぽど健全なんだろうなぁ」
「あはは。男だけが健全だなんて、杏奈ってば面白いこと言うね」
「何でそこが面白いのかは分からないけど……」
普段は意味の分からない言動をする晶ではあるが、杏奈を元気づけようとしていることは分かる。今はその気持ちを素直に受け取っておいて、考えて解決するわけでもない問題のことは、今後の流れを見てからにしようと決意する。
なにせ、達哉が周りの女子とどのような関係を作っていくべきなのかを、杏奈が直接指示するのも変な話だ。
こういう時は、まだ全体が見えていない内から慌てて騒いでしまう方が失敗に繋がった経験も多い気がする。だったら、何か問題が起きたりしないか目を光らせておくことに注力するがいいのかも知れない。
「あ、紗江も何とか落ち着いてくれたって。良かったぁー……」
そして、ベンチの上で震えたスマホを持ち上げてSNSの確認をした晶が、かなり安堵の表情を浮かべて胸をなでおろす。彼女にとっては、仲間内での問題(紗江の気持ちの問題)が一番心配だったのだろう。それが何とかひと段落付きそうな雰囲気を感じ取って、気がかりなことからようやく解放されたようだ。
「そっか、良かった」
もちろんその報告に安心したのは、杏奈も同じだった。ホッとしたからこそ、ようやく気がかりだった紗江の名前を口にする余裕も生まれてきた。
「……紗江って、やっぱあいつのこと好きだったんだよな」
言葉に「やっぱ」と付いてしまうのは、かも知れないと思っている部分があったからだ。最初に紗江が達哉のことを好きなのではないかと口にしたのは晶だったが、杏奈はその言葉を聞いて、その可能性は確かにあるとずっと思っていたのだ。
それが、今回のことで確信に変わったのである。
「うん、だから今回のことはかなりショックだったみたい」
「何でずっと隠してたんだろう。言ってくれれば、もっと何とかできたかも知れないのに」
結局のところその気持ちは紗江の口から直接聞かされることなく、今回の件を迎えてしまった。もっと早く分かっていれば何かしら手助けに動いていたのに。そういう思いが、杏奈の中にはあったのだ。
「胸の内に秘めた想いを、ボクたちには言い出しづらかったんじゃないかなぁ」
しかし晶には、紗江が言い出せなかった心情に気づいていたらしい。
「晶が彼氏いることを黙ってたみたいに?」
「なっ、ななななっ!? 何言ってるのさ杏奈っ!!」
「だって。あれだけ目の前でいちゃつかれたら、流石に言われなくても分かるよ」
「あうぅ……。でも違うんだよ! ボクが皆に言わなかったのは、別に恥ずかしいからとかじゃなくって!」
自分の恋人の話をされて一気に顔が赤くなった晶ではあったものの、勢いよく否定したその後は、力なく俯いてしまった。
「真奈の前じゃ、あんまりそういう話できないんだよ。ちょっと浮かれた話が始まると、すぐテンション落ちてそっぽ向くんだもん」
そしてその理由を、彼女は力なく口にした。
毎日お昼休みになると、女四人で屋上のベンチに座って話をしているものの、そんな関係が始まってからの一ヶ月間、一度たりとも恋愛に関する話をしたことが無いのだ。
世間では女子会をすれば「恋バナしか出てこない」というような話をよく聞くものの、女子高生たちが普段からずーっとそんな話をしているかといえば、そんな訳がない。とはいえたまには、あるいは誰かにちょっとでも恋の進展があれば、はたまた浮ついた噂話を耳にしたときなどに、女同士で集まるタイミングがあれば話題にしたくもなるだろう。
それが一切ないのは一体どうしたものか。
土曜日には紗江もそのことを気にしていたものの、結局はどうしてその手の話がないのか、という疑問に答えは出てこなかった。
「真奈が? そうだったっけ?」
ところが、晶はその理由に真奈の名前を出したのだ。
言われて杏奈も思い返してみるが、例えば彼女が男子の名前(達哉など)を出しても真奈は嫌がるそぶりを見せたことはない。浮かれた話というほどの話題になったことなんて、紗江と話していたときに確認し合った通り、そもそも一度もないのである。
「後は誰か男が中心になった話の時とかね。ほら、前ファミレスで、ボクと杏奈で楠本がどうこうって言い争いしたでしょ? あの時もそうだったし」
「あの時? あー、確かに真奈が妙に静かだったような」
「そうなんだよ。ああやって、無感情で無表情で無反応になってさ……。ボク、そういうの好きじゃないから、どうしてもねー」
つまり晶は、そういった真奈に現れる態度を嫌って恋愛に関する話を持ち出さず、真奈は当然のごとく自分が沈む話題など口に出そうとはせず、杏奈はそもそもこの手の話を持ち出すという発想がない。
紗江はこんな友人たちの雰囲気を読み取ってか、本当は興味があるにも関わらず、周りに合わせるように話題を出さなかったのだろうか。そう考えれば、先ほど晶が言い出しづらかったのではないかと予想した理由も読めてくる。
「……だから紗江も、自分の気持ちを打ち明けるような話を出せなかった。ってことか」
「うん。あの子ってボクたち三人と違って人に合わせるからさ」
「そうなると、先に教えてくれてたら良かったのに……なんて言えないな」
真奈のそういったクセを知らなかったとはいえ、杏奈も自分から誰かの恋愛事情を話題にしなかったのだ。土曜日に紗江から指摘されるまで違和感なんて覚えていなかったし、それ以降も結局そこまで気にしていなかった。
その手の話が出ないことをおかしなことだと認識できなかったのだ。
紗江には色々と悪いことをしちゃったなと思いながら、杏奈は食べ終わった弁当箱を「ご馳走さま」と言って片づけ、ベンチから立ち上がった。
「ここは冷えるから、今日はもう教室に戻らないか?」
もう四月も末日とはいえ、朝からずっと雨が降り続いていれば気温もそれほど上がらず、晴れていた金曜日と比べれば体感温度もそれなりに低くなっていた。
「そうだね」
晶もそれに頷いて、既に片付け終わっている弁当箱の入った巾着袋を片手に、ぴょんと跳ねるようにして椅子から勢いよく立ち上がる。そして二人は再び入口のドアまで走って、教室へと戻って行った。
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