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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
杏奈さんの懸念と秘密
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小さな嵐3

 朝からピリピリとした空気が続いていたものの、お昼休みの時間となるこれまでに、杏奈自身には特に何か大きな事件どころか小さな変化すら起きることもなかった。

 しかしあくまで杏奈自身には、であり、もう一人の当事者である楠本達哉の方は、なかなか大変そうな状態だった。


 一時間目の後も二時間目の後も、そして三時間目も四時間目が終わってからも、達哉は休み時間になると変わらず女子たちに囲まれる時間を過ごしていた。しかも彼に迫る女子生徒たちの雰囲気がいつもと違ってお淑やかではなく、鬼気迫る自分アピールの嵐となっていたのだ。


 それは達哉が昼食を摂ろうとしていても変わらない。


 彼が男友達を連れて早急に教室から離脱しようとしていたのだが、女子たち数人に捕まり窓際一番後ろの席に縛り付けられてしまっている。


 一方で杏奈たちは、この時間になっても降りやまない雨に、今日は教室で昼食をと思っていた。しかしこの集団が近すぎてとても食事できる環境ではなかったため、仕方なくいつもの屋上へと行くことにした。そこに設置されているベンチの上には広めの屋根があり、出口から少し走れば、後はほとんど濡れずに済む環境なのだ。


 ……ただし。


「あの二人が来ないのは、まあ仕方ないな」

「……。そだね」


 昼食のために屋上へとやって来たのは、杏奈と晶の二人だけだった。


 紗江は朝からずっと少し落ち込んだ様子で、杏奈とは距離を取り続けている。真奈はそんな彼女を心配し、付き添いながら昼食を食べることにしたのだ。


 当事者である杏奈と朝から縮こまっている晶の二人で屋上にやってきて、椅子の真ん中で肩を寄せ合いながら弁当箱を広げて座っている。


 ちなみに、既に晶と真奈には杏奈の方から、達哉からの告白はキッパリはっきり断ったと伝えてあるため、デートに関して二人から茶化されたり責められたりはしていない。

 それどころか土曜日からを含めてことの顛末を知った真奈は、「それは晶が悪いじゃろ」と恐らく半分は冗談のつもりで責めの言葉を口にしたくらいだ。


 それでも、現在進行形で達哉ファンクラブのコミュニティが荒れていることに二人が責任を感じているのは間違いない。まさか自分の行いがこんな結果を招くとは。屋上にやって来た二人はそう思いながら、同時にため息を吐くのだった。


「ボクがあいつになんにも教えなければ、こうはならなかったのに」

「わたしだって、ちょっと色々やり過ぎたところはあったよ」

「……。日曜はあいつとお楽しみだったみたいだね」

「友達と一緒に商店街を遊び歩いたんだ、楽しくなるなっていう方が無理難題じゃないか?」


 反省会にもならない会話をしながら、杏奈は弁当箱からご飯を一口頬張った。

 晶ももぐもぐと口を動かし、左手は何やらスマホのタッチパネルを操作している。


「一緒に遊んでただけじゃ、こうはならないと思うけど?」


 そして言いながら、あの、杏奈が達哉にしがみ付いている瞬間を撮った画像を表示して突き付ける。それはファンクラブのコミュニティ内で共有されているという、あの日撮影された数枚ある画像の内の一枚だ。杏奈もまさか、ここまでハッキリと、まるで事前にしがみ付くと分かっていたかのような決定的瞬間を撮影されているとは思ってもいなかった。


 不可抗力だったとはいえ、もっと気をしっかり持って立っていれば回避できたのではないかと反省している彼女は、晶の言葉に小さなため息で返す。


 ただ、傍から見れば責めるような晶の言動ではあるものの、むしろ彼女の方が大きな罪悪感を抱いているというように、声にも態度にもいつもの元気が全くない。


 唯一救いなのは、あの日の一件がコミュニティ内で「楠本達哉と如月杏奈の交際実体」として認識されているものの、ファンからすれば「邪魔者」や「敵」であるはずの杏奈が攻撃対象になっていない部分だろう。


「それにしてもさ、この、流れを操作してるヤツらがどうしたいのか、さっぱり分かんないんだよね」


 その大きな要因となっているのが、コミュニティ内で「印象操作」をしている人間がいるから、というのが晶の言い分だった。


 炎上した最中に一度は「絶対その女泣かす」と過激な発言が出たらしいのだが、一部の人間が止めに入ったのだ。


 曰く、

「楠本達哉がここまでデレた相手に危害を加えたら、そのコを守るためにむしろ他の女子全員との絶縁宣言をする可能性がある」

 と説いている。

 達哉が「自分は一途な人間だ」と断言したところを聞いた杏奈からすれば、確かにその仮説はかなりあり得るだろうと思うモノだった。しかしそれはあくまで発言者個人としての感覚であり、ファンからすればふざけるなとなるのがその後にある会話の流れだった。


 そこに、

「楠本達哉は猫かぶりより素を見せる女の方が好みっぽい」

 彼の恋愛嗜好のリークとも取れる情報が出たのだ。


「それ誰から聞いたの? 達くんは普段から淑女の方が好みって言ってる」


 それには「絶縁宣言」の説を書き込んだ人間が反論したものの、


「それこそ本人からそんな言葉聞いたこともない。ってか、如月杏奈も久城恵理子も普段から勝気な性格丸出しだけど」


 達哉の好みをリークした人間が更にそんな断言をしたことで、コミュニティ内は一瞬シーンとなって、一部からは「久城って誰?」という発言はあったものの、ほんの少しの間、会話が途絶えた状態になっていた。


 やがて一人の「やっぱり達くんと仲良くしたいよね」という発言を皮切りに再び騒がしくなったものの、達哉がこれまで「誰よりも親しい態度を取った女子」に共通する特徴、つまり「勝気な性格が好み」という情報は重視されたらしい。最終的にファンたちは、淑女を目指すためにやっていた、「皆で達哉と仲良くする」という今までの取り組みをやめると決心している。


 晶のスマホを借りて、ここ二日ほどで行われていたファンたちのやり取りに目を通した杏奈は、「うわ……」と小さく呻き声を出した。


「つまりこれ、あいつに全部しわ寄せが行く上に、女子たちがぎすぎすしちゃうってことじゃないか……?」

「まあ、そうかもだけど。ボクの周りで問題になるより、よっぽどいいよ」


 しかしそこに関して晶は全く気にする様子もなく、むしろ達哉に嫌悪感を持つ彼女らしいさばさばとした様子で、また一口おかずを頬張った。


 ファンクラブは達哉が「好き」で集まっている集団のはずなのだが、今日の午前中までの会話を見る限り、彼女たちの行動は彼を追いつめているようにしか見えないのだ。晶がどうしたいのか分かんないと言ったのはつまりこの矛盾点のことなのだが、


「……この、楠本は素を見せる女が好きって書いたの、晶だろ?」

「むぐっ!?」


 彼女が言うところの「流れを操作してるヤツ」の一人である人物に対して、杏奈の口から飛びだした指摘に、晶は慌てた様子で咀嚼していた一口を飲み込む。そして、


「さ、さあ……何のことだか」


 誤魔化しの言葉を口にするが、もちろんそんな言葉で誤魔化される杏奈では無い。


 彼女が分かりやすい態度で慌てたところを見て、杏奈は心の中で「図星だったのか……」と呟いた。本当は、晶がやったのかと言ったのも冗談でしかなかった。なにせ、杏奈と恵里子の性格を詳しく知る人間が何人いるのか、彼女には見当もつかないのだ。単純に、杏奈の知る唯一の該当者が晶だったというだけである。


 しかし、状況証拠がいくつか出てきている今、納得もできてしまう。


 ファンクラブなんて入っていないと晶は常に主張してきたのだが、こうして会話の内容を堂々と見ることができている時点で、そんなことはあり得ない……ということくらいは、スマホアプリに詳しくない杏奈でも何となく察しが付く。


 その根拠は二時間目の後の休み時間に、誰かが廊下で


「如月杏奈はライトのID持ってないって」

「会話見てないってこと? あり得なくない?」


 と話していたのを偶然聞いてしまったところにある。どうやらそのIDとやらが無ければ、本来、会話を覗き見ることはできないはずと推理したのだ。


 晶に浮上した嘘をついている可能性に対しては不信感が湧いてくるものの、杏奈はその感情に流されたわけではなかった。

 あのリーク自体が、晶が杏奈や他二人の友人への罪滅ぼしをしようとした結果とも考えられる。彼女も彼女で今の状況を反省していて、自分が起こしてしまった問題を自分で何とかしようと考えていても、おかしくはない。


 とすれば、どうにか解決しようとしたその行いを指しては責められない。もちろん、達哉に全てを押し付けるような方向へ誘導したことは感心しないが、だからといって晶を責めたところで問題は解決しないのだ。

この話に出てきたスマホアプリ「ライト」は、L〇NEとは似て非なるもので、

大勢によるやり取りを、分かりやすく見やすい形で行えるようにするもの、

という想定です。


また、晶も杏奈も「身内に面倒が及んだ」と自分の行動を反省していますが、

晶は友達グループ、杏奈は同じクラス、という風に「身内」と認識している範囲に

大きな違いがあります。



面白いと思っていただけたら、ブックマーク・評価・感想をいただけると、とても嬉しいです!


誤字脱字などの指摘もありましたら、

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