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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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そして、何かが動き始める7

 その後ゲームセンターには、十二時を過ぎるまでいることになった。店に入ってからおよそ一時間ほどである。


 とはいえ、やはり二階を一周しても杏奈が気になるゲームは無かった。


 いや、正確には一つだけやれそうなものがあった。

 昔からあるアナログのゲームにはそれなりに精通している杏奈は実は麻雀もできるため、ゲームとしての麻雀が目に入って「できそう」と思ったのだ。しかし持ち時間が無くなるとお金が必要になることを目ざとく見つけ、更に煙草を吸っている人間が多いのを見ると、やめとこう、と思い直したのだった。


 そんな基準でやれそうなゲームを探しながらフロアを一周したところで、達哉がどうだったかを目で訪ねてきた。それに対して杏奈が、


「楠本がゲームやってるところを見たら、やりたくなるかも」

 と答えると、達哉はそれじゃあと普段からそれなりにやっているらしい、リズムゲームの多く設置されたエリアに杏奈を連れて行ったのだ。


 達哉が選んだ百円で三曲やれるそのゲームは、最近種類が増えているらしい画面が全面タッチパネルのリズムゲームで、画面内のどこかにノート(音楽に合わせてタッチしたりする目標になるオブジェクト)が出てくるタイプのものだった。

 最初は簡単な曲から、とプレイして見せられたのはイージーの曲だったが、音楽に合わせて画面のどこかに顔を出すノートを見ているだけで、杏奈は「あ、無理だ……」と思ってしまうのだった。


 彼女は音楽を嗜むとしても聞き流すことが多いため、リズムゲームとなると曲自体が分からないか良くてもサビを覚えているくらいで、すぐにはリズムが掴めないのだ。その上、タッチだけではなく同時押し(ツイン)や擦り(スラッシュ)、押しっ放し(ホールド)に移動ムーブも混ざってくると、もう何が何だか分からない。


 元々スマホなどのタッチパネルで自由な操作が行える機械に苦手意識のある杏奈は、この様なタッチパネル特有の操作を、反射神経だけで使い分けることができないのである。実際に、達哉がプレイしている合間に「やってみる?」と言われて一曲だけプレイしたのだが、一番難易度の低いレベルですらクリアするのがやっとの状態だった。


 反対に彼はというと、最高難易度の曲もミスせずクリアするのを目標に挑戦するような人間で、そのプレイを横から見ていた杏奈には、もう何をしているのか分からないレベルの手の動きである。

 しかもそれを、他の似たようなゲーム性の音楽ゲーム三タイトルでもやってしまうのだ。

 

それだけ実力を見せつけられた杏奈は彼に何と言っていいのか分からず、

「もう、凄いとしか言いようがないな……」

 ようやくそれだけ口にした。


 どうやっても真似できそうにないその熟練度は確かに凄いと思うのだが、しかし彼女が「凄い」と言った部分は、恐らくよほどの練習をしなければここまで上達することはないのだろう、というところだった。

 それだけの時間をこちらに使っているはずなのに勉学の成績も優秀だというのだから、こいつはどれほど優れた頭脳を持っているのだろう……と呆れるような羨ましいような、複雑な心境である。


 ……というようなことを、昼食に達哉が個人で良く行くというラーメン屋に入って食事をしながら話していた。本当は言うつもりなんて無かったのに、話している内につい口からこぼれ出てしまったのだ。


「あれくらいだったら、すぐできるようになると思うけど」

 杏奈の話を聞いていた達哉は、できないと断言するにも似た口調で後ろ向きな感想をいう彼女に、不思議そうな顔で返した。


 しかし杏奈は、あはは、と乾いた声で笑うと、どこか遠いところを見るような目になる。

「人間にはな、無意識にできちゃう才能のある部分と、どれだけ頑張って上手くやろうとしてもできない苦手な部分があるんだよ……」

 そして、ついこの間高校生になったとは思えない、悟ったような言い方をするのだった。


 彼女がどうしても身につかないと思っている部分、それは苦手意識のある機械の操作なのだが、苦手だからといっていつもいつも避けているという訳ではない。家で使う家電はしっかり触っているし、パソコンも何とかしようと少しずつ努力はしている。


 それでも、操作方法がなかなか頭に入ってこないのだ。


「杏奈ちゃんは何でもできちゃう子だろうなって思ってたけど……」

「そんな超人だったら、機械音痴なんて自称しないよ」


 ため息交じりに言って、杏奈はずずずっとスープをすする。


 かなりこってりとした豚骨醤油ラーメンだったが、女になったからといってこういうモノを体が受け付けなくなったわけではなかった。それでもやはりカロリーは気になるため、スープを飲み乾すことまではしない。


 一方のラーメン好きだという達哉は、スープまでほぼすべて飲み乾している。


 杏奈がどんぶりを置いて

「ごちそうさまでした」

 と言ったのを合図に、二人は立ち上がって会計を済ませる。達哉に奢られるのは真っ平御免な杏奈は、彼が伝票へと手を伸ばそうとする前に、それを素早く掻っ攫ってレジに持って行き、「別でお願いします」と宣言するのだった。


 普段からデートしている相手に奢るのは当然と思っている達哉は、クレープの時に続いて昼食の支払いも杏奈に先を越され、苦笑いを浮かべている。むしろ初めてのデートだというのに、達哉が行動するタイミングをどうやって先読みしているのかと、不思議そうに首を傾げるほどだ。


 しかしそんな誰かさんの興味など知る由もない杏奈は、達哉の後から店を出てぴしゃりと引き戸を閉めると、

「ラーメン屋で食べた回数はそれほど多くないけど、その中でもかなり美味しかったよ。さすがに楠本は、B級グルメでも質を重視する方なんだな」

 味の感想を言った。


「良かった。女の子とラーメン食べるのは初めてだったんだけど、そう言ってもらえて安心したよ」

「女がラーメンを敬遠するのは、カロリーとか気にしてる時くらいじゃないか? って、その辺が大雑把すぎるわたしじゃ、言っても参考にならないけど」

「そうなのかな。杏奈ちゃんはダイエットとかしたことあるの?」

「わたしは今のところ無いな。前はかなり動いてたってのがあるし。……最近は運動量が減ってて実はちょっと心配だけど」


 立ち止まって腹部や二の腕の感触を確かめてみても、急に変化したという気配はない。もちろん今日のカロリー摂取量が半端ではないため、今日明日は体重が一気に増加したりしないか見張っておく必要があって、少し気が重くなってしまう。


 その余分なエネルギーが全部胸の膨らみになればいいのに、と安易なことも、今の杏奈には考えられなかった。

 外から見てそれほど自慢できるサイズにはなっていないのだが、Dに近いCカップの彼女はショルダーバッグを使うときの紐の位置によっては、圧迫感や擦れる時の刺激でストレスを感じることがある。


 それがこれ以上大きくなってしまったら、胸の大きさに誇りを持たなければ色々な意味でやっていけなくなるだろう。どうか今のサイズで収まっていてくださいと願う杏奈には、自身の胸部に誇りを持つことはなかなか難しそうだ。


 平らでも胸を張れた男から大きさが気になる女となって、今のところ唯一感じ続けている面倒な点だった。


「……何だよ?」

 少しの間、複雑な気持ちで右手を胸に当てながら肩を落とした杏奈は、隣で小さく噴き出した失礼な男にじろりと視線を向ける。


「ごめん。杏奈ちゃんがすごく女の子らしいことしてて、可愛いなって思ったらつい」

「なっ!」


 しかし返ってきた言葉に、一瞬驚いたように口をパクパクとさせる。そしてストレートに可愛いと言われたことに顔が熱くなるのを感じ、自分はこういうストレートに表現する言動が苦手なのだと、ようやく認識する。

 彼女は「おとこ女」と茶化す言葉を真正面からぶつけられるのには耐性があるのだが(むしろ慣れている空気で安心する)、今日は達哉と一緒にいて、このような意地の悪い言葉はほとんど飛んできていない。


 だからこそ、今日はやられっ放しだったのだ。そこに気づいた杏奈がこの流れに一矢報いるためには、

「わ、悪かったな。どうせわたしは普段が女らしくないよっ」

 彼からこれ以上褒めそやされてしまわないように、その芽を事前に摘んでおくしかないのだった。


 実際には達哉からすればその言動自体を愛でているのだが、彼女の身の回りには、ここまで照れることも恥ずかし気もないまま平然と可愛いなんて言葉を遣う男がいなかったせいか、この男の心の中が分からないため、空回りしてしまっていた。


 言われた内容が内容であるために照れ笑いはできないが、だからと言ってこんな可愛げのない発言をしてしまうなんて完全にがさつな女だ。とは、自分でも思っている。

 これでは、普段からしおらしい女らしさを発揮できるスキルなんて、すぐには身に付けられそうも無かった。


 達哉に対しては付き合うのは無理だと思っているのだから、これでもいいかも知れない。それでも、今後本当に好きになる人が現れた時にこの性格が直っていなかったら……。

 つっけんどんな言葉を口にしてからそれだけの思いが頭をよぎって、杏奈は無性に不安になるのだった。


「えー、そんなつもり無いのにー」


 しかし達哉は、杏奈が言った直後に紅く火照っていた表情からすっと落ち込んだ様子には気づかなかったのか、不満そうに唇を尖らせる。


 そして、

「じゃあさ、オレと一緒に女の子らしくなりに行かない?」

 と何を言っているのか良く分からない言葉を続けて、笑顔で歩き出すのだった。

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