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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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そして、何かが動き始める6

 休みだからだろうか、それとも噂を耳にするほどのスポットだからだろうか。緑ヶ丘商店街には、杏奈が想像していた以上にカップルが多かった。もちろんカップルだけではない。男だけのグループもあれば女だけのグループもあるし、年齢も様々で親子連れだもたくさんいる。

 しかしあれだけ異性というものを意識させられることがあってからでは、余計に男女の二人組に目が行ってしまう。最近は自分が女であることを無意識に自覚できるようになってきたため、隣を歩く男が視界に入るたびに、自分たちはデートをしているんだなぁとそんな紛れもない事実が頭をよぎる杏奈だった。


 これはマズいことになるかもしれない。と、今更ながらそんなことを思った。


 もしこうして二人で歩いているところを写真に撮られでもしたら、それを後から「楠本達哉とデートしていた証拠だ」と突き付けられたとしても、彼女には何も言い返せないのだろう。

 デートと言えば、言葉の意味だけ見れば男女が一緒に出掛けることなのだ。そう考えれば、たしかに何も間違っていない。


 しかしそれより深い意味を疑われたら、しっかりと否定することができる。恋人同士なのかとか、実は以前から付き合っていたんじゃないのかとか。その疑いは全くの的外れで、事実ではないと。ただ、それを証明しろと言われてもなかなかできることではない、とも思っている。


 分かりやすく例えるなら。


 休憩所に並べられたベンチに座る男女。あの二人が一つのタピオカ入りジュースを仲良く回し飲みしている姿を見た人たちは、誰だってあの二人は恋人同士だと思うだろう。


 もし本人たちが、

「自分たちはただの幼馴染だ!」

 と言い張ったところで、一体何人がその主張を信じるのだろうか。きょうだいというほど似てはいないし、歳も離れていないように見えるあの二人が、あそこまで仲のいい「ただの幼馴染」などあり得ないと、無意識のうちに、あるいは悪意を持って決めつけてしまうのが人間ではないだろうか。


 つまり杏奈が何を結論付けたのかといえば、自分がこうして達哉とデートしているところは、おそらくどこかのタイミングで楠本ファンクラブの誰かに見つかってしまうのだろう。今日の達哉のデート相手、というような内容の情報がメンバーの間でSNSを通して共有されることになるらしい(達哉にはプライベートなど無いのかも知れない)。

 すると、その情報はどういうわけかメンバーでもない晶が手に入れてしまうのだ。


 そうなると……三連休明けとなる火曜日、彼女から何を言われるか分かったものではない。もし運悪く写真も撮られたりしていたら、情報を入手した段階で「おっと、これは一体どういうカラクリだい?」とメールが来てもおかしくない。機嫌が良ければ、もっと性質の悪い追及がやってくるのだろう。

 何故なら、今まで散々「わたし達はそこまで仲良くない」と言い張ってきたのだ。それが達哉とデートをしていたなんて情報が彼女の耳に入れば、まず間違いなくこの矛盾した行動を問い詰められてしまう。好きでもない相手と仲良くデートした理由を。


 女社会歴がイコールで高校生になってからの日数である杏奈は、その辺りのあれこれに全く慣れていない。そして晶に弱みを握られてネタにされるのは、どれだけ経験しても慣れる気配がない。


 むしろ彼女が達哉に「積極的に行け」と言った理由が、こうなることも見越した上での悪戯だったとしても不思議ではない。きっと追及に対して「お前が変なことを言ったからだ」と杏奈が反論すれば、してやったりといわんばかりの笑顔を浮かべるのだろう。


 あまり楽しくなさそうな未来がまるで見てきたかのように頭の中に浮かんで、思わず口から乾いた笑いが出てしまう杏奈だった。


「杏奈ちゃん、どうかした?」

 不意に聞こえた彼女の笑い声に、達哉は何事かと顔を向ける。

「いや……あれを見てタピオカが入ってると分かっちゃうなんて、晶たちに毒されてきたなと思っただけだよ」


 男社会を卒業して女社会に入った身としては、現在進行形で男の、なおかつそれなりに高い地位を持つであろう達哉には、そちら側で頑張ってもらいたいのだ。

 そう思った杏奈は適当な誤魔化しの話題で何とか回避して、しかし話はとりあえず続くようにする。この辺りは昔から彼女の手馴れているところだった。


「ああ、タピオカ。あれって、コリコリしてるようなしてないような微妙な固さで、味の濃いジュースだと触感のある飲み物みたいになるよね」

「……お前もかなり毒されてるな」

「そうだねー、何度か女の子と飲んだりしてるから、しょうがないんじゃないかな」

「え、一つのジュースを?」

「あははっ、まさか。ちゃんと一人一つずつ買って、だよ」


 達哉は笑って否定しているが、果たしてそれがどこまで本当のことなのかは、杏奈にはわからない。むしろその二つのジュースをいつも回し飲みしていて、その結果、異性との間接キス程度で赤くなるなんて馬鹿馬鹿しいと思っていると聞かされた方が、まだ納得できてしまうほどだ。いくらこの男が恋愛関係に気を付けているといっても、その辺りまで純潔精神を保っているとは、到底思えないのだから。


 そんなことを疑う杏奈の心の内を知ってか知らずか、彼は微笑みながら

「杏奈ちゃんとなら、ジュースの回し飲みも悪くないけどね」

 と、どっちとも取れる言葉を口にするのだった。


 しかもさり気ないアピールも含まれているのだから、杏奈は苦笑いをするしかない。

 どうやら、話題を向けた矛先が悪かったようだ。しかも彼女の自爆となっていて、会話運びが完全に失敗してしまっている。


 しまった、と杏奈が心の中で少し後悔している一方、達哉の方はさっきの彼女の様子を見て少し気を付けなければ、と思っていた。


 不機嫌に見える女の子をなだめるのに頭を撫でるという行為をたまに実行してきた彼だったが、杏奈はそれを「初めてされた」と言ったのだ。つまり、今まで両親にすら撫でられたことがないというのである。

 彼女は今、あのマンションで一人暮らしをしていると言っていたし、お互い知らないことが多すぎる状態ではどこに触れない方がいい「地雷」が埋まっているか分からないのだ。


 それに、撫でられることに耐性のない杏奈は体の力が抜けて達哉へと抱き付く形になった。彼からしてみれば突然の密着に彼女の胸のふくらみが当たって嬉しいことの多いハプニングだったが、それすら吹き飛んでしまうほど、女の子に人前で無防備な姿を晒させてしまったことは、紳士であれと教育されてきた彼にはショックが大きかったのである。


 既に今日は随分と「紳士な振る舞い」から遠い行いをしているものの、気になる女の子と一緒にいるからといって、ここからは浮かれすぎずにきちんとエスコートしようと改めて心に決めたのだ。

 もう既に何度か拒否された手を繋ごうとすることや、耐性がなさそうな直接触れるようなコミュニケーションはできる限り控えることにする。


 この手の距離感は、手探りしていくしかないのだろう。

「あ、ここ寄ってかない?」

 達哉は話しながら歩いている時にも二人で遊べそうな場所を探していたのだが、ちょうどゲームセンターの前を通りかかったところで、その足を止めた。


 そこは青竜門通りの中央よりも南側で、達哉が他の女子達ともよく立ち寄る店である。

 建物の一階と二階にゲームセンターが入り、下には主にクレーンゲームと誰でも遊べるビデオゲームなど、上には本格的な格闘ゲームやリズムゲームに麻雀などで……喫煙コーナーもある照明の少し暗めのフロアとなっている。


 基本的には誰でも楽しめるゲームセンターは、杏奈にとっても馴染みのある場所だった。

 昔から男友達と遊ぶときには、頻繁に出入りしていた経験もある。


 しかし、ゲームセンターに置いてある筐体には、これまで一度もお金を入れたことは無かった。というのも、友人がクレーンゲームに何枚も百円玉を投入しているところや、格闘ゲームで負けて再挑戦のためにやはり百円玉を入れ続けている姿を見ていたら、いつしか体が拒否反応を示すようになってしまったのだ。


 それだけのお金を全部食費に回していればどれほどいいか……と、遊ぶ時には決して考えてはいけない魔の思考に取りつかれてしまい、結果、金食い虫に与える百円玉は無い! とまで思うようになっていたのである。


 それでも一緒に入って他人がプレイしている様子を見るのは好きであるため、決して入りたくないと思っているわけではないのだが。


 そんな微妙な心情を持つ彼女は、

「ゲーセン、か」

 可もなく不可もなくといった感情のこもらない声でつぶやくと、体をそちらへ向けて、一度上を見上げてから一階の奥へと視線を向けた。


 どんなゲームがあるのかを確かめようとしたのだが、店の外から見える内容といえば、ひたすら奥までクレーンゲームがある(ように見える)一階と、二階には窓際に置かれたリズムゲームをやっているらしい、体を使ってノリノリでリズムを刻む誰かの後ろ姿だけだった。

 つまり、店の中を知っている達哉はともかく、初めてやってきた杏奈にはどんなゲームがあるのかが、パッと見ただけでは全部把握できない。


「お前は良くここに来るのか?」

「うん、月に何度か来たりするよ。やるのは音ゲーがメインだけど」

「へぇ」


 杏奈は感嘆の声をもらすと、ふらりと店の中に入っていく。


 入り口付近はぬいぐるみを景品にしたクレーンゲームが並んでいて、奥に行くとアニメキャラクターのフィギュアが多くなっていった。かと思えば、その更に奥にはお菓子も景品になっている。


「デートしてるとはよく聞くけど、クラスの男子たちと来たりもするのか?」

「え? そうだね、まだ入学したばかりだけど、数人となら休みに遊んだこともあるよ」

「そっか。なんかこの辺の人形だと、田中や寺田あたりが好きそうだよな」


 かちっと筐体についているボタンを指で押しながら、杏奈はその中に設置されている紅い長髪で白いドレスワンピースを着た少女のフィギュアを見つめた。彼女の言うクラスメイトのその男子二人はお互いの出席番号が近いからか、最近では休み時間によく二人(時々もう一人入った三人)でアニメの会話をしていて、その話し声が少し離れている杏奈の席にも聞こえてくるのだ。


「そんなこと……よく知ってるね」


 しかし休み時間にはほとんど女子に囲まれている達哉は、そういう会話が行われていることには気づいていない。とはいっても同じ男なのだ、体育の時間などに彼らがどういう人間なのかを、達哉になら知る機会も多くあったはずだ。


 しかし彼からすれば、二人とはほとんど接点が無いはずの、異性の杏奈が男子二人の好みを知っていたことには驚いたのだろう。少し目を大きくしている。


 ちなみに杏奈が中学時代に付き合いを持っていたグループには、アニメオタクもいればアイドルオタクもいたし、スポーツとテレビゲームしかしないような連中もいて、会話の内容はいつもしっちゃかめっちゃかだった。そのため、アニメのキャラやアイドルに対して「想い」を語る彼らにも、話を合わせることはできなくても相づちを打つことならできる(内容を理解できていないが)。


 それに加えて、真奈と晶はそれなりのアニメオタクなのである。彼ら男子アニメオタクの会話が聞こえてくると、時々「そうじゃないのにっ!」や「そうそう、それそれ」と見るからに落ち着きが無くなることもあって、見ていてとても楽しい。


 ちなみにクラスにはスポーツ好き男子もいるのだが、彼らは大抵ほかのクラスまで遊びに行っていて、普段どんな会話をしているのか杏奈は知らない。


 という具合に、直接の接点はなくとも慣れ親しんだ人間性を匂わせるクラスメイトがいれば、そういう面があると知っているのも仕方がない……のだが、そんな答え方をするのもどうかとは思う。

「そりゃな。クラスメイトのことを知っておくのも、委員長の務めだよ」

 そのため、杏奈は自分の学校での役職を理由に、さらっと受け流しておくのだった。


「じゃあ、杏奈ちゃんはオレのことも少しは見てたりするの?」

 すると達哉は一瞬驚いた顔をしたものの、自分のことに関してどこまで知っているのか、それを確かめようとする。

「まあ席も近いし見えてるけど……普段女子を相手にする時は波風立てないようにかなり慎重になってて、男子相手なら割と楽しそうに話してる。ってところかな」


 個人的には楠本財閥の現会長である達弘の弟だとか、婚約者の席が空いていて、達弘から早く相手を見つけろと言われ始めているとか、そういうプライベートに関する情報も達弘につい最近聞かされて持っているものの、誰が聞いているか分からないこんな場所ではとても口にできない。それこそ、プライバシーの侵害になってしまう。


 その代りではないが、

「あーあと、実はお調子者なところがあるらしいってことも覚えておくよ」

 今日知ったばかりの、学校で男子といる時にも見せなかった裏の顔を追加しておいた。これでもかといわんばかりに、にっと歯を見せた意地の悪い笑みを浮かべながら。


「あはは……。ホント、今日のオレはらしくないなって、自分でも思ってるよ」

「そんなの気にするなよ、いつもより人間らしく見えるし。わたしはいいと思うぞ」


 意地悪なことは言ったものの、決して責めているわけではない。

 あまり大胆なことをしないのであれば、むしろそちらの方が親しみを持てると思っているくらいだった。

 しかしそこまでは口にしたりせず、杏奈はくるりと振り向いてクレーンゲームの景品を見て回る。


 大きなフィギュアや小さなフィギュア、クッションに抱き枕といった具合に、アニメや漫画に小説といったキャラクターの絵が描かれたグッズが、かなり多く置かれている。ただ、相当に有名なタイトルを除いて、杏奈にはそれぞれのキャラがどのタイトルに出てくる何て名前でどんな性格の人物なのか、全く分からない。


 そのため彼女はキャラものの景品の前では立ち止ることなく、ゆっくりとだが歩き続けていた。


 これが子どもも来るかも知れないゲームセンターにあっていいのかと思ってしまうような、ほぼ全裸に近い美少女キャラの描かれた抱き枕カバーもあったが、彼女は表情も変えずに無反応のまま通り過ぎて行った。


「杏奈ちゃんが欲しいものは無いみたいだね」


 クレーンゲームのコーナーをお菓子の台まで含めて一周回っても、杏奈の目を引く物も足が止まる台も無かった。

 それを見た達哉は、別の提案をする。


「二階も見に行かない? 上にあるゲームなら、できるモノもあるかも知れないよ」

「そうだな、行ってみるか」


 達哉の言う通り面白そうなものを見つけられなかった杏奈は、頷きながら彼に付いて近くの階段を上る。二階にあるというビデオゲーム類にも、見ただけでやりたいと思えるようなモノがあるとは思えなかったが、達哉がプレイしているところを見るのも面白いかも知れない。そう思ったのだ。


 しかし階段を上る途中で、杏奈は誰かからの複数の強い視線を感じて振り返った。……のだが、振り向くのとほぼ同時に感じていた視線の気配は消えてしまう。それに一階にはかなり人が多くいたこともあり、視線を向けてきたのが誰なのかは全く分からなかった。

 パッと見た限り、知り合いがいるという訳でもないらしい。

 まあいいか、と彼女は前へと顔を戻して達哉の後を追った。


 クレーンゲーム台の影に隠れる、少し呼吸を荒くしたゴスロリ姿の小柄な少女と、彼女に寄り添ってしゃがみ込むかなり背の高そうな青年の存在に、杏奈は気づかなかった。

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