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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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そして、何かが動き始める4

「ありがとうございます」

 しかし達哉は丁寧にお礼を言うと二つを手に取って、そのうちの片方、イチゴチョコのクレープを隣の少女に手渡した。


「ありがと」

 彼女は気分を切り替えてそれを受け取ると、空いている適当なテーブルの椅子に腰かける。


 そして達哉は杏奈から少し遅れて正面に腰掛けながらも、溶けない内にといわんばかりに、早くも一番上に鎮座するバニラアイスへとかぶりついていた。


 四月の終わりともなれば気温が二十度を超す日も多くなり、二十五度に迫る日すら出てくるくらいだ。アイスなんて、放っておいたらすぐに溶けてしまう。


「話したいことはあるけど、まずはアイスを何とかしてからだな」

 先ほど話そうと思っていた話題があるとはいえ、考えたり話したりしていては、アイスが溶けだして大変なことになってしまう。まずは彼がその部分だけでも食べ終わるのを待った方がいいと、彼女は判断していた。


「そうだね。今日はちょっと暖かいし、急いで食べちゃうよ」

 頷いた達哉はその言葉通り、一口目よりも更に大きな口でアイスにかぶりつく。しかしアイス自体がまだ固いらしく、しかもすぐ下が生クリームであるため不安定さもあって、一口頬張るだけでも大変そうだ。


 彼がアイスを食べ終わるまで待ちながら、もちろん杏奈も自分のクレープを食べている。

 達哉は男であるためあまり開ける口の大きさについては気にしていないようだが、はむっと頬張る杏奈は、その一口の大きさは学校で弁当を食べる時と同様、女子として、はしたなくならないくらいに抑えている。


 男で一口の大きさを気にする人間は少ないが、料理を作るのが好きな彼女は、昔から食べる時の作法にも気を遣うように意識してきていた。


 普段の食事であれば下品にならない食べ方をするだけなのだが、急に作法を求められる食事の場に招待されても困らないようにと、テーブルマナーもある程度は覚えているほどだ。

 その勉強方法は雑誌の特集記事を見てだったが、お金がない上にそういった場に出る機会もない学生には仕方がない。

 そして実際に食べての練習は、家での食事だった。

 スープやメインディッシュに見立てたそれらしいものを実際に作って、スプーンやフォーク、そしてナイフの使い方を実践していたのだ。


 こんな風に男の頃から趣味でテーブルマナーの知識を蓄えてきてはいるものの、そういったものを使う機会には、今の所一度も出くわしたことがない。この先も自らコース料理の店に行かない限り、そういった機会はないのだろう。


 それでも、食事に関して他人に不快な思いをさせず楽しく食べるのが彼女のモットーでもある。レベルの高いテーブルマナーを使う機会がなくても、自分のモットーを貫いているという意識を持つことで、彼女は満足していた。


「お待たせ」

 アイスだけ食べ終えて、達哉は顔を上げた。


「お疲れ。どうだった? アイスとクレープは」

 季節が夏に向けて進行中とはいえ、暦も気温も未だ春。アイスを食べるにはまだ早いが、焼きたてのクレープ生地とアイスの組み合わせが合うのか合わないのか、少し気になる杏奈だった。


「美味しいんだけど……個人的には普通のアイスクレープの方が好きかな」

 しかし達哉は生地とアイスの温度差が好みではないらしい。じゃあなぜ頼んだと言いたくもなるが、他に贅沢パフェほどボリューム感のあるクレープは無く、そこに惹かれての注文だったのかも知れない。


「普通のって言うと、スーパーとかで売ってるやつか?」

「そうそう。アイスとして食べるなら、生地も冷たい方がやっぱり合うよね」

 水の入ったペットボトルのキャップを外しながら、彼は苦笑いで答えるのだった。

「あ、杏奈ちゃんも水飲む?」

 そしてそのボトルの水を飲もうとしたのだが、その前に、先ほど飲み物を買わなかった杏奈へと差し出した。


 しかし杏奈は手をそちらには伸ばさず、自分のバッグのチャックを開けると、

「大丈夫だよ。水筒を持って来てるから」

 いつも学校へと持って行っている水筒を取り出した。


 高校にはいつでも使える自販機があるため水筒を持参している生徒は多くないのだが、杏奈は飲み物を毎日買うのはお金が勿体ないと、市販の茶葉パックを使い水出しで作ったお茶を水筒に入れて持参している。

 休日である今日も、途中で飲み物を買わなくても済むようにと、水分補給の手段として水筒を用意していたのだ。


「そうだったんだ」

 彼女が飲み物を買わなかった理由を知って、達哉は今度こそボトルに口を付けた。


 ちなみに彼の場合は、外出先では飲み物をその都度買って飲むことが多い。今のように食事をしながらであれば少しずつ飲み、飲み切れずに余った時は持ち歩くのだが、基本的にはその場で飲み切ってしまう。


「確かさっきは……どこに行くか話そうって言ってたんだよね」

 再びクレープを食べながら、達哉は本題へと話を戻す。

「そうだな。とは言っても、わたしはこの辺りに何があるか知らないんだけど」

「だったら商店街の中を案内するって形がいいのかな?」

「いや、楠本が普段から行ってる店があるならそこでいいよ。そっちの方が楽しそうだしさ」


 楽しい場所から覚えたいという杏奈の言葉を聞いて、達哉はその目を真剣なものにすると、声を少し低くするのだった。


「そんなこと言っちゃうと、オレが杏奈ちゃんに格好いいところ見せようと躍起になっちゃうかも知れないよ?」

「……へぇ、わたしをお前のハーレムに追加しようって腹つもりなのか」


 その姿に挑戦的な雰囲気を感じ取った杏奈は、売り言葉に買い言葉と、彼に負けず劣らずの好戦的な笑みを浮かべて返した。いつもはさばさばとして感情の起伏がほとんど無い性格ではあるものの、男子の見せる冗談を含んだアブナイ態度には、冗談で返したくなる性質だった。


 乗りたくなったら素早く流れに乗って、個性的な冗談に個性的な冗談を返したい気持ちになってしまうのだ。要約すれば、友達以上恋人未満の関係を要求しているのか? と問いかけたようなものだ。


「あはは、ハーレムなんて興味ないよ。こう見えてオレ、好きになった娘には一途な性格なんだよ?」

「それって……え? 本気で言ってるのか?」

 しかし返ってきた答えに、杏奈は驚いたような顔を見せた。


 今の言葉だけ聞けば、ハーレムには興味のない、晶がいつか話していた通り身持ちの固い男ということになるのだが、ではそんな宣言をしてしまうような男が格好いいところを見せようとする相手といえば誰か? 好きになった相手しかあり得なくなってしまう。

 ただこの場合、達哉の答えが杏奈の予想を超えていたというよりも、彼女が勝手に高を括っていて、その考えが甘かったという方が正しい。


 なぜなら彼女は以前から、晶や真奈から散々達哉に特別扱いされていると言われてきたのだ。

 そんなことは無いと根拠もなく受け流し続けてきた杏奈だったが、こうして本人から好きだと言うのと同等の言葉をぶつけられた上に、彼女が困惑しながら訊いたことにも

「もちろん」

 と笑顔で肯定されては、もう気のせいだとは言えなくなってしまう。


 杏奈は困ったような顔のままで、先ほどまでと比べると大きな口を開けてクレープにかぶりついた。咀嚼している間は話す気がないから待っていてほしい、という無言の意思表示である。そしてそれに応えるように、達哉もまた自分のクレープを頬張る。


 とはいうものの、彼は杏奈に返事を求めていない。ただ一方的に、遠回しではあるが気持ちを伝えただけで、付き合ってほしいとは言っていないのだ。恐らく彼自身が、今杏奈にそんなことを言っても断られると分かっているから、あえてそこまでは口にしなかったのだろう。


 むしろ、落としてやるから覚悟しろ、という宣戦布告だったのか。


 それでも杏奈の方は、こうして気持ちを伝えられてしまうと自分はどうなのかと反射的に考えてしまう。


 彼女は基本的に、友達としてある程度仲良くなってから恋人関係に進むか考えたいと思っている。しかし今、彼に対してはその表現でお断りすることはできなかった。なぜなら、それはつまり「将来にはまだ希望がある」という言い方なのだ、今の彼女には、達哉とどれだけ一緒にいたとしても、恋人関係になるような未来像が全然想像できないのである。


 その理由はいくつかあるが、その中でも大きいのは二つ。


 一番彼女の中で大きな壁になっているのは他でもない、世界の闇の部分で進んでいたディストーション・デス計画、自分がその計画の中で行われていた研究の実験体……つまり人造人間だという、誰にも言えない秘密を持っているからだった。


 彼はまだ杏奈の正体を知らないようだが、達哉の家は、彼の父親がこの計画へ様々な形で投資をしていて、とても関係が深かった。そんな彼の父親は数か月前に他界してしまっているのだが、その後を継いだ長男の達弘がいる。いつか達哉に、社会の裏側に何があるのか話す日が来るかも知れない。

 とはいえ、達弘と達哉の二人が肉親だと、どちらからも直接言葉として聞いたことはない。そのため、達哉の父=達弘の父という杏奈の仮定が間違っている可能性だってあるのだが、二人の名前があまりにも似ていることと、顔の特徴にも似たところが数多いことから、杏奈は彼らが兄弟で間違いないと確信している。


 もし達哉が杏奈の秘密を知る日が来たとして、人造人間などという得体の知れない存在をどう思うのだろうか。それを正確に予想することはできないが、自分が逆の立場だったらどう思うかを想像することはできる。


 杏奈が彼の立場でそんな事実を知らされたとすれば、ほぼ間違いなく恋人になんてしないだろう。それどころか、距離を置こうと思うかもしれない。

 そんな風に、真実を知られた時に嫌われる可能性があるのであれば、最初から深い関係を築かない方がいい。彼女はそう思っている。


 これが、一つ目の理由だ。


 そして二つ目に大きいのは、紗江の存在だった。


 彼女は間違いなく達哉に好意を抱いている。そのことは杏奈だけではなく、晶も真奈も感づいていること。本人は気づかれていないと思っているかも知れないが、何となくのレベルでも友人が恋愛感情を抱いていると知っている相手と付き合うなんて、一人暮らしが長く危機回避を優先しながら生きてきた杏奈には、したくない行動だった。


 杏奈は常に、人は一人では生きて行けない生き物だと思っている。最初から最後まで他人に頼るつもりは無いものの、どうしても自分だけでは解決できないことが起きた時に、頼れる人がいなければ大変なことになってしまうのだ。

 杏奈が今の段階で、学校で築けた頼れる友人関係と言えば、晶と真奈とそして紗江の三人だけだ。彼女たちとの間に問題を起こすのは、絶対に避けたいのである。


 もちろん、これが杏奈の個人的な損得勘定による、我儘な考えだということは分かっている。

 例えば、ここまで真直ぐに気持ちを口にできてしまう達哉であれば、恋人を蔑ろにするような性格ではないかもしれない。であれば、多少友人関係をおろそかにしてでも彼を優先する選択も無しではないだろう。

 しかし杏奈からすれば、どちらかを捨ててなどという考え方は、怖くてできない。


 仮に、もしこの二つの問題が同時に襲い掛かってきたとしたら? 達哉に嫌われ、友達をも失った状態では、彼女は誰にもすがることができない孤独な人間になってしまう。


 今の状態で杏奈が達哉と付き合うことは、そうなってしまう危険があるのだ。


 これまで彼女は、一人暮らしはしてきたが孤独な暮らしはしたことがない。周りと一切かかわらない孤独な状態では、生きて行ける自信なんて全くなかった。

 改めて考えてみても、その気持ちは全く変わらなかった。


 考えている間、一口大きくクレープをかじるだけでは時間が足りず、二口目、三口目も頬張りながら、目を閉じてじっくり噛みつつ自分の立場を整理する。そして杏奈はクレープを飲み込むと目を開き、達哉を正面から見据えた。


「わたしの気持ちを訊かれたワケでは無いけど、伝えておいた方がいいと思うから言っとく」

「うん」

「残念だけどわたしはお前の気持ちにいい返事はできないし、この先も受け入れられるとは思えない。だから……正直、諦めてもらった方がいい」


 先ほどは冗談のノリであることを強く出した言い回しをした杏奈だったが、自分の気持ちを伝える時は、真直ぐな言葉だった。正直な所、彼女にはどういう言葉を選んだら柔らかい表現になる上に正しく伝わるか、分からなかったのだ。

 相手を傷つけてしまうと分かっていたのだが、変な期待を持たせてしまうよりはよっぽど良いという判断だった。


「……。そっか。うん、何となく分かってたよ」


 その辛辣すぎる杏奈の気持ちを聞いたにも関わらず、達哉は明るい表情でそう言うと、残り三分の一ほどになっていたクレープを一気に頬張るのだった。

 ほぼ同時に、杏奈も残りほんの少しになっていた生地だけの部分を口に入れた。


 もしかしたら「冗談なのに本気で返すんだー」と笑われるかもとも予想していたのだが、それはそれでかなり恥ずかしいものの、そっちの方が良かったかも知れないと杏奈は思った。


「あーあ、初めて女の子に盛大にフラれちゃったよ」

 口に入れたクレープを飲み込んで、それでもまだ笑顔のまま、達哉はそう言うのだった。

「でも杏奈ちゃん、オレは諦めも悪いから、しばらく頑張っちゃうけど許してね」

 しかも彼は、これからも杏奈の「外堀」を埋めていくつもりらしい。


「諦めろって言ったのに……。そうするとしても、いい返事は期待はしないでほしい」

「大丈夫。それじゃ、遊びに行こうよ!」

 立ち上がって右手を差し出す達哉に、杏奈はあははと苦笑いをする。


「まったく気が早いな。ごみ捨ててくるから、ちょっと待てって」

 手渡された達哉のクレープの包み紙も一緒に持って、杏奈はすぐ近くのごみ箱へと捨てると、彼の待つテーブルまで戻ってきた。


 そんな彼女へ達哉は再び手を伸ばしたのだが、

「恋人同士じゃないんだから、手なんて繋がないよ」

 と少女は笑顔で完全拒否すると、さっさと公園の外へと歩いて行くのだった。


「えー、杏奈ちゃんってば冷たーい」

 置いて行かれた少年は唇を尖らせながら、商店街の方へと歩き始める彼女へと追いつくと、その隣に並んで歩き始める。

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