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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
33/74

そして、何かが動き始める3

 杏奈が達哉の道案内でやってきた家電量販店は、結論から言えば、彼女の思っていた商店街の中にはなかった。

 朱雀門通りを西に歩き、しばらくすると見えてくる青竜門通りとの交差点を北へと曲がったところまではよかったのだが、達哉はその通りのちょうど真ん中にある、商店街の外へと出る中央門の方へとその足を向けたのだ。

 そしてその道をまっすぐ歩いた先、少し細い道との交差点に位置していた。


 杏奈は晶たちから聞いていた情報で、すっかり、目的の店が商店街の中に建っている一つの店だと思っていた。しかし実際にはその範囲の外にあったため、彼女一人で歩きまわっていても結局見つけられなかったかも知れない場所である。


 そこはビルが丸々一棟店になっていて、五階まであるその建物はフロアの窓に商品ジャンルの書かれたペイントが施されていて、どのフロアに何があるのか外からでも良く分かるようになっていた。よくある大型家電量販店だ。


「ここか……。確かに駅からは距離があったなぁ」


 人通りがそれなりに多い商店街の中を通るとはいえ、所要時間は七分ほどだった。歩くのであればそれほど苦にはならなくとも、もし重い家電製品を持って、しかも人の波の中を歩くとなればまた別の話だ。


「何か買う時は宅配を使った方がいいかな」

 杏奈は小さく頷きながらそう言うと、晴れやかな笑顔で達哉の方へと向き直り、

「ありがと、わたしが今日ここに来た目的は、これで達成だよ」

 さあ帰ろうとでも言うようにそう告げた。


 もしこれがRPGか何かであれば、同時にクエスト達成のファンファーレが鳴っていたことだろう。特に目立ったイベントがあったわけでもなく、一キロにも満たない道を歩いただけではあるが。

「中、見て行かなくてもいいの?」

 しかしそれだけでは杏奈の手伝いをしたとは思えないらしく、達哉は店を親指でさして言った。


「何か買うものができた時に来て入るよ。そっちは?」

「オレも、見たいものは無いから大丈夫だよ。……じゃあ、今からどうしようか。他にも行きたい場所とかあれば案内するけど」

「今日の目的はホントにここだけだったからなぁ。一人なら気が済むまで適当に歩きまわるつもりだったけど、さっきも話してた通り、案内してもらったお礼に今日一日付き合うよ」


 本来であれば目的を達した後は、気まぐれに商店街を一周ほど散策しながら外から店を見てまわって、そのまま家に帰ってテレビを見たり借りた漫画を読んだりするくらいだっただろう。

 だから、こうして誰かと一緒に暇を潰せる機会ができたのは、意外と良かったんじゃ無いかと杏奈は思い始めていた。

 利害も一致して、めでたく二人のデートが成立という訳である。


 とはいえ、

「そっか。じゃあ小腹もすいたし、さっき公園の所にクレープの移動販売してたから、食べながらどうするか考えてみない?」

 デート相手が変われば、いくら達哉でもデートプランは練り直しが必要なのだろう。


 いや、杏奈とのデートが決まった途端、その顔に「楽しみ」という感情が全く隠れていない笑顔を浮かべている辺り、もしかしたらデートプランの相談から既にデートと思っているのかも知れない。


「別にいいけど、小腹がすいたからクレープって……男とは思えない発想だな」

 しかし男からそんな提案が飛び出してきたのが杏奈としては予想外で、少し驚いた顔を見せる。


 元々が男だった彼女は、達哉ともそれなりに近い感覚を持っているのではないかと思っていたのだが、普段から女との付き合いが多いらしい彼は逆に、行動がそっちによっているのかも知れない。もしくはクラスメイトの女子といるから、提案するものに気を遣っているのか。


「そうかな。食べたりしない? クレープ」

「いや、わたしはあまり食べないな」

 ちなみに杏奈にとって、昔から外で売っているスイーツは手の出しにくい贅沢品だった。その意識が今でも少し残っているせいか、出かけた先でおやつを食べるのは、友達に誘われた時くらいのもので自分から買う意欲はなかなか湧いてこないのだ。


「そうなの?」

 しかしその辺りの考え方は人それぞれだろう。

 達哉は杏奈の言葉に驚いた様子を見せながらも、足はしっかりと話していた公園の方へと向いている。

 提案した直後に杏奈が「別にいいけど」と言葉を返したからか、彼はそう言いながらもクレープを食べる気満々のようだ。


 それにしても、と杏奈は思う。彼女は来る途中に公園があったことには気づいていても、そこにクレープの移動販売車が停まっていたかどうかなんて全く気にしていなかった。その存在に気づいたということは、

「甘味アンテナがあるのは女子力が高い証拠!」

 と豪語した晶の言葉を信じるなら、達哉はかなり女子力が高いのだろうか。杏奈は隣を歩く男子の顔をちらりと盗み見てみた。


 しかし、ちょっと待った、と安易な考えに走りかけた自分にストップをかける。

 女子力が高いと言うこともできるかも知れないが、甘いものが好きだからといって女子力に結びつくわけではないはずだ。世の中には甘党と呼ばれる人間がいるともいうし、もしかしたらこの男も甘党なのかも知れない。


 昨日晶のバイト先の店でヘルプをしていた時にも、それなりに大きなパフェを頼んでいたような雰囲気だったのだから。


「甘いもの、好きなのか?」

 そう思った時には、もう口から質問が飛びだしていた。

「んー、好きって程じゃないけど、女の子と一緒にいる時にいつも食べてるから癖になってるのはあるかも」

 のだが、彼の返答もまた杏奈と似て付き合いといった雰囲気で、甘党だというような気配はない。


「杏奈ちゃんはこういう時、何食べるの?」

「そうだなぁ。我慢できるなら食べないし、もし食べるとしても二百円くらいで買える一口サイズのものとかかな。通り道にあれば、だけど」


 材料があればクレープなども作れる彼女だが、結局は中に挟んだりするトッピングで高くなるという理由から、自作したことはほとんどない。大抵は作るよりも既製品を買った方が食べたいときに食べられるし保存も利くため、彼女にとって「おやつ」とは家で食べる安い菓子類を指す言葉だ。


「そうなんだ……。食べ過ぎてるかな、オレ」


 対して、達哉からみれば一般的な女子高生である杏奈から、最初に「我慢」という言葉が出てきて、己を顧みたのだろう。彼は苦笑いをしながら頬を掻いていた。


 しかし彼女はそう言ったものの、友達と一緒にいる時に「何か食べたい」と言われれば、もちろん付き合いで一緒におやつを食べる。それでも毎週のように誰かと遊びに出かけるということはないため、これまでを振り返ってみると、外で間食をとる頻度は平均で月に二度ほどくらいの感覚だ。

 そして女子といる時はいつも甘いものを食べるという達哉の方は、ほぼ毎週のように週末を誰かと一緒に過ごしているらしいし、今でさえ杏奈と一緒にクレープを食べようとしている。これでは、彼が自分で言ったように食べ過ぎているのは間違いないだろう。


 その状態で今の体型を維持しているのは、彼が育ち盛りだということと、毎朝欠かさずにどれだけかランニングをし続けているおかげかも知れない。


 今までを思い返したことで午前中のおやつはやめておく決意をしたらしく、達哉は公園の入り口に差し掛かっても中には入ろうとせず……しかし先ほど通りかかった時より強くなっていた甘い香りに捕まって、足を止めるのだった。

 その香りの強さで、流石の杏奈も公園の中に何か店があることに気づくほどだ。


 近づいて来た公園を見て、この男はどうするだろうと気付かれないように様子をうかがっていた杏奈は、入り口の正面で立ち止まるなりクレープ販売のトラックの方へと目を向けるその姿に、思わず小さく笑ってしまった。


「ここまで漂って来るものなんだな。生地を焼くいい匂い」

「そうだね。こんな匂いを嗅いじゃったら、誘われて中に入っちゃいそうになるよ」


 公園から二人の立っている方へと風が吹いているため、移動販売車からクレープの香りが二人へと襲い掛かってくるのだった。

 達哉はその甘い香りにかなり強く引き寄せられているらしく、視線を向けたまま動こうとしない。しかし彼の中には、言葉にした通りの我慢した方がいいという気持ちもあるらしく、食べるか食べないか、その決断をするのに苦労しているようだった。


 彼のことをあまり知らない杏奈ではあるが、ハッキリと気持ちに区切りが付いているのであれば、たった数秒とはいえ、ここまで悩んだりはしないだろう。

 それを察した杏奈は、

「だよな。わたしですら、匂いにやられて食べたくなってきちゃったよ」

 やんわりと、クレープを食べても構わないという意思を込めて言った。


 ここで無理矢理にでも引っ張って我慢しろと言うこともできたのだが、彼女にはそこまでして急いで行きたい場所がある訳ではない。むしろこの周辺に全く土地勘がないため、先ほど達哉が言っていたように食べながら今後の予定を決めるのもいいと思ったのだ。


 それが伝わったのかは分からないが、

「ホント? じゃあ食べて行こうか」

 達哉は少し申し訳なさそうに言うのだった。


「おっけー」

 その言葉に頷いて、杏奈はクレープの販売を行っているトラックへと歩き出した。


 クレープの絵が描かれたトラックの周りには、ピンク色で統一された小さなテーブルと椅子が十数組並べられている。カップルらしい男女や友人同士らしい女性グループ、そして少し居心地悪そうに制服姿の男子学生二人組が座って、それぞれがクレープを頬張っていた。

 そんな香りも雰囲気も甘い空間を、二人は杏奈が少し先を行く形で進んで行き、カウンターとなっているトラックの側までやって来た。


 メニューにあるのは、チョコや生クリーム、カスタードなどのクリームだけ乗せたシンプルなものから、二種類のクリームをミックスしたもの、チョコバナナなどのフルーツ系、果ては喫茶店やファミリーレストランでよくある「パフェ」と呼ばれるものを、そのままクレープ生地で包んだかのような一品の『贅沢パフェ』と、種類がかなり豊富だった。


 杏奈は、あれば頼もうと思っていたイチゴチョコがメニューに載っていたため、悩まずにそれと決める。しかし初めて一緒に遊ぶ達哉の好みや癖までは分からず、悩んでいるのかそれとも既に決まっているのかを確かめるため視線を向けてみる。

 すると、杏奈の目による問いかけが何を言いたのかすぐに伝わったらしく、達哉は笑顔で指で丸を作って返すのだった。


 その合図に頷いて、

「イチゴチョコを一つ」

 と注文を告げる。そしてバッグから財布を取り出して支払いを済ませた。

 店員は続けて達哉へも「そちらの方もどうぞ」と注文を促す。先に別で支払いをした杏奈だったが、二人が一緒に来たのは分かっていたようで、同時に出せるように二人分を一度に作ろうとしているのだ。


「贅沢パフェとペットボトルの水も一本お願いします」

 促されて注文をした達哉も、意外と男子高校生として相応しい見た目の財布から五千円札を取りだして店員に渡し、おつりとクーラーボックスから取り出されたペットボトルの水を受け取る。


 傍から見れば普通の「クレープを注文した男子」なのだが、杏奈からしてみれば色々と突っ込みどころが多すぎて、何か残念なものを見ている顔になった。


「どうしたの、杏奈ちゃん?」

「いや、本気なのか体を張ったギャグなのか、判断に困る選択だなと思って……」


 彼女は表情を元に戻せないまま、メニューと共に張られている贅沢パフェの見本写真を見つめる。そこに写るのは、パフェと名がつくのに恥じない、生クリームにカスタードにチョコソースを使い、アイスにキウイとイチゴや棒クッキーをトッピングしてある、ボリューム感と存在感の塊りだった。


 写真は四つ折りされた生地の上にトッピングが置かれた形となっているため、一見すると、クレープ生地で包むだけでは支えられないのではないかと思われる代物だ。


 甘いおやつは友達との付き合いで食べるという未だ男だった頃の考え方が強く残る彼女には、注文するなんてとんでもないと思ってしまうような見た目である。

 加えて達哉はついさっき、頻繁におやつを食べてしまっていることを反省していたばかり。

 その直後にこれを食べると言うのでは、今までの言動のどこまでが本気でどこからが冗談なのか、その判断がつかないのも無理はなかった。


 しかし当人にその辺りの自覚はないらしい。贅沢パフェの写真に、ある意味では興味を示している杏奈の姿をどう捉えたのだろう、

「実物のボリューム感もすごいよ」

 彼はそう言いながら、今まさにその贅沢パフェへと変貌していく途中のクレープを指さすのだった。


 杏奈の注文したイチゴチョコの方は生クリームの上にイチゴを乗せ、チョコソースをかけて包むだけのため、二人が少し会話をしていた間に完成している。


 今作られている方は、最初に乗せられた生クリームやカスタードクリーム、そしてチョコソースの量が既に多い。そこに扇状に切ったキウイと更にもう一度生クリームを乗せ、イチゴと棒クッキーを添えることで配置が完了する。


 杏奈からしてみれば、ここまで大量に乗せてしまったら薄いクレープ生地で巻くなんて無理だと思ってしまうのだが、流石にそこは作り手というべきだろう。クリームなどがはみ出すことも生地が破れてしまうこともない絶妙な力加減で包むと、イチゴチョコと同じ包み紙へと収まる大きさになっていた。


 しかしパフェはそれでもまだ終わらず、生クリームの上にディッシャー(アイスなどを丸くすくうスプーンのようなあれ)で一杯のバニラアイスを乗せて、ようやく完成したのだった。


「お待たせしました」


 と並べて出された二つのクレープだったが、贅沢パフェが作られていく過程を見ていた杏奈は、もうそれだけで満腹になったような気がして、一瞬クレープに手を伸ばすのを躊躇ってしまうほどだった。

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