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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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晶、悪巧みする7

 館喫茶・崎篠が開店してから、二時間後。


 事前に晶から、メイドとしての仕事内容となる接客時のルールやメニューの内容、給仕の仕方など基本的な仕事の内容を教わって、一人テーブルに座る晶を相手に練習していたものの、やはり実際にやって来る客が相手となると勝手が違っていた。

 それでも、実際に飲食店でのバイト経験がある杏奈は、テーブルへの案内も接客時の対応の仕方も、晶に負けず劣らずの熟練度を発揮していた。


 ちなみに更衣室では「バイト経験がある」と言った杏奈だったが、実際にやったのはメイドではなく執事である。

 当時の杏奈をそんなバイトへ誘った友人というのが幼馴染の七海のことで、本当は女装をさせてメイドとして働かせようとしていたのだが、それでは詐欺になりかねないとか色々な事情から紆余曲折した結果、執事喫茶に二週間の短期ヘルプとして放り込まれたのだった。


 つまり経験があるのは「お嬢様」を相手にした接客であり、メイドとしてのキャラ作りは七海から遊びで叩きこまれたモノなのだが、その二つの経験を応用することでこの店でもスムーズな仕事ができていた。


 あの頃と違うのは、今はメイドであるため

「すみません」

 と呼び止める声をかけてくる相手が圧倒的に男性客に偏ることだ。


 この店自体が執事・メイド喫茶であるため女性客も多いのだが、女性客が呼ぶのはほぼ間違いなく、フロアにメイドと同じく四名いる執事の内の誰かである。

 しかし、対応すべき客の性別が変わったからといって、やることが変わる訳ではない。


 二時ごろは昼食目的の来店客が減ってピークが過ぎたような時間もあったのだが、三十分もしない内に今度はおやつ時に突入して再び客が多くなった。三時を過ぎた今はもう満席状態で、店の外には待っている客も出始めている。

 注文を取り、食事を運び、客を見送って片づけたら次の客を案内する。

 ヘルプである杏奈と紗江はレジまで入ることはないが、それでも目が回るような忙しい時間になっていた。


「すみませーん」

 と呼ばれたかと思えば、

「すみません、注文お願いします」

 それを終えたらまた呼び止められ、

「あの、『使用人とお話』って今できますか?」

 そしてまたと、客が増えるとその分呼び止められる回数が多くなっているような状態だった。


 ゴールデンウィーク初日ともあって客はカップルが多くなっている。女性客に執事が呼び止められることはもちろんあるのだが、彼ら執事側はそれなりに均等に呼び止められているのに対し、メイド側はどうも杏奈に人気が集中している。


 そのこと自体に文句は無いものの、少し不思議に感じた杏奈が接客の合間にフロアを見渡していると、何となくその答えが見えてきた。それは、メイド側の性格付けが原因らしい。


 晶は普段と変わらない元気が取り柄のボクっ娘メイドで、接客時にはきちんとした敬語を使っているものの、普段からテンションが高く、客から求められれば

「ふっふーん、どう? ボクのケチャップ文字!」

 とため口も出てくる。そんなキャラ付けだ。


 そしてもう一人の通常バイトメンバーである「さつき」は、ツンデレがトレードマーク。


 こちらも基本的に接客をする時には誠意ある敬語の対応なのだが、彼女の「キャラ」目的で来ている客には、

「仕方ないわね、今回は特別よ?」

「ちょっと、そんなことできるワケないじゃない!」

「そんなに褒めても……何も出ないけどねっ」

 やはりため口が基本のキャラとなっているため、初見だったりキャラ付けまで求めていない客には聞こえただけで遠慮したくなるらしい。


 対する紗江は初心者であるためキャラなどは無く、いつも通りの言葉遣いで十分に接客が務まっているのだが、いかんせん接客どころかアルバイト自体が初めであるためどうしてもミスが出てしまい、

「申し訳ありません、使用人特製ビッグパフェですね」

 注文の聞き間違いもたまにあり、少しばかり頼りなさを感じてしまうのだ。


 この三人と比べると、杏奈は通常の接客もキャラ作りも敬語が主体で、一メイドとして当たり前程度の仕事をこなしているだけだ。

 しかしそれが、執事・メイド喫茶という場所に興味本位で入って来た客などには安心感に繋がっているらしく、一番普通に見える杏奈を呼びたいと思う男性客が多いようだ。


 執事四人も杏奈同様、キャラを求められても敬語を使う人たちであるため、後は客個人の好みで呼び止めているように見える。

 ただそうであっても、杏奈以外のメイドのキャラを求めている客も数多い。


 それどころか、

「何か来てみたら知らないドジっ娘メイドがいて可愛いんだけど」

「マジおれらのとこで何かドジってくんないかな」

 と言って、ことあるごとに紗江を呼ぶ常連らしい男性客もいるほどだった。

 結果、願いが届いたのか(決してワザとではない)小さなミスをして必死に謝る彼女の姿が、彼らの心を癒していく。


 どうにも可哀想な状況ではあるものの、杏奈は、これはこれで立派なキャラ作りだろうと思う反面、内心でハラハラしつつ紗江を見守っていたのだった。


 そんな満席状態が解消しないままの午後三時半ごろ。


 空いたテーブルの片づけをして次の客を案内するために杏奈が入口へと向かって、待ち欄に記入された名前を呼ぶと、彼女の元に男子高校生の二人組がやって来た。しかも片方は見覚えのある顔、楠本達哉だったのだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様方。ご帰宅の受け入れにお時間を頂き、申し訳ありませんでした。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


 しかし相手が知り合いだからといって、杏奈が表情を崩すことも、声に動揺が出ることもない。

 レジ台脇に置かれたメニュー入れからメニューを取って、二人を先導して先ほど片づけたテーブルまでやってくる。そして振り向いて

「こちらでどうぞごゆっくりお寛ぎください」

 二人に着席を促すと、

「既にご注文がお決まりでしたら、お伺いいたしますが」

 確認を取る。


 空き待ちで並んでいる客にメニューの一覧を渡しているわけではないが、入り口や店内にはおすすめメニューや人気メニューなどが出ていて、席に着いた時には注文が決まっている客もそれなりにいる。


「決まってないので、また後から呼びます」

 しかし彼らはそうではないらしく、達哉が柔らかい口調で返事をした。


「かしこまりました、こちらがメニューとなりますのでご覧ください。ご注文がお決まりになられた時やその他ご用がおありでしたら、お気軽に使用人にお声かけください。それでは、お水をお持ち致しますので、少々お待ち頂けますでしょうか」

 杏奈は柔和な表情でそれに合った口調のまま、マニュアル通りの案内を行った。


 その後、コップに水を入れて再び彼らのテーブルへと行ってもまだ注文は決まっていなかったようなので、水を置いてそのまま「失礼します」と言うと、調理場とフロアを隔てるカウンターに向かう。

 途中でちょうど料理を運んで行く晶とすれ違い、その時、お互いに笑顔を向け合って挨拶を交わしながらカウンター前までやって来た。


「杏奈ちゃん、休憩の方は必要ないですか?」

 するとそこには紗江の姿があって、少し疲れたような表情で立っていた。


「もちろん。まだ余裕あるよ」

「流石、杏奈ちゃんは慣れてますね。晶ちゃんが、今のピークが四時過ぎには終わるはずだから、その頃に休憩しておいて欲しいと言っていました」

「はーい。伝言ありがと」


 仕事中の意識に切り替えている今の杏奈は、例え友達との会話であってもお姉さんモードから抜けることはなかった。

 そんな彼女に紗江は「いえいえ」と笑いかける。


「すみません、私は先に休憩してきますね。今が大変な時間だとは分かっているんですが……」

「うん、気にしなくて大丈夫。この様子だとお客さんの出入りはゆっくりだと思うから、八人全員いなきゃいけないってこともないよ」


 彼女は初バイトでメイド姿の接客をしているのだ、肉体的にというよりも精神的な疲労がかなり溜まっているのは間違いなかった。無理して疲れを貯めるよりも、ここでガス抜きをして落ち着く方が今後のミスも減っていいだろう、との判断である。


「はい、ありがとうございます」

「休憩いってらっしゃい。少しでも疲れを取ってきてね」

 休憩室を兼ねているらしい更衣室へ消えて行く紗江の背中を、杏奈は手を振って見送る。そして、もし調理係から料理が出て来ても、反対のフロアから呼ばれても対応できるような位置に立って、全体を見渡してみる。


 テーブルは満席になっていても、この店は何か大きなイベントをするようなことも無いため、会計をするか何か用がない限りはメイドも執事もほとんど声をかけられることがない。

 もちろん例外的に、少し話をしたいからという理由で呼ばれることもあるが。


 と、よく見れば料理を出しに行っていた晶が、達哉たちの座るテーブルの側に立ちながら、注文票をメイド服のワンピースの後ろ側にあるポケットへと入れていた。

 あれは、「注文は取ったけど客とのコミュニケーションで調理係に伝えに行けないから、回収お願い」というサインだ。


 メニューの中には使用人が客と会話をするというものも含まれている。

 オーダー後の時間つぶしとして注文されることもあって、主にその時に出すサインだとレクチャーされていたそれである。

 しかし達哉と晶は同じ学校に通うクラスメイトだ。その関係もあってか、達哉がメイド姿の彼女に話しかけたらしい。


 取りに行こうかと思った杏奈だったのだが、もう既に近くにいた雪兎が動いていて、晶の後ろを通るときにさり気なく注文票を回収し、それをこちらまで持って来てカウンターの向こうにいる調理係の男性へと注文を伝えていた。


 彼の伝票回収があまりにも手際良かったのを見て、杏奈はかなり驚いていた。


 もし自分が取りに行っていたら、その後ろで立ち止まって、誰が見ても何かしていることが分かる不審な行動を取っていただろう。

 さすがは先輩。そう思ってちらりと目だけ動かしてその姿を見ていると、

「お疲れ様、『ゆうか』ちゃん」

 と雪兎から声をかけられた。


 どうやら、フロアの仕事が少なくなっているのは執事も同じらしく、ちょっとした会話を、と思ったようだ。

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