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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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晶、悪巧みする5

「紗江は良かったのか? 晶の手伝いするって言っちゃって」

「仕方ありませんよ。二人足りないという話でしたし、開店までギリギリだったみたいですし、他の人には頼めなかったでしょうから」


 柳沢駅へと向かう道の途中、杏奈と紗江は、前を歩く仲睦まじい雰囲気全開になっている男女の背中を見つめながら、結局請けることになったバイトのヘルプの話をしていた。



 さっきの晶の話では。


 今日の午後に入る予定だったメイド四人の内、二人から、昨日の段階で入れなくなったと連絡が来ていて、代わりに入れるメンバーを探していたそうだ。

 しかしゴールデンウィークの前半となるこの三連休、調整のつくメンバーはいなかったらしいのだが、さすがにメイド側が二人だけではバランスが悪く負担も大きくなってしまう。


 そこで、最後の手段としてヘルプを探すことになったそうだ。


 では誰がそのヘルプを探すのか。急な話で時間も取りづらく、しかもほぼぶっつけ本番の中で接客までこなせるだけのスキルの持ち主が、突然現れるとも思えない。かなり難しい話になっていた。

 ところがそんな中、昨日の夜にもバイトに入っていた晶が「じゃあボクが連れてくるよ!」と事の重大さを分かっているのか、かなり軽いノリで引き受けたのだそうだ(雪兎談)。


 そしてその話が今日のついさっき、杏奈と紗江の元に降って来たという流れになる。


「説明がきちんとできていなかった上に、突然のことで驚いていると思います。もちろん強制ではありませんので、少しでも無理だと感じましたら、断っていただいて構いませんよ」

 と雪兎から丁寧なフォローをもらってはいるが、特に断る理由もないと思った杏奈は、すぐに請けると返していた。


 本当は校則で禁止されているためバイトに手を出す予定はなかった杏奈だが、前世では接客業の経験もある。今回のこれは緊急で、しかも一日限り。友人を助けるための例外だとお人好しな判断をしている。


 ただ、問題は紗江の方だ。


 高校に進学してまだ一ヶ月弱の今、晶のような行動派ではない彼女にはもちろんバイト経験がなく、そんな状態で突然メイドをやれと言われても、上手くできるはずもない。

 そこを紗江本人が自覚しているからこそ、やりますと即答できないのだった。


「自信が無いならやめておいた方がいいぞ。やるって言った時点で、一日バイト扱いでも責任は発生することになるからさ。無理する方が紗江にとって良くないよ」


 紗江が悩む表情で固まっているのを見て、その心情を察した杏奈は優しく声をかけた。

 しかし、あまりにも突拍子もない依頼に対してもほとんど悩まずに即答した杏奈の姿に、紗江は「負けてられない」と、少々タイミングの悪い時に張り合いの意識が芽生えてしまう。


 思いとどまらせることが目的だったはずの杏奈の言葉が、逆に紗江の背中を押してしまったのだった。



 今ならまだ引き返せると思う杏奈は、落ち着いた頃を見計らってもう一度その気持ちを確かめてみたのだが、彼女の決心は変わらないらしい。


 仕方ないと言った紗江の顔は、むしろ吹っ切れたようにいつも通りの笑顔だったのだ。


 そんな姿を見せられてしまうと杏奈も納得するしかなく、

「そっか。じゃあ今日は無理しない程度に頑張ろう」

 言って隣を歩く少女に笑いかけた。


「はい!」


 そして紗江が力強く返したちょうどそのタイミングで、四人は柳沢駅の正面に作られているロータリーに差し掛かった。

 するとそこには、朝この場所で集まった時には見なかった、横に並ぶ人の姿があって、

「二年前、このロータリー周辺で行方不明になった女の子の情報を集めていまーす。ご協力お願いしまーす」

 どうやら情報提供を呼びかけるチラシの配布を行っているようだった。


 四人もそれぞれB4のチラシを受け取って目を落とす。


 ただ、今年に入ってここから四駅離れた高丘町にやって来た杏奈は、二年前の柳沢周辺のことは全く分からないため、情報がそもそも無い。しかも二年前の春頃といえばまだ男として生きていて、半年ほど後に自分の身に起きることなど想像もしていない頃だった。


「実はこの子、私の友達なんです」

 しかし、チラシにしばらく目を落としていた紗江が、先ほどとは違った暗い声で言う。

「そうだったのか……」

 彼女の言葉に、全く知らない人から友達の友達という位置まで近づいたその子を意識して、杏奈はもう一度チラシに目を落とした。


 そこには今野らんという少女の名前と共に、その子が失踪当時中学二年生であったこと、血液型、当時の服の特徴と身長、それに動画投稿サイトにアップロードされているらしい動画へのアドレスも書いてある。


 情報のまとめ方が何となく慣れを感じさせるレイアウトで、とても見やすい。


 二年前に行方不明になったとはいえ、紗江はその子のことを友達だと現在進行形の言葉で言う。どこにいるか分からなくても、生きて元気なのだと信じているからだろう。


 最近のテレビニュースでは、行方不明になった中高生が殺されていて……という暗いニュースばかり聞くため、チラシを見た杏奈はつい紗江とは正反対に、この子はもう……と考えてしまうのだった。


「はい。会えなくなって寂しいですけど、明日は私も、らんちゃんの他の友達と一緒にチラシ配りをする予定です」

「そっか。その気持ちが届くといいな」

「そうですね。皆ずっと待ってるよって想いを込めて、配りたいと思います」

 紗江はそう言って、明るく微笑んでいた。


 杏奈もその表情につられて明るい顔で会話を続けながら、紗江と並んで、晶たちの後ろについて駅へと入って行った。


 チラシを配っている人の中に、そんな彼女たちの後ろ姿をじっと見つめる、大学生らしき青年がいたことに、気づかないまま。



◇◇◇◇



 四人は駅から出て、駅前にあるコンビニに入り、軽く昼食を摂った。


「早めに連絡入れてたら、十二時過ぎにお昼出してもらえたんだけど」

 と晶は少し季節のはずれた熱い肉まんにかぶりつきながら言っていたのだが、その時点で時間は十二時二分になっていて、店からの賄いが期待できる時間では無くなっていた。彼女の予定通りのプランで動いていたら、二軒目のメイド喫茶に入ったところで「少し早いけど」と昼食を提案するつもりだったらしい。


 ちなみに、晶と雪兎のバイト先があるのは赤緑線の崎篠という駅で、店の名前を「館喫茶・崎篠」という。晶が説明していたように執事・メイド喫茶で、男性も女性も気軽に入れる、そんな店となることを目指しているそうだ。

 その手の店としては名前が地味に見えるのだが、入り口近くに置かれたカフェボードには執事やメイドのデフォルメされた可愛らしい絵が描いてあるし、通りに面するガラスには執事やメイド属性好きに向けた絵やポスターが多く貼られている。


 そんな外観を横目にみながら、晶の案内で予定よりも四十分ほど早く店の通用口から中に入ることとなった。


 まだ開店までには時間があるのだが、ではその間ずっと暇なのかと言えば、そうではない。

「本命は二軒目だったんだよねぇ。そこで二人に、メイド喫茶ってこんなだよって見せたかったんだけどさ」

 晶の計画していた、目で見て覚えろという何とも無茶苦茶なレクチャーの代わりに、実際に働く店の中で、開店前に少しでも多く覚えてもらうという流れになったのだ。


 まずは着替えをするために、二人は女子更衣室へと通されることになった。


 店の中にある予備の中で、体型に合ったサイズの服を晶が持って来て、

「じゃ、これに着替えてー」

 と二人に手渡す。


 杏奈が予想していた通り、今日行ったメイド喫茶の制服とは違った、いい意味でも悪い意味でも派手な印象を受ける服だったが、

「りょーかい」

 と返しながら受け取った。


「あ、あああの晶ちゃん」

 一方の紗江は、ハンガーにかかったままのメイド服を両手で体に当てながら鏡と向き合い、つい数時間前にも見たような慌てた様子で、口をあわあわさせながら晶に声をかけた。


「どしたの、紗江?」

 しかしなぜ彼女がそうなっているのか見当も付かず、晶は素で驚いたように訊き返す。

「え、えっと……これ、スカート短くありませんか?」

「ええっ? そんなこと無いと思うけどなぁ」


 晶からすれば、同じサイズの服は既に何人かが着た過去がある上に、見慣れている自分の目でもう一度見てみても違和感はない。バッグの中からメジャーを取り出して計ってみても、胴体部との長さの対比に問題は無かった。


「ほら、大丈夫」

「そ、そうなんですか……? でも、袖もこんなに短くては……」

「袖、かぁ。うちは年中これだし……店が暖かいから、寒くないよ?」


 ここに来て不安が爆発したのか、紗江は少し目に涙を浮かべながらしぶしぶといった様子で着替えを始めた。


 ハンガーから外すとワンピースやエプロンやパニエや……とパーツがバラバラになったものの、紗江は幼いころにドレスなどを着て出かける機会があったため、基本的な着方は頭の中におぼろげながら入っている。


「着替え終わったら教えてねー」

 まずは身に着ける順番に服を並べようとする彼女を見て、恐らく着替えは手伝わなくても大丈夫、そう判断して晶もゴスロリを脱ぎにかかる。


 一方で杏奈は二人がそんなことをしている間に、てきぱきと渡されたメイド服に着替えてしまっていた。そして部屋に備え付けられた鏡で着こなしをチェックしていたのだが、しばらくすると少し顔をしかめて両手を頬に当てながら、きょろきょろと部屋を見回し始めた。

 やがて一つの木でできた箱を見つけると、手に取って後ろを振り返る。


「晶、部屋にあるメイク道具は使っちゃってもいいのか?」

「うん、オッケーだよ。あんまり種類は無いけど」

「わかった」

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