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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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晶、悪巧みする3

「私が楽しいなって思う時は、お洋服を選んでいる時ですね。着替えるために部屋着を脱いで、クローゼットを開けて。今日はどのお洋服を着て行こうかと考える時間が、一番楽しいんです」

 その時の感覚を思い出しているのか、彼女は話しながら少し顔を赤らめていた。


「どれもお気に入りなので、いつも迷ってしまうんです」

 服選びに迷ってしまうものの、その迷っている時間が幸せなのだろう。完全に自分の世界に入り込んでしまったらしく、紗江は両の頬に手を当ててうっとりとしている。


 恐らく、着替えの時はいつもこうなのだろう。


 開け放たれたクローゼットの前に、うっとりとした顔の紗江が下着姿で立つ姿を思い浮かべて、杏奈の方が恥ずかしくなってしまった。


「す、すごいんだな」

「杏奈ちゃんは服選びに時間をかけたりしないんですか?」


 圧倒されたように呻く杏奈を見た紗江は、彼女のその反応が意外だったようだ。

 不思議そうな顔で問いかけられて、至る所で女らしさが欠ける杏奈は、苦笑いを浮かべるしかない。

 対して晶は、そんな二人の横に並んでにししと意地の悪い笑みを浮かべる。


「紗江、杏奈が服選びに本気だしてたら、絶対こんな格好してないよ」


 そして、くいっと杏奈の着る赤いチェック柄のシャツを軽く引っ張って見せる。お洒落よりも気軽さに重点を置いた気配りの感じられない服装である杏奈を、彼女は弄る気満々のようだ。


「えっ、そうなんですか?!」

「そりゃそうだよ。ねぇ、杏奈」

「あ、あはは……」


 晶の予想は、全くと言っていいほど間違っていない。

 お洒落に興味が無いのだから野暮ったい服を選んでしまうし、それを着ることにこだわりも何もない。

 世の中にはジーンズのパンツにこだわりを持つ人がいるかも知れないが、杏奈がそれを選ぶ理由はただ一つ、手軽だからだ。


 しかも彼女は、値段が安い部類のものばかり買っていて、ブランドや作りの良さに興味を持ってもいない。完全に「穿ければそれでいい」という理論である。


 着るものにこだわる晶から、こだわっていないことを責められても反論できなかった。


「それでは……杏奈ちゃんは、着替えにどれくらいかけているんですか?」

 そんな杏奈の乾いた笑いを肯定と取ったのだろう。

 紗江は興味があるものの訊くのは恐ろしいという様子で、着替えの所要時間を尋ねた。


「わたしは、五分かかったら長い感じかな。迷うこともあるけど、上下で色が被ってるなぁとか、昨日一昨日と柄が被ってるなぁとか、それくらいしか考えないし」

「ご、五分ですか……。確か晶ちゃんも」

「ボクも大体五分だよ。気分で今日はこれ! って決めて着替えるだけだしさ。メイクはメイクで時間かかるけど」


 友人二人の着替えにかける時間を聞いて紗江はかなり狼狽えていたものの、そもそも晶の着替え時間は前々から知っていた彼女は、特に杏奈のことに驚いている状態だった。

 その様子を見た杏奈は、苦笑いで「でもさ」と話しかける。


「わたしはほら、見ての通り着るものに気を遣ってないけど、紗江が服を決めるのに時間を使うのは色々考えてるからだろ? それをやめたら、わたしみたいな服装になっちゃうぞ」

「それはちょっと……困ります」

「そうそう、紗江は今のままが一番だよ」


 杏奈の半分冗談、半分本気の言葉に相づちを打ちながら、晶はうんうんと頷く。


 そして次の瞬間にはまたも悪戯を思いついたらしく、にやけながら紗江の後ろへと回り込むと、

「今度紗江の家に泊まりに行ったとき、柔肌をさわさわしたいもんね!」

 隙だらけの彼女の体に抱き付いて、あろうことか公の場で服の中に手を入れるのだった。


 悪戯の雰囲気を感じ取った杏奈が右手だけは掴んで阻止したものの、左手は防ぐ間もなく紗江の服の中に入ってしまう。


「ひぁうっ!!」


 そのとんでもない悪戯に短く悲鳴を上げながら、反射的になのだろう、体を大きく左に捻る動作で真後ろにいる襲撃者へとひじ打ちの反撃をしたのだ。

 その一撃が少し姿勢を低くしていた晶の側頭部に命中し、ゴッと鈍い音を出す。

 更に続けて、紗江が左ひじにかけていたカバンが振り回される形で大回りして、後頭部を襲ったのだ。ちなみに彼女のカバンは厚手の革製で、側面の縫い目が外に突き出しているタイプだったのだが、ちょうどその部分が頭の後ろに直撃していた。


 不意打ちで頭部に二連撃を受けた晶はバランスを崩して前に倒れ、そのまま顔を紗江の背中にうずめる形で、

「きゅうぅ……」

 と昏倒してしまう。


 その様子を「うわ、痛そう……」と思いながら見ていた杏奈だったが、力が抜けて崩れ落ちそうになる晶にビックリしながらも、掴んでいた右手を引っ張る形で何とか支えて、

「お、おい晶っ!」

 少し焦る声で呼びかけたものの、ほんの一瞬とはいえ意識のとんでしまった彼女から反応は返ってこない。


「え、晶ちゃん?!」


 とっさのこととは言え、自分が体を動かしたことで晶に異変が起きたらしいと杏奈の声で知り、紗江も驚いたように振り返る。


「晶ー、大丈夫かー」

 しかし、完全に意識を失ったわけではない晶を抱いてしゃがみ込み、それほど慌てることなく声をかける杏奈の様子を見て、何とかパニックにまでは陥らずに済んでいた。


「あ……晶ちゃん、しっかりしてくださーい」

「あーうー、ちかちか星が~」

 先ほどから目を回している晶は二人の声が耳には入っているはずだが、頭では理解ができていないらしい。意識はまだ星がスパークする視界と一緒に宙を彷徨っていて、すぐに戻ってくる気配はなかった。


 それでも呼吸の乱れや体に痙攣のような異常もなく、少し休ませれば大丈夫だろうと判断した杏奈は、視線を向けてくる道行く人に表情で「お構いなく」と返しながら、日陰となる植木のブロックに腰掛けて彼女を介抱していた。


 もともとあまり人通りの多くない道で、しかも杏奈が「しょうがないな」という軽い雰囲気のまま晶を抱えている姿には深刻そうな気配が無いため、通り過ぎていく数人に心配させることがないのだった。

 晶の眩暈は二分もしない内に収まり始めて、「う~」と声を出しながらも起き上がろうとするまでにはなっていたが、杏奈はそれをなだめて横にならせている。


「あの、大丈夫ですか?」


 そんな時だった。

 かなり背の高い、大学生っぽい男の人が心配そうに声をかけてきたのである。


「あーはい。ちょっと目を回しているだけなので」

 見知らぬ人に声をかけられて、杏奈は適当な言葉を返したのだが、

「あれ、もしかして……晶ちゃんと同じお店で働いてる方ですか? ゆきとさん……でしたよね」

 紗江には彼の顔に見覚えがあるらしく、驚いた様子で声をかける。


「そうです、高城雪兎と言います」

 すると彼は、そう自己紹介した。

 どうやら晶と同じ執事・メイド喫茶で働いている人のようだ。


 雪兎は杏奈の側にしゃがみ込むと、彼女の膝の上で寝ている晶の額に、その大きな手をふわりと乗せた。


「大丈夫だよ杏奈、もう起きるから……」

 一度起き上がろうとして杏奈に押さえつけられてからは目を閉じていたため、晶はその手が友人のものだと勘違いしたらしい。額に乗った手とは対照的に小さな手をその上に重ねると、ゆっくりと目を開ける。


「大丈夫? 晶ちゃん」


 しかしその顔を覗き込んでいるのは杏奈ではなく、雪兎である。

 晶は視界に飛び込んできた顔が誰なのかすぐには判別できなかったようで、数回目を瞬かせると、

「……うぇ!? ゆ、雪兎君っ」

 驚きのあまり、悲鳴に近い声を出しながらばっと勢いよく立ち上がる。


「だ、大丈夫だよ!!」

 そして無事であることをアピールしたのだが、さっきまで目を回していた彼女が勢いよく立ち上がれば、大変なことになりかねない。


「は、はわぁ~」

 結果、その場にいた誰もが予想したように彼女は立ち眩みに襲われて、ふらりと前方へ倒れそうになった。しかし少しバランスを崩したところで、傍に立っている雪兎が正面から受け止めたため、何とか倒れずに済んだのだった。


 そのままの体勢でしばらくすれば立ち眩みからも回復したらしいのだが、今度は恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、俯いたまま、

「~~っ!」

 何やら声にならない声を出していた。


「それで、何があったの?」

 その身長差ゆえに見下ろす形で晶に問いかける雪兎だったが、恥ずかしくて顔が見れないという様子の晶は、口を開くことはできても言葉が出てこない。

 仮に話せる状態だったとしても、先ほど昏倒したときの状況は晶自身、良く分かっていないだろう。


 そう思った杏奈は、代わりにその時のことを説明する。


「多分、大丈夫だとは思ってるんですけど」

 最後にそう付け加えられた説明を聞き、雪兎は二、三回頷くと、

「確かにそれくらいなら大丈夫だと思うけど……念のため病院に行っとこうか」

 と晶の頭に手を置いて微笑んだ。

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