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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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晶、悪巧みする2

 最初に向かったメイド喫茶は、七時半から開店している晶が最近知ったと話していた店だった。


 彼女曰く初めからメイド喫茶だった訳ではなく、普通の喫茶店だったのだが、少し前に店長の「流行に乗ろう」という一言で、制服をメイド服に変えることになった店らしい。

 そのため、一般的なメイド喫茶と比べるとサービスの方向性は普通の喫茶店寄りで、スカートはひざ下まであるほど長く、態度も落ち着いていた。

 本物のメイドってこんな風なのかも、と杏奈が思うほど、その店の店員は言葉や動作が丁寧でありながらてきぱきとしていて、思わず見惚れてしまうほどだった。そして店員が客を「ご主人様」「お嬢様」と一切呼ばずに会話が成り立っているのもまた、隠れた上品さがあるように感じるのだ。


 しかも、会計は客がテーブルに座ったままで行われ、退店時には会計を行ったメイドが出口まで客を見送るという徹底ぶりだった。


 杏奈がこれまで噂に聞いていた「普通のメイド喫茶」とは全く異なっていたものの、店を出た後にはこれはこれで有りだ、という評価を出すほどお気に入りとなっていた。

 ちなみに、心なしか対応を受ける紗江の様子が、いつもとは違ってお嬢様度がかなり上がっていたのは、気のせいではないのだろう。


「んー。だろうなって思ってたけど、だいぶイメージと違うよね」

「確かに噂に聞いてたようなメイド喫茶じゃなかったけど、わたしはアリだと思うぞ」

「そうですわね。私もとても気に入りました」


 紗江は喫茶店にいた時のお嬢様モードが全開になったまま、とても柔らかい品のある笑顔と口調で杏奈の言葉に同意を示す。

 さすがは元お金持ちのお嬢様。幼少の頃から受けてきた教育は、その立場から遠退いた今であっても体から抜け切ることはないらしい。その歩き方も、どこか品の感じられる動きになっていた。


「……わね? ワタクシ? 紗江、どうしちゃったの?」

 もちろん晶もそういった話は聞いているはずなのだが、いつになく大人っぽい雰囲気を纏った紗江に驚いたらしく、ぱちくりと瞬きをしながら気遣いのない指摘を真正面からぶつけていく。


「ちょ、晶っ!」


 最も彼女に気遣いを求めるのはかなり難しいかも知れないが、まさかそれほど真直ぐ言うとは思わず、杏奈はそのおしゃべりな口を、後ろから抱くように両手でふさいだ。

 しかし……もちろん、既に後の祭りだったのだが。


「へ? あ……あああああの私、い、いい今何かへ……変なこと、こ、ここここことを!?」

 見る見るうちに顔を耳まで真っ赤に染めた紗江は、一瞬で熱暴走を起こすと、呼吸も乱れてもう何を言っているのか聞き取るのも難しい状態になっていた。目にも涙が浮かび始めていて、相当恥ずかしい気持ちになっているらしい。


「お、落ち着くんだ紗江! 落ち着いて深呼吸!」

 と杏奈が声をかけてもなお「わ、わわ私」と言い続けるだけで反応が無いため、仕方なく左手を彼女の方に突き出して、指を伸ばして揃えた「ストップ」の合図を送る。


「あ、杏奈ちゃん……っ」

「大丈夫。大丈夫だからゆっくりと深呼吸するんだ」

 それでようやく杏奈の言葉を聞けるようになったらしく、落ち着いた声を心がけた杏奈のアドバイスに、紗江は大きくゆっくりと、三回深呼吸を行った。


 三回の深呼吸の後、まだ涙の浮かぶ目ではありながらも、

「ありがとうございます、杏奈ちゃん。落ち着けました……」

 自分を取り戻すことができたらしい。


 これでホッと一安心である。


 ただその間ずっと、杏奈の腕の中で晶が「むーっ、むーっ!」とジタバタし続けていたが。

 紗江が落ち着きを取り戻すとほぼ同時に拘束状態から解放されて、晶は恨めしそうに杏奈を見つめた。


「ちょっと、杏奈ってば何するんだよ!」

「お前がとんでもないことを言うからじゃないか」

「何で杏奈から真奈みたいなこと言われなきゃいけないのさ」

「いや、あの状況なら誰でも言うって……」


 普段から似たようなことを真奈にされている晶は、今回もいつも通りふくれっ面で前を向いて歩き出すと、

「もー、いっつも皆でボクを悪者にするんだっ」

 いつも通り誰に向けるでもない駄々っ子のような文句を口にする。


 しかし後ろについて歩き始めた二人は、晶が機嫌を損ねても冷静なままだった。


 真奈によればこうなった時の晶の対処方法は簡単で、「放っておけばその内寂しくなって会話に入ってくる」のだそうだ。

 二人は顔を見合わせて微笑むと、いつもの調子で話し始める。


「でもあの店、自分が偉くなったみたいで楽しかったな」

「雰囲気も素敵でしたよね。対応もしっかりしていて、つい自分を見失ってしまいました」

「昔の自分を取り戻した、じゃないのか?」

「違いますよっ! もー杏奈ちゃん、からかうのはやめてください」

「そうだな、ごめん」


 和やかに笑い合いながら、杏奈はちらりと前を歩く晶へと視線を向けた。

 しかし彼女の様子にはまだ変化は見られない。もう少し、乗って来やすい話題で会話をした方がいいのかもと判断して、本来の目的の方に話題を持っていく。


「じゃあさ、紗江から見てあの店のメイド服はどうだった?」

「そうですね……。全体的に質素な作りだったと思います。メイドといえば、本来は給仕など裏方を担当するのが仕事ですから、目立たないのが普通です。服から受ける控えめな印象は、そういう意味では本物のメイドに近い感じでしたね」

「へぇ。やっぱりメイドってああいうのが普通なのか」

「ええ。ですが……あの部類は作って着ても決して楽しくないと思いますよ」


 神海高校の被服研究部部長である晶の方針が、どうやら「作って楽しい着ても楽しい」をコンセプトにしているらしいことから、部員である紗江も真奈もその方針に合わせる形で次の服を考えるようにしているそうだ。


 その条件に当てはめるとなると、本物のメイドを目指して作っていると思われるあの服は仕事服という印象が強くなってしまい、着た時の楽しさはかなり減ってしまう。

 つまり形や印象を真似してみても意味がない。


 とすれば、そういったところを反面教師とするのがいいのだろう。


「なるほどね。じゃあ例えば、単純にスカートが膝上までの長さだったらどうなんだろ」

 と、杏奈がテコ入れ案を思いついたものから口にすると、前を歩いていた晶が突然その足を止めた。

 ついに会話に混ざりたくなったのだろうかと思って、杏奈は彼女の数歩後ろで立ち止まる。


「晶、どうかしたのか?」


 しかし杏奈が声をかけたのとほぼ同時に、晶が勢いよく後ろを振り向いたかと思えば、ビシッと、伸ばした右手の人差し指を杏奈の顔先に突きつけて、

「分かってない。着て楽しいがどういうことか、杏奈はぜんっぜん分かってないっ!」

 真剣な顔で言い放った。


「……え?」

「杏奈はさ、スカートが短ければ、どんなメイド服でも着てて楽しいの?」

「そんなことは……無いと思うけど」


 過去にはメイド服を着せられたこともあるし、そのついでにとメイドっぽい言葉遣いや仕草やその他もろもろを叩き込まれたこともあった。しかしその「前世」の記憶は、ほとんど楽しい思い出になってなんていない。


 しかし晶が作って来たコスプレ衣装を着た時は、自分自身があれほど楽しいと思うなんて予想していなかったし、あの時の感情には今でも驚くほどだ。

 服を着て楽しくなることができるのだと、初めて知ったのである。


「だったらどんな服を着た時、杏奈は楽しいのさ?」

「それは……考えたことが無いよ。確かに晶の作った服を着てた時は楽しかったけど」

 同じコスプレをしていた時間であっても、「前世」で抱いていた暗い感情なんて、今の自分

ではもう感じることはない。

 性別が変わっただけのはずが感じ方まで大きく変わってしまって、晶の作った服を着るとどうして楽しくなれるのか、他にも着ると楽しくなる服があるのか、杏奈にはまだ判断が付かないのだった。


「ふーん」


 そんな杏奈の答えを予想していたのかしていなかったのか、晶はあまり感情のこもらない声を出すと、杏奈を数秒ほどじーっと見つめていた。


 見つめられたところでどうしたらいいのか分からない杏奈は、たじろぎながらも彼女の目を見つめ返すしかなかった。そして視線による攻撃にもあまり反応が無いと分かると、晶は目力を弱めて「ふっふーん」となぜか勝ち誇ったように胸を張って見せると、

「ちなみにボクは、自分を変えられる服を着るのが、楽しくて好き」

 そう言って一度だけ両手でスカートの裾をつまんで少し持ち上げた。


「この服もそうだよ。ちんちくりんなボクだけど、お人形みたいな雰囲気がでるでしょ? ゴスロリを着てる時が一番自信でて、一番ボクらしくて、一番楽しい時間なんだ!」

 つまりは一種の自慢話なのだろうが、杏奈にはそう断言できてしまう晶がすごく眩しく見えるのだった。


 晶は自分で自分のことを「ちんちくりん」と言ってしまうほど、本当であれば身体的特徴にコンプレックスを感じているようだ。しかしゴスロリを着た彼女は、その負の感情が吹き飛んでしまうほど自分に自信を持つことができるのだと言う。

 自分で自分を認められるアイデンティティの在処が、そこにはあるのだ。


 では杏奈はどうかと言えば、全く思いつかない。


 そこは間違いなく、杏奈が晶に負けているところだった。

「紗江も楽しいことがあるって、前言ってたよね?」

 再び前を向いて歩き始めた晶は、紗江に話しかけた。


「紗江も?」


「ええと、私の場合は晶ちゃんほど立派なものではないんですけど……」

 話を投げられた紗江は少し恥ずかしそうにしながらも話し始める。

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