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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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晶、悪巧みする1

 杏奈はその日、土曜日だというのにお呼び出しを受けた。


 いや、土曜日だから、と言った方が正確かも知れない。

 なぜなら彼女を呼び出したのは学校の関係者ではなく、クラスメイトで友人の白川晶その人だったのだから。


 休みの日にちょっと暇だから友達を遊びに誘った。つまりはそういうことなのだろう。


 しかし呼び出しの電話は随分と唐突で、朝の八時ごろという少々早い時間にスマホに電話をかけてきたかと思うと、

「今日暇だったりする? 九時から一緒に来て欲しいところがあるんだけどさ」

 なかなかハードなスケジュールを口にするのだった。


「暇だけど……また随分と急な話だな。間に合うかは、どこで集合か分からないと何とも言えない」

「大丈夫だよ、こっちの駅の出口で集まる予定だから」


 ちなみに杏奈の住むマンションから一番近い駅は高丘西駅で、晶たち仲のいい三人グループが登校に使っている駅は柳沢駅という。この間は五区間あるものの、両方とも急行が止まる駅であるため、その電車に乗ってしまえば大体七分ほどで移動できてしまう距離だ。


「柳沢か。分かった行くよ。……集合ってことは、他にも誰か来るのか?」

「うん、紗江にも声をかけたんだ。それじゃ、九時に柳沢駅に来てねー」

「え、ちょっと待った! ……全く」

 行くと簡単に返事をしてしまったのがまずかったのか、集まった後で一体何をする予定なのかを聞き出す前に、晶は電話を切ってしまった。


 スマホの画面には通話時間が表示されていて、スピーカーはツーツーと音が鳴っている。


 ちなみに真奈は呼ばれていないのだが、彼女は金曜日、

「この三連休は全く休めそうにない……」

 と用事で埋まっている連休を嘆いていたので、声すらかけていないのだろう。


 彼女曰く、母方の祖父母の家から、甥っ子のためにこいのぼりを出す準備をするからと招集されているとのことで、既に昨日の夜には、かなり遠いという母の実家の方へと出発しているらしい。

 ちなみにこどもの日は五月の五日だが、親戚たちは住んでいる場所が離れているため、その直前でもあるこの三連休中に準備という名の顔見せをして、連休明けには学校に来るそうだ。


 晶はそのままずっと休めばいいのにと言っていたし杏奈もそう思ったのだが、父親が仕事を休めないらしいと、真奈は苦笑いを浮かべながらそう言っていた。


 鬼のいぬ間に何とやらというやつか。もし真奈がこちらにいたら、晶のこの突拍子もないお誘いは飛んで来なかったかも知れないし、そうでなくてもやりたいことがもっとしっかり伝わってきたかもしれない。


 あの小柄な少女が悪戯好きであることを知っている杏奈は、今日の電話が何か良くない企みによるモノでないことを祈るばかりだった。



◇◇◇◇



「やっほー、お待たせー」


 杏奈と紗江を呼び出した本人は、自分で指定した時刻である九時ピッタリにやって来た。

 今日の私服もいつも通りのゴスロリで、黒のそれは徐々に強くなりつつある太陽光を受けると暑そうだが、そんなことには負ける様子もなく、晶はとても元気なようだ。


 出かける準備と電車の都合で集合時間の三分前に何とかたどり着いた杏奈は、その時既に改札の外で待っていた紗江と合流している。


 晶がやってくるまでに、紗江には今日何をする予定なのか尋ねたのだが、何と彼女もそのことは晶から聞いていないらしい。ますますあの少女が性質の悪い悪戯を企てている可能性が大きくなって、不安でしょうがない気持ちを抱えて待つ三分となった。


「おはよ」

「おはようございます、晶ちゃん」


 しかも今日は彼女のストッパー役である真奈がいない。

 いざという時にどうやって暴走した晶を大人しくさせたらいいのかという思いから、やって来た彼女に挨拶を返す二人の笑顔は、いつになく引きつっていた。


「……あれ、どうしたの二人とも? 顔が暗くない?」

「そりゃそうだよ。晶、今日は一体何をするつもりなんだ? わたしも紗江も、そこが分からなくて結構不安なんだけど」

「何って。……言ってなかったっけ?」


 不安からか、いつもより少し低い声で要件を問いただす杏奈に、晶は「あれ?」と小首を傾げて見せる。

 その仕草は格好も相まって何とも可愛らしいモノなのだが、残念ながら今の友人二人にはその姿に和んでいるだけの精神的な余裕は無かった。


「言ってないな」

「教えてもらってません……」

「そうだったっけ。いやー、ごめんごめん」


 しかし、あまり悪びれる様子もなく謝罪の言葉を口にする晶の顔は、二人が心配するような悪戯を考えているような表情では無かった。

 もしその手の悪巧みをしているのであれば、発表を前にした彼女は、とても特徴的なニヤリとした笑みを浮かべるのである。いつも通りの声の調子で舌を出した少女を見て、紗江はかなり大げさに安堵の息を吐き出したのだった。


 そんな紗江の様子を見て、大したことはなさそうだと思った杏奈も、表情から緊張の色を消す。

「実は、メイド服の調査に行こうと思ってまーす! ざっと二、三軒ほどっ」

「メイド服?」

「調査、ですか? それって、部活のためってことでしょうか?」

「まぁね。こないだこの辺りに一軒メイド喫茶ができたらしくてさ。あと、ボクが今まで知らなかった店もあるらしくて」


 晶は説明しながら、どうやらかなり楽しみにしているらしく満面の笑みを浮かべている。

 しかし杏奈には、彼女のその言葉に「何だそんなことか」と安心はできなかった。


「部活のため……ね」

 不安が憂鬱に変わった杏奈は、苦笑いを浮かべて小さく声を漏らした。


 すなわちそれは、次に彼女の作るコスプレ衣装はメイド服になる可能性が高いということだろう。まだ正式決定した訳ではないかも知れないが、調査と言うからには作るときの参考にしようとしているのは、ほぼ間違いない。


「ほら、メイド服ってメイド喫茶の制服でしょ? やっぱ店ごとに味が違うっていうか、こだわってるトコがどこか、ボクとしては気になっちゃうんだよね」

「そうなんですね。でも……晶ちゃんのバイト先もメイド喫茶ですよね?」

「うん。って言ってもうちは執事・メイド喫茶だけどね」


 二人にも似合いそうなメイド服だよっと、晶は謎のウィンクをして見せる。

 どうにもゴスロリ少女と化した時の晶は、普段よりも陽気さが数割増しになるようだ。


 学校では見たことのない、その魅力たっぷりなアピールに今度は心を撃ち抜かれながらも、

「んじゃ、その二、三軒を見て回ってみるか」

 できるだけ平常心を装って杏奈は言う。


「そうですね」

「おっけー。それじゃ、しゅっぱーつ!」


 二人の了解が取れたところで晶はくるりとスカートを翻しながら勢いよく振り向くと、まるでどこかへ遠足にでも行くかのような高いテンションで宣言して歩き始めた。


 だから、二人は気づくことができない。

 先頭を歩き始めた晶の顔が今になって、杏奈たち二人が初めは警戒していたような、あの、ニヤリと悪戯っぽく笑った表情になっていることに。


 しかしもっとちゃんと彼女の話を聞いていれば、二人にもその「悪巧み」が見抜けたかも知れなかった。

 晶が二、三軒見て回ると言って候補に出したメイド喫茶は、新しくできた店と彼女が最近になって知ったという店だ。では、残った三軒目とは……?


 そもそも部活で作る服の調査に行くなら、杏奈を呼び出す必要があったのだろうか?


 鬼のいぬ間になんとやら。

 晶の調子は、今日も絶好調のようである。

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