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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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被服研究部活動記録2

 来客の対応をしている間にさっさと着替えてしまおうと、少女は帯を解いて畳み、和風ミニドレスを脱ぐと着衣前に外していたブラジャーを付け直す。


 そして皺が付かないように手早くミニドレスをハンガーへとかけ直し……

「杏奈ー」

 声と同時にガチャリと前触れもなく開けられたドアの音に、びくぅっと体を震わせた。


「あ、晶……?」

「もう一セットの服渡してなかったから、持って来たんだ。次これ着てみてよー」


 どうやら、来客が帰る前に杏奈も離脱すると言う目論見は失敗だったらしい。

 思いの他三年生の先輩三人組の用事とやらは短かった(あるいは諦めた)ようで、二着目の魔の手から逃れることはできなかった。


 晶は杏奈が下着姿であるにもかかわらず、全く気にしない様子でドアを開けっぱなしにしてとことこと入って来た。


 いや、女同士だから着替え中なのを気にしないのは構わないのだが、入口の引き戸がすりガラスでなおかつ鍵のかかっている準備室はいいにしても、せめて誰が入ってくるか分からない被服室とつながるドアは閉めておいて欲しい杏奈だった。


「あれ、ブラつけちゃったの? 今度のはキャミあるから外しといて欲しいんだけど」

「あーはい……分かった」

「で、その上からこのレースのやつね。右肩が出るように襟口が大きく作ってあるから、適当にバランス調整してみて。下はこのスカートだよ」


 晶が持ってきたのは、青い生地で作られたキャミソールに、袖だけ白い布で作られた裾口が広いレースの服、そして濃い緑を基調としたフリルのスカートだった。


「あとソックスは脱いで素足になってもらいたいんだよね」

「素足? 何で?」


 持ってこられた服自体は、まあ割と普通なものばかりではあるのだが、衣装製作者から飛んでくる注文が何やら多い。ソックスを穿くか穿かないかまで指定されたことに、特に深い意味は無いまでも杏奈は思わず質問を投げかけていた。


「うん、スカートが緑の大地、青い空と白い雲……そこに素足で立つ女の子っていうイメージで作ったんだけどね」

「そういうことか」


 説明を聞いて納得しながら、ハンガーにかかった衣服三種を受け取る。今の説明からも分かる通り、なんの変哲も無い普通の服だった。これなら何も気負わず着られるだろう。


 しかし、先ほどの緋色と呼ばれるキャラクターのコスプレ衣装として持ってきた和風ミニドレスの説明をしていた時と比べると、その声には覇気がない。その目つきも何時もより力が無く、何やら気になるところではあった。


「分かった、着てみるよ」

「うん、お願い」


 とはいえモデルを引き受けた側としては指定通りに服を着るし、先ほどの一品と比べればスカート丈の短さに多少違和感がある程度で、身に付けることに関しては全く抵抗がない。


 晶が全く出て行こうとしないので、人目がある中でもう一度ブラジャーを外し(ちょっと恥ずかしかった)、キャミソールを着て着心地を調整して、スカートを穿くとレースの上着を着た。上着の襟がかなりだぼだぼで着慣れない感覚に戸惑ったが、晶から指定された通り右肩は完全に露出する形にする。

 そして最後に穿いていたソックスを脱ぐことで、晶が作ってきた服の二セット目への着替えが完了した。


「どうだ?」


 特に着替える段階で困る事もなく、スムーズに着ていく杏奈の様子をずっと見ていた晶だったが、やはりと言うべきか、彼女の反応はあまりよろしくない。


「ありがと。うん、すごく似合ってるし、やっぱりボクの思った通りだったよ」

「でも、何かが足りない?」


 晶の雰囲気から感じるあまりノリの良くないその様子に、杏奈は予想していたことをそのまま問いかけた。

 ところが晶は首を振って、

「ううん、そんなことないよ。服も色もしっかりバランスが取れてるし、狙ってた通り見えまくってるキャミソールも下着っぽくないし、杏奈の素足はやっぱり良く映えてるし」

 全てがイメージ通りだと言った。


 ただその言葉には全く感情が現れておらず、同時に全く彼女らしくないものだった。例えるなら達哉が笑顔の仮面を使っているのと同じ状態だ。


 先ほどの「コスプレ」の方が見られている時の恥ずかしさは大きかったが、それでも作った本人がかなり嬉しそうにテンションを上げていたのを見て、杏奈も乗り気になることができていた。

 しかし今の晶からはそれを感じることができず、杏奈もどんな風に気分を盛り上げたらいいかが分からない。もし実際にこの服を着ているのがプロのモデルであれば、もっとこの服装を活かせるポーズをとって、盛り上げることもできたのかも知れない。


「二人にも見てもらったら、晶の感じてる違和感も分かるかも知れないぞ?」

 それができない杏奈はせめて気遣って、自分から被服室へと歩いて行った。


 そして開けっ放しのドアをくぐり抜けると、

「二人とも、また着替えてみたんだけど、これはどうだろ?」

 三年生たちが帰ってから作業を再開していたらしい真奈と紗江に、今の自分の姿へのコメントを要求する。


「おお、晶の言っておった一般向け服か。どうも何も、その格好で普通に杏奈が街を歩いとっても違和感ないじゃろうな。多少生足が刺激的すぎると思うが……」

「そうですね、私も真奈ちゃんと同意見です。キャミソールも全然気になりませんし」

 と、二人からも大好評だった。


 それもそのはずだ。この服は晶が杏奈に着せるためだけに作った服で、キャミソールもレースの上着も杏奈の体型に合わせて作られている、いわば特注品。しかもでき栄えは市販品にも劣らない上に、着心地だって違和感が無い(むしろ違和感が無さすぎて違和感)。


「だよな。でも……」


 思っていた通り感触のいい感想を聞いた杏奈は、言葉を濁して自分が出てきたドアの方を振り返った。

 相変わらず開けっ放しになっているドアの向こうまで、先ほどの二人の感想は聞こえていたはずなのだが、それでも晶は出てこようとしなかった。


「晶の反応が気になっとるのか?」

 彼女の言動から読み取ったのだろう、真奈は布に針を通す作業へと戻りながらその気持ちを言い当てた。

 その言葉に引っ張られるように、もう一度前を向く。


「なに、あれはあれで放っておけばいいんじゃ。今のあやつには『一般向け』を作り続けるモチベが無いからな」

「一般向けを作り続ける、モチベ?」


 そして続けられた訳知りという雰囲気のある言葉に、しかし状況を掴めない杏奈は首を傾げる。


「ほれ、さっきの服はいわゆるコスプレ。手作りせん限り、まずあのレベルのモノは市販はされておらん。しかし今杏奈が着ておる服は、全く同じものはなくとも探せば同じ雰囲気を出せる服は見つかると思わんか?」

「確かにそうかも」

「そういった代用ができるような、わざわざ作らんでもありそうなモノに関しては、あやつはモチベが保てんのじゃ。だったら服屋巡りをしてコーディネートした方が楽しいとな」

「うーん……分かるような分からないような」


 今まで趣味らしい趣味を持ったことが無い杏奈には、やりたいと思う気持ちを維持する必要があるなんて考えたことが無かった。なぜなら、やる気を維持するなんて……そんな苦労が必要だとすれば、趣味として本末転倒ではないか。


 しかし杏奈は、たとえ他人のことであってもそう思って終わる性分では無かった。欠点があるのかもしれないが、この服にはこの服の良いところがあるはずなのだから、そこは見つけたいと思ったのだ。


 少し考えるような仕草をしてから、何かひらめいたように口を開く。


「でもさ、遊び心が入ってないからこそ普通に着れる服が出来上がったなら、それはそれでいいんじゃないか?」

「……遊び心が入ってないから、とは?」

「だって。晶が普通の服を面白おかしくしようとしたら、ダメージスカートって言って裂け目とかを入れたミニスカが出来上がっちゃうだろ。どこのバトル漫画のキャラだよって服じゃ、街中は歩けないよ」


 ミニスカートにスリットどころか漫画のような破れ目が入っていたら、それこそ常に下着が見えてしまって、とても身に着けられたものではない。

 ならば、これほどの服を作る技量があるのであれば、普通の服を作るときは遊び心を入れないくらいが丁度いいのではないか。そう思ったのだ。


 ……しかし。


「それだーっ!!」


 杏奈が言い終えるやいなや、それまで静かだった被服準備室から何やら叫ぶような声が響いて来たかと思うと、ばたばたばたっと荒い足音と共に晶がこちらの部屋へと走り込んできた。


「それだよっ! 杏奈ってホント天才だよね!! いや、そんなことも思いつかないボクがバカすぎたのかもだけど」

 果たして何が言いたいのだろう。杏奈を褒め、自分を馬鹿にしながら被服室の奥にある自分の裁縫道具のところまで走っていくと、すっと何かを取り出した。そして先ほどとは違って眩しいほどの笑顔で杏奈の所にやってくると、

「杏奈、ちょーっとじっとしててねー」

 手に持ったそれ……裁ちばさみを広げてしゃがみ込む。


「ちょ、何をするつもりなんだよっ」

「何ってダメージ服作るんじゃーん」

「何で?! これは一般向けだって言ってたじゃないかっ!!」


 慌ててスカートの裾を抑えながら後退る杏奈だったが、既に晶の左手は彼女の穿いているスカートをしっかりとつかんでいた。

 そこへ無情にも、じょきっじょきっとはさみの刃が入れられていく。

 決して衣服を切って剥ぎとろうという訳ではないのだが、現在進行形であられもない姿にされているのは間違いないこの状況は、杏奈にとってかなりの恐怖体験だった。


「だ、誰か助けてっ」


 救助を求めて部屋の奥へと半泣きの目を向けるも、

「いやー、消えかかっておった火を少し大きくするつもりだったのじゃろうが……油をぶちまけてしまったな。不幸な事故としか思えん」

「えっと……杏奈ちゃん、ドンマイ」

 賽は投げられたと言わんばかりのその態度は、つまり、こうなってしまった晶を止めることは二人にもできないということらしい。ただ油を投入した本人である杏奈には自覚がない上に大火事となってしまったが、真奈と紗江にとっては文字通り対岸の火事。


「そっかー、何か足りないって思ってたけど、これだよこれ」


 上機嫌に丁寧に、そして容赦なく杏奈の穿くスカートへとはさみで裂け目を入れていく。既に杏奈の左側は、ただでさえ短いスカート丈の半分以上まで伸びる、裂け目という名のカッティングを入れられていた。それだけでもう、街中に出られるモノではなくなっている。そればかりか浅いとはいえ正面や後ろ、果ては上着やキャミソールにすらはさみが入れられ、本当にバトル漫画の戦闘シーン後と言っても過言ではないレベルで破けた服装の少女が出来上がる。


「やっぱ、焦げ目とかが無いとリアルじゃないけど。なんかいい感じになったね!」

「ぜ……絶対なってないっ。絶対ダメなやつだこれ……」

「よし、写真撮ろう!」

「ムリっ! 恥ずかしいから絶対無理ーっ!!」


 そして元男の少女は、かなり女の子っぽい悲鳴を上げたのだった。



◇◇◇◇



 その日の夜。杏奈は反省会という名のグチを真奈に電話でぶつけていた。


 寝ようかと思っていたところに誰からか電話がかかってくることは今までにもあったが、夜に彼女から誰かに電話をするのは、これが初めてのことだ。


「……何だよ、認識の行き違いって?」

「今日の一件の原因じゃよ。お主は、晶なら最初からダメージスカートにしてくると言っておったが、あれがそもそも勘違いだったのでな」

「でも、やっぱり晶はそうしたじゃないか」

「結果的にな。……ただ、あの段階ではホントに晶は悩んでおったよ。普通すぎて何かが足りないのに、何が足りないのかが分からんとな」


「わたしには今も、それが何だったのか分かってないけど」

「それが『遊び心』じゃよ。普通を心がけすぎてそこを忘れておった」

「とは言うけど、結局……」

「杏奈にとってはひどいことになっとったな。ははは、あれはかなり面白い画じゃったー」

「笑うなよー。ホントにきつかったんだぞあれ」

「分かっとるって。うちが同じ状況だったら、晶を張り倒してでも逃げ出しておったじゃろうからな」


 ……と。


 つまり、晶は普通を意識しすぎて自分が楽しいと思うこと、遊び心を忘れていた。

 それを杏奈に気づかされ、しかもそこにかなり面白そうな「実例」がくっ付いてきたおかげで、普段以上に暴走してしまったのだろう。


 杏奈としては「普通は普通が一番」と伝えられればそれで良かったのだが、行き違いが起きたのは何も杏奈だけではないため、向こうにもこちらの考えが伝わっていない可能性は高い。

 それでも、その後の晶は何かと楽しそうにしていた。杏奈が想定していたのとは少々違う形だったとはいえ彼女の立ち直った姿を思い出して、まあいいかと自分の中で納得しておくことにする。



 その後も二、三言話をし、今日のもやもやしていた気持ちが解決したことを区切りにして、杏奈は真奈にお礼を言って電話を切った。時間は既に日をまたいでいて、これ以上寝るのが遅くなると色々な疲れが明日以降にも残ってしまいそうだった。


 今後はなるべくこういうことが無いように、発言には気を付けよう。

 そう誓って部屋の電気を消し、布団の中へともぐりこむ杏奈だった。

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