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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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被服研究部活動記録1

 杏奈は身に付けた「それ」の上から帯紐を結び、その結び目を背中へと回すと、動いても衣服が崩れないかを確認したところで、ふぅとため息を一つ吐いた。

 彼女が着替えたその服は、晶お手製の「杏奈に着てほしいやつ」の一着で、いわゆる和風のミニドレスだった。濃い紺に白い花柄の生地を使ったフリルのついたミニスカはまさにキワキワで、その風通しの良さは制服のスカート以上に頼りなさを感じさせる。


 そこへ足にはニーハイタイツのガーターベルト付とくれば、もう和の雰囲気など生地の質や柄と帯くらいしか残っていないほどだった。


 晶が杏奈にサイズ計測をしたいと言った後、「家に来たら測らせる」と言う言葉を真に受けた少女はなんと次の日の放課後に杏奈のマンションへと押しかけて来て、サイズを測って意気揚々と帰って行った。

「休日に長時間遊ぶワケじゃなければ、迷惑にならないよね!」

 と謎の理論を唱えて。


 あれから数日の後……具体的にはその週の日曜日には「できた!」と晶からテンション高く報告の電話が入ったのだから、彼女の被服に関するスキルの高さへの驚きは、目を見張って舌を巻いても足りないくらいだった。


 ちなみにこの服装は、何でも少年漫画に登場するキャラクターの衣装らしく、

「性格と腰まであるストレートの髪を考えたら、これが似合うかなーと思ってね」

 と言うのが晶の言葉だが、似あうか似合わないか以前に、テーマに和を取り入れるのであれば意識して統一してほしいというのが杏奈の(男だった頃からの)感覚で、どうにも「和風の」ミニドレスではモヤモヤ感が拭えない。


「極めつけには……ってやつだよな」


 独りごちながら杏奈が机の上から手にしたのは、二本の白いリボン。

 そしてそのリボンで左右の側頭部に少量の髪の束……いわゆるツインテールを作っていく。


 衣装のモチーフとなっているキャラクターのデザインでは、髪を結っている場所が耳の上から指三本分と決まっているらしいのだが、自身の姿を見ることのできる鏡が周りにない以上、自分の感覚だけで結うしかなかった。


「その場所がちょうど、髪の流れが頭のラインに自然につながるんだって」

 と晶に教えられたのだが、そんなの人それぞれ骨格の形で違うだろうと今更ながら心の中で反論しつつも、杏奈は手先の感覚を頼りに左右の位置関係を調節し、髪の先が視界に入るようにして結った量のバランスを確認してみる。


「こんなもんかな」


 杏奈自身、そのキャラが登場する漫画を全く読んだことが無く、どのような姿になれば再現したことになるのか分からないまま、適当な判断で変身作業を終わりとすることにした。もっとも姿見鏡がない以上、どうしたって自分の今の姿を確認することはできないのだが。


 しかし、男から女になって未だ一年とちょっとしか経っていない彼女が、通常であれば一人では苦戦するはずの帯を浴衣のように結び、ツインテールを手先の感覚だけで整えることができるのは、普通に考えれば意外な……否、おかしなことだろう。


 普通の女性ですら、バランスのとれたツインテールを作るのが苦手な人はいる。ましてや浴衣の帯を結ぶのは、教わった上で豊富な経験がない限り一人で行うなど無理に近いはずなのだが、何の戸惑いも無く彼女は全ての着替えを終えている。


 つまり彼女には、その「経験」があったのだ。


 悲しいかな、男の頃に幼馴染たちの着せ替え人形にされていた時の苦い経験でしかなかったはずのものが、今こうしてコスプレする時に活かされているのだった。杏奈が一人で帯を締めることができるのは、「男が着替えを複数の女子に手伝われる」という辱めを受けないため、必死で習得に励んだ涙ぐましいエピソードの中の一例とも言える。


 今となっては懐かしく感じるその思い出に、再び着せ替えのモデルとなっている現状も合わさって、杏奈は二度目のため息を吐く。

 そのため息と同時に、他に誰もいないこの空間から出ていくことを決意し、


 がちゃりっ


 と杏奈はドアを開けると、更衣室代わりにしていた被服準備室から被服室へと入った。


「あ、杏奈……っておおっ!!」

 その音で杏奈の着替えが終わったことを知った晶、真奈、紗江の三人が同時に彼女の方へと注目し、そして晶があからさまに、心の底から驚いたという声を出した。


「……何だよ」

 三人からの真直ぐな視線を浴びた杏奈は、照れ隠しに少しぶっきらぼうな声で睨む返すように応じた。その反応は昔着せ替え人形にされていた頃と変わらず、変身を遂げた自身に向けられる好奇な目への防衛本能でもある。

 そして、そんな彼女の反応に対するギャラリーのとる行動も、人が変わったところで変化することはなく、


 かしゃっ


 というスマホのカメラアプリで写真撮影をした時の、どこかわざとらしい印象の強い効果音が鳴るのだった。


「違うよ杏奈、そこは『何なのよ』じゃないと、緋色ちゃんっぽくないって」

 加えて、そんな注文まで入ってくる。


 漫画を知らないというのに、キャラクターの口調など分かるはずもない。しかしそこは下手でも乗っておかないと怒られる(というのが過去の経験)と思い、仕方なくそれらしいような口調を考えて返すことにした。


「そんなのわたしが知るわけないでしょう」

「そうそう、そんな感じっ!」


 どうやらテンションが最高潮に達したらしい晶は、正面や側面、そして後ろから杏奈を撮影し始め、更には被服室の机の上に乗ったりしゃがみ込んでのローアングルからだったりと、ありとあらゆる角度からの撮影を始める。


「いや、なかなか似合っとるな。まさかここまでとは思わんかった」

 向けられるカメラから逃げることもできず、ポーズを変えていいのかも分からないまま固まる杏奈に、真奈は楽しそうに笑いながら言った。


「そうなのか?」

「ああ。下手に実写ドラマ化するよりもよっぽど『らしい』じゃろうな。『ウチの学校に緋色ちゃんが現れた件』などとでもタイトルを付けてどこかに投稿してみたら、それなりにウケるかも知れんぞ?」

「いいねそれ。じゃあさ、張れる画像増やすためにポーズ取ってみてくれる?」

 珍しく、真奈と晶が二人同時にニヤリと悪巧みモードに入ってしまい、彼女たちを止める人間がいなくなっていた。


 しかし以前の杏奈であれば女装中の自分をネタにされることを嫌っていたのだが、二人がそれなりに仲良くなった友人だからか、はたまた自分自身が本当に女になってしまったせいか、以前ほど悪乗りされることに嫌悪感を抱かなくなっていた。

 むしろこの二人が楽しいと思うことに乗ってみたいとすら思うのだが、

「つまりインターネットで誰でも見れるようにするってことか? 顔が写ってるのはちょっと嫌だな……」

 それにも一つ心配事はあって、さすがに素直にはうなずけなかった。


「大丈夫だよ、ボクが目線入れるから、杏奈は安心してポーズ取っててよ」


 ところがあっさりと解決案を出されて、しかも「なぎなた代わりに持ってみて」とブラシ部分のとれた箒の柄を渡されてしまうと、男だった頃のやんちゃ心をこれでもかと刺激されてしまう。

 もう一人似たような「武器」を持っている誰かがいれば、チャンバラを始めてしまいそうな勢いだ。


「へぇ、なぎなたで戦うのか」

 と言うと、杏奈はそれを器用に頭の上で素早く三回転させ、ふぉんっという音と共に上段からの一振りの後、体の前で構えて見せる。それは決してなぎなたの振り方ではなかったが、逆に棒を持った男子がやるような滅茶苦茶な振り回しでもなく、どこか筋の通った動きだった。


 晶たちが「緋色」と呼ぶそのキャラクターが使うらしい獲物と比べれば短いのだろうが、一般的な武術を知らない晶たちには、杏奈の動きがどこか緋色と重なって見えたのかも知れない。そろって「おおっ」と感嘆の声をあげた。


 杏奈も調子が乗ってきたところで撮影会へと移ろうとしていた三人だったが、


「あー、やっぱ使われてるみたいねぇ」


 ガラリと突然開いた被服室のドアから入ってきたそんな声に、室内で騒いでいた三人と紗江はぴたりと動きを止めた。


 そしてそろって開いたドアの方を見ると、女子生徒が一人、入口に立って廊下の方を見ながら誰かに手招きしていた。

 実習のやり残しかなにかで被服室を使おうと思っていたのだろうか、それにしては授業が終わってからそれなりに時間が空いてからの来訪者に、四人は何事かと廊下に立つ人物に目を向ける。


 その女子生徒は、三年生の学年色である青色の学校指定のスリッパを履いていた。


 杏奈たちが入口に立つ先輩を見つめてから二秒ほどして、ようやく彼女も中にいる四人の方へと目を向けた。

 そして同じくスリッパで学年を確認したのだろう。視線を少し下に向けてから、

「今、ちょっといい?」

 活発そうで元気な雰囲気を振りまきながら、笑顔でそう言った。


「はぁ……別にいいですけど」

 被服研究部の部長である晶が、部員を代表するように返事をした。そこには「何でしょうか?」という意味を込めていたのだが、そこまでは伝わらなかったのだろう。女子生徒は「ホント? ありがと」と言うと、今しがた入ってきたばかりの廊下へと顔を出し、ちょいちょい、と再度こちらからは見えない相手に手招きし始めた。


「突然お邪魔してごめんねー。……ってあれ、何かお取込み中だったのかな?」


 そして入ってきたのは、同じく三年生らしい女子生徒と、眠そうにあくびをしながらの男子生徒だった。

 実に眠そうで、そしてやる気のなさそうな彼ではあったが、部屋の中にいる杏奈を見つけた途端、

「……うおっ、緋色ちゃんがおるっ!」

 と驚いたように、そして目を輝かせながら声を上げた。来訪者に気を取られて意識から外れていたが、彼の声に、杏奈は自分がコスプレをしていたことを思い出した。


 本来であれば被服室で三人の前だけという約束だったはずが、気づけば目撃者が増えてしまっていた。杏奈の中では今すぐにでも逃げ出したいという気持ちが高速で膨らむ。

 しかし、彼女が「着替えてきます」と言い出す前に、男子生徒が入口近くで立ち止まったままの先に入った女子二人を残したまま、ふらふらと杏奈の方へと近づいてきた。


 驚いていた様子からも分かっていたことだったが、どうやら興味があるらしい。


「マジかよ、良くできてるなこれ……」

 前から後ろから、まるで細部の作りのでき具合までチェックするかのように顔を近づけるその様子からすると、もしかしたらこのキャラクターのことがお気に入りなのかも知れない。


 彼以外全員が女の中、よくこんな大胆に顔を近づけられるものだと思いながら、杏奈はモデルとしてただひたすらに動くのを我慢していた。悲しいかな、こういう時に不動であることは既に昔の知り合いから調教……もとい指導されているため、体に染みついてしまっているのだ。


 女子たちが呆然と、そのある意味で奇行とも言える男子生徒の行為を見つめる中、良くできていると褒められた晶がただ一人、嬉しそうに小さく頷いていた。


 生地はどこから持ってきたのか着物向けであろう高そうなものだし、帯類は浴衣かなにかとセットになっていたものを持ってきているらしく、その辺りの「でき」がいいのは当たり前だろう。

 しかしそれだけではない。晶が自作しているミニドレスの方は縫合されている部分はほとんど目立たず、縫い合わせにミスもない。これなら売り物になるのではないかというレベルの一着なのだ。


「へぇ……」


 その出来栄えが彼の意識を掴んで離さなくなっているのだろう。

 ついにはしゃがみこんで着こなしすらもチェックし始められては、流石の杏奈も苦笑いを浮かべずにはいられなかった。


「ちょっと間立くん、鑑賞会はそれくらいにしといてくれないかなぁ」

「っていうか真剣に見すぎ。キモいって絶対……」

「キモいって……お前な、普通これほど力の入ったレイヤーがいたらよく見るに決まってるだろ。無断で写真撮ってないだけ行儀いいんだぞ俺は」


 最後には同級生二人から咎められてようやく杏奈から離れていったが、彼の熱は冷めることなく、手を顎に当てながら、感心するように杏奈の方を振り返った。


「にしても、コスプレのためだけに帯まで完璧な形で締めるとは、いい意味でバカみたいな気合の入れ具合だな」

 これがリアルで見るプロの犯行か、と未だに褒め言葉を呟き続ける間立と呼ばれた男子生徒は、しかし口にするその言葉が独特すぎるため、意味が正しく伝わっているのはごく一部の人間だけだった。


「いい意味でバカって……間立くんバカは言いすぎ」

「絶対マダオのことでしょ、それ」

 三年生女子二人は意味が正しく伝わっておらず、間立こそがバカだと言うような冷ややかな視線で見つめる。


 そして帯を完璧な形で締めた、つまり褒められた対象である杏奈はというと、その口調から褒めているのであろう空気を感じ取りつつも、しかし彼の言葉の選択から、決して手放しで褒めてはいないという理解をし、苦笑いを浮かべた。


 反対に真奈、晶、紗江の三人はどうやら正確な判断をしたらしいのだが、評価の高い褒め言葉を聞き、

「ねぇ、帯ってそんな結びにくいモンなの?」

「うちが知るはずなかろう。浴衣なんぞ着たことも無いんじゃ」

「えっと……一人で結べるようになるには、結構な練習が必要です。普通は締め方を知る人にお手伝いしてもらいますから」

「そうなの?! 杏奈ってやっぱ完璧超人だったんだぁ」

 間立による、その評価がなされた理由を確認し合っていた。


 すっかり注目の的となってしまった杏奈は、さすがに長い間、しかも当初思っていたよりも多くの(他学年の知らない)人達から視線を浴びることに疲れ、

「あの、来客もあるみたいですし、わたしはそろそろ制服に着替えてきます……」

 いつもの調子など全く無いしおらしい声でそう申し出ると、被服準備室へと向かうため踵を返した。


「あー、うちのヘンタイが迷惑かけてゴメンね」

「てか、キャラ作りまでしてんのかよっ!?」

「あんたホント馬鹿っ! 心配しないでね、後でアタシたちがセクハラ諸々で訴えとくからさー!」


 そこへ後ろから慰めなのか良く分からない言葉をかけられながら、二つの部屋を隔てるドアを開ける。


 そして被服準備室へ入りドアをバタンと閉めたところで、この服への着替えを終えた時よりも更に大きなため息を吐く。今日だけで一体どれだけ幸せが逃げただろうと思わずにはいられない、そんな気持ちも混じるかすれた声が、口から一緒に漏れ出て準備室に響いた。


 しかし突然の来客によって少々酷い目には遭ったものの、別の所では助かったとも感じていた。


 なにせ、今日晶が一体どれだけの服を作ってきているのかが分からないのだ。量だけではなく、雰囲気も重要である。この躰であれば露出度が高まったからと言って「気持ち悪い」とは思われないとしても、過激な服装を杏奈は好まない。

 あの悪戯好きの少女がどこまで節度というものを持っているのか、そこが杏奈には信用しきれていないのだ。

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