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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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事件はコンピューター室で起きている?6

 放課後になって、一番前の席に座る晶が真っ先に岡本を捕まえたおかげで話を聞くことができたのだが、やはりと言うべきか、コンピューター部顧問の口からは、晶や真奈が期待していたような詳しい話は語られなかった。


 教えてもらえたのは、大きくまとめると四点ほどだったのだ。


・去年の三月末、この学校のパソコンから三度にわたり他所のサーバーへ不正アクセスがあったこと。

・誰がそんなことをしたのかは結局分からず終いであったこと。

・しかしこの学校から行われたのは確実であったため、一年間、学校でのコンピューターの使用を授業のみに限定する処置をしたこと。

・そのために、コンピューター部が活動停止状態になったこと。


 野次馬が大好きな晶や、

「『不正アクセス』の詳しい方法とかは分かっておるのか!?」

 と興味津々で質問した真奈がこの程度の話で満足することはなかったが、「なぜコンピューター部が活動禁止になったのか」は知ることができた。


 事件によってコンピューター室が使用禁止になったから部活ができなくなった、という答えは教えてもらえたのだから。


「あーあ、何かあんまり面白くなかったね。もうちょっと現実味のある話だと良かったんだけどな~」


 部室である被服室の鍵を借りるために階段を下りていた晶は、岡本の話にけちをつけている。


「現実味のあるって、実際にコンピューター部は活動停止になってたじゃないか」

「そうだけどさ、もっとこう……なるほど! って思える話をして欲しかったんだよね、ボクとしては」

「なるほどと思える、ですか?」

「納得のいく落ちって言うのかな。あれじゃー全然面白くないもん」

 心底つまらないというように話す晶に、現実世界の出来事に何を求めているんだと杏奈は呆れてしまった。


 普通、ニュースや新聞で報道される事件は、詳しい流れが説明されることはない。

 事件の全容を詳しく報道することを避ければ模倣事件を防ぐことができるし、被害者の、そして加害者の人権を守ることもできる。


「まあまあ晶ちゃん、分からないものは仕方がないですし」

 紗江の言葉に不満いっぱいの態度を見せていた晶はため息を一つ吐くと、

「しょーがない、とりあえず部活にいこーっと」


 気持ちを切り替えたらしく、職員室から手早く被服室の鍵を借りてきたのだった。

 この辺りは、流石部長という所だろう。もしくは単なる彼女の気まぐれか。


「それじゃ、わたしは先に帰るよ」


 被服研究部に入部していない杏奈は、これから部活にいく三人とは違って、これ以上学校でやるべきことはない。

 今から帰れば、洗濯物を取り込んで片付けるのと米を研いで炊飯器にセットするのが終われば、ちょうど買い物に出るのにいい時間となるはずだ。

 三人に向けて右手を上げ、くるりと振り向こうとした……のだが。


 その上げた右手を、晶がはしっと両手で握ったのだ。しかも、目がキラキラと輝いているではないか。

 晶の意識は部活へと向いたはずなのだが。


「……どうしたんだ、晶」

 いやな予感がしながらも、一応、杏奈は問いかけた。


「ね、ねっ! 今日は杏奈の体のサイズ測りたいんだけどっ」

 そして晶から返ってきた答えは、そのいやな予感が的中したものだった。


「体のサイズ……?」

「そう、隅々まで!」


 ずいっと身を乗り出して、晶はそう宣言した。

 その目の輝き方は、杏奈がまだ男だった頃に無理やり女装させられたときの、七海たちの目に良く似ていた。この目を見せた女子に関わってもいいことは何もないと判断した杏奈は、どうやって逃げ出すかを考え始める。


「だからさ、測り終わるまで全裸でいて……」

「絶対いやだっ!」


 晶の言葉をさえぎって全力で拒否した杏奈は、真奈に視線を向ける。

 こういう時に晶を止めてくれるのは彼女だけだが、さっきから何か考え事でもしているのか、この状況が全く目にも耳にも入っていないらしく意識が彼方へと飛び去っているようだった。今はとても頼れそうにない。


「紗江、ちょっとだけ晶を押さえててくれっ」

「え? あ……はいっ!」

 仕方なく、杏奈は紗江に助けを求めた。


 その意味を上手く理解してくれたのかは分からないが、彼女が晶をぐいっと抱き寄せてくれたおかげで、杏奈の手から晶の手が外れる。


「あっ!」

 と小さく声を上げた晶だったが、その一瞬の隙を逃さず、杏奈は昇降口の方へと走り始めた。


「ありがと! 晶、家に来るならサイズ測ってもいいけど、学校で身包み剥ぐのはやめてくれ。それじゃ、また明日!」

 そういい残し、杏奈は昇降口へ駆け込んだ。


 そして晶が追ってこないことを確認して小さく安堵のため息を吐くと、靴へと履き替える。

 今から追いかけてくるとは思えなかったが、距離を開けるためにも、少し急ぎ足で自宅へと向かうのだった。



 そんな杏奈の後姿を見送りながら、紗江は右手で小さく手を振った。

 その背中が見えなくなってふと視線を下に向けると、左手で抱き寄せている晶がジトッとした目で睨んでいた。


 さっき、杏奈から突然かけられた声に一瞬戸惑った紗江ではあったが、しかし、その意味はすぐに理解できた。

 今まで晶にあれこれと服を着せられていたのは紗江だったのだ。


 人の作った服を着ること自体に抵抗はないのだが、晶の作るモノは、いつもいつもどこかコスプレ衣装に近い雰囲気が強い。それを着た状態で町中を歩かされて、かなり恥ずかしい思いをしたこともあった。

 杏奈の場合は普段着がパーカーにジーンズと、お世辞にも女らしいとは言えない格好が多いと聞く。というのも、どうやら晶が言うところの「かわいい服」に当たるものを着ることが彼女には抵抗があるようで、晶に着せ替え人形のように扱われるのも、かなり嫌がっているように紗江は感じていた。


 だからたとえ一時しのぎにしかならなくても、ここは彼女を帰らせてあげるべきだと思って晶を抱き寄せることで引き剥がしてあげたのだ。


「もー、ひどいよ紗江」

 そして晶は、その視線だけではなく言葉でも抗議をしてきた。

 紗江はもう一度、晶を「まあまあ」となだめる。


「いいじゃないですか、家に来れば測らせてあげるって杏奈ちゃんは言ってましたし。今度遊びに行ったときにすれば」


 その杏奈の言葉には、意外だなと紗江は思っていた。

 確かに着せ替え人形にされるのは拒んでいるみたいなのだが、それよりも前の、サイズ計測は拒んでいないのだ。一度計測されてしまうと、そう期間をあけずに一着仕上げてくる晶の実力をどうやら彼女はまだ知らないらしい。


 しかし冷静に考えてみれば、学校でサイズを測るなんて、ものすごく恐ろしいことではないかと紗江は今更ながらに気づく。ほとんど裸の状態でサイズを測られているところを、偶然通りかかった誰かに目撃されたとしたら……。


 もしそれが男子だった場合、紗江なら確実に悲鳴をあげるだろう。一生のトラウマになるかも知れない。

 それだけは絶対に勘弁して欲しい。


 反対に、晶が同じことを言われたらこの子はどんな反応を示すだろうか、と考えてみる。


 自分が嫌なことも平気な顔で他人に言ってしまうのが晶なのだ。杏奈に「その前に晶が脱げよ」とでも言われたら、「やだよそんな恥ずかしいこと」と拒否する姿を想像するのは簡単だった。

 紗江がそんなことを考えている一方、更に晶の調子のいい発言が続いていく。


「今度遊びに行ったときって……じゃあ今週行けばいいのかな?」

「そんな急にお邪魔するのは、さすがにダメだと思いますけど」

「でも、杏奈は一人暮らししてるんだよ。女同士だし、そこまで気にするかな?」

 晶はそう言いながら、特別教室棟へ続く渡り廊下に足を踏み入れた。


 左手には、さっきからずっと何かを考え込んでいる真奈の腕を掴んで。


「それはそうですけど、この前だって突然お邪魔してしまったとき、お昼ご飯の材料が足りなくて急な買い出しが必要になりましたし……」


 紗江は、入学式の後に知り合ってすぐの杏奈の家に行ったことを思い返した。

 あの時の昼食代は、結局のところ杏奈が全て負担する形になっていた。あれだけでもかなり迷惑になっていたのではないかと、紗江は今になって後悔する。


「あれは直前だったからそうなっちゃったんだよ。事前に約束しておけば、そういうことも無いんじゃないかな?」

「えぇ……と」

 それは違うと言いかけて、しかし紗江は言葉が続けられなかった。


 こういう時の晶の発言はいつも何かがずれているのだ。その何かを指摘するために、どう返したらいいのか分からずに、紗江は考え込んでしまう。


「もー、紗江は気にしすぎだよ!」

 晶は大きく前にジャンプすると、大げさに振り返りながら手足を大きく広げて立ち、更なる問題発言をする。

「ボクさ、今度家出するときは杏奈の家に行こうと思ってるんだから!」


 その言葉を聞いて、紗江は大きなため息を吐きたくなった。

 この少女の態度もそうなのだが、それを止められるほど強く主張することができない自分がもどかしかったのだ。


 何とか思い直すように言っても、それに対してあれこれと言い返されれば続く反論が思いつかないだろう。

 それに、誰がどんな言葉で「間違っている」と指摘したとしても、彼女に届くことはないのではないかと、紗江は思っている。


 もし今、真奈の意識がしっかりしていたら、ばしっと晶の頭を叩いて少し強引にでも止めるのだと思われる。最初はその止め方もどうかと思っていた紗江だが、それくらいしなければダメだと真奈も分かっているのだ。


 もっと強く言えるようになりたいと思いながら、紗江はうつむいて小さなため息を一つ吐いた。


「どうしたのさー。先に部室行っちゃうよー?」


 紗江が悩んでいるなんて知らない晶は、軽い足取りで渡り廊下を抜けると、チラリと後ろを振り返りながらも足を止めず、そのまま廊下を曲がっていった。


 力なくボーっとしたままの真奈と一緒に。

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