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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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事件はコンピューター室で起きている?4

「すまん、やっぱり思い出せん」

 真奈が首を振ってギブアップ宣言をした。


 それを見て晶は勝ったと言わんばかりに胸を張ると、

「ふっふっふ、ざんねーん。つい先月の終わりまで『にまにまチャンネル』でやってた、3Dモデルをかなり使ったネットがモチーフのアニメだよ!」

 と声高らかに正解発表したのだった。


 にまにまチャンネルとは、ここ数年で人気爆発中のネットの動画投稿サイトで、あちこちのアニメ制作会社も、社名を売るために無料の短編アニメを提供したりしている。

 その中の一つとして、「サイバー捜査官・ネットー刑事」が配信されていたのだ。

 もちろん、ネットはおろかパソコンすらろくに触らない杏奈が、その存在を知るはずもなかった。


「あぁっ、あれかっ!」

 真奈は晶の正解発表でついに思い出したようだ。

 してやられたというように、大げさにベンチの背もたれへ体重をかけて「つい最近ではないか」と呟いた。


「『三頭身アバターの刑事が、ネット世界の事件を次々と解決する』という内容のプロモを以前見たことがあるな」

「あの刑事さん、声がシブくてすっごくカッコいいんですけど、アバターの見た目が可愛らしいんですよね。あのギャップには思わず笑ってしまいました」

「それは確かにそうじゃが、うちはどうも現実のネットワークのイメージと違いすぎて、見とらんかったなぁ」


 晶はそのアニメの話題になってからいつもよりテンションが高くなっているが、反対に真奈はそれほど興味を持っていないのか、その声はあまり普段と変わっていない。


「真奈って、変なところで現実主義なんだよね。アニメなんだからいいじゃん」

 彼女の態度の冷たさがあまり気に入らないようで、晶は少しムッとしている。


 そして杏奈はというと、アバターってなんだろうと思いながらも会話に割り込んで質問をすることができないまま、三人の話を聞いていた。


 知らないなどの理由で話題に参加する取っ掛かりを見失ってしまうと、どうしていいのか分からなくなることは多い。

 だからと言って自分勝手なことをやり始めるのは失礼になるだろうと、こういう時の杏奈は、理解力をフル回転させて会話を聞き自分なりに理解しようと頑張ることにしている。


 ……のだが、

「小学生の子のパソコンに入り込んだウィルスを退治するお話、面白かったですね」

「一体どうしたら家庭内の一台のパソコンに入って、感染したウィルスを駆除できるのか分からんがな」


 ITの専門用語はおろか、パソコンのことすらほとんど知らない杏奈には、

「オンラインゲームのシステム……コンソールだっけ? あれで犯罪者プレイヤー割り出すのとか、すごすぎて笑っちゃったよ」

「いや、プレイヤーデータの保存場所とか普通は分からんじゃろうに」


 こうして、今三人がしている「アニメの話」ですら、

「ネットの中を移動してる時にたくさんのアバターたちと会話してるところ、すごく和やかで好きでした」

「いくら擬似的に空間を作っても、通信の速度が早すぎて、道中に会話する時間なんてないと思うが」


 言っている意味をまともに理解ができないのだ。

 この三人はちゃんと日本語を話しているのだろうか? とさえ思ってしまう。


 杏奈は内心では、最近のIT用語は横文字が多すぎて既に日本語ではないと思っているくらいだ。そんな用語が頻発するような会話は、内容がほとんど頭の中に入ってこない。

 もちろん、それは「現代」の流れに取り残されている状態だということを理解しているし、憶えた方が役に立つことも多いのではないかと思ってもいる。


 だからこそ一度、情報の授業で使う本を見て予習をしようとしたことがあったのだ。


 家にある、使い慣れないノートパソコンの電源を付け、本に書いてある画面とほとんど同じ(ちょっとアイコンの数が違っていた)最初の画面デスクトップを表示させてみた。

 そして、説明にある通りの操作で画面左下のボタンからメニューを開いて「表計算ソフト・マイテーブラー」というものを使おうとしたのだが……そのソフトが見付からないのだ。


 何度探してみても「マイテーブラー」と書かれているモノが見付からない。その時点で軽いパニックになり、どうしたらいいのか分からなくなって結局予習をしないままにギブアップしてしまった。


 実は、杏奈はかなり機械オンチである。

 一つのボタンに二つ以上の機能があるモノは基本的には使いたくない程に。


 しかし実際の授業ではアイコンを見つけることができて、その一時間が終わった時点では、操作が遅くて付いていくのが大変なこと以外に大きな問題は起きていない。

 ちゃんと書いてある説明通りの操作ができているか、自信は全くないが。


 しかも、授業が終わった時にはホッと胸をなでおろしたくらい緊張していた。


 こうして授業を受けてみた後で、一つ大きな気がかりとなっているのは、家のノートパソコンで「マイテーブラー」が見付からないことだ。授業があったその日にもう一度見てみても、やっぱり見つからなかった。


 とりあえず、ノートパソコンは学校のパソコンと比べると小さな機械だから、そのソフトが入りきらなかったのだろうと、杏奈は勝手に決めつけている。


 そして、家では勉強できないとなると、テスト前の復習を学校でやらなければいけない。

 これはテスト週間の午後は大変そうだと、少し頭痛を感じたときだった。


「もー、何で真奈はそうやって熱冷まシップみたいなこと言うのさっ!」


 晶が少し怒ったように上げた声を聞いて、杏奈は我に返った。


 よく見てみると、晶がさっきより更にムッとした顔で真奈を見ていて、反対に真奈は冷めた視線を晶に向けていた。

 そんな二人に挟まれた紗江は、困ったように視線を右往左往させるばかりだ。


「……それはスマンかった、あまりに現実離れした世界観だったのでな」

 真奈は弁当箱を持って椅子から立ち上がると、

「うちは先に戻って頭を冷やすよ」

 そう言ってドアの方へと歩き始めた。


 突然の出来事に、杏奈は驚いて晶の方を見る。しかし、彼女も知らん振りをするように校庭の方へと視線を落としていて、真奈の後姿を見ようともしない。


 杏奈は立ち上がると、紗江と目線を合わせた。彼女は一瞬困ったような顔をして、すぐに晶をちらりと見る。「私は晶を」と言ったのだろう。そう判断して、今まさに扉を開けようとしている真奈の方へと走った。


「真奈っ」

 声をかけながら隣に並んで階段を下りる。


「……スマンな、杏奈にまで迷惑をかけてしまった」

「いや、迷惑だなんて思ってないよ」

「そうか、助かる」


「でもさ」

 そう言うと杏奈は、下りていた階段の最後の四段を一気に飛び降り、とんっと廊下に着地した。

「真奈と晶も喧嘩するんだなって、少し驚いたよ。普段はあんなに仲がいいのに」


 杏奈には、今まで本当の意味で仲のいい友達になれた相手がいなかった。そのせいか、そういう関係というものに憧れている。

 最初に真奈と晶を見たとき、きっとこの二人のような関係が一般的によく言う「親友」という仲なんだろうなと、彼女は思った。親友というのはお互いのことをほとんど何でも知っていて、お互いの意見の違いすら知っているのだから喧嘩なんてするわけがないと、そう思っているのだ。


 しかし真奈は、はははっと小さく笑うと言った。

「そりゃ喧嘩もするじゃろ。うちらは人間で互いに考え方も違う。虫の居所が悪い時だってあるんじゃからな」

「人間……か」

 確かにそうだと、杏奈も思った。


 いつもはほとんど怒らない杏奈ではあるが、言われたことに対してストレスを感じるときもあるし、ショックを受けるときもある。ひどいことを言われたとき、強い口調で言い返しそうになったことも一度や二度ではない。

 親友といっても人間同士の付き合いだ。同じように感情的になってしまうこともあるのだろう。


「今日はたまたま、うちの気分が乗らんかったんじゃ。それでもなお、話を合わせようとして失敗してしまったな」


 真奈は「無理はするものではなかった」と言って笑った。


「仲直り、できそうか?」

「そりゃな。いつものことじゃ、放課後までには謝って、それで終わるよ」

「そっか。それなら良かった」


 このままずっと喧嘩したままになるのではないかと少し心配した杏奈だったが、さすがに心配しすぎだったようだ。

 喧嘩別れをして終わってしまう関係なら、二人が今日まであれほど仲良くあるわけがない。


「わたしも、そういう仲のいい友達ができるといいんだけどな」

「うちらだってまだ三年しか一緒におらんからな。できるさ。いや……」

「……? どうしたんだ?」


 杏奈は、わざとらしく言葉を切った真奈の方を不思議そうに見た。するとその顔には、晶が見せるような悪戯っぽい笑顔を浮かべているではないか。


「杏奈の場合は同性の親友より、彼氏の方が先じゃろうけどな」


 晶がいないと、どうやらその役は真奈が受け継ぐようだ。これでは、二人のどちらかがいる時は油断ができないなと思いながら、

「そりゃないよ。男言葉の女がモテる訳ないだろー」

 冗談半分に杏奈はそう言い返した……のだが。


 杏奈から視線をはずし前を見た真奈のその表情が、笑顔から一変して驚きに変わったのだ。

 それは明らかに、杏奈の言葉に対する反応ではない。


 不審に思って杏奈もその方向へと顔を向けると、こちらに向かって男の人が歩いてくるところだった。私服姿の。

 一瞬、まだ見たことがない教師かと思ったが、それにしては見た目が若すぎる。それに良く見てみれば、青い紐に付けられたプレートのようなものを首から下げている。そこには、大きく「入校許可証」と書かれていた。


 その人物は、平日の正午過ぎに現れた部外者だったのだ。


 入校許可証を持っているのだから不審者ではないのは確かだが、行事も何もない平日に来ているというのは、やはり気になってしまう。

 何気ない態度を装って見ていると、なんとその人物はこちらに向けて右手を上げてきたではないか。


「真奈じゃないか、久しぶりー」


 前から来た謎の人物がその動作と一緒に声をかけた相手は、隣を歩く真奈だった。


「雄兄、どうしてこんな所におるんじゃ?」

「なんだよ、母校に来ちゃ悪いか?」

「悪いとは言わんが……今日は火曜じゃ、そっちは大学だかに進学したのではないのか?」

「専門学校だよ。今日は休んだ」

 真奈の知り合いでどうやら二人の先輩らしいその青年は、話しながらも歩き続け、二人の横を通り過ぎた。


 ……その時だった。


 青年が一瞬だけ、杏奈の方を見たのだ。

 しかしそれは「自分の母校に通う女子生徒」を見る目ではなかった。

 彼の動きを目で追っていた杏奈と視線がぶつかった瞬間、ニヤリと小さく笑ったのだ。まるで、何か面白いものを見つけたかのように。


 杏奈はそれを感じ取った瞬間、自分の目を疑った。


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