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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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事件はコンピューター室で起きている?3

「はぁっ」

 と、弁当箱のふたを開けながら杏奈は小さくため息を吐いた。

 それに目ざとく反応した晶が、

「どうしたの杏奈? ため息なんて」

 と訊いてくる。


「いや……何か今日は、妙に寒気がするなと思ってさ」

「寒気って、風邪ではありませんか?」

「うーん。確かにちょっと風が冷たいとは思うけど……」

 そう言って杏奈は、ぐるりと景色を見回した。


 杏奈たちはいつも、昼食には一般教室棟の屋上を使っている。五階の高さになるそこからは、周りに高い建物がほとんどないためパノラマの景色が一望できるのだ。

 学校の敷地内を見下ろしてみれば、植えられたたくさんの木が見える。ここにある木々の半分以上は桜らしいが、そのどれも花びらが散り終わり緑色の葉に変わっている。


 その変化に合わせるように、日差しも日を追うごとに強くなってきていた。


 三人で座っている場所には屋根があり、直射日光は当たっていないのだが、冬用の制服を着ていて寒いと感じるほどこの場所の気温が低いというわけでもない。

「今は感じないから、教室の窓際が寒いのかな……」

「そうか? うちはそうは感じんかったが」

「窓は開いてる?」

「開いとるよ。吹いて来る風が心地いいくらいにはな」


 杏奈と真奈はそれほど服装に大差はない。杏奈がよほど寒がりか、本当に体調が悪いということがない限り体感温度に差はないはずだ。

 しかし特に体のだるさや頭痛を感じていない杏奈は、うーんと唸る。が、すぐにどうでもいいかと結論付けて、パッと表情を明るいものにかえた。


「季節の変わり目ですからね、体調には気をつけた方がいいですよ」

「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ」

 そう言うと杏奈は箸を取り出して、弁当に入れてきた白身魚のフライを取り、かぶりついた。ザククッという食欲をそそる衣の音が鳴る。


 その音が、椅子の反対の端に座る晶の耳にも届いたらしい。

「あぁっ! ひどいよ杏奈、今日はボクがもらおうと思ってたのに!!」

 と、非難の言葉を口にした。


 杏奈は毎朝、弁当用に自前でフライを揚げている。昼時になってもサクサク感が残っているように工夫して揚げるため、そのサクサクな歯ごたえに、いつも皆から羨ましそうな目で見られるのだ。


 時には、蓋を開けた途端に横取りされることだってある。


 フライと一緒にご飯も一口頬張った杏奈は、晶の方へ目線を向けて小首を傾げながら、同時に一口かじられたフライを指差した。

 それは、晶に「食べるか?」と訊ねるジェスチャーだ。


「いらないよ、杏奈の食べかけなんてっ」

 しかし、ぷいっとそっぽを向いた晶は、自分の弁当から煮物の大根を一つ箸で取って口に運んだ。


「ふふっ、晶ちゃんってばかわいいですね」

 そう言うと、紗江は子ども扱いするように彼女の頭をなでる。


 彼女たちが和やかな雰囲気でいる中、校舎の屋上を春の温かい風が吹きぬけていく。

 なびく髪を手で押さえながら、杏奈は二人の方を柔らかく微笑みながら見つめた。午前中は妙な寒気に苛まれていたことなど、忘れてしまったかのように。


 そんな視線に、晶は自分が「微笑ましい」と言う言葉がビッタリな状況のど真ん中にいると気づいたのだろう。

「子ども扱いしないで欲しいな、ボクはもう部活の部長なんだから!」

 と、彼女は少しムッとした顔で抗議するのだった。


「その部長としての初仕事に、一悶着あったがな」

「だーかーら、あれは僕だけのせいじゃないよ!」


 少し口調が強くなりながらもしっかりと食事は続ける二人を見て、食べるか喧嘩するかどっちかにしろよと思いながらも、杏奈は自分が知らないその一件に少し興味がわき、問いかけていた。


「部長としての初仕事? って、もう部活とかやったのか?」

「ほれ、今朝話したじゃろ? 部活の入部届けを出しに行ったと」

 ひょいと箸の先で何かを指し示すような仕草をしながら真奈は言う。

 その言葉に、杏奈は記憶を朝へと遡らせてみる。あの時の話は、被服研究部に三人で入ったというものだった。


「その時に部員数ゼロの部活は、入部届けと同時に部活動申請用紙も書かなければいけないと言われてな」

「へぇ、そんな面倒な手続きがいるのか」

「実はそれほどでもありませんでしたよ。前からあった部活なので、初期メンバーを書く以外は前のデータが残っていましたし」

「なんだ、それだけで済んだのか」

「しかし、こやつが……」

 真奈は何かを言いかけたが、ご飯を一口食べるのと一緒に、じろりと晶の方を見るだけにとどめた。


 その時に何かがあったのだろうと予想はできたが、しかし晶がやりそうなことを思い浮かべてみると、想定しなければいけない『想定外』が多すぎて、何も答えは出てこない。

 真奈に視線を向けられた晶が何か言うと思った杏奈だったが、その予想に反して、彼女は知らん振りをするように視線を外してしまい、何がなんだか分からなかった。


 しかし真奈のその視線は、部の部長に説明を求めたわけではなかったようだ。


 彼女はしばらくして、杏奈の方を「分からんか?」と言うように首を傾げて見せたのだが、それに合わせて一緒に首を傾げた杏奈に、紗江が苦笑いをしながら答えを教えてくれた。


「晶ちゃん、部室の記入欄にコンピューター室って書いたんです」

「……コンピューター室? 何でコンピューター室を部室にしようとしたんだ?」


 朝に真奈と話した通り入った部活が被服研究部なら、部室は当然被服室だろうと杏奈は思っていたのだ。

「それも朝に説明したよね、ボクが」

「? そうだっけ?」

 さっき、真奈が言葉を切り晶が何も言わずに黙っていたのは、部室変更の理由を杏奈も既に知っていると思っていたからだ。

 しかし当の本人としては、晶に言われて思い出そうとしてみても、記憶からそんなものは出てこなかった。


 それもそのはずだ。真奈と晶がその話をしているとき、杏奈は久しぶりに蘇ってしまった苦い思い出を吐き出して忘れようと、必死に深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けていたのだから。

 落ち着くことに集中しすぎて、逆に心拍数がなかなか下がっていないことにも気づかないまま。


 その時の話が全く聞こえていなかった杏奈は、手をあごに当てたまま首を左右に捻るだけだった。

「流行りの服をネットで調べて真似するためと言っておったな?」

「うん、そう!」

「なるほど、そう言うことか」

 真奈の言葉にようやく理由が分かって納得しかけた杏奈だったが、しかしすぐに次の疑問へとぶつかった。


「……いや、何でコンピューター室だよ。普通に考えたら、そこはコンピューター部が使ってるんじゃないのか?」


 杏奈が被服研究部なら被服室を使うだろうと予想したように、コンピューター室は当然コンピューター部が使うはずだ。

 仮に台数にあまりがあって間借りさせてもらえるにしても、そこを部室だと言い張るのは無理がある。まさか漫画の世界ではあるまいし、何かの勝負に勝てば部室を交換できるシステムなんて、この学校にはないだろう。


 しかし、その疑問には紗江が答えてくれた。

「実は、コンピューター部は去年の初めからずっと、部員が全然いなかったそうなんです」

「そ。だから部員数ゼロでコンピューター室は空いてたって訳なんだよー」

 だからコンピューター室が部室として仮申請できた、ということのようだ。


 部室の疑問にはそれで答えは出たが、そこでもまた、次の疑問が湧き出てくる。

「ん? それは変じゃろ。うちの学校は部員数が三人未満で五月を迎えたら……」

「廃部になる、んだよな?」

 同時に気づいた真奈と一緒に、杏奈は疑問をただ言葉にする。


 去年はずっと部員数がゼロだった部活なのに、なぜ存続しているのか。そもそも今は情報化社会といわれる時代で、いくらコンピューター部が不人気でも、部員数がゼロになる年度があるのか。

 その二つの疑問が杏奈の中に湧いていた。


「たしか昨日の話では、コンピューター部は活動禁止になっていたそうです。活動再開される今年、入部希望者が入りやすいように存続されていたと」

「え? そんなこと言ってたっけ?」

「はい、生活委員長さんが」

「そうじゃったかな……?」

 紗江の情報に、真奈と晶は困惑の表情を浮かべた。


 きっと、彼女がどこかのタイミングで個人的に情報を耳にしたか、二人がそうだと分かる言い方を生活委員長がしなかった、ということだろう。

 紗江の聞き間違いということもあるかも知れないが、その情報が本当だと考えた方がいろいろと辻褄が合うと、杏奈は考えた。


 そして、昨日の会議の後で会長がコンピューター室のことを言っていたのは、このことだったのだろう。

「なるほど、ということはこうか。コンピューター部は一昨年度の終わり近くに何かの理由で活動禁止になり、それが今年まで続いた。そして去年はずっと部員数ゼロではあったけど、活動が再開できる今年度に新入部員が入りやすいよう、実際には部は存続していた。その結果、晶が……多分他の複数の部もコンピューター室を使えるのだと勘違いして、部活申請用紙に部室はコンピューター室と書いたことで混乱が起きて、生活委員長や生徒会長も加わって整理した結果、被服研究部の部室は……どこになったんだっけ?」

「被服室だよ」

「そっか。被服研究部の部室は被服室になったと。じゃあ、コンピューター室は?」

「コンピューター部に入部希望者があったので、コンピューター部が使うことになりました」

 という形で一件落着したということのようだ。


 杏奈もそれでようやく納得して、最後の一口になったご飯を口に運んだ。


 もちろん杏奈も、恐らく三人も気づいているが、一つだけどうしても分からない謎……なぜコンピューター部は活動禁止に追い込まれたか……は分からないままだ。

 しかしそれについては杏奈は全く興味がなかった。


 いや、意識を向けたくないと言う方が正しいかも知れない。


 というのも、「一年間部員数ゼロ」だったコンピューター部が活動禁止になったのは、去年の一~三月ごろと予想される。そしてその時期は、杏奈(になる前の須藤祐介)自身がトラックに轢かれる事故に遭い、よく分からない実験に巻き込まれた時期でもあるのだ。

 あの実験と今回の一件が全く関係のないことだと分かっているものの、やはり時期という共通点があるからか、少しは意識してしまう。

 だから、杏奈はこれ以上問題を掘り返したくないと思っていた。


 ところが。


「でもさ、何でコンピューター部は活動禁止になったのかな?」

 興味のあることには何にでも首を突っ込みたがるらしい晶が、杏奈の思惑とは正反対の発言をしてしまい、この話題はまだ終わりそうにもない。


 彼女としては誰かに答えを教えてもらいたいというよりは、会話を終わらせないために、興味のあることを口にしてみたのだろう。四人とも昼食を食べ終わっているが、昼休みはまだ三十分以上残っているのだ。


 少女たちのおしゃべりは、ここからが本番だと言っても過言ではない。その話題として出された内容は、女子高生らしからぬネタかも知れないが。


「普通に考えれば、よほど大きな問題を起こしたのではないか? 部活動自体を禁止したくらいじゃからな」

「よほど大きな……ですか。部員全員が連帯責任になるような何か、ですよね」


 こうなってしまっては仕方がない。無理に止めようとするよりは乗りかかった船と諦めて、杏奈も話に参加することにした。


「一年以上の間、活動停止にされてたんだもんな」

「そこまで大事となると、もうあれしかないよね」

「あれ、ですか?」


 しかし問題を持ち出したはずの本人が、この事件早くも解決! というような表情で言った言葉に、紗江は少し興味を持ったようだ。首をかしげながら、晶の方へと顔を向けている。


 反対に、長い付き合いがある真奈は

「先に言っておく。おぬしの考えておることは百パーセント間違っとる」

 と冷ややかだ。


 しかしその言葉を完全に無視して、晶は言い放つ。


「きっと、闇に潜む秘密結社がどこかの重要施設を遠隔爆破しようとして、それをこの学校の生徒がサイバー的に食い止めたんだけど、その時に警察のデータサーバーに……」

「ああもう、絶対ないからそれ以上は言わんでいい」

 晶の言葉を途中でさえぎった真奈は、恐らく何らかのボケがくることは予想していたのだろう。その顔には、完全に呆れの表情が浮かんでいる。


 闇に潜む秘密結社だとか遠隔爆破だとか、確かに普通に暮らしていれば突拍子もない単語が並んでいて、バカバカしい妄想に聞こえるかも知れない。

 しかし、そういう可能性が全くゼロではないと思えてしまう、世界の裏側を垣間見てきた杏奈としては、証拠が一つか二つでも出てきたとすれば、ありえる話と信じてしまいそうな「仮定」だ。


 今回は真奈が絶対違うと保証してしまったのと、サイバーとかデータサーバーとか、良く分からない単語が出てきたせいもあり、杏奈も苦笑いでスルーしたのだが。


「それってあれですか? サイバー捜査官・ネットー刑事」


 呆れる真奈や杏奈とは違い、どうやら紗江には晶の言葉に思い当たるものがあったらしい。

 何かのタイトルらしい言葉を言いながら、少し目を輝かせていた。

「さっすが紗江、やっぱり知ってたんだ!」

「サイバー捜査官? なんだそれ?」

 反対に、何のことかさっぱり分からない杏奈は、そのタイトルに首を傾げるだけだった。


 真奈はと言えば、晶がネタにしたくらいなのだ、何か記憶の片隅に引っかかるものを感じたようだ。

「いや、ちょっと待て……知っとる、うちも何か知っとるぞそれ」

 小さな声で呟きながら、頭を抱えて唸り始めた。


 タイトルから受けるイメージとしては、子供向けのアニメか漫画の何かではないかと杏奈は予想するが、特にテレビには今までほとんど縁がなかったため、手がかりすらない。


 唸っている真奈を見て、晶はニヤニヤと笑いながら、

「さあ、真奈は思い出せるかなっ!」

 といかにもな煽り文句をぶつける。


 しかし、しばらく考えても出てこなかったようだ。

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