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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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事件はコンピューター室で起きている?2

 どうも杏奈は昔から、特に恥ずかしいと思う方向へ感情を大きく揺さぶられると、頭が働かなくなって行動が単純化してしまうのだ。女になった今も、どうやらそれは変わっていないらしい。

 今もまさにそんな状態で、話題がそれた今のうちに気持ちを落ち着けようと、静かに深呼吸を繰り返した。


 その間にも真奈と晶、二人の会話は続く。


「そもそも、なぜ被服研究部がコンピューター室なんぞを部室にせねばならんのじゃ」

「だって、パソコン使いたいじゃん。流行してる服とか調べられるんだよ? 型の印刷もタダでできるなんて、いいこと尽くめだよ!」

「とは言うが裁縫はできんじゃろう。散らかしてしまった時に叱られるのは、うちらなんじゃぞ?」

「やっぱりそうかなぁ……」

「まあ、結局は被服室が部室になったしな。生活委員長や生徒会長のおかげで、ことが丸く収まってどれだけホッとしたか」


 真奈は苦笑いしながら「漫研の先輩には驚いたがな」と続けるが、ぽんと晶の頭に手をおくと、

「これからはお主が部長なんじゃ、それほどいい加減にはできんよ」

 優しい口調になってそう言った。


 その言葉に晶は「うん、そうだね」と小さく返事をしながらも、内心ではまだその自覚が持てていないのか、少し心配そうな笑みを浮かべた。


「あ、あのっ!」


 その時だった。

 少し前から三人の傍に来ていた紗江が、ようやく入るタイミングを見つけたと言うように声をかけた。


「あ、紗江。おはよう」


 深呼吸をして落ち着きを取り戻した杏奈は、その声でようやく紗江の存在に気づいたようだ。振り返るといつもの声の調子で挨拶をした。


「おはようございます、杏奈ちゃん。あの……達哉を見てませんか?」

「楠本? いや、見てないよ。まだ来た様子もないし」

「そうですか……」

 紗江は少し困ったようにそう言うと、達哉の机を見た後、教室の前の壁にかけられた時計に目をやった。


 時間は八時十八分。ホームルームの時間まで十二分といったところだ。

 それを見て杏奈は記憶をたどってみると、確か達哉は、いつもこの時間には自分の席に座っていて、話しかけてくる女子たちの対応をしていた。


 しかし、いくら達哉が周りの注目を集めるイケメンで実力テストの点もよく、加えて運動ができると言っても、さすがに人間なのだから体調を崩すことも怪我をすることもあるだろう。休むかも知れない可能性だって十分にある。

 もしそれすらないと言われれば、その時は地球外生命体ではないかと疑うしかなくなる。


「心配なのか?」

 いつもの時間に来ないからといって、すぐに事件や事故に巻き込まれたのではと考えるのは、さすがに過保護だろう。


 しかしいつもと少し違うだけで、そのことが気になったり心配したりする人はいる。紗江もそういうタイプなのかと思って訊いた杏奈だったが、

「いえ、そう言うわけではないんですが」

 あっさりとその仮定は否定されたのだった。


「そっか」

 杏奈はそう答えて、ふと窓からグラウンドの方へと目を向けた。


 すると、野球部なのだろう、ユニホームを着た生徒たちが部室棟のほうへ走っていく姿が見えた。その様子を見た彼女は、昨日の会議の後で達哉とした会話を思い出す。


「そういえば昨日、あいつは会議が終わってから部活見学に行くとか言ってたな。そのままどこかに体験入部とかして、今日から朝練にでも参加してるんじゃないか?」

「そうだったんですか……? とすると、そうなのかも知れません」

「多分そうだと思うよ、ほらあれ」

 噂をすれば影がさすというやつだろうか。ちょうどそこへ、開けっ放しになっている教室の後ろの扉から、達哉が入ってきた。


 朝練に参加していたのだろうという杏奈の予想を肯定するように、首から青色のスポーツタオルをかけている。そんな姿で人前を歩くのは恥ずかしくないのかと思う杏奈だったが、その感覚は人それぞれなのだろうと思い、見て見ぬ振りをすることにした。


 そして杏奈と同じ方へと目を向けた紗江は、さっきまで見せていた心配そうな顔を笑顔に変えると、

「あ……ホントですね! ありがとうございました杏奈ちゃん。私、声かけてきますね」

 達哉の方へと真っ直ぐに歩いて行った。


「紗江は毎朝、あいつのところに行くよな」

 杏奈は紗江が話かけるところまで目で追って視線をはずすと、二人のことに詳しそうな真奈たちに問いかける。


「あの二人、付き合ってたりするのか?」

「んー、それは無いと思うけどなぁ」

「分からんな」

 しかし、詳しいことは知らないらしく、二人は首を捻った。


「でも小さい頃からの知り合いみたいだよ。家が近くて、小学校も一緒だったんだって」

「中学からは、紗江の家庭の事情で離れたみたいじゃが」

「へぇ、そうなのか」

 その話に、以前二人が彼女に「お嬢様」と言っていたことを杏奈は思い出した。

 確か紗江自身も、「うちが裕福だったのはもうずっと前の話」と言っていた。

 あの二人の間には、その頃の「裕福な家同士の付き合い」だったものが、今も続いているのかも知れない。


「でもさ、あんなに嬉しそうに話してるってことは、やっぱり好きなんじゃないかな」

「考えすぎではないか? うちには昔の知り合いと一緒のクラスになって嬉しい、という風にしか見えんが」


 中学の頃から交流のあるらしい真奈たち三人は、やはりお互いのことをある程度分かり合っているのだろう。

 杏奈も改めて紗江のほうを見てみるが、確かにいつも昼休みに弁当を食べながら話しているときより、少しばかり笑顔が輝いて見える気もする。


 あくまで気がするだけ、だが。


 しかし、晶の言うような「特別な感情」があるのだとしたら、せっかくの会話ができる時間を、たった二、三分で済ませてしまうだろうか? 好意を寄せているというよりも、二人が話している姿はあくまで「習慣」という印象を受ける。

 現に、こうして杏奈たちが少し視線を送りながら会話をしていたら、こちらの話題が尽きる前に紗江と達哉のちょっと長めな朝の挨拶は終わっている。そして、紗江はこちらに笑顔で手を振ると自分の席に戻って行き、達哉は達哉で男子のクラスメイト二人と、ロッカー棚にもたれながら話し始めていた。

 きっと、一緒だったという小学校の頃にも似たようなことをしていて、紗江にとって、それが高校でもまたできるようになったことが嬉しいのではないだろうか。だから、笑顔がまぶしく見えるのかも知れない。杏奈はふと、そう思った。


 そこまで考えて、一度意識をそちらからはずして時計に目をやった。

 朝のショートホームルームが始まるまで、まだ十分近くある。

 席に座って担任を静かに待つには長く、かといって何かをするには時間が足りないように思える、そんな中途半端な残り時間だ。


 しかし通常授業が始まってから一週間、既に真奈や晶のような中学からの友達同士でグループを作っていたり、杏奈のようにそこへ混ぜてもらっている者も出てきている。中には進学してすぐに一つの机を挟んで男女で会話をする、リアルがとても充実しているカップルすら現れていた。


 そんな彼らが、よく言われる五分前行動などするわけがない。


 チャイムが鳴るか鳴らないかというギリギリの時間まで、仲良くなった友人と話し込んだり授業で出された課題に文句を言ったりしている。それが、先週の終わりくらいから固まりつつある、一年四組の朝の雰囲気だった。


「高校ってさ」

 目を時計からクラス全体へと移してしばらく観察した後、杏奈は独り言のように言った。

「あんまり中学と変わらないな」

「すぐ変わるわけないよ。ボクたち、ついこの間まで中坊だったんだよ?」

 その言葉に晶は「何言ってるの」とでもいうような顔をして、くるりと体の向きを変えた。


「じゃ、ボクは紗江のとこに行って、あいつと何を話してたのか聞いてくるね」

 そしてそう言い終わるが早いか、立ち上がると空いている席を縫って行ってしまった。


 突然やってきて、去るときも風のように行ってしまう彼女の後姿を杏奈は見つめるしかない。


 何とも言えない微妙な顔をしていると、

「おはよ、杏奈ちゃん」

 後ろの席から、そんな声がした。


 その声に、杏奈は後ろを振り向き、晶の後姿を目で追っていた真奈がピクリと小さく反応した。


「ああ、おはよう楠本。珍しい……と言うか初めてだな、後ろの席から挨拶があったのは」

 顔を後ろに向けてみるとそこには、どうやら男子たちともそれほど長く話をしなかったらしい達哉が、相変わらず首にタオルをかけた姿で立っていた。


 かばんを机の上に置くと、達哉はいつも通りで変化のない笑顔のまま言った。

「杏奈ちゃんってばひどいなー。それじゃ、後ろに誰もいないみたいだよ?」

「それは悪かったな」

 その言葉に適当な謝罪をして、「しかし」と言いながら体を横に向けて窓にもたれ、杏奈は言葉を続ける。


「楠本の方から挨拶してきたのは、本当に今日が始めてだよ。それも随分ひどい話じゃないか?」


 席が前後ろなのにも関わらず、達哉は自分より早く来ている杏奈が前の席に座っていても、昨日まで挨拶なんて一度もしてこなかった。反対に、杏奈の方からは何度かしたことがある。来たことに気づいたとき、達哉が誰とも話をしていない場合に限ってではあるが。


 しかし、相手を非難するような言葉を遣っている杏奈ではあるが、その表情は冗談を言っているとしか思えない、明るい笑顔だった。


 そんな杏奈の反応に一度は口を開いた達哉だったが、何故か言葉が出てこなかった。


 いや、これが他の女子からの言葉であれば、

「ごめんごめん、今度からはちゃんと挨拶するよ」

 とすんなり出てくるはずなのだ。ちゃんと謝罪の気持ちを乗せた言葉が。


 しかし、喉の半分ほどまで出かかった言葉なのに、何故か口まで上ってこない。

 今までに経験のないその感覚に、顔には出さないようにしながらも戸惑っていると、

「悪い悪い、冗談だよ」

 杏奈はそのままの表情で言ったのだった。


 その様子を見ていた真奈は、杏奈のまた違う一面を知って笑う。

「ははっ。杏奈もそんな冗談を言うんじゃな」

「いやいや、わたしは結構言う方なんだぞ?」

「そうじゃったのか。うちらの間での杏奈はツッコミ役といった感じじゃからな」

「そ、そうかな?」


 真奈の言葉に少し戸惑う杏奈だったが、その言葉から自分を友人として認めてくれていると分かって、同時に嬉しくもなった。


「まぁ、さっきのは冗談としても」

 ふと気づくと、達哉がどうしていいのか分からないという様子で頭をかきながら、椅子に座っていた。

 そのままいつものように雑談を続けて何の話をしていたか忘れる前に、杏奈は達哉の方へ顔を向け直す。


「クラスの代表とやらになったわたし達としては、やっぱり仲良くする方がいいだろうから、挨拶をするのも大切なことだよな」

「うん、そうかもね」


 そう言うと、杏奈と達哉はお互いの顔を見て小さく会釈をするように頷いた。これからよろしくと、恐らくそういう意味もあったのだろう。

 挨拶を終えて杏奈が前へと体を向けたときだった。それを見計らったように、


 キーンコーンカーンコーン


 ショートホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。そのチャイムを聞いた生徒たちが自分の席に戻り始める。


 神海高校には、本鈴の五分前などに予鈴が鳴ったりはしない。全ての授業と休み時間で、自分たちで時間を見て行動しなければいけないのだ。


 チャイムが鳴り終わり、全員が席に着くか着かないかのタイミングで、担任の岡本が前の扉を開けて教室に入ってきた。

「起立!」

 それに合わせて学級委員長である杏奈が号令をかける。


 今日もまた一日、授業が始まるのである。

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