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杏奈さんは少女初心者  作者: 秋瀬 満月
少女の初心者は高校生に。
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事件はコンピューター室で起きている?1

「昨日はスマンかったな。色々あって、結局うちらの方が遅くなってしまった」

 火曜日の朝。いつものように杏奈より十分ほど後に登校してきた真奈は、自分の席に座りながらそう言った。


 昨日は生徒会定例ミーティングが終わって鍵を返した後、三人を待たせていると思って急いで教室に戻った杏奈だったが、そこに彼女たちの姿はなかった。

 スマホには遅くなるというメールは届いていない。きっと何か面白い部活を見つけて、時間も忘れて楽しんでいるんだろうと予想した杏奈は、三人が来るまでの時間をつぶすため、自分の席に座って紗江から借りた少女漫画を開いたのだった。


 少女漫画というと、まだ男だったころに幼馴染の七海という女の子の家で数タイトルだけ読んだことはあったが、それ以来数年ぶりに読むことになったのである。


 長い間少女漫画に縁が無かった杏奈がこうしてまたその表紙を開いたのには、それなりの理由があった。



 それは先日、昼休みに屋上でその三人と弁当を食べているときに「読み切ったことがある少女漫画」の話題になったのが始まりだった。

 晶曰く、「読み切った」ことが重要であって「ちょっと読んだ」や「ストーリーは知ってる」ではダメだそうだ。

 その中で七海の家で読んだ三、四タイトルを挙げた杏奈だったが、その数のあまりの少なさに真奈たちは驚いたようで、「順番にお勧めの漫画を貸して、杏奈に読ませよう!」という流れになったのだ。


 とはいえ、一般的に見れば二十数タイトルを読みきったと断言した真奈と晶が少しおかしいのであって、紗江のように七つくらいを挙げるのですら、多いくらいではないだろうか。


 男子だって一つの漫画を「数巻だけ読んだことがある」とか、「雑誌に載っているのを少し読んだことがある」ならかなりの数にもなるだろうが、最後まで読んだ漫画なんていくつあると言うのだろう。

 それこそ興味があって集めたか、数年もの間毎週のように買っている漫画雑誌に載っているものか、昔から有名な漫画家の作品を親が全巻持っていたか、くらいのものだろう。


 と自分の予想を話した杏奈は、読み切った数が二十を超える二人に言った。


「そう考えると、真奈と晶はかなりの漫画好きなんだろうな」


 それを聞いた紗江も苦笑いを浮かべながら、

「と言うよりも漫画中毒かもしれませんよね」

 そう付け加えたのだった。


「失礼な! 面白い漫画なんだから、最後まで読むのは当然だよ!」

「と言うことは、面白いのが結構あるのか。じゃあ、その中でお勧めなのを貸してもらえないか? 興味もあるし」


 一人暮らしで身の回りのことは全て自分でやらなければいけない杏奈ではあるが、家に帰ってから一通りの家事をこなし、食事をして入浴を済ませても、眠気がやってくるまでかなりの時間がある。その時間を潰せる物を、ちょうど探しているところだった。


 実力テストで自分の学力の無さを痛感した杏奈は、とりあえず毎日夜の九時半から一時間程度は勉強の時間と決めているのだが、それでもその前後には、どうしても暇な時間ができてしまうのだ。


 男のころはバイトをしていて時間の余裕はほとんど無かったのだが、神海高校ではバイトを校則で禁じている。守っていない生徒もそこそこいるらしいが、杏奈は自宅が学校から徒歩二十分とかなり近い。もしばれてしまうと下手をすれば特別指導になり、そのペナルティは進学にも影響するという噂がある。そんな万が一の可能性も嫌って、杏奈は高校生の間はバイトをしないと決めたのだった。

 その結果、空いた時間にやれることがなくて、ついついベッドの上でごろごろして、無駄に時間を過ごしてしまうのだ。


 だから晶たちから漫画を貸してもらえれば、そのちょっとした時間に楽しめるのではないかと期待できるし、皆との話題も増える。

 そこでお勧めを訊いてみたのだが……。


 杏奈の言葉に、漫画中毒の二人は互いに顔を見合わせると、あれがいいこれがいいと、いつ終わるか分からない相談を始めてしまった。

 自分が面白いと感じたからこそ最後まで読むと言ったのは、嘘ではないのだろう。だからこそあまりにもお勧めしたい候補数が多すぎて決められない。二人の相談が終わらないのは、つまりそういうことのようだ。


 昼休みの残り時間を全部使っても決まりそうに無い二人を見て、

「話が終わらないみたいなので、まずは私がお勧めなのを持ってきますね」

 と紗江が言ってくれ、彼女が最初に漫画を貸してくれることになったのだった。


 そしてちょうど昨日に紗江が持ってきてくれた漫画の内容は、地味で内気な目立たない主人公の女の子(でも絵を見る限りかなりカワイイ)が、やってきた転校生の男子に恋をするというものだった。


 その転校生がやってきてから数日は、まるで芸能人をファンが取り囲むような状態が続いていた。

 主人公もクラスメイトと同じく、少し幼く見える、カッコ良くも可愛い転校生が気になるのだが、あまりの人気ものっぷりになかなか接点を持てずにいた。

 しかしついに、主人公にも友好関係を築くチャンスがやってくる。

 下校時に偶然前を歩く彼を見つけた主人公は、どのあたりに住んでいるんだろう? と後をつけてみることにした。するとビックリ、彼が門を開けて入っていった一軒家は、主人公の家から徒歩五分のところだったのだ!

 驚いてその姿をじっと見ていると、何を思ったのか、不意に彼がこちらに視線を向け、二人は見つめあうことになった。


 という展開である。


 学校で三人を待っている時に借りたばかりの漫画をそこまで読んで、ふと顔を上げると時間が四時半を過ぎてしまっていた。


 続きが気になってもっと読んでいたかったのだが、さすがに今から続きを読み始めたら、時間を忘れてしまってスーパーのタイムセールに遅れる。そう思った杏奈は彼女たちに向けて先に帰るとメールをし、学校を出たのだった。



 そんなことがあり、昨日は三人と会わずに帰ることになったのだが、彼女たちが遅くなった理由は、面白い部活を見つけたということではなかったようだ。


 部活の用事とは結局なんだったのかと訊ねてみると、

「部活見学をしに行ったと言うよりは、入部届けを出しに行ったという感じじゃな。今は部員数がゼロの部活じゃが」

 真奈はこう説明してくれた。


 既に、入部する部活は決まっていたらしい。

 では、なぜわざわざ部員数がゼロの部活に入部届けを出しに行ったのか。


 この学校には、部員数ゼロの部活が年度初めの入部受付期間で三人以上の部員が確保できないと、そのまま廃部になるという決まりがある。

 だからといって、真奈たち三人はその部活を存続させるためだけに入部したわけではないはずだ。なぜなら、これまたルールの一部に定められる「入学から一学期の間は部活などに所属しなければならない」という決まりにある。


 このルールがあるおかげで、いつも年度初めには、部員数ゼロの部活がそれなりの数存在することになるそうだ。


 幽霊部員となっても何も言われない神海高校では、一年生たちは決まりを守るために仕方なく部活に入る。しかし、その期日が過ぎたからといってわざわざ退部届けを出すこともしない。

 そのまま時が過ぎ、三学期末に行われる部活の在籍更新期間に決められた書類を出さないと、新年度からはその部活に入っていない状態、つまり退部したとみなされる。そのため、自発的な退部手続きはしなくてもいいのだ。


「まあ、どうせ席を置いておくだけじゃからな。うちはどこでも良かったし、晶について行ったわけじゃ」

「そりゃ、入っていれば何でもいいなら、入部届けも適当に出しちゃうよな。だから毎年この時期、部員数ゼロの部活が大量に出ちゃうんだろうけどさ」

「ははっ、幽霊部員しかいない『幽霊部活』じゃもんな。そりゃそうなる」


 年度末の部員調整は、部費削減を目的として行われているようだ。


 だったら、『幽霊部活』に部費を出さなくてもすむように、新入生に対して入部の強制をやめればいいのにと杏奈は思っている。少し考えればすぐ分かるが、結果的に部費の削減があまりできていないはずなのだから。


「しかし、うちと紗江は活動しない部活でも良かったんじゃが、どうも晶はやりたいことがあるらしくてな。部活をする気満々なんじゃ」

「へぇ、やりたいこと……か」


 あの活発な少女のことだ。頭の中では高校三年間のうちにやっておきたいことを色々考えているに違いない。

 その一つに部活での活動が含まれるということは、かなり青春あふれる高校生活を思い描いているのだろう。杏奈の想像の中には、背景にばらの花が咲き乱れる晶の姿があった。ばら色の人生というやつである。


「で、何の部活に入ったんだ?」

 当然の疑問を杏奈が投げかけると、真奈は苦笑いを浮かべて、

「被服研究部じゃよ」

 と言った。


「被服? 晶ってそういう細かい作業ができるのか」

「そうは見えんじゃろ? しかし、実際やらせてみるとすごいんじゃ」

 集中力も半端ではないしな。そう続けると、真奈は何かを思い出したのか「ははっ」と呆れたような笑い声を出した。


「そのくせ、普段はゴスロリしか着ないんじゃがな」

「ごすろり?」


 ゴシック&ロリータ。そのファッション名を知らないらしいく、杏奈は真奈の言葉をどのように受け取ったのだろう。ぷっと小さく噴出すと、それ以上笑い声を出さないようにこらえながら言った。


「どういうのか知らないけど、背が小さいことを気にしてる割には、何か子供っぽいイメージがするな」

「いやいや、別に子どもっぽいわけじゃないんよ? 子どもっぽさは出るが」

「どう違うんだそれ」

「んー、何と言ったらいいのか」


 真奈はその質問に言葉で答えることを諦め、スマートフォンを取り出すとブラウザでゴスロリの画像検索結果を表示し、画面を杏奈に見せた。


「言うより見る方が分かりやすいじゃろ」

「ふーん、これがゴスロリか……」


 真奈のスマホを手に取ってその画面を見つめた杏奈は、

「西洋人形みたいな服にしては黒ばっかりで、メイド服にしてはフリルが多いな」

 思ったままの感想を口にしたのだった。


「イメージとしては間違っちゃおらんが……。しかし、その用語がわかってゴスロリを知らんとはな」

「昔、その手の服を着せられたことがあったんだよ……」


 まだ男だった頃。七海の悪ふざけによって、彼女の女友達数人に囲まれて無理やり女装させられたトラウマが、杏奈の脳裏によみがえっていた。あの時撮った写真には、多少の化粧もしていたとはいえ、どこからどう見ても女にしか見えない自分の姿が写っていたのだ。


 その写真を見たクラスの男子たちが本気で「謎の美少女現る」と大騒ぎしたことは、当時は笑えない思い出話の一つとなっていた。


 女になった今でも杏奈が男っぽい服装を好むのは、体に女の子用の服を当てながら鏡を見ただけで、あの時の光景を思い出してしまうからというのが理由の一つになっている。


 しかし女になった今となっては、ただ単に「かわいい自分が苦手」と取られるだけだ。


 杏奈にそんな苦い思い出があるとは知らない真奈は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ほほう。普段が男みたいな服を着とる杏奈のことじゃ、さぞ可愛い女の子に変身したんじゃろうなぁ」

「やめてくれ、あまり想像したくないっ!」

 杏奈にとってそのトラウマは深く傷を残しているようで、それに怯えるように肩を抱いて縮こまってしまった。


「何を言うのさ杏奈。カワイイ自分を見せたくないなんて、どうかしてるよっ!」


 そこへタイミング悪く、晶が近くにやってきた。

 この話の中に入ってきた彼女は、今の杏奈には天敵としか思えない存在だ。被服研究部に入った彼女は、恐らく自分や周りの人間に似合う服はどんなものか、常に考えているはずなのだから。


 杏奈にしてみれば恐怖の大魔王と化している晶は、慣れた様子で真奈の膝の上に座ると体の向きを後ろの席へと向け、どんっと机を叩いた。


「杏奈は絶対、女の子らしい格好が似合うはずなんだよ」

 そして、とんでもないことをのたまい始める。杏奈は拒絶の姿勢だ。


「いや、似合わないって」

「似合う!」

「似合わない」

「似合う!」

「似合わない」

「似合うって!」

「似合わないよ……」


 杏奈のあまりにも真っ直ぐな拒否反応に、晶は腕組みをして「うーん」と唸った。


「困ったなぁ。これじゃー部活で作った服を着せるモデルがいなくなっちゃうよ」

「ちょっ! 何でわたしがモデルに選ばれてるんだよ!」

「え? だって初めて会った時からこう、キュピーンと来てたからさ」


 晶は言い終わるよりも早く真奈の膝の上から飛び降り、両手で親指と人差し指の輪を作ると、それを両目に当てて杏奈をジーっと見つめた。


 恐らく双眼鏡かメガネをイメージしているのだろうが、その格好は観察というよりも覗きに近いイメージをさせる。下心丸見えだ。

 そんな晶の視線に、杏奈は引きつった困惑の表情を浮かべたまま、体を少し後ろに引いていた。


「こら晶。そうやって調子に乗るから、お主は嫌われるんじゃろうが」

 真奈はそう言いながら晶の腕を引っ張って杏奈から遠ざけると、握った拳を頭の天辺にぐりぐりと押し付けた。


「お主がもう少し気を遣って考えられるようになれば、変なトラブルに遭わずに済むんじゃ。昨日のことをもう忘れたのではなかろうな?」

「痛い、痛いってば!」


 真奈の攻撃から抜け出すとその部分をしばらくさすっていたが、痛みがある程度落ち着いたところで晶は口を尖らせた。


「あれはボクのせいじゃないよ。他にもいっぱいいたじゃないか!」

「いや、そうではなくてじゃな。お主が大人しく部室欄に被服室と書いておれば、あの騒ぎに巻き込まれずに済んだと言っとるんじゃ」

 そう言うと真奈は少し怒ったような目で晶を見て、ふぅと小さなため息を吐く。


 そして杏奈は、話題が昨日二人にあったらしい出来事へと移ったことに、ホッと胸をなでおろすのだった。

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