5
「すみません。クローム嬢。イドラを嫌いになっても我がギルドは嫌いにならないで下さい」
「保身に全力を傾ける女。てか俺とのノリ抜けきれてないぞ」
身内ノリは身内だけ。これ鉄則よ。
なんとかアリサが場を整えてくれたおかげでやっと会話をすることができる。
この子は化けるね。西側筆頭の大商会の令嬢とギルド幹部を前にして怖じ気づいてない。
「改めて、イドラ殿。ありがとうございました。あの時助けて頂かなければどうなっていたことやら...」
「いえいえ全ては貴女の幸運の為せるわざですよ。それより、どうして貴女はシスイに接触することになってしまったのでしょう。奴のtriggerは洗脳。今までの犯行も一度接触して洗脳し、人気の無いところに自らの意思で来させ、遺体が見つかる頃には行方を眩ますことに成功していた」
昨日から気になっていた。大商会の令嬢であるクローム嬢に近づくことは容易では無い。
「実はあの男は我が家に長らく奉公してきた爺やを既に洗脳していたのです。後は、信用の厚い彼を利用し、気付かぬうちに接触を許していました」
なるほど。執事と言えば燕尾服に白い手袋。洗脳時に現れる手の甲のタトゥーは気付かれにくくなる。恐らく今までも身近な者を先に洗脳してから、目標を落とすという手順だったのだろう。家族が突然家から居なくなった時に誤魔化す役目もある。自分が洗脳されているかどうかなど分からないように記憶を消す事も容易だったはずだ。
となれば...
「アルメイア、あいつのtriggerの全貌が見えてきたな」
「ええ」
「お聞かせ願います。私の命を狙った男の把握をしておきたいです。triggerがどんなものかについては予習済みですから」
ほう。一歩遅ければという状況を経験したにも関わらず、か。商会の才女は噂に聞いていたが...
良い眼だ。
「分かりました」
まず、シスイの能力は非物理の泡を一定範囲内に発生させ、着弾した瞬間に洗脳。これは間違いない。
問題はtrigger発動の鍵。これを解明することには意義がある。
未だケースの少ないtriggerの系統化。
あとこれは念のためだが、奴の死刑は確定とは言えまだ執行されていない。昨日の夜に昏倒させてからまど目を覚ましてはいないと思うが万一、脱走された時に奴のtriggerの情報を共有し、被害を最小限に抑える。
本題だが、やつの鍵は何だったのか。それは恐らく執着の感情だろう。まぁこればっかりは正確なことは言えないが。
根拠として、奴の家庭環境がデータとしてギルド間で共有されたものがある。
奴の両親はシスイに対し過剰な暴力を与えていたそうだ。それでもその日その日を生きることができていたシスイに決定打が下される。
増税の徴収目的でやって来た役人がtriggerを使い奴の両親をシスイの目の前で自殺させた。
この時、シスイは目覚めた。
triggerで役人を洗脳し、崖から落とした。
これは俺たちの体験談もあるが激しい感情の発露、triggerの発動を目にした時の共鳴作用か何かで目覚める場合が圧倒的に多い。
これらの条件が重なった上、シスイは適正があった。
こうして見ると役人の能力も洗脳に近い。シナジーか、はたまた分裂か増殖か...話が逸れたな。
愛とは執着だ。生きる事とは執着の連続だ。
執事はクローム嬢や商会を愛していただろう。
シスイはやはり親を愛していたのだろう。
役人は経歴を洗えば同じような事を繰り返していたことが判明した。役人も何かしらの執着に囚われていたのだろう。
生き延びたシスイは愛に飢え、女性を殺すようになった。殺すことがイコール愛だという風に価値観が捻じ曲がってしまったのかも知れない。
余談だが、グレーは憂鬱といった暗い感情を表すこともある。
経験則に則れば、非物質系は条件を複数持つ場合がある。
シスイは普通ではいられない自分に鬱屈とした感情を抱いていたのかもしれない。
真実は奴だけが知っていることだけどな。