第三話 「メルクリウス」
街の四方は堀で囲まれており、唯一往来できるのが大きな石橋なのが確認できた。石橋の先の左右門前には衛兵が待機している。
石橋を馬車で走っていくと、衛兵にとめられた。
「こちらで手続きのほうお願いします」
検問のようだ。
これ幸いと、後ろからフランが降りてきて衛兵に声をかける。
それをみた衛兵が
「エアリアル商会のフランお嬢様の馬車でございましたか」
特にこれといった家紋や装飾がされていないためどこの誰が乗っているのかは判断できないのであろう。
フランは衛兵に先程襲われた旨を説明し、盗賊一人を捕縛していると伝えた。
話を聞いた衛兵はもう一人の衛兵に手が空いてる衛兵を呼んできてくれと伝える。話を聞いた衛兵は走って街の中へ消えて行った。
「フラン様はお怪我の方はございませんでしたか?」
「私は大丈夫なのですが従者の二人が私たち庇って手傷を負いました。魔法で応急処置の方は済んでいますので館で早
めに療養させたく思います」
フランは衛兵にそう伝えると、先ほどの衛兵が4人ほど引き連れて戻ってきた。盗賊はその衛兵たちに引き渡し、詳細がわかり次第フランに伝えると言ってきた。
フランは話を終えるとアレクが乗っている御者席に乗った。目的の館まで案内するためだ。
街に入ると隣に座ったフランから指示が出る。アレクはその通りに場所を走らせた。馬車から街並みを観察する。
「結構な賑わいですね」
アレクは思った事を口にした。
実際に日本でいうならば原宿の表参道並みの人通りと馬車の往来である。
それを聞いたフランはクスッと笑いながら
「なんて言っても商業が盛んな街ですからね」
そう説明されて何となく納得した。
道行く人を観察していると動物の耳や尻尾が生えた人間を見かける。それとゲームやファンタジー小説等で得た知識から察するにドワーフやエルフにリザードマンと思しき存在を発見できた。
「あの耳や尻尾は本物なのか?」
アレクはフランに聞いた。
「アレクさんのお国ではいらっしゃらないのですか?みんな大地神レアルース様の加護を色濃く受け継いだ人たちです」
少なくとも本物の耳と尻尾を生やした人間は自分の世界では居なかったと口にしそうになった。それと聞きなれない神の名前を聞いたアレクは、とりあえずこの世界でその神の加護を受けたものは耳や尻尾が生えるという程度には理解した。フランの『加護』と言う言い方かた何かしらの身体的な能力を秘めているのだろう。頭の隅に忘れずに覚えておこうとアレクは思った。
アレクは馬車をフランの指示通り走らせてしばらくすると大きな館が見えてきた。
館の前まで馬車を走らすと、館の前に立っていた執事と思われる男性がこちらに気づく
「お嬢様おかえりなさいませ」
石階段から降りて馬車の横にきた執事は甲斐甲斐しく頭を下げた。
再度場所の御者席を見るて「そちらの方は?」次にヒューズとハンスが見えないですがと伺ってきた。
フランが事情を執事に説明すると、執事は驚きを浮かべると同時に姉妹を守った
アレクに感謝を述べた。
「本当にフラン様とミラ様を助けてくださってありがとうございます。当主の方には私から伝えておきますので館の中でお待ち下さいませ」
馬車と怪我人の二人を執事に任せアレクと姉妹は館に入った。
目の前の大きな階段の左側が応接室らしく、そこに案内される。フランにどうぞと席へと促された。
アレクは部屋の調度品に見惚れていた。先ほどの衛兵からの扱いや、館の外観からも想像はできたが
相当な名家なのであろう。
アレクを真ん中に左右にフランとミラが座った。アレクはさてこれからどうするかと思案する。
言葉は通じるが、常識というものは絶対的にずれていた。
代理戦争、戦争と名が付くものなので命のやり取りは覚悟していたが
先程街中で見た異種族達、そして魔法の存在を考えるとある程度この街で情報を
集めるのが得策だと考える。
「アレクさん、どうしたんですか難しい顔して?」
フランがアレクの顔を覗き込むように聞いた。
アレクは少し強引ではあるが仕方ないと口を開く
「あのフラン、実は僕記憶がないんだ。目が覚めたら草原で寝ていてそこから声が聞こえてフラン達の元に駆けたんだ。だからさっきどこの出身かって聞かれた時も東の方の国ってことだけを朧げに覚えていただけで他のことは覚えていないんだ。だから冒険者の話も怪しまれないように話を合わせただけで何もわかっていないんだ……」
言った後に少し無理があるかもしれないとアレクは思った。だが変に墓穴を掘って怪しまれるよりかはマシだ、そう思い直しフランとミラの反応を待った。
「……アレクさん記憶喪失だったんですか。それなのに真っ先に私達の元に駆けてくれて助けてくださったなんて、この街にいる間は私達にできる限りの事をさせてください」
少しでもお礼がわりになるならばとフランはそう申し出た。アレクはすんなりと受け入れられたことに
肩透かしを食らったが結果的には万々歳であった。
そう話していると応接室の扉が勢いよく開いた。
「フラン、ミラ怪我はなかったか?」
扉の方に目をやるとラウンド状の髭を生やした大柄と言った言葉が適切な、動物に例えると熊のような男がこちらに歩いてきた。
「はいお父様。大丈夫です。アレク様が私とミラを助けてくださいました」
「アレクおにーちゃんすごく強かったんだよ。盗賊達を一瞬でやっつけちゃったんだから」
大柄な男は姉妹の父親だったみたいだ。それといつの間にかミラに「おにーちゃん」と呼ばれてることに気恥ずかしく思ってしまうのはなぜだろうかと思った。
フランとミラの父親はアレクを見やると
「娘達を助けてくださって何とお礼を言えばいいか……。できる限りのことは尽くしますので何なりとこのバレロにお申し付けください」
フランとミラの父親バレロはアレクに感謝の気持ちを述べた。
「お父様、アレクさんは記憶を失っているらしいのです。私はお力になりたいと思っています」
もちろんだとも、とバレロはフランの言葉に頷いた。
「お心遣いありがとうございます。ところで盗賊に襲われる理由に心辺りはあるのですか?」
この世界だと日常茶飯事的に金持ちは襲われるのが慣習なのか、それともこの世界でも
襲われるということはイレギュラーであるのかが心に引っかかっているためにアレクは質問した。
バレロはアレクの質問に即答はしなかった。
指で顎の髭を撫でながら考えるような仕草をとる。
「……多分なのですが、近日中にある品物の独占販売権の入札があるのですが、それに対する妨害行為だと考えられます」
人質をとってまで入札妨害をする品物がなんなのかアレクは単純に気になった。
「その品物とは何なのでしょうか?」
「ポーションと言う品物でして、回復魔法を使わずとも治癒能力を有する魔法の水があるのです」
「……ポーションとはあの赤とか青の液体ですか?」
バレロはアレクの言葉に驚いた。
「アレクさんはポーションをご存知なのでしょうか?まだ一般公開はされておらず、私ら商人が知っている程度の品物なのですが……」
アレクはしくじったと思った。
ゲームと言う物をプレイした事がある人間ならば常識的に知っているアイテムの名である。
まさか転生先の世界で同じ名前で同じ効能の物があるとは思わなかった。
「もしかしたらアレクさんはどこかの商会に関係している方なのもしれませんね」
勝手に誤解してくれて助かったとアレクは安堵の息をはいた。
だが魔法があってポーションがない世界というのがアレクには想像できなかった。
今までやってきたゲームの中であれば、初期のイベントリーに入っているような普遍的なアイテムでその後に回復魔法を覚えるのが定番だ。
順番が逆なのではと思ったりしたが、これはゲームではなく現実なのだ。
「えーと、僕も何故知っているのが疑問に思っているところです」
バレロは目を細めた。アレクのつま先から頭の先までを見やる。
アレクはバレロの値踏みをするような目線に少したじろいだ。
「少なくともその剣の立派な装飾を見るに少なくとも庶民と呼ばれるような人物ではないしょうな。貴族か豪商に連なるお方だと私は拝見させてもらいました」
そこでバレロの言葉にミラが口を挟んだ。
「アレクさんすごく強いんだよ。私達を襲ってきた盗賊を一瞬んで倒しちゃったんだ」
バレロは娘の言葉を聞いて「ふむ」と考える。
「剣の腕も凄いとなるとやはり貴族か、もしくは高ランクな冒険者の可能性も出てきました……」
バレロがそういうと、扉の方から足音が聞こえてきた。
「いやぁー冒険者はないんじゃないかなぁー」
アレクはそういう声の主を見やる。
ひょろっとした高身長な男、口髭を蓄えたその男はアレクをつま先から足元までを見てきた。
「その女の子みたいな男、いや男の子かな。その子が盗賊の一団を倒したっていうのかい?とても信じらてないねぇー」
男は訝しげに言った。
「ピエール!失礼であろう!娘達に何もなかったから何も言わないが、もしも何かあったら貴様の所の団長にこの不祥事を報告したぞ」
「はぁー。バレロさんよ。確かに俺はあんたに雇われているよ」
深いため息を吐いてから軽く息を吸うと一瞬でバレロの前に詰めた。そして流れるような動きで短剣を引き抜きバレロの首元に突きつけた。
「だがなぁ……。別にあんたの下に付いたわけじゃないんだわ。口の利き方を間違ったら殺すよ」
場の空気が凍った。
フランは口に手を当て、ミラはお父さんと叫んだ。
バレロはたじろぎ、額から汗を垂らす。
「じょーだんですよ。バレロさん」
数秒の間の後ピエールは短剣を柄に収め笑う。
「いやぁー。一応ヒューズも同伴していたわけでしょ。あいつも元うちの傭兵団の一員だったわけだし、俺もあいつがあんなに弱かったとは露程も思わなかったんだわ。だから責められるのは俺じゃないと思うのよ」
そう言って顔は笑っているが、目が笑ってないピエールはアレクを横目に見ると踵を返して部屋を出ていった。
アレクは試されたなと踏んだ。
「あの跳ねっ返りが……。お見苦しいところをお見せしました」
「彼は誰ですか?」
「剣狼と言う傭兵集団の一人で私が雇っているピエールという者です……」
「傭兵集団ですか……」
傭兵集団。ギルドや血盟みたいな物なのだろうか、アレクは疑問に思って質問する。
「傭兵集団はギルドみたいなものですか?」
「その解釈で概ね間違ってはいないですよ。ただ傭兵団と呼ばれているのは戦闘に特化している者達が主になっています。護衛や戦争等が主な仕事です。冒険者ギルドと呼ばれているのは主に人探しやモンスター退治などの依頼を主にしている場所を指しています」
だが線引きが曖昧なのでごっちゃにしている者がほとんどだとバレロはアレクに教えた。
「彼以外にも雇っているんですか?」
「例の入札までの間10人程雇用する契約を結んだはずなのだが、何故かピエール一人しか来ていないんだ。ピエール曰く遅れてくるとの話だったのだが、明後日がその入札なので流石に遅すぎる……」
バレロは首をかしげた。
アレクはその話を聞いて嫌な感じがしてバレロに提案する。
「バレロさん。よかったら僕を雇ってくださいませんか?」
バレロはアレクの突然の申し出に驚いた。
「とてもありがたいですが、よろしいのですか?こちらとしても盗賊を一掃できるだけの実力者を雇えるのは渡りに船ですが……」
「僕も旅銀を持ち合わせてないみたいなので何かしら仕事をしようと思っていたので雇っていただければと思いまして」
旅銀ならば娘達と助けていただいたお礼にそんなことをなさらずとも差し上げますとバレロは言うが、アレクは記憶を取り戻す手がかりになるかもしれないからと願い出た。
アレクのその申し出を断る理由もないバレロは感謝しますと頭を下げた。
「ところで雇用契約は冒険者登録しないとできないんですか?」
「そうですね。一応依頼という形で出す事になりますので登録の方だけお願いいたします。依頼書を今書きますので、登録が済みましたらそのまま受付にその紙を出してくだされば係りの者が手続きを進めてくださいます」
そういうとバレロは少しお待ちをと書斎へ向かった。
「さっきはびっくりしたよ……」
ミラは大きく息を吐いた。
「私あの人苦手なんです……。横暴というか、力でなんでも解決できると思っている感じがどうしても……」
フランもピエールについて口にした。
「ピエールさんって小言を言われるたびにバレロさんに剣を突きつけてるの?」
「いえ、剣を引き抜いて突きつけるのは初めて見ました。もっとも街の中で横暴な態度をとっているのは頻繁で、その度にうちの商会に苦情が入ります……。なんでお父さんもあんな人を雇ったのでしょうか……」
なるほどとアレクは思った。
先程のピエールは剣を抜いてバレロに剣を突きつけるまでの間に殺気はまったく感じ取れなかった。
そしてこちらの手元を伺う視線を感じて居たアレクはやはりこちらの技量を試したわけかと思い、バレロさんには悪いけれど剣を抜かなかったのは正解だったと確信した。
「ミラとフランが僕を冒険者ギルドまで案内してくれるのかな?」
アレクがそういうと二人は「喜んで」と答えた。
しばらくすると扉の方からバレロが戻って来た。
「ではアレク様この依頼書とこちらをお持ちください」
アレクは依頼書とずっしりとした野球ボールサイズの袋を受け取った。
袋を開くと中には金貨がずっしりと入っていた。
「……これは?」
「もちろん以来とは別で、先程のお礼だと思ってください。色々と必要なものもあるかと思いますのでよろしければ使ってください」
この世界の貨幣の価値はわからないが、これだけの金貨となると相当な金額だと思い、返そうとすると断られた。
強引に返すのも悪いと思いアレクは感謝の言葉を述べてその金貨の入った袋をありがたくいただくことにした。
「では参りましょうか」
フランはそう言ってアレクを先導した。
屋敷から歩いても近いらしく、街を案内するのも兼ねて徒歩で行こうというフランの提案にアレクは賛同した。
街の舗装はしっかりされており、石畳と建物がアレクの中のヨーロッパ像を連想させた。
ガソリンと言う物がないのかそれともまだ発見されてないだけなのかはわからないが、排気ガスがない世界はとても空気が澄んでいて吸う空気が肺を幸せにさせた。
アレクはこのタイミングで聞いとくかと思い口を開く
「……ところで魔法って誰でも使える物なのか?」
もしも常識的な知識であるならばぽっかりと忘れているのは不自然な可能性があったからだ。
「えーと、得手不得手はありますが全員使えるはずですよ……」
フランは不思議がって首を傾げた。
「どうやって使うんだ?」
「こう、イメージするんです。例えば誰かが怪我をして、それを治したいと思ったならばその傷が塞がっていく様をイメージすると頭の中で呪文が浮かんでくるんです」
例えば、と言ってフランは右手の人差し指を上に向けライターの火のような物を発現させた。
その火は安定してゆらゆらと揺れていた。
「ポイントは大気のマナと自分の内からのマナを感じる事です」
そう言ってフランは説明した。やってみてくださいとアレクは言われたが、呪文など頭の中に浮かんではこなかった。得手不得手があると先程フランが説明してくれたのもあって、自分は魔法があまり得意なようには作られてはいないんだなとアレクは勝手に納得した。
「……おかしいですね。全く使えないとはずはないと思うんですが」
「お姉ちゃん、グランドマスターの所に行ってみるのはどうかな?」
納得がいっていないフランにミラは提案した。
確かに、とフランは名案だと手を打った。フランの話によると剣技や魔法等の技術を達人の域にまで極めし者をグランドマスターというみたいだ。そしてミラが言ったのは魔法に関してのグランドマスターらしい。だがまずは冒険者登録を済ませなければいけないためにその後に向かうことになった。
登録は冒険者ギルドが行なっているらしく、依頼もそこで受けられるらしい。
しばらく歩きながら話していると、「あれがそうです」と教会のような外観の建物を指しフランが言った。
しばらくは設定等のお話になりますが、その後熱いバトルシーンを挟む予定です。
よかったら継続して読んでいただけたら幸いです。