プロローグ 「始まりは突然に」
転生後からのストーリーを見る場合は第一話から見ても大丈夫です。面白いなと思っていただけたら後ほどプロローグの方見ていただけたらと思います。
暗くなった夜道を車のライトが照らし、視界にイルミネーションを映し消えていく。
体は重く、前に進める足が重い。
「あー疲れた」
僕はそう呟き、手に持った缶ビールを開けた。
プシュと心地よい音が耳に響く。
缶を口元に持っていき、勢いよく口に流し込み喉を鳴らす。
「やっぱ仕事終わりのビールは染みるなぁ」
炭酸が喉を刺激し、水分が乾いた体に染み込むのを感じ
自分にだけ聞こえる程度の声でそう呟いた。
この時期特有の生ぬるい風が頬を撫でる。
缶は外気との温度差によって汗をかく。そんな缶を口元に持って言って
再度ビールを流し込む。
体はだるいのに冷たいビールが頭を妙にクリアーにしていった。
ふと自分の半生について僕は考え出した。
いつからだろうか、永遠回帰のような日常に慣れそこに疑問を抱かなくなったのは。
大学を出て、周りに合わせて社会人になった。特にやりたい事はなかったが、それでも
何もやらないよりかは何かをやっていた方が何も考えずに楽だった。
それが最近になってふと思ってしまった。
果たして俺が生きたかった人生とは
周りに合わせて生きる事だったのだろうかと言う単純な疑問が頭をめぐる。
幼少期に抱いた将来の夢はゲームの中の勇者だった。
未開の土地を仲間と共に旅をドラゴンを倒しお姫様を助け出す。
そんな物語の主人公になりたかったそれが僕、草薙司だ。
缶ビールを飲みながらそんな事を夢想していると、つま先に何かが当たったのを感じた。
気になりそのつま先の方を見やると財布が落っこちていた。
司はそれを拾い中身を確認した。
束になった一万円札と有名なカード達が綺麗に収納されているのを確認できた。
「どれだけ金持ちだよ……」
司は少しばかり魔が差しそうな気持ちを抑え
この近くの交番に届けようと携帯で検索をかけた。
検索結果によると少しばかり歩いたところに交番があるらしい。
司は携帯の案内に従って交番へと向かった。
「すみませーん。落し物を拾ったんですけれど」
ガラス扉を開けて誰かいないか問いかける。
呼びかけが聞こえたのか奥の扉が開き、お巡りさんが
表に出てきた。
「はいはい、どうしましたか?」
司は道端で財布を拾ったと伝えた。
「ではこちらの紙に記入お願いしますね」
そういってお巡りさんが僕の前に紙を差し出してきた。
司はそれに合わせて拾った財布を机に置いた。
「名前と連絡先と電話番号と拾った日時・場所をお願いますね」
そう言うとお巡りさんが財布の中身を確認しだした。
「あれまぁー。結構な額と身分証明証とか色々と入ってるね」
そういって中を一緒に確認して、謝礼を望むかと聞かれたが
「いやー。落とした人も困ってるでしょうし、権利は放棄しますよ」
そういって立ち去ろうと思ったタイミングで交番のドアがガラガラと開いた。
「あのー、財布の落し物などなかったでしょうか?」
可愛らしい女性の声が後ろからした。
振り返ると黒髪で小柄な20前半であると思われる女性が立っていた。
「どのようなお財布ですか?」
とお巡りさんが聞くと同時に、女性は机の方を見やり
「その財布です」
と指をさした。
「ちょうど今この男性が届けてくださったんですよ」
お巡りさんがそう言うと女性はこちらを見て頭を下げた。
「わざわざ届けてくださってありがとうございます」
顔を上げた女性は嬉しそうに笑っていた。
良かったと思い、この気持ちを肴に家で飲み直そうと決めた。
それじゃあと失礼しようとすると、女性が「あの」と声をかけてきた。
「良かったらお礼にお食事でもいかがですか?」
いきなりの誘いに司は少しばかり考えた。
お礼として食事をご馳走してもらう。ここまでは良い、だがまだ出会って数分。
もっと言うならば一言二言喋っただけの異性を食事に誘う。しかも逆ナン的な立場でだ。
以上の観点から僕はハニートラップの一種なのではと逡巡した。
グズグズしていると女性が
「いきなりのお誘いで迷惑だったでしょうか?もしくは誰かと待ち合わせの約束がありましたか?」
身長差がある程度あるので、上目遣いっぽく僕に尋ねているように見えてしまう。
そこで司は思った。仮に壺を買わされたとしても一人暮らしの独身貴族故に
多少ゆとりがある懐が痛くなる程度か、そう思い
「じゃあ、ご馳走になっても良いですか?」
女性は笑顔になり
「じゃあ行きつけの焼肉屋さんにしましょう」
そういってタクシーを拾い、運転手に目的地を告げ僕たちはその焼肉屋に向かった。
車内でまず女性の名前を聞いた。話す上で相手の名前がわからないのはやはり話しにくいものだ。
女性は神乃美夏と言うらしい。それと僕の方も自己紹介をしてその後たわいない会話をしている
うちにタクシーが目的地に着いた。
代金を払い、降りる。タクシーは焼肉屋の目の前につけてくれてみたいで
僕たちはそのまま店内に入った。
「いらっしゃいませー」
元気な店員の声が響いた。
店員が近寄ってきて神乃の顔をみると
「あ、神乃様いつもありがとうございます。すぐにお席をご用意させていただきますね」
僕は今の会話から神乃が結構な常連なのだと想像した。
数分待つと先ほどの店員が「おまたしました」と僕等を席に案内した。
正確に言うとそれは席と言うよりは個室であって、VIPルームであった。
「司さんどんどん頼んでくださいね」
流石に女性に年を聞けなかったが、多分年下であろうと思われる相手に
遠慮なく奢ってもらうには複雑な気持ちになりながらも僕はメニューから食べたいものを
オーダーした。
店員がまず生ビールを運んできて、僕達は乾杯をした。
「ところで司さんは何故お財布を交番に届けたんですか?」
唐突な質問に僕は口に含んだビールを吹き出しそうになった。
「え、何故ってどう言うことかな?」
落し物を拾ったら届ける。常識的なことであって別段特別な事ではないと僕は思っていたので
「届けるのが普通じゃないですか?」
「なるほど。司さんからしたらそれが当たり前で、当たり前のことをしたまでってことですね」
僕はなぜそんなことを聞いてくるのか理由がわからず、少し考え込んだ。
「神乃さんからしたら、届けないほうが普通だと思うんですか?」
僕は彼女に質問をした。
「いえいえ、そういうわけじゃないんですよ。ただ司さんの性質を知っておきたいなとおもいまして」
彼女はそういうと、ビールをもう一口喉をならして飲んだ。
「ところで司さん。これも何かの縁ですし、お願いを聞いていただけませんか?」
唐突な言葉に僕は訝しげに首をかしげた。お願い、さてなんであろうか。
「実は私はこの世界の神様なんですよ」
僕はまたしても口に含んでいたビールを吹き出しそうになった。
「ゴホッゴホッ…。急に冗談言わないでくださいよ」
僕は苦笑いを浮かべながら彼女をみた。
「いえいえ。唐突すぎて信じられないでしょうけれど、本当です」
大真面目な顔で彼女はそういった。
「えーと、神様と言うと俗に言う僕達を作った創造主様ですよね?
僕の勝手なイメージなのかもしれないですけれど、神様って髭をたくわえた老人の
イメージなのでどうも信じられないのですが……」
司は遠回しに否定的なニュアンスを込めて彼女にいった。
「うーん、確かにあれが神様だと思っている人に今の私が何をいっても
信じてはもらえないわよね……。一番簡単なのは力を見せることだけれど……」
彼女がそう話していると店員がテーブルに肉を運んできた。
そのタイミングで彼女は指を弾いた。
「これで信じてもらえたかな?」
彼女がそう言うと、あたりが静寂に包まれていることに気づいた。
先程までの店内で話していた人間の声は消え、痛いほどの静寂が耳にあった。
そしてテーブルに皿を置こうとしている店員がその動作途中で完璧に静止していた。
それに伴い彼女の雰囲気も変わり、目に映っている姿は変わらないはずなのに
異様なプレッシャーを感じた。
「これはなんのトリックですか?」
僕はそういった。
美花は司がそう言うであろうことも想定していた。
「トリックではなく現実なんですけれどね。でも人間という存在は人知を越えた現象を脳が理解することを拒否する。司さんの気持ちもわかります」
そういって、彼女はもう一度指をならした。
その瞬間に世界は音を取り戻し動き出す。止まっていた店員の腕も動き、テーブルに皿を置き肉の説明を始めた。
僕はその説明が右から左にすり抜け、手が汗ばんでいたことに気付く。
店員は肉の説明を終えると個室から退室した。
「で、その神様が僕になんのお願いなんですか?」
司はそういうと、喉が異様に渇いていた事に気付き手元のグラスをとりビールを喉に流し込んだ。
「なにもそんな難しいことじゃないですよ。簡潔に言うとですね……。私のかわりに戦争に参加してほしいのですよ。つまるとこ代理戦争ですね」
美夏は口の前で手を組み笑みを浮かべながら言った。
「代理戦争……?」
司は美夏に聞き返した。
「そう、ここではない異世界を賭けた異世界での代理戦争。私達、まぁ私達っていっても
司くんは私しか知らないわけだけれどね。そんな私達が全力で争った場合その地は荒廃の地になってしまいます。そんな世界は誰も欲しがらないでしょう?なのでスケールを小さくして神々の代理を立てて行うのが代理戦争です」
美夏は司にそう説明した。
司の頭の中では理解の限度を超え、既にまともな思考ができずにいた。
だがそれと同時に凄くシンプルな疑問が思い浮かんだ。
「なんで僕なんですか……?」
「なんで司くんだったかですか……。それは端的にいって、たまたま司くんだっただけですよ。
別にたまたまあの時私がわざと落とした財布を交番にそのまま届けてくれる誠実さがある人間だったら
誰でも良かったんです」
「断っても構わないんですか?」
「断っても構わないよ。ただ君が夢見た冒険の夢は途絶えることになるけれどね。
そしてそのチャンスは未来永劫に失われると思うよ。
これは君たちが言う宝くじに当たるなんて確率ではなく、奇跡みたいなものなんだよね」
まるで心を読まれているかのような発言に司はたじろいだ。だがそれと同時に決心もついた。
「正直、美夏さんが言っていることをそこまで理解しているわけではありません。
ただあなたが本当に神様で、さらに僕の心を読んだ上で今の発言をしたのならばその代理戦争僕が
あなたの下について参加させていただきます」
司の発言を聞いた美夏は満足げに笑い頷いた。
「特別な転生だ。大丈夫君は君が望む勇者になれるさ。その為の体を私が用意しよう」
そう言って美夏は色々な細かい事を司に説明し始めた。
主な内容は、神々の代理人は13人居てそれら全てを倒したものが代理戦争の勝者であり、
その勝者を使役して居た神がその世界を納めることになると言うことだ。
そして美夏は最後に
「それじゃあ7月7日の朝に司くんは転生することになります。
司くんが転生した後のこの世界の司くんに関する記憶は都合がいいように改変されるので特別なお別れをしないでも大丈夫です」
細かい事は転生後にお話ししましょうと美夏は言うと再度指を鳴らした。
司はその指に弾かれたおとを聞くと急激に眠くなり、視界が暗くなっていくのを感じた。
「神様都合で悪いけれど、7月7日って明日なのよね。それじゃあ異世界でまた会いましょう司くん」
既に意識のない司にそう言って美夏は部屋を出て言った。