鎖に繋がれた少女 五
「フェシル、隙があれば逃げろよ」
「どうしてよ」
「お前は…………この戦いに関係ないからだ。 これは俺達王と、あいつら神との殺し合いだ」
「…………」
俺の強い瞳に気圧されたように何も言えなくなってしまうフェシル。 俺達は踏み込めないでいる関係だ。 だからこそ、まだフェシルは関係がない。
「魔力解放…………」
刀に黒い魔力が纏う。 全てを切断する無敵の矛。 出し惜しみをして勝てるほど神々は甘くないのだ。
「黒刀・二連」
そして柄頭に黒い魔力で出来た鎖が幾つも紡がれていく。 俺の右手に伸びたそこから更にもう1本、魔力の刀が出来上がった。
「に、二刀流…………?」
黒い魔力を纏った刀と魔力そのもので出来た黒い刀。 この状態が俺の最強の状態にして本来の力と言える。
もちろん魔力の消費量が馬鹿にならず、精々1日2回が限度の技だ。
「私と同じ剣使いですか。 ですが…………私の剣技には勝てませんよ」
神は醜く笑う。 いいや、嗤う。 その表情はとてもじゃないが崇められる存在とは思えない。
神も両手に剣を創り出す。 精製魔法だった。
俺達は同時に動いた。 お互い同じ技で。
足に纏った雷がその速度を上昇させ、高速の剣技と化す。
何度も打ち付けられる剣と刀。 甲高い音が何度も周囲に響き渡る。 絶え間無くなり続け周囲を圧倒する。
「セイントフレイム!」
「炎殺剣・黒!」
炎を纏った互いの獲物がぶつかり合い、衝撃が地面を抉る。 その衝撃波が余波となって周囲の物を吹き飛ばす。
「雷殺剣・黒!」
雷を纏った剣を上段から振るう。 それを半身になって避けた神は右の剣の切っ先を俺の顔に向ける。
「エレキスピア!」
雷を纏った突き。 俺は咄嗟に首を横に倒して避ける。
突きを放った腕を左肘で上に上げ、体勢を崩させる。 大きな隙が出来た。
しかし隙につけ込むのは危険だ。 しかしここで引くのはもっと危険だ。 だからこそ、遠距離技である。
「風切・黒」
バックステップをしながら黒いカマイタチを何度も飛ばす。
神はその全てを避けながら俺と同様距離を開けた。
再び同時に踏み込む。 超高速にして1つ1つが重い攻撃だ。 先程斬り裂きまくった魔法とは桁違いなほどに。
上段から振れば下段から受け止められ、下段から振れば上段から受け止められる。 突きを放てば避けられ、蹴りを放てば蹴りで受け止められる。
互いが互いを攻めあぐねていた。
「残念ながら私はキミには負けませんよ」
悠然な笑みを浮かべた神。 同時に剣に大量の神力が込められた。
「セイントフレイム」
「炎殺剣・黒」
互いの剣技がぶつかり合い、再び周囲を衝撃波が襲う。
「ふふ、セイントフレイム」
「っ!?」
続けてもう一度放たれた攻撃に目を見開く。 間髪入れずに同時攻撃をするなど物理的に不可能…………のはずなのだがそういう次元の話じゃないのが俺達だ。
少し後退しながらギリギリ、紙一重で炎が纏った剣を避ける。
「まだまだ行きますよ。 セイントフレイム」
「くっ…………!」
幾度となく振られる炎を纏った剣。 俺はそれを避けながらどんどん後ろへ追い詰められていく。
「ひっ…………!」
「っ!?」
丁度背後にフェシルが震えるようにして座り込んでいた。 俺達の戦いに恐怖をしていたのだろう。
「フェシル! いいからとっとと逃げろ!」
「余所見していて良いのですか?」
「しまっ!」
神の炎を纏った剣で突いてくる。 咄嗟に黒刀で軌道をズラすも少ししかズレない。
「うっ…………!」
右肩が貫かれ、だらりと垂れ下がる。 その神力が毒となって全身を駆け巡った。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ふふ、良い声で鳴きますね」
「る、ルナ…………!」
剣が引き抜かれた瞬間、大量の血が噴き出した。 右肩が痛い。 刀を持つ力すら全て失ってしまった。
少し後ずさり、片膝を付く。 しかし視線は絶対に神から離さない。
「仲間がいなければ刺されることもありませんでしたのにね。 ふふ、あなた、本当に王様なのですか?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「る、ルナ…………!」
フェシルが駆け寄ってきた。 そうじゃなくてだな…………!
「いいから…………逃げてろ」
「嫌よ! なんで私があいつらと同じことを…………!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
痛みで視界が霞む。 肩を貫かれてこの威力かよ。 神ってどうなってやがんだ。
「主人を見捨てて逃げろだって? とんだお人好しの王様ですね」
「こいつは……仲間じゃねぇよ。 お前が勝手に勘違いして連れてきたんだろうが…………」
「おや、そうだったんですか? それは失礼しましたね。 でも…………現にあなたはこうして助けに来たのではありませんか」
「ごめんなさいルナ…………私の……私のせいで……」
目尻に涙を溜めたフェシルが全てを諦めたかのように泣いている。 そんな顔しないでくれよ。
「…………フェシル、お前だけでも逃げろ」
「る、ルナ…………?」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。 左手に掴んだ刀を強く握り締める。
「あはは! 時間稼ぎですか? 本当にキミは王としては相応しくないですね!」
「ルナ…………!」
不安そうに見つめるフェシルの頭に優しく手を置いてからゆっくりと歩き出す。
残りの魔力量だとか。 どうやったら勝てるだとか。 もうそんなことはどうでもいい。
ただ、フェシルが逃げる時間だけは必ず稼ぐ。 今の俺に出来るのはそれだけだ。
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「捨て身覚悟ですか? 殊勝なことですね」
大量の黒い魔力を纏った刀を振るう。 神はそれを受け止めるも、刀はその剣を砕いた。
「なっ!?」
「うらぁ!!」
更に力を込めて刀を振るう。 神は不利を悟ったのか後退し、俺の刀を避ける。
「セイントフレ––––」
「遅ぇよ!」
もう片方の剣で魔法を使おうとした瞬間、刀を振るってその剣も破壊する。
「確かに少し速くなりましたね。 だからなんだということですが」
追撃の刀を振ろうとした瞬間、神の掌底打ちが俺の腹部を捉える。
俺は口から血を吐きながら吹き飛ばされる。
「ぐっ! ゲホッ! ゲホッ!」
なんとか受け身を取り、間髪入れずに足を動かす。
フェシルが逃げたかどうか、確かめる隙すらない。 しかし出来るだけ。 そう、出来るだけ時間を稼がないと。
「そんな捨て身の攻撃、大振りすぎて当たらないですよ」
冷静に、そして淡々と刀が避けられる。
攻撃の隙を与えるな。 次の剣を精製させるな。 当たらなくてもいい。 殺せなくてもいい。 ただ、時間を稼がないと。
「強い王でしたが…………残念です」
カウンターの拳が俺の眼前に迫った。 それがえらくスローモーションに見えた。
あぁ、これが事故に遭う前の人間の感覚なのだろうなと、そう思ってしまう。
フェシルは逃げただろうか。 俺が殺された後に、すぐに神に追われたりしないだろうか。 上手く逃げ切って欲しい。
拳が俺の眉間を捉えようとした瞬間、聞き慣れたような、それでいて頼もしいくらいの銃声が聞こえた。
「なっ!?」
「これは…………!」
貫いたその銃弾のお陰か神の腕が力無く左へとズレる。 更には腕は俺の追撃で振っていた刀が斬り裂いた。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁ!!!!」
右腕が切断された痛みで後ずさる神。 俺は呆然としながら銃弾が飛んで来た右側を見た。
「ルナ!」
ギュッと横から抱き締められる。 その温かさは不思議と俺を安心させてくれる。
「フェシル…………逃げろって言ったのに」
「嫌よ! あんたは王様なんでしょ!?」
「だったらなんだよ…………」
「王様なら! 家臣を見捨てて勝手に死ぬんじゃないわよ!」
「え、ちょ、えー…………」
勝手にいつの間にか家臣になってますよこの人。 いいんですかそれで。
「シャキッとしなさい! まだ戦えるわよね!?」
「は、はい、出来ます」
涙声のフェシルの声を聞いていたら自然と朦朧とした意識もしっかりして来た。
そしてつい敬語で返してしまった。 どちらかというと俺が家臣な気がしてきた。
震える足に無理矢理力を込める。 刀を強く握り締め、魔力を流し続ける。
「あいつは殺す…………!」
「えぇ…………」
「この私に…………この俺にぃ! 何をしたぁぁぁぁ!!!!」
神の神力が全身から溢れ出し、その風圧に吹き飛ばされそうになる。
フェシルは懸命に俺の身体を掴んで、耳元に顔を寄せてくる。
「私がサポートするから。 きっちり決めなさい王様」
「あぁ」
フェシルがゆっくり離れる。 俺は刀を構えると一気に踏み込んだ。 地面が抉れるほどに。
「貴様程度に…………貴様程度に負ける俺じゃねぇ!!!!」
「黙りなさい」
左腕を突き出し、魔法陣を展開した神。 その左腕を銃弾が撃ち抜く。
「くっ…………!」
1発だけ食い込んだ銃弾に苦しみ腕を引く。 そこに間髪入れずに距離を詰め、刀を振るう。
「ちくしょぉ!」
刀を紙一重で避ける神は銃弾の追撃に苦しみ、後ずさっていく。
「雷殺剣・黒突き」
突きで黒い雷を飛ばす。 中距離攻撃かつ高速の剣技だ。
雷は神の左足を掠め、一瞬その動きを止めた。 その隙を見逃すフェシルではない。
いつの間にかスナイパーライフルに変えていたフェシルの一撃が右足を貫いた。
「ぐぁっ!」
「もらった…………!」
流石に立っていられず片膝を付いた神。
俺は刀を逆手に持ち、距離を詰める。
「炎殺剣・黒蓮!」
大量の魔力を込めた炎を纏う刀を振り下ろす。 最高の攻撃力を誇る剣技を使う。
「ホワイトスピアァ!!」
「っ!?」
最高威力とはつまりは動作が大きいということだ。 予想外のカウンター攻撃に対応出来ない。
腕から伸びた神力の槍が俺の左腹部を貫いた。
「ぐはっ!」
「っ! ルナァ!!」
フェシルの悲痛な声が聞こえる。 しかしこんなところで…………この程度の傷で…………。
「くっ…………負けて…………たまるかよ!!!!」
そのまま歩みを進める。 そんな俺に驚いた視線を向ける神。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
「なんだよお前…………なんなんだよ…………」
「はぁ、はぁ、はぁ…………俺は、お前の宿敵の王だよ」
刀を上に上げる。 呆然と見つめる神の顔を見据えながら。
「炎殺剣・黒蓮」
刀を振り下ろした。 神の背に突き刺さり、炎が噴き出す。
黒い魔力が溢れ、まるで泥のように広がる。 その黒に映えるように咲く一輪の赤い炎の花が強い衝撃波を生んだ。
「うぐぅ…………ぐわっ!!」
「きゃっ…………!!」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」
全員の悲鳴が聞こえ、俺も衝撃に耐え切れずに吹き飛ばされる。 俺は建物に背中を強く打ち付け、一瞬視界が暗転した。
「痛って…………」
「うぅ…………ル、ルナ…………? ルナ!!!!」
慌てた様子でフェシルが駆け寄ってくる。 涙を流しながら。
「神のクソ野郎は…………?」
「死んだわよ…………あんたがトドメを刺して…………」
「…………そうか」
全身の力が抜ける。 少し寒くなってきた気がする。
「ル、ルナ? ルナ! ちょっと! 寝ないで! もう私を1人にしないでよ!!」
「死なねぇよ…………死なねぇけど……ちょい休ませてくれ…………」
瞼が酷く重い。 目を開けていられない。
しかし何故か寒かった身体は温かい。 人の温もり。 いや、これがオーレリアが感じていた仲間の温もりなのだろう。
俺の意識はそのまま闇の中へと落ちていった。




