鎖に繋がれた少女 四
「…………落ち着いた?」
「あ、あぁ…………ご、ごめん」
いつの間にかあやされるように頭を撫でられていた。 そうしてようやく落ち着いた。
なんか物凄い恥ずかしいことしちまったんだけど。 ほとんど話したことのない女の子を助けに来て顔見て泣くとか…………。
「顔、赤いわ」
「すんません…………」
後、今彼女を離すと胸とかあそことか丸見えなんですよね。 思春期男子にはちょっとヤバイんだけど。
「…………」
「あの、目閉じてるんで俺の上着羽織ってもらっても?」
「分かった」
俺は目を閉じてゆっくりと彼女から離れると上着を脱ぐ。 サッと上着が引ったくられる。
布切れの擦れる音がいらん想像を掻き立てるが今はそんなこと考えてる暇はない。
でも男の子なんだからちょっとは仕方ないですよね?
「もう平気よ」
「あぁ」
目を開けると長いコートに身を包んだその少女が自分の格好を見ていた。
「長い…………それに大きい」
「あ、あぁ。 ちょっとそれで我慢して欲しいんだが」
「…………嫌じゃないからいいわ」
少女は立ち上がると精製魔法でハンドガンを精製する。 鋭い目付きで遠くに視線を向けていた。
「…………あんた、名前は?」
「え? 紅月 ルナだが…………」
「私はフェシル・スペクロトゥム」
「スペ…………え?」
「…………フェシルでいいわ」
いきなり名前呼びを許可された。 なんか一気に距離感が縮まった気がする。
「まずは止血よ。 右腕、凄いことになってる」
「あ、あぁ…………」
右腕を止血する間の護衛をしてくれるらしい。 俺は服を破って腕に巻き付ける。
「ルナはお人好しね」
「そ、そうか?」
こちらも名前を呼ばれてドキリとする。 フェシルはハンドガンを構えながら覗き込むようにして通路を見る。
同年代から名前を呼ばれることがこんなにドキドキするとは思わなかった。 いや、この状況のせいか。
「神は見た?」
「神?」
「ええ、私は神に捕らえられたから」
え、マジで? いや、確かにこの子の実力なら普通の天使に引けを取らない。
ならば考えられるのは天使ではなく神が現れたということだ。 そしてこの牢に入れられた。 納得出来る話だ。
「じゃあ今が脱獄するチャンスなのね」
「そうなるな」
右腕に破いた服を強く縛り付けて止血を完了する。 フェシルは俺が止血を完了したのを確認するとにっこりと微笑んだ。
「っ!?」
「行きましょう」
この子笑うと凄い可愛いな。 いやいや、なんでこんな状況で呑気にそんなこと考えてんだよ俺。
「とりあえず走るか」
「…………何を言ってるの? 馬鹿なの?」
なんて失礼な。 いや、知らないだけか。
「俺もこっそりと侵入して来たんだがな、一瞬にしてバレちまった。 多分探知魔法が使える奴がいるんだろうな」
「そうなのね。 なら隠れるのは無駄と…………」
素直に納得したフェシルは堂々と歩き出した。 その格好で恥ずかしいとかはないのだろうか。
「…………」
「…………」
気まずい空気が俺達の間で流れる。 といってもほぼほぼ初対面の俺達に話題などないわけで。
「…………ルナは」
「え? は、はい?」
「ルナはどうして私を助けに来たの?」
「どうしてって…………」
それはさっき言わなかったか? 言ったよな…………?
「天使に手を出したのは私よ。 あんたは止めようとしてたでしょう?」
「あぁ、確かにそうだな」
ヒーラにも同じことを言われたな。 その時に俺は自分の責任だと言った。 実際その通りなのだ。 しかしそれだけじゃない。
フェシルは伺うような視線を俺に向けてくる。 俺の言葉に何かを試しているようだ。
「別に。 俺が巻き込んだから責任を取ったまでだろ?」
「でもあんたは止めた。 だからそこまで傷を負って助けに来る必要性はないはず」
この子も理論的なこと聞いて来るよな。 こういうのはフィーリングなんだよ。 多分。
「あの、笑うなよ?」
「…………ええ」
いや、なんだその間は。 言葉次第では笑いますよと言っているようなものだろ?
「その…………多分俺はお前のことを助けてたんだと思う。 どんな形であれ。 なんだろうな…………なんとなく助けたかったっていうか」
「…………何言ってんの?」
ですよね。 理解されませんよね。 でもそう思ったのだから仕方がない。
「恋…………でもないし愛でもないしな。 なんだろうか…………よく分からん」
「気に入った?」
「あぁ、そうそう。 そういう感じ」
「ふーん…………」
あれー…………すっごく興味なさそうな返事が来ましたよ? でも聞いたのはフェシルなんだが?
「…………私もあんたは他の人と違って優しいと思うわ」
「他の人と違って?」
妙な言い方をするので思わず聞き直してしまった。 あまり踏み込む気はなかったのだが、つい聞いてしまった。
「私は昔、仲間に裏切られてダンジョンに1人取り残されたのよ」
「…………」
ダンジョンに取り残される。 それ自体はよくあることだ。 しかし裏切られたというと話は別だ。
人は余裕のない時ほど本心が現れるという。 上っ面だけ取り繕っても、いざという時は本性が出るものだ。
ダンジョンでの危機感や緊張感、更には死と隣り合わせの空間が人にそういう行動をさせるように追い込むのだろう。
「あなたにはそんな経験ないでしょう?」
「…………経験はないけど記憶はあるって言えばいいのか?」
「あぁ、そうね。 セブンスアビスだと言っていたものね」
「あぁ。 だから俺自身に経験はないが、気持ちはよく分かる」
「そう…………」
フェシルは少し考え込み、その後に少し小走りになって前へと歩く。 そして歩きながら振り返る。
「ルナとなら、良い仲間になれそうね」
「え?」
さらっと仲間と言われた? いや、だって裏切られたんだろ?
「助けに来てくれて、泣きつかれたのは初めてだったけれどね」
「あの、恥ずかしいからやめてもらえません?」
なんでそう古傷を抉って来るんだよ。 と思ったんだが、何故かフェシルはくすりと笑みを浮かべていた。
「…………そろそろ敵が来るわ」
「そうみたいだな」
俺達は同時に跳躍して穴から上へと上がる。 そこには大量の天使がそれぞれの獲物を持って構えていた。
「私が全員撃ち殺すわ。 ルナは飛んで来る魔法の対処をお願い出来る?」
「あぁ、任された」
俺はフェシルより数歩前に出ると刀を抜く。 俺の後ろには必ず何も通さないというその覚悟を持って。
「頼もしいわね。 …………全員撃ち殺すわ」
一気に放たれる殺気。 それに敏感に反応した天使達は一様に構える。
一拍、そして双方同時に動いた。
「数多いんだよな…………」
飛んで来る様々な魔法を刀で斬り飛ばす。 狭い空間にハンドガンの銃声が鳴り響き、的確に天使の数が減らされていく。
「バーニングブラスト!」
放たれた爆発魔法。 しかし俺は他の魔法を斬り飛ばすことに全力で刀は使えない。
「ルナ!」
「気にするな」
俺は背に差していた鞘から剣を抜いた。 左に刀、右に剣。 それぞれ獲物は違うが問題はない。
「水氷剣・絶牙」
双方の獲物を逆手に持つと氷を纏い、その上から更に水を纏う。
酷く巨大化したその2本の獲物を振り下ろす。 絶大な攻撃力は爆発魔法を相殺した。
「す、凄…………」
後ろから褒めるような言葉が聞こえたが反応する余裕はない。 1度獲物を離し腕を交差させるとそれぞれの獲物を掴んで正規の持ち方へと変える。
その一瞬の動作で隙なく続きの魔法を斬り飛ばしていく。
「フェシルさーん、手が止まってません?」
「あ、あぁ、ごめんなさい」
呆然としていたフェシルに声を掛かると我に返ったように引き金を引き始める。
フェシルが撃ち殺してくれるおかげが徐々に余裕が出て来る。 いつ神が戻って来るか分からないのだ。 俺も加勢すべきだろう。
「風切」
2本の獲物で魔法を斬りながら時折カマイタチを飛ばして天使を斬り裂く。
数分ほど経過してようやく数えれるくらいにまで天使が減った。
「ふぅ…………」
「本当に1発もこっちに来なかったわね…………」
「そりゃそういう作戦だったろ?」
いかにも当然という感じで言ったところ呆れたような表情をされた。 この子かなり表情豊かですね。
「さて、残りは瞬殺して…………」
ここまでの人数なら問題ない。 俺は足に纏わせた雷で高速移動。 全員を斬り殺して周囲に視線を向ける。
「今なら行けそうだ」
「えぇ」
獲物をそれぞれ鞘に戻して走り出す。 その少し後ろをフェシルも付いて来る。 走る速度を少し調節しながら周囲の気配に気を配る。
「仲間がいるとここまで楽なのよね…………でも、私は…………」
フェシルが考え込んでしまう。 何を考えているのか、大体分かってしまうから嫌になる。
1度裏切られ、誰も信用出来なくなってしまったのだろう。 しかしそこに俺という存在が現れたから。
決していないと思っていた優しい人物、決して守ってくれないと思っていた自分を守ってくれる存在。
そういう人物がいま目の前にいることに少し戸惑っているのだと思う。 自分で言っててかなり恥ずかしいが…………。
だがそれでも一歩踏み込めないからこそ彼女は『良い仲間になれそうね』と言ったのだ。
仲間に『なって』ではなく『なれそう』だと。
俺はまだ完全に彼女に信用されていない。 そして同様に、俺も同じ思いを抱えている。
これ以上踏み込むのが少し怖い。 彼女は強く、聡明で、優しくて。
仲間にしたいと思わないわけがない。 しかし本当に仲間になって大丈夫か。 裏切らないか。 不安になってしまう。
同じ思いを抱え、同じことを考えてしまっている。 似た者同士、といえば聞こえは良いかもしれないが厳密には同じトラウマがあるからこそ踏み込めないでいると言うべきなのだ。
深い関係になれば裏切られた時の反動が大きいから。 フェシルを捕らえていた鎖は斬り裂いた。 それでもまだ、俺達の心の中には見えない鎖があるのかもしれない。
「…………」
「…………」
互いに答えは出ないまま、出口を探して走り回る。 窓はなく、まさに要塞と呼ぶに相応しい。
「っ!」
一瞬の殺気、そして雷のような黄色い光が高速で尾を引いていた。 あまりにも速過ぎるそれに一瞬反応が遅れた。
無意識だった。 無意識に剣を抜き、少し速度を落とした。 同時に剣に衝撃が走る。
「ぐっ!」
「っ!?」
その衝撃に耐えきれず、フェシルを巻き込んで吹き飛ばされる。
ぶつかった壁はヒビが入り、そのまま崩れてしまい、勢いが殺しきれずに飛ばされる。
「ぐっ…………ここは、砦の中心部分か」
砦は四角形に建てられている。 その真ん中には大きな草のグラウンドが広がっていた。
学校の運動場やらサッカー場を思い出させるその場所に叩き出されたのだ。
「痛っ…………」
「…………痛い。 何なの?」
「…………どうやら面倒な奴が来ちまったらしい」
「え?」
フェシルがその人物に視線を向ける。 俺も同様、その人物を睨み付けた。
金色のふんわりとした髪の男だ。 色黒でがっしりとしながらも引き締まった身体は白いスーツで隠されている。 背には左右2つずつ、計4つの翼が生えており、頭には天の輪がある。
「か、神…………」
まさしくその通りだ。 異常なまでの神力の塊が魔眼を通して見える。
その眼力は見るものを圧倒し、その気配や雰囲気は威圧しているかのようである。
「私の留守に暴れてくれたみたいですね。 容赦はしませんよ」
「俺も頭にきてんだよ」
へし折られた剣を捨て、刀を抜くと構える。 フェシルも気丈に立ち上がりハンドガンを向けた。
神との初戦がこんなに厳しい状況とか。 この世界は本当に甘くないらしい。




