赤氷の世界
「ちっ…………! ぶっつけ本番だが仕方ねぇな!」
俺は周囲に魔力を放出させる。 確かこのまま…………。
「赤晶・離刺!」
俺の周囲に赤い氷の棘が出来上がり、周囲の天使に向かって飛んでいく。 なんとか使えるか。
「わぁ! ルナさんもう遠隔氷魔法を!?」
「感心してる場合じゃねぇぞ!」
そのまま遠隔氷魔法と刀でバッサバッサ敵を薙ぎ払い、なんとかフェシル達と合流する。
「黒龍炎槍・爆!」
クロエの槍が俺の目の前の天使に突き刺さり、そのまま吹き飛んで奥で爆発する。 その際に大量の天使が爆散していくのが見えた。
「ルナ! このままだと!」
「分かってる!」
このままだと怪我どころでは済まない。 それは絶対にさせてたまるかよ!
「赤晶––––––ぐっ!?」
氷魔法を使おうとした瞬間、頭が割れるように痛んだ。
「つ、月くん!?」
「ルーちゃんどうしたの!?」
くそがっ! こんな時に…………!
「ルナ! しっかりしなさい! っ! シルヴィア、やってしまって!」
「は、はい!」
シルヴィアが両手を広げる。 大量の魔力が込められ、ほとんどを消費した。 つまりはそういう魔法ということだ。
「ゼロバースト!」
シルヴィアの最強炎魔法が周囲に広がる。 形状を変えることも出来るようで円形の輪が広がるようにして天使達を一網打尽にしていく。 その1つの魔法により大量の天使が死に、更には地形すらも変わってしまった。 森の中に不自然な穴が空く。
「はぁ……はぁ……はぁ……る、ルナさん!」
「痛っ…………」
頭が痛い。 セブンスアビスになったあの時、流れ込んできた記憶達。 その多さに頭痛がしたことはあった。 しかし今回は桁違いだ。 頭が割れる。
「月くん! 月くん!!」
「……ルナ!」
「ルナくん!」
全員が名前を呼んでいる。 いや、その中に何やら知らない声も混じっている。 聞いたことはない、しかし知ったような声だ。
『ゴーーーーーマーーーーーー!』
「ご…………ま?」
なんだゴマって。 こんな緊急事態になんでゴマの話なんだよ!
「ゴマ!? る、ルナ、ゴマって何!?」
「それがあれば助かるんですか!? え、でもゴマってなんですか!?」
俺が呟いたせいで変な誤解を与えちまった! 違うから! ゴマは関係ねぇから!
「くっそ…………!」
「ルーちゃん! うぅ、せ、セリーヌさん! とりあえず家で休ませよう!」
「ん……!」
セリーヌが慌てた様子で魔法陣を描いてくれる。 正直言うとかなりありがたい。
「悪い……心配……掛ける…………」
「ルナさんがそんなこと気にする必要はないんです! だ、大丈夫なんですか!?」
「顔が真っ青よ! 目も焦点が合っていないわ! 月くん! どうしたの!?」
いや、どうしたもこうしたも良く分からんから何も伝えられん。 というか俺の呟いた言葉ってゴマなんだけど!
「ん……! 出来た!」
「クロエ! ルナを運んで!」
「分かった!」
クロエに支えられてなんとか魔法陣の中へ。 幸いにもシルヴィアの魔法攻撃が最後で天使は全滅したらしい。
「転移!」
セリーヌが転移の魔法を唱えたと同時に俺の意識は暗転した。 痛みに気を失ったのか、それとも別の理由なのか。
恐らくは後者なのだと思う。 何故なら俺は今謎の空間にいるからだ。
「氷の……世界?」
気付けば俺の周囲は氷に包まれていた。 その全てが赤い氷で出来ており、まさしく俺の赤晶そのものだった。
頭の痛みは不思議と今はなく、ただ自分の身体ではないかのように身体が軽い。
1歩、足を前に出すとジャラッ! と何かを蹴る音が聞こえた。
「……? 鎖?」
それは赤い氷で出来た鎖だった。 何故こんなところに鎖が?
その鎖を持ち上げてみると何かに引っ掛かってある程度のところで止まってしまう。 何に引っ掛かっているのか。
「…………」
周囲には何もなく、ただ赤い氷の世界が広がっているだけだ。 それ以外は何もない。 異常なのはこの赤い結晶の世界、更には不自然な鎖くらいだろうか。
「寒くもないってどうなってんだ?」
氷魔法なのに気温すらも下がっていない。 本当にこれは氷魔法なのだろうか? しかしこの氷の周囲を漂う魔力は俺の魔力そのものだ。
「あー…………意味が分からん」
突然頭が割れるように痛んだり、気付けば氷の世界だったり。 一体どうなってんだ俺の身体は。
しかしこの世界は異常だ。 この鎖もどこに繋がってんのか分からねぇし。
「どうやって戻りゃいいんだ?」
仮に精神世界なら現実を意識すれば戻れるな。 でも俺の精神ってこんなことになってんの? ちょっと先行き不安だ。
「まぁいいか。 えっと、確か家に戻ってきたはずだから…………」
あいつらに心配掛けちまったからな。 多分俺の部屋のベッドまで運んでくれてるだろうし。 心配掛けたのは悪いがしてくれるのは嬉しい。
まぁ物は試しにと目を閉じて現実世界を意識する。 すると身体がふんわりと浮き上がるような感覚。 そして急に身体に誰かの体温が、柔らかな感触が感じられる。
「ん…………」
目を開けると見慣れた天井だ。 よし、戻れたか。
「月くん!」
「へ?」
いきなりズイッ! と視界がネティスの顔になる。 ネティスの涙が落ちてきて俺の頬に流れる。
「ルーちゃん!」
「ルナ!」
「ルナさん!」
「ルナくん!」
「…………ルナ!」
「おおう…………」
ズイズイ!と互いに互いを押し合い涙を流している奴らや涙目の奴らまで多種多様に顔を覗かせる。
「えっと、心配させて悪い。 もう治ったっぽい」
極力心配させないよう出来るだけ明るく言ったつもりだったのだが何故か全員号泣した。 うん、なんでだろうね。
とりあえずは上体を起こした。
「もう今日はここで寝ます…………」
「え」
「…………本当に平気?」
「え? あ、あぁ」
セリーヌが抱きついてきたので受け止める。 とりあえずは一息吐いていいだろうか?
「きょ、今日は全員ルナの部屋で寝るわよ? 不安にさせた罰よ」
「それはただのご褒美じゃね?」
罰が罰になってない! いや、まぁいつも通りといえばいつも通りだし別にいいんだけどさ。
「そういえばどうしていきなり倒れたんですか?」
「さぁ……俺自身よく分からん」
妙なことの連続だけどな。 何か理由があるのだろうことは分かるのだが明確な理由は不明だ。
あの氷の世界はなんだったのだろうか。 俺の心情なのか、それとも別の心情なのか。 精神世界とは得てして不安定なものなので偶然そういう世界が出来たのかもしれない。 まぁ結論は出せないというのが結論だ。
「本当に大丈夫? 月くんよく無茶するんだから…………隠し事とかはなしよ?」
「あ、はい、すいません」
ネティスが涙目で割と真面目に心配してくれていた。 つい敬語で返事をしてしまう。
「なんか氷の精神世界? みたいなとこには行ったな。 結局よく分からんかったけど」
「精神世界?」
「あぁ。 ほら、人の心情世界みたいな」
「いえ、精神世界自体は知っているけれど、そんなに簡単に入れるものでもないわよ?」
そうなの? 俺結構入るよ? というか連れていかれるよ? 俺が異常なの?
「ま、まぁいいか。 結局よく分からんかったしな。 今はとりあえず無事だったことを喜んだほうがいいか。 シルヴィア、最後の魔法グッジョブだ」
「はい。 あれ以上天使が襲って来なくて良かったです」
本当に、そこは賭けだったな。 まぁ俺達が勝ったのだからいいだろう。
「多分大量の天使が殺されたってことは次に出るのは神自身だろうな。 …………どんだけネティス狙うんだよ、ぶっ殺してやる」
「それは嬉しいけれど無理しないでね? 本当に死にそうなら私を見捨てて逃げても––––––」
「それは却下だ」
逃げる? しかも仲間を見捨てて? 俺がそんなことすると思ったら大間違いだ。
「死ぬなら全員で、でも絶対に生き残る。 誰1人死なせないし敵は全員ぶっ殺す」
「月くん…………。 ふふ、えぇ、そうね」
ネティスが柔らかく微笑む。 良かった、安心してくれたらしい。
俺がやることはただひとつ、ネティスを安心させることだ。 だから、絶対に神を殺して、どんな野郎が来ても無駄だってことを教えてやるんだ。
そうすればネティスが悩まなくていい。 自分を責めなくてもいい。 ネティスが俺のそばから離れようとしたあの感覚は絶対に忘れない。
「ネティスの仇は絶対に取る」
「えぇ…………期待してるわ、王様♡」
ネティスが静かに抱きついてくる。 俺はこの温もりを守るためにも躊躇いなく剣を振るう。 例えそれが後悔する道だろうとなんだろうと。




