天使の軍勢
それはいつもの草原での氷魔法の練習中のことだった。 俺は寝ぼけた頭をようやく目覚めさせて氷魔法の原理をシルヴィアから聞いている最中。
「…………ルナ、敵」
セリーヌが指差す先には天使の軍勢が。 数にしてざっと200人はいるだろうか?
「ず、随分な数ね」
「…………多分私のせいだと思うわ」
ネティスは悲しげに自分の胸元に手を置く。 実際にはネティスの中のリターンタイム、ということだろう。
「いずれ殺すつもりだったんだ。 それが向こうからお出ましってだけだ。 …………ここだと街の人間にも被害が及ぶ、少し離れるか」
「そうだな。 街の人達にまで被害を出すわけにはいかないな」
まずは天使が行きづらい場所、つまりは空中戦が防げる空間での戦闘だ。
「森の方へ後退しながら殺るか」
「なるほど。 それなら空中から見えづらいわね」
そうすれば幾分か空中からの攻撃もマシになるだろう。 俺達は7人、向こうはかなりの数がいるわけだが…………全員殺せば関係ないな。
「行くぞ」
俺達はとりあえず移動を開始する。 ここで移動魔法を使えば楽々逃げられるが、そうした場合街にどんな被害があるのか想像出来ない。 それは得策じゃないだろう。
「今すぐ攻撃しても問題はないのかな?」
「あぁ、ねぇぞ? だから槍ぶっ放そうが魔法で全部落とそうが自由だ」
だって全員敵だもんな! やるなら思い切り殺っちまえ。
「了解だ! 黒龍爆槍…………!」
「アクアレイン!」
「「ホーミングフレイム!」」
クロエの槍、エイラの水魔法、シルヴィアとネティスの炎魔法が空中の天使を次々と落として行く。 その様子を見た周囲の天使が反撃に出る。
「…………バリア」
しかしその魔法も全てセリーヌの防御魔法によって防がれる。 結構一方的だなおい…………。
「ライトニング!」
フェシルのスナイパーライフルが前衛の天使の眉間を貫き、真後ろの天使すらも貫き、貫通していく。 うん、全員チートなんじゃね?
「…………なんか俺だけ何も出来ないのが悲しくなってきた」
だって俺がやっても届かないんだもん! 俺の遠距離攻撃って実は間合いは中距離なんですよ。
「ルナさん、ここで練習してはいかがですか? 氷魔法を」
「あ、そうだな。 そうしてみるか」
物は試しにと氷魔法を展開する。 えっと…………確か遠距離で飛ばすにはその命令と勢いを魔法陣に組み込む必要があるんだっけか。 なんだ勢いって。
「赤晶・千花!」
飛んで行った複数の氷の礫が花開き、天使達を次々と落としていく。 なんだかんだノリで出来るもんなんだな。
「ふふ…………流石です♪」
「格好良いわ」
「ん…………天才」
「ルナくんはなんでも出来るんだなぁ…………」
「ルーちゃん最高だよ!」
「ふふ…………流石私の王様♡」
うん、べた褒めされた。 とりあえずでもう1発行っとくか。
何度か遠距離攻撃を続けながらどんどんと森の方へ後退していく。 しかし一向に辿り着かないのがこの草原の広さを物語っていますよね。 いつ着くんでしょう?
「ルナさん、草原を出るのに今日1日で行けますか?」
「ある程度近付けば移動魔法で行けばいい。 そこからフェシルのスナイパーで敵を誘導したいんだが…………出来るか?」
「ふふ、それがルナの命令ならね」
頼もしい限りだ。 流石はフェシルである。
そのまま作戦通り、というわけにはいかなかった。 良い意味で。
「あ、あれ? やり過ぎましたね」
そう、やり過ぎて追ってきた敵が全て死んでしまうという。 何してんだか。
「ま、全滅したならそれでいいだろ。 これで––––––」
街に戻れる、はずないですよね!
地中から突き出てきた腕を避けながら氷魔法で凍りつかせた。 神聖はそこまで高くないらしい。
「邪魔よ」
フェシルの銃撃でそのまま姿も見せずに葬り去られた。 まぁ興味もなにもないのでどうでもいいが。
そのまま後退し続け、ある程度行ったところでセリーヌに移動魔法を描いてもらう。 その間に出てきた天使は楽々葬った。
「ふぅ…………」
森に着いて一息吐く。 と同時に木の上から天使が降ってくる。
「邪魔」
俺は刀を抜きながら天使の首を刎ねる。 何故こうも多数の天使が襲来してくるんだか。
「リターンタイム発見。 強奪ミッションを開始する」
「っ!」
再び上空から落下してきた天使。 それも上級天使のようで厄介な神力量をしている。 神聖も高く、魔法すら通じないだろう。
「黒切!」
ネティスのリターンタイムに手を出そうとした、もといネティスの胸に触れようとしたその腕を斬り飛ばした。 かなりイラっとしたのはこの際目を瞑ってほしい。
「月くん…………♡」
「いや、惚けないで!? ちゃんと戦ってくれよ?」
「っ!? え、えぇ、もちろんよ」
何故か頬を赤く染めてボーッとしていたネティス。 一瞬体調不良かとも思ったがそういうことではないらしい。 単に恥ずかしかったか。 乙女だな。
「よくも私のおっぱいを触ろうとしたわね。 私のおっぱいは月くんのものなのよ!」
「いやー、なんかおかしくないそれ?」
という俺のツッコミも虚しく、現れた骨のドラゴンが上級天使を尻尾で潰す。 うん、魔法に強くても物理的に潰されたら一緒ですよね。
「全く…………月くん専用の胸枕だというのに」
「だから色々おかしくね?」
確かに好きだよ? 嬉しいよ? このままダイブしたいくらい嬉しいよ?
でもね、やっぱりおかしいよね? 俺専用ってなんだよ。
「ルーちゃん! 神聖の高い天使はどうする!? ルーちゃんとネティスさんしか勝てないよ!?」
「もう1人いるから大丈夫だろ」
俺が指を差したのはフェシルだ。 フェシルは無言でハンドガンに変えると、割とゼロ距離で引き金を引いて天使を射殺する。
「へ? な、何?」
「…………な?」
「う、うん、心配いらなかったね」
確かに俺、フェシル、ネティスかもしくは大量魔力消費でシルヴィアが唯一の対抗手段だろうか。 いや、クロエもいけるか?
「龍槍・炎回!」
まるでドリルの如く回転する槍が天使の1人に突き刺さり、爆破される。 相変わらず炎魔法に関しては規格外だ。
「ひひ、まずは戦力削ぐよね!」
突然気配もなく現れた小学生くらいの天使が逆手に持ったナイフを振るう。 それはフェシルの首元を目掛けていた。
「くっ!」
フェシルが咄嗟にハンドガンをガードに使う。 しかしその天使は身なりの割にとてつもない力を持っているらしく、フェシルが飛ばされる。
「フェシル!! ちっ…………エイラ、フェシルの援護頼む!」
「うん! アクアブレイズ!」
吹き飛ぶフェシルは空中で回転すると体勢を整える。 追撃しようとしたその天使の右肩をエイラの水魔法によるビームが貫いた。
「ぐわっ!」
「トドメ!」
その間にフェシルがもう片方のハンドガンで眉間を撃ち抜く。 良かった、なんとか無事のようだ。
しかし天使の数がどんどんと増えてきてあちこちから出てくる。 上手く合流出来ない。
「黒刀・二連!」
両手に黒い刀を創り出し、周囲の天使を一掃していく。 この状態ならば神聖など関係ない。
「っ! シルヴィアさん! 伏せてくれ!」
「っ!?」
クロエが叫んだと同時にシルヴィアが頭を下げる。 すると天使の1人の剣が上を通過した。
「黒龍槍!」
その天使にはクロエの槍が突き刺さり、そのまま絶命した。 しかしこんなことを続けていればいずれこっちの身がもたない。
「ちっ…………。 セリーヌ! フェシルとエイラの援護を頼む! シルヴィア! 範囲魔法で道を開けてやれ!」
「ん…………!」
「はい!」
シルヴィアの爆発魔法により周囲の天使が吹き飛ぶ。 ちらっと見えたフェシルとエイラは善戦しているようだ。 よかった。
「月くん! 私が時間稼ぎをするから私達も合流しましょう!」
「あぁ!」
ネティスの召喚魔法により大量の骸骨が出てくる。 数にして50体ほど。 これなら時間稼ぎになるだろう。




