桃色人魚は目覚めを待ち続ける 三
エイラについて行くと何やら地下へと続く階段が見える。 その階段の前には武装した男の海人族が2人。 明らかに手練れのようだ。
「ここから先は通行禁止です」
「通りたければ許可証を貰ってください」
半人半蛙? とも言うべき男達は通す気はないらしい。 元々嫌われ者の俺達に許可証など与えられるはずはない。 この男達も分かっていて言っているのだろう。
「奥には何があるんだ?」
「眠りについた姫がいます」
姫? 人魚姫というやつか? いや、日本のあれは結末が悲しいな。 そう呼ぶのはやめておこう。
「エイラ様、反逆ですか?」
「ち、違います! この方々ならなんとか出来るかもしれないんです!」
なんとか出来る? 眠りを覚まさせるっていうありがちなパターンか? それってキスじゃなかったっけ? それは白雪姫か。
「ここを通すわけにはいきません」
「お引き取りを」
これは何を言っても無駄だな。 なら仕方ない。 実力行使だ。
「よっ……と」
俺は一瞬で2人の間に入ると共に手刀でうなじを叩いてやる。 2人はそのまま白目を向いて気絶した。 1度やってみたかった。
「なんで満足げな顔してるの!? 駄目だからね!?」
「俺達は冒険者だぞ? いざという時は実力行使に決まってんだろ?」
「でも駄目だよ!?」
どうやら駄目だったらしい。 しかしこの奥から流れてくる魔力には寒気がする。 あまり行きたくはないのだが、それだけエイラの抱えるものが大きいという証拠でもある。 行かないわけにはいかない。
「さ、行こうぜ?」
「うぅ…………もしかして私も冒険者として罰せられることに…………」
「その時は庇ってやるから。 何なら村人全員気絶させてもいいぞ?」
「駄目です!」
敬語で丁寧に、それでいて力強く怒られた。 ちょっと怖かった。 優しい人が怒ると怖いというのはよく分かる。 特にシルヴィアとかな。
6人で地下へと続く階段を降りて行く。 壁にお情け程度に飾られた灯りは不安にさせてくる。
「…………ルナ、ヘルプ」
「まさかの怖いの駄目か、お前」
セリーヌが腕に抱きついてくる。 ちょっと顔が青くなっていた。 1番平気そうなのに1番駄目とか。
「わ、私も…………」
反対側にはクロエが。 お前もアウトかよ。
「はぁ…………仕方ないから今は譲るわ」
「そうですね」
フェシルと、そして意外にもシルヴィアも平気そうだ。 1番駄目そうなのに。
「…………る、ルナくん、私も背中にいていい?」
「お前は平気でいろよ。 案内役なんだから」
まさかの誘った本人のエイラすら駄目だった。 なんで誘ったんだよ。
「「…………」」
背中からブリザードの如き視線が突き刺さる。 でも俺悪くない。
「フェシルさん? シルヴィアさん?」
2人の名前を呼ぶとにっこりと微笑まれた。 目は全然笑ってないけどな!
「ひっ…………」
セリーヌがその様子を見て強く抱きついてくる。 これは仕方ない。 俺も怖いもん。
「そ、そそそそそういえばこの地下には夜中に浮遊する白い海人族の噂が…………」
「ひぃぃ! ど、どうして今そんなこと言うんだ!」
「ん…………お仕置き!」
珍しくセリーヌも声を荒だててクロエと2人でエイラの髪をボサボサに引っ掻き回していた。 それはお仕置きになるのか?
「わわぁ!? な、何するの!」
「それでも怒るのか」
律儀に付き合う必要あるのか? というかお前らさっきから腕に力入れすぎ。 二の腕と肩が物凄く痛い。
ボサボサになった髪を整えながら不満そうな表情を見せる。 そろそろ肩から手を離して欲しい。 あと二の腕も。
「お前らくっついてくるのは良いが、胸当てんなよ。 柔らかいだろうが」
「怒ってるんですか?」
「いえ、ルナだから喜んでいるでしょ」
えぇ、喜んでますよ! でもフェシルもシルヴィアもめちゃくちゃ不服そうなんですけど。 俺悪くないっての。
「…………当ててる」
「で、でも怖いし…………え? 今セリーヌさん当ててるって言ったか?」
クロエはわざとではないのが判明したわけだ。 セリーヌにはお仕置きを、と思ったが両腕塞がって出来ない。
「す、すすすすいません!」
そしてエイラは顔を真っ赤にして慌てて頭を下げる。 その時にやはり不安なのか慌てて頭を上げて俺の肩を掴んでくる。 だからなんで肩? というか何故に俺?
「はぁ…………道はこっちで合ってんのか?」
「ううううううん」
「まともに返事はしてくれよ…………?」
怖がり過ぎだ。 1番怖がっていた。 でもお前が1番この中に入った回数が多いだろうとツッコミを入れたくなる。
「魔物はいないから平気よ」
「そうですね。 ちょっと悪い気分にはなってしまいますが」
「それって間違いなく俺が原因だよな?」
やっぱり怒ってるよこの2人! でもなんで? セリーヌとクロエは許しただろ。 なんでエイラは駄目なんだよ。
「仲間じゃない人が、ね?」
「そうですよね。 ルナさんのこと、好きでもないのに背中に張り付くのはどうかと思います」
倫理的なもんか? まぁ確かに俺自身おかしいとは思ってるけど。
「そ、それは…………でもここ、怖いよ?」
「理由になっていないわ」
「うぅ…………だ、だってルナくん……頼りになるし優しいし格好良いし……」
段々と声が小さくなる。 でもめちゃくちゃ聞き覚えのあるフレーズだ。 いつもこんな感じのこと言われてないか?
「…………惚れた?」
「うぅ…………そうだよ! 一目惚れだよ! 初めて寝顔を見た時から可愛いと思ってたよ!」
開き直った!? しかもめちゃくちゃ恥ずかしい告白されてんだけど! 本人目の前で何言ってんだ!?
「…………ならば良し」
「そうね」
「そうですね」
「なら仕方ないだろう」
いや、なんでみんな納得するんだよ。 どう考えても納得するとこじゃなかったぞ?
「むしろルナに惚れない女の子の方がおかしいわ」
「そうですね。 人生損していると思います」
「ん…………負け組」
「そこまでは言わないが…………でも惚れてもおかしくはないと思う」
みんなそんな評価なんだな。 俺は大変魅力的な人間らしい。 …………実感ねぇな。
「ルナくんってなんだか頼りになる可愛い弟みたいだよね」
「なんだそりゃ」
「分かるわ」
「分かるな」
なんで分かるんだよ。 俺って実は弟属性があったのか? なんだ弟属性って。
「ほら、親がいなくてしっかり者に育った子供見たいな」
「ん? なんで知ってんだ?」
「「「「「…………え?」」」」」
全員一斉に首を傾げた。 見ていてちょっと面白い。
「いや、俺の両親。 俺が小さい頃に事故で亡くなってんだけど」
「そ、そう……だったんですか?」
シルヴィアが何やら涙目で改めて聞いてくる。 なんで涙目なのかは知らないが、今更気にされることでもない。
「しっかり者に育ったかどうかはまぁ微妙だな。 でも割と自分では1人で生きていく術は身につけたつもりだ。 まぁこの世界からしちゃ何の意味もないけどな」
処世術はまぁ役に立つかもしれんが。 それでもバイトやら家事やらはあまり役に立たない。 それに俺は料理が苦手だしな。
「苦労、していたのね」
「…………可哀想」
「ルナくん…………」
いや、あのね? そんな暗い雰囲気を出されても。 そもそもお前ら既に親を亡くしてんだからな? 立場としちゃ同じだからな?
「ルーちゃん…………」
「いや、誰だルーちゃんって。 俺のことか?」
いきなりエイラに変な呼び方をされた。 そして何故か後ろから抱きしめられる。 胸の感触がヤバイ。
「私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいからね…………いつでも甘えていいからね…………」
「ちょ、やめろブラコン」
なんだこの変な姉は。 いや、姉じゃないんだけど。 というか半分魚の女性と姉弟とか! うん、思ったより嫌じゃないから困る!
「何やらエイラさんの中の琴線に触れたようだ」
「ルナが可哀想だもの。 …………私もお姉ちゃんと呼ばれてみたいわ」
「わたくしもです」
なんだこの姉軍団。 というかどんだけ姉願望強いんだよ。 俺より年上だからって全員姉にならんでも。
「…………お兄ちゃん?」
「そういうことじゃねぇよ」
セリーヌの絶妙なボケに身体が勝手に反応してついツッコミを入れてしまった。 いきなり兄になってしまった。 もう意味が分からん。
「ルーちゃん、何があっても私はルーちゃんの味方だからね…………」
そしてこのブラコンはまだ続くわけか。 俺は大きく盛大に溜息を吐いた。




