桃色人魚は目覚めを待ち続ける 二
外を出るとそこは小さな村のような所だった。 そもそも島の大きさが狭く、村人もせいぜい50人が限界だろうか。
「何もない所なんだけど…………」
「そうか? 自然も豊富だし水も綺麗だ。 俺はこの景色好きだけどな」
街の噴水広場の景色も霞むほどに美しい。 草花に囲まれ、透き通るような水に溢れ、様々な珍しい生き物が生息している。
「本当?」
「私も好きよ」
「わたくしもです」
「ん…………」
「良い景色だ」
それぞれ反応は同じもの。 その景色に見入ってしまう。 色々な残酷な光景が薄れるくらいに感動させられる。
「あら? みんな起きたの?」
ふよふよと前方から人魚が浮遊してくる。 飛んでる。 宙を泳いでいる。
黒髪の綺麗な女性だ。 エイラほどではないにしても充分美人だと言える。
「うん、みんな起きたよ。 今はここを案内しようと思って」
「…………エイラ、ちょっと来て」
その人魚の女性はエイラを呼び寄せる。 ぴょんぴょんと跳ねながら移動するエイラとこそこそ内緒話を始める。
「えぇ!? そんなことないよ! ルナくん良い人だったよ!?」
「馬鹿! 声がでかい!」
あー、うん、大体何話してんのか分かったな。 もちろん普通に敵視させるだろう。
俺達は気にすることなく周囲を見回す。 するとひらひらと青い蝶が俺の周りを旋回し始める。
「綺麗な蝶々だな」
その蝶が指に止まる。 羽をパタパタとさせるが再び飛ぶような雰囲気はない。
「あ! ルナくん! その蝶は!」
「ん? …………あん?」
蝶がゆっくりと口のストローを伸ばしてくる。 瞬間、魔力が不自然に動いたのを確認した。
「やめんか」
俺は蝶を反対の手で思い切り叩いて潰した。 この野郎、毒でも持ってやがったか。
「ほっ…………。 ルナくん、今の蝶々はポイズンブルーと呼ばれる種類で、毒があるので注意です」
「だろうな」
でもなんで敬語?
「知ってたの?」
「当然知らん」
初見だ。 というかここの生物全て初めて見る。
「ルナさんは魔眼という眼で魔力が見えるんです。 ほとんどの攻撃は事前に読めると思いますよ」
「何属性の魔法を使うかくらいしか分からんぞ」
大体は分かるだけで初見だとあまり読めない。 毒とか麻痺とかはかなり見分けが付きやすいけどな。
「ルナくんは色々と規格外だからな」
「お前が言うな」
間髪入れずにクロエにツッコミを入れる。 俺が規格外なのはセブンスアビスのせいであってこいつらのように天性のものではない。
「でも格好良いです」
シルヴィアはいつも褒め言葉だな。 癒される。 というか優し過ぎる。 狐の女神だ。
「流石王様だよ」
「お、王様?」
何のことだか分かっていない黒髪人魚は頭にはてなマークを浮かべていた。
「ルナくんはセブンスアビスらしいよ?」
「セブ…………へ?」
「セブンスアビス。 王様だよ?」
理解出来ないようで固まって動かなくなってしまった。 そんな理解出来ないことでもないだろ。
それでもエイラはなんとか説明を試みているようだった。 しかし黒髪人魚は呆然としたままでとてもじゃないが話を聞いている雰囲気ではない。
「あの、聞いてる?」
改めて確認するエイラ。 しかし黒髪人魚は相変わらずというか当然の如く返事はない。
「聞いてないだろ」
「聞いてないわ」
「聞いてないと思います」
「…………聞いてない」
「聞いていないと思うぞ?」
全員同じ意見だ。 というか放心しているが大丈夫なのか?
「たまにあるんだよね…………」
マジで? たまにこうして放心するのか? そんな珍妙な現象聞いたことないけどな。
何故か黒髪人魚は無視して俺達は歩き出す。 景色の中に点々と存在する家は木造造りで決して邪魔にはならない。
「昼寝したら最高だな」
「…………毒の餌食」
「そうなんだよな…………残念だ」
ポイズンブルーとかいうの、あれが邪魔だな。 見る分には良いが、襲って来た時が腹が立つ。
「ここで昼寝する時は私達が一緒にいる時にしなさい」
「いや、そもそも昼寝していいのかここ?」
一応俺達は招かれざる客で所有しているのは海人族だ。 俺の一存で勝手には決められない。
「うーん…………別にいいんだよ? いいんだけど…………」
「ん?」
何やら言いにくそうにしている。 やはり何かマズイのだろうか。
「その、土の中にパラライズワームっていう麻痺魔法を使う魔物もいるからオススメはできないよ?」
「状態異常系統多いなおい…………」
違った。 心配されただけだった。
そもそも安易に昼寝出来る場所など限られているだろう。 その点で言えばあの噴水広場は最適だった。 街の中なので安全なのは当たり前かもしれないが。
「ルナくんは基本的にのんびりしたいの?」
「そりゃあな。 危機感とか感じたくない派だ」
セブンスアビスとしては珍しいのかもしれないが俺はあまり争いを好まない。 面倒だし痛いし不幸にしかならない。 だからといって避けられるものでもないだろう。
「ルナは優しいもの。 基本誰かに合わせるわよね?」
「合わせるというよりは甘えさせてくれると言った方が良いような…………」
そうなのだろうか。 でも結構俺の方が甘えてないか? 膝枕とか膝枕とか膝枕とか。 膝枕しか思いつかなかった。
「ん…………優しい」
「そうだな。 ワガママをよく聞いてくれる」
全員そんな評価なのか。 というか俺はあまり意識してないのでよく分からない。
「みんなはルナくんのことが好きなの?」
「「「「大好き!」」」」
全員口を揃えて言いやがった! 結構聞いた気がするが本当に慣れない。 顔が熱くなってくる。
「ルナくん照れてる。 ちょっと可愛い…………」
ちょっとエイラ? なんでトドメを刺そうとしてくるんだ? 新手の嫌がらせか?
「こうしてルナのファンは増えていくのよね」
「普段からクールで格好良いですし、こういうのをギャップ萌えというんでしょうか?」
この世界にもあったんだな、ギャップ萌え。 言葉自体存在しないものとばかり思っていた。
「…………可愛い」
「皆、少し落ち着こう。 ルナくんが可哀想なくらい顔真っ赤だ」
落ち着かせてくれるのは良いが改めて指摘しなくてもいいんじゃないか? 更に恥ずかしくなってきた。
「本当に、全然王様って感じがしないね」
「そんなことはない。 ルナくんは性格は完璧でルックスも完璧だ。 でもそれだけじゃなくて責任感も強い。 他のセブンスアビスに比べると欲が少ないかもしれないが、それでも良い王だ」
「ご、ごめんなさい……」
いや、熱く語らないでくれよ。 エイラも少し引いてるぞ? いや、引いてるのか? 何やら申し訳なさそうだが。
「実はね、ルナくん達のこと、みんなはあまり良く思ってないみたいなの」
それは今更だろ。 そもそもいきなり部外者が来て信用してくれるとは全く思えない。 というかありえない。
「さっきの黒髪の人魚ともその話してたろ?」
「なっ!? なんで知ってるの!?」
普通分かるだろ。 そもそも信用というのは時間を掛けて得るものだ。 こいつらは全員ちょっとチョロかった気がするが…………。
「この世で信用出来るものなんて仲間とルナだけよ」
「そうですね」
いや、そうですねじゃない。 何納得してんだシルヴィア。 フェシルもその考えはおかしいだろ。
「俺はエイラも信用してるぞ? わざわざ助けてくれるような良い奴だ」
基本的に無視するのが1番だろう。 それでも村の反対を押し切って手当てしてくれたんだと思う。 普通の人とは違うが、エイラは優しい人だ。 それは誇っていい。
「…………そうね。 ルナ、そういう人に弱いものね」
「ふふ、素敵ですね」
「ん…………恩人には敬意」
「私も感謝している」
結局全員エイラを信用してんじゃねぇか。 まぁ信用出来る奴は本当に信用出来る。 出来ない奴は知らん。 レスタとか馴れ馴れしく近付いてきては危険な役を全部俺達に押し付けたのだろう。 そう思うと腹立つが。
でも生き残る為にはそういう処世術も必要となるのだろう。 他者を蹴落とさなければ勝ち得ない未来もある。 ただそれが幸福ではないと俺は散々頭に刻み込まれている。 だからやる気は全くない。 それなら死を選ぶ方がマシだ。
「みんな…………」
瞳を潤ませたエイラはそれを堪えるように首を横に振った。 しかし潤みは全く消えてない。
「ルナくん達は本当に優しくて凄い人達ばかりなんだと思う」
「そうか? 受けた恩はきちんと返したいだけだ。 何か困っていることがあるなら相談に乗るぞ?」
相談事がない人など必ずいない。 多かれ少なかれ必ずしも誰もが抱えるものだ。
「それじゃあ…………えっと……来てもらえる?」
「…………? あぁ」
何やら深刻そうな話はあるらしい。 いきなり浮遊したエイラがさっさと進んでいってしまう。 俺たちはその後を追った。




