桃色人魚は目覚めを待ち続ける 一
「ん…………」
ゆっくりと目を開ける。 見慣れない茶色の天井だった。 頭がボーッとする。
何があったんだか。 …………そうだ、俺達リヴァイアサンの津波で流されて。
「っ! あいつらは!?」
「わわ!? いきなり起き上がったら駄目だよ…………」
「え…………」
そこには見知らぬ人魚がいた。 桃色の長い髪に同じ色合いの大きな瞳、高い鼻、ぷっくりとした小さな唇などお世辞抜きで美人だ。 一瞬女優かと思った。 綺麗な白色のドレスに身を包んでいるが大きく出っ張った胸が主張している。 全体的に優しげ、というよりはほんわかしているイメージだ。
「あいつら、というのはこちらの方々?」
桃色人魚が指差したのは俺の横。 そこには確かに俺の探しているあいつら、フェシル達が布団で眠っていた。
「全員あなたの服を掴んでたよ?」
「そ、そうか」
良かった…………。 全員無事のようでスヤスヤの心地良さそうな寝息を立てている。 多少怪我をしているみたいだがそれも手当てされた後だった。 ちなみに俺も。
「冒険者なの?」
「あぁ、まぁな」
「全員ここに打ち上げられてるのを見た時はビックリだったよ」
それなら結構流されたんじゃないか? あの海岸からは他の陸なんて見えなかったし。 全員よく無事だったな…………運が良い。
「あー、えっと。 介抱してくれてありがとな。 俺の名前は紅月 ルナだ」
「アカツキ・ルナくんだね。 私の名前はエイラ・モモシキ。 よろしくね」
握手を交わす。 この人は普通に良い人である。 多分。
「ルナくん––––––」
あ、いきなり名前で呼ぶのな。 別にいいんだが、距離感が近い。
「何があったの? ここって今まで人が来たことないんだよ?」
「そうなのか? いや、まぁ俺達は魔物の攻撃で海に流されただけなんだが」
「流された!? そ、そうなんだ。 でもそんなこと出来る魔物っているの?」
「リヴァイアサン」
素直に答えたところ目をパチクリとされた。 そんな様子で絵になるのだから流石は美人だ。
「り、リヴァイアサンって四神だよね…………?」
「そうだな」
「た、戦ったの?」
「あと一歩のとこまで追い詰めたんだけどな。 結局負けちまった」
まさか一気に全員流されるとは。 やはりあの時最初はガードしていて正解だった。 諦めて流されていたら勢いが強過ぎて全員離れ離れになっていただろう。 若干収まった後だったから全員一緒だったわけで。
「あと一歩!? る、ルナくんってそんなに強いの!?」
「一応冒険者ランクはミスリルだけど」
律儀にもまだ首についていてくれたネックレスを引っ張り出す。 半透明の水色に輝くその鉱石にエイラが驚く。
「な、なんだか凄い人達を助けちゃった…………?」
「凄いかどうかはともかくとしてまだあるんだが。 一応セブンスアビスって肩書きが」
「セブンスアビス…………王様でした!? 失礼しました!」
慌てて距離を取られた。 下半身尾ヒレなのに器用だ。 そのまま敬うように頭を下げられる。
「いや、そんなにしなくても…………。 こいつらも守れないような不出来な王なんだ。 敬わなくても」
「いえいえ、そんな」
「じゃあいつも通り普通に接してくれ。 あまり敬われるのは好きじゃなくてな」
「そ、そう…………?」
伺うような上目遣いに頷いてやる。
そもそもそこまで敬われる謂れもないだろう。 例え王だと言っても選ばれただけの王だ。 民からの決定ではない、仮の王みたいなものだ。
「しかしここはどこだ…………? 俺達どれくらい流されたんだ?」
「ここはエルシャ島って言って私達海人族が住んでる島だよ」
「うぇぇ!? …………ま、マジで?」
エルシャ島って幻級の島国なんだが…………。 その存在自体が疑われるほどの。 それとも現代ではもう行き来出来るようになったのか? いや、そういえばこの島に人が来たのは初めてとか言ってたな。 なら俺達世紀の大発見なんじゃないか?
「ん…………んぅ?」
寝ぼけた瞳のクロエがゆっくりと上体を起こす。 そして焦点の合っていない瞳を俺達に向ける。
「おはよう」
「ルナくん、おはよう」
しかし何やら柔らかい雰囲気だ。 寝ぼけたクロエはいつもこんななのか。 起きるのが俺の方が遅いから初めて見た。
「…………ルナ……くん?」
「ん?」
何やらエイラが俺の名前を呟いた。 不思議と顔が赤くなっていった。 何故かは知らないが。
「も、もももももしかしてなんだけどね? 名前はアカツキ・ルナじゃなくてルナ・アカツキ?」
「ん? いや、紅月 ルナだ」
「そ、そうじゃなくて! な、名前ってどっち?」
「名前? ルナの方だが」
「…………」
エイラが絶句した。 そして少し固まった後に慌てたように土下座を始める。 下半身の魚部分が床にぴったりくっついているので土下座とは呼べないのだが。
「す、すすすすいません! 親しくもないのにいきなり名前で呼んで!」
「ん? …………あぁ、そういうことか」
つまり俺の名前の方がアカツキだと思ってルナくんと呼んでいたのか。 この世界ではそれが普通だ。 ようするに苗字と名前がひっくり返っているのがこの世界の常識だ。
「いや、俺の元いた世界では名前が後に来るんだよ。 だから紅月 ルナはこの世界じゃルナ・アカツキになるな。 あんま気にしなくていいぞ」
「え…………い、いいの?」
「別に名前で呼んでくれて構わない。 俺もエイラって呼ぶぞ?」
普通に頷いてくれた。 最近ようやく人を名前で呼ぶのに慣れて来た俺である。 日本じゃそこまで親しい奴もいなかったしな。 せいぜい男くらいだ。
「そ、それじゃあルナくんで」
「あぁ」
「…………ルナくん、また新しい女の子と仲良くなっているのかな?」
クロエさん? なんか言い方がおかしくないですか? 別に俺は望んでハーレム作ったわけじゃないんだけど。 もちろん嬉しいし楽しいけど!
「この人恩人な」
「む、そうだったのか。 すまない、私の名前はクロエ・クロシュバルツェだ。 よろしく頼む」
クロエも名乗った。 というか頭がスッキリするの早過ぎないか? 俺なんて最低1時間はいるぞ…………。 今日はみんなの安否に焦って一瞬で目が覚めたが。
「全員無事か…………良かった……」
「本当にな。 運が良かったな」
「流石のリヴァイアサンの攻撃も最後のガードはかなり効いたんだろう。 ルナくんとセリーヌさんのお陰だ」
「ほ、本当にリヴァイアサンと戦って来たんだね…………」
まぁあまり信じられないのも無理はない。 しかし30人いて勝てない相手と同等レベルの魔物を俺達は殺そうというのだ。 こんなとこでは死ねない。
「それより聞いて驚け。 ここはエルシャ島らしいぞ」
「っ!? 伝説の島国じゃないか!?」
「で、伝説になってるの?」
やはりまだまだ見つかっていない場所だったらしい。 クロエも仮にも冒険者、興奮を隠せないでいる。
「凄いなぁ…………」
「本当にな。 全員起きたら島の探索とかしたいな」
「そうだな!」
良い夢が広がる。 特にここは海人族の島だ。 つまりは男の楽園である人魚がわんさかいるわけだ。 別にそこまで興味はないが、1度来ては見たかった。 生人魚を拝めるのはそうそうない機会だ。 もう既にエイラを見て達成されているのだが。
「案内くらいなら出来るけど…………」
「いや、そこまでお世話になるわけにはいかないだろう」
「そうだな。 見て歩くくらいなら怪我人の俺達でも出来るぞ」
頭の包帯を少しズラして傷の度合いを確かめる。 するとたらーっと血が垂れて来た。
「傷口開いているじゃないか!」
「わわ! た、大変! すぐに手当てしないと!」
「いや、こんくらい唾つけときゃ治るだろ」
日本では緊急事態だろうけどこの世界での生傷など当たり前だ。 もちろん俺は全身ボロボロになったり腕や肩に槍が突き刺さったこともあるので大したことはないと思っている。
「そんなことない! すぐに手当てを! ああ、鞄が流されているのか!」
「落ち着け」
「私がやるよ? ルナくん、じっとしてて」
「いや、だからな?」
「お部屋、汚されると困るから。 ということにしたら素直に手当てさせてくれる?」
「もう何も言えなくなっちまったぞ…………」
流石に部屋を汚すわけにはいかない。 ならば大人しく手当てを受けるしかないわけで。 自分でやると言っても聞いてくれなかった。
じっと手当てを受けているとフェシルとシルヴィアが同時に目を開け、勢い良く上体を起こした。
「み、みんなは!?」
「皆さんは!?」
「全員無事だから落ち着けよ」
うん、まぁ気持ちは分かるし俺も同じことしたけどな?
「ルナさん! ってその方はどちら様ですか?」
「海人族…………? どうしてこんな所に……いえ、それよりここは?」
「エルシャ島だってよ」
「「うぇぇ!?」」
なんだその変な声は。 俺も同じこと言ったし同じ反応したけどな? こいつら見事に俺に毒されてんじゃねぇか。
「ルナくんの周りって賑やかだね…………色々な種族がいて」
「一緒にいて飽きないだろ?」
「何よその評価は」
いや、実際一緒にいて楽しいしな。 日本のように平和な日常も良かったが、それはどこか嘘っぽく、気持ちの悪いものが充満していたように思う。 つまりはこいつらが日本にいたなら完璧というわけだ。
「…………おはよう」
遅れて最後にセリーヌが起き上がる。 そのまま俺の手当てを終えたエイラを見て一言。
「…………新しい愛人?」
「えぇ!?」
「誤解招くような言い方するんじゃねぇよ!」
俺のツッコミが部屋中に響き渡った。




