白銀のエルフ 終
「復讐したい」
それはギルドへの報告を済ませ、これから何をしようかという時だった。 淡々と告げられた、しかし妙に重い言葉に俺達は同時にセリーヌに視線を向けた。
「あの魔物に…………復讐したい」
あの魔物、というのにピンときた。 恐らくは村を、そして村人を全員焼き殺したその魔物を殺したいのだろう。
「…………お前が望むなら、俺はそうしよう」
「ルナが行くなら私も行くわ。 それに、仇が取りたいんでしょう?」
「わたくしも協力致します。 殺すのはあまり得意ではないのですが…………セリーヌさんの頼みですものね」
満場一致だ。 俺達の返答が意外だったのかセリーヌは目を見開いた。
「…………いいの?」
「当然だ。 言ったろ? 俺達と一緒に来ないかと。 それを誘ったの、俺だぞ?」
「ん…………それとこれとは別問題」
「そうなのか?」
2人に視線を向けると微笑み返されるだけだった。 変なこと言ったか俺?
「それを当然だと思っているのがルナさんです」
「だから素敵なのよ」
「ん…………今理解した」
何か勝手に理解されたがまぁいいだろう。 現状出来る最善のことと言えばまずは魔物の特定からか。
「その魔物、どんな姿だったか覚えてるか?」
「姿は大きな鬼。 3mくらいの。 …………後は身体が赤かった」
「赤い鬼…………? 炎を使う赤い鬼なんかいたっけ?」
「「…………」」
2人も該当なしのようだ。 俺も全く思い付かない。
少し考えていると鬼というよりは悪魔に近い姿が連想された。 というかもしかしてこいつのことか?
「そいつって頭に太い角が2本生えてないか?」
「ん…………そう」
「…………なるほどな」
どういう魔物なのかよく分かった。 しかしかなり厄介な相手だ。 現状で勝てるのか微妙なところだな。
「ルナ、何か分かったの?」
「本当ですか?」
「あぁ、多分だが。 とりあえず別の魔物かもしれないし、情報屋にでも行くか」
情報屋とは名前の通り情報提供をしてくれる人物である。 俺は顔が広くはないが、一応有名な情報屋の場所くらいは知っている。 行くのは初めてだが。
鍛冶屋の5軒隣の店へと入る。 中は閑散としていて、しかし壁一面に貼られた大量の紙切れが異様に目立つ。 逆にそれ以外がないくらいだ。
「らっしゃい」
「情報が欲しい。 とりあえず魔物の情報なんだが、イフリートの」
「あいよ」
俺が注文すると30代くらいのヒゲを生やした渋いおっさんは奥の部屋へと消えていった。 フェシルとシルヴィアが興味深そうに周囲を見回し、セリーヌは相変わらずシルヴィアの尻尾をにぎにぎして楽しんでいた。
一応セリーヌの為に来ているのでセリーヌだけでも真面目にして欲しいのだが。 まぁいいか。
おっさんが戻って来て資料と引き換えにその分の金を払うとセリーヌに近付く。
「っ!?」
「いや、そんなにビックリしなくても。 探してるのはこいつでいいのか?」
俺はイフリートの絵を見せた。 写真という概念がないのでこうして模写された絵が出回っているのだ。 石の洞窟で調査員がしていた魔物の絵を描くという行為はこういう時の為にある。
「っ! ん…………それ」
「これって…………イフリートよね?」
「イフリートって伝説級の魔物じゃないですか?」
「まぁ、そうなっちまうな。 厄介なのは確かだ」
過去にイフリートと戦ったオーレリアの記憶がある。 炎神厄災と言われるほどに恐れられる存在だ。
イフリートが現れた土地は全て焼かれて何1つ残らないとされる。 伝説級といっても問題ねぇなこいつ。
「強い?」
「かなりな。 セリーヌの実力は知らんが、俺達3人で挑んでも勝率はかなり低いと思う」
「そう…………」
「悪いセリーヌ。 もうちょい仲間が集まって戦力が充分になってから挑んでもいいか?」
「…………諦めないの?」
「え? 諦めなきゃいけないのか?」
なんで諦めるなんて選択肢が?
「復讐したいんだろ? なら確実に仕留める。 その為にも今は耐えて欲しいってだけだろ?」
「いいの?」
「当然だろ? え? 何か問題が?」
「…………ない」
問題はないようだ。 なんでそんなに詰まってたのかよく分からん。
「ルナさんは1度決めたことはいずれ必ず成し遂げると思いますよ」
「そうね。 だからセリーヌ、今は少し我慢しましょう?」
「…………ん。 私1人でも勝てない。 ルナに任せる」
「おう、任された」
俺はセリーヌに手を伸ばすとその頭を撫でる。 素直に頭を撫でさせてくれる。
前までは触れられるのも嫌がられたというのに。 俺とセリーヌの距離もかなり近付いてきたな。 素直に嬉しい。
「…………ルナ格好良い」
「ふふ、そうね。 これで私達と同じ、ルナの仲間で家臣で恋人ね」
「そうですね。 では一緒にルナさんを甘やかしてニヤニヤしましょう!」
「いや、なんでだよ」
「ん…………」
「頷くな」
なんでみんなして俺を甘やかそうとするのか。 俺はそんなに甘えたいわけじゃない。 いや、嬉しいのは嬉しいよ?
「優しい……可愛い……格好良い……」
「そうよね。まさしくルナに当てはまるわね」
「ルナさんは素敵ですからね」
「同じことばっか言ってんの分かってるよな? 恥ずかしいからやめてくれ」
素敵だの優しいだのもうやめて欲しい。 これ以上俺を褒めて何がしたいんだ。
「ならルナさんの方から何かしてくれますか?」
「何かって何をだ?」
「そこはほら、男の子がリードしてくれないと」
「…………じゃあデートとか?」
「っ! 良いわねそれ!」
「名案です! 行きましょう!」
「ん…………早く行くべき」
なんかいきなり3人のテンションがおかしくなった。 セリーヌは相変わらず無表情なのだが目が輝いていた。
4人で街を歩き、しばらくの間ウィンドウショッピングを楽しむ。 すると割と利用する服屋に着いた。
「あ、丁度良いですからセリーヌさんのお洋服買いませんか?」
「そうだな。 ギルドで臨時収入も入ったしな」
「そうね」
「…………いいの? 私何もしてない」
「仲間なんだから遠慮すんな」
と言ったものの少し後悔した。 フェシルとシルヴィアは着せ替えが好きだ。 大好きだ。 趣味といってもいいくらいだ。
様々な服を着せられるセリーヌを見る。 時折メイド服とかナース服っぽいのも見られて眼福です。
「…………ルナ、お注射する?」
とかなんとか。 うん、完璧。
「…………ご主人様?」
うん、これも完璧。 などと頭の中で勝手に台詞が浮かんでくるのがヤバイな。 実は俺って結構変態なんじゃないか? ヘタレ紳士なのか?
「…………これの時ルナの目付きが違う」
そう言うセリーヌが持った服はメイド服もどきとナース服もどき。 うん、バレてぇら…………。
「これが好きなんですか?」
「そうなの?」
「…………まぁ嫌いじゃない」
これはもう好きと言ってるようなもんだな。 というか嬉々としてフェシルとシルヴィアも同じような服持ってくるし。 これはあれだな!
「コスプレとかマニアックだな…………。 嬉しい自分がいるのが恥ずかしい」
是非それぞれの洋服にあった台詞を言って欲しいものだ。
それぞれのコスプレ服とセリーヌの洋服を買った後に見晴らしの良い高台へと来ていた。 沈みゆく夕日が見事に空を赤らめており、綺麗な景色を作り出していた。
「綺麗…………」
「はい…………」
「ん…………」
「そうだな」
その景色に3人の美女を感動している。 ここでお前らの方が綺麗だとか言うのは恥ずかしいから言わない。 でも事実だ。
「ルナ…………」
「ん?」
「…………ありがと」
「何がだ?」
「寂しかったのが嘘みたい」
寂しかった、というのは長年孤独に耐え続け、王の強襲にさえ耐えきったセリーヌにとってはかなり重い言葉なのだろう。 直接それをどうにか出来るとは思えない。
ただ、和らげられるのならそうしたかったから。 俺自身が彼女のそばにいたいと思ったのだから。
「まぁ、多少賑やかになった、程度に思っておけばいいんじゃないか?」
「ん…………ルナ大好き」
「へ?」
今なんて言われた? もしかしなくても告白された?
「こうしてルナは順調にハーレムを築き上げて行くのよね」
「ルナさんですから。 当然だと思います」
「人を色情魔みたいに言わないでくれるか?」
別に俺が望んで惚れさせたわけじゃない。 …………いや、好きでいてくれるのはありがたいし悪くはない。 むしろ良い。
「フェシルとシルヴィアの気持ち、よく分かった」
「そうね。 一緒にルナとイチャイチャしましょう」
「3人だと色々と考えないといけませんね。 いつもは2人でしたから腕に抱きつけましたけど」
何やら女性陣で相談し始めた。 そこに俺の意思はないのだろうな。 俺が関わってるのに。
沈みゆく日に黒く染まって行く空。 俺はその下で静かに思う。
俺の仲間が幸せであればそれでいいと。 辛い過去を持つ彼女達の為に精一杯前に進もうと。




