プロローグ 三
「ひいぃぃぃ!! や、やめ! やめてください!」
「…………」
泣き叫ぶ天使に躊躇いなく拳を振り抜く。 四肢をもぎ、顔を潰し、首をはね、胸の奥の心臓を破壊する。
幾度となく再生される身体を幾度となく破壊する。 その光景は残虐に見えるかもしれない。 しかしこの世界の真理はこうだ。
『敵は殺す、どんな手段を使ってでも』
故に俺は王として選ばれたのかもしれない。 残虐なことだろうと何だろうと、敵は必ず殺すべきだ。 それがいつ自分に歯向かってくるのか、牙を向けるのか分からない。
「神力が! もう神力が無いんですぅ〜! 許じでぐだざぁい!」
「…………」
泣きつくように俺の足に抱きついた天使。 俺の拳が軽く震える。
あんな記憶を見せられて、あんな地獄を見せられてなお、日本にいた頃の俺がこんな残虐なことをしたいとは思えないのだ。
しかし敵は殺さなければならない。 いずれ牙を向けられるのなら今の内に。 出来る内に。
「お願いじまずぅ〜!!」
「はぁ…………」
俺は溜息を吐きながら頭をかく。 やはりここに来て俺は日本人なのだろう。
どれだけ他者の記憶を植え付けられようが、他者の記憶を共有しようが、俺の性格自体が変わるわけではない。 むしろよくここまで追い詰めれたと自分に感心するくらいだ。
「フフ、だから甘いのよぉ!」
突然の豹変。 とは思わない。 こうなることはある程度分かっていたからだ。 そしてそうすることで日本の俺を完全否定する。 自分で自分を否定するというのも妙な話だが。
雷伝とは零距離でしか使えない。 が、ここまで密着されれば当然雷を伝えることなど容易い。
流れ出た雷が天使の全身を焦がし、その意識を奪う。 力無く倒れようとした天使の顔面を拳が貫く。
もう再生することなどない。 神力が尽きているのは本当のことだったのだ。 俺の魔眼はそれをきちんと見ていた。 再生能力を使うたびに神力が消費される。 やはり無限というのはあり得ないのだ。
「はぁ…………」
後味は悪い。 しかし納得は出来たのだと思う。 これがこの世の全てなのだと。 真理なのだと悟らせるには。
「だから嫌なんだよ。 こんな世界」
出来れば日本に戻りたい。 あのたわいもない、代わり映えのない毎日が今は懐かしく感じてしまうくらいに心が疲れてしまったのだろう。
死んで塵となっていく天使の死体を見つめながらそんなことを思った。 初戦の相手としては厄介。 しかし世界の常識を悟らせるのには充分な相手だった。
「とりあえず急いで離れないと。 確か仲間を呼んだとか言ってたな。 …………そう簡単に探知魔法が使える天使がいるとも思えないしな」
もしかすれば再生能力と探知魔法が売りの天使だったのかもしれない。 だからこそ集団行動をしていた。 あとそれなら弱かったのも頷ける。
基本的に王の居場所など分からないものだろう。 しかし天使はそれすらも簡単にやってのけた。 つまりはそういうことだ。
俺は少しだらけ気味にその場を後にする。 疲れたのだ。 肉体的にはセブンスアビスの影響かまだまだ余裕だ。 しかし心は酷く疲労しているように思う。 端的に言ってどこかで休みたい。
「ハラヘッタ」
「…………?」
当然今のは俺の声じゃない。 というか人間の声じゃなかったと思う。 周囲をキョロキョロするも声の主は見つからない。
「???」
改めてキョロキョロするも何もない。 上を見ても異常なし。 なら下にいるわけだ。
「ふん!」
鬱陶しいので雷殺拳で地面を砕いた。 すると砕けた地面からギロリと大きな目が現れる。
「アアァァァァ!! メガァ! メガァ!!」
「すっごい聞き覚えがある台詞だな…………」
呆れながら目玉を蹴り飛ばす。 次いでその化け物の身体が爆散した。 天使とのやり合いで手加減するのを忘れていたのだ。
恐らくは地中に潜む大型の魔物だろう。 何かの方法で地面に引きずり込んで食らってくるのだ。 そんな奴もいた気がする(うろ覚え)。
どうでもいい魔物を無視して更にだらだらと走る。 中学時代の持久走を思い出して遠い目をしてしまうのは関係ない。
他にももっとトラウマ級の記憶があるというのにそんなにどうでもいいことを思い出すのは俺がよっぽど呑気だということだろう。 俺自身のんびりするのは嫌いじゃないし、急かされて生きる方が疲れる。
「にが! さない! よくもアネさんを!」
「っ!」
黄金に光る槍が突然俺の真横に突き刺さる。 もちろん殺気で気付いてたんだけどな。 ここまでビンビンに感じるのは初めてだ。
そしてアネさんを、という恨みの込められた言葉から相手は想像出来る。
「…………天使か」
それは黒髪セミロングの小さい天使だった。 150cmくらいだろうか。 全体的にほっそりしている。 顔は酷く憤慨していることを除けば可愛いと言えなくもない。 多分。 憤慨しすぎててよく分からん。
「うがぁぁぁぁ!!」
よく分からない雄叫びを上げながら槍の先端をこちらに向け、突っ込んでくる。 多分槍に触れたら浄化されて大量の魔力を持っていかれることだろう。 ならば掴むのは…………。
「ふっ!」
顔面を掴んで雷を流す。 すると雷は浄化されて消えていった。 雷伝が全く通じなかった。
「ちっ…………! 神聖高過ぎんだろ」
軽く舌打ちをしながら慌てて離れる。 このままでは近付くだけで魔力を失いかねない事態だ。
行動パターンは幼稚なものの神聖という神に近い身体の作りをしているせいか魔法が効かない。
ご想像通り神には魔法という類の攻撃は一切通用しない。 もちろんセブンスアビスの力を持ってすればその神聖すらも超えることは可能だが、俺の場合はそれが刀がなければ不可能なのだ。
「ウルサァァァイ!! 死ねぇ! 死ねぇ!!!!」
遠慮なく、そして無鉄砲に槍で突いてくる。 その全てを半身になって避けながらくるりと回転して天使の背後へと回り込む。 同時に足を後ろから蹴り上げる。
「風殺拳」
体勢を崩し倒れかけている天使の顔面に拳をめり込ませる。 風魔法により速度を上昇した拳だ。 これならば神聖が高かろうと関係がない。
そして情けや容赦はもうしない。 徹底的に破壊してでも殺し切る。 そうしなければこちらが殺されかねない。
先程の天使が特別だったようだ。 高速再生は見られず、そのまま力尽きて神力が飛び散って消えていった。
思いの外楽だったのは敵が我を失うくらい怒り狂っていたからだろう。 もし冷静だったのならば魔法の効かない強敵となっていたわけだ。
「はぁ…………このまま神本人が攻めて来ちまったらやべぇな……。 早く街とか探して鍛冶屋見つけないと。 いや、その前に金の調達か……?」
鍛冶屋に行く前に金が必要だ。 どうしたものか。 とりあえず走るか。
ブルの猛突進を避けながら草原を駆けていく。 天使の暗殺とかもうごめんだ。
「ブルァ!」
「あ? でか」
全長10mほどの馬鹿でかいブルがいた。 荒い鼻息が酷く気持ち悪い。
俺は雷を纏った拳でブルの顔面を殴り飛ばす。 天使と違ってただの魔物、それもブルは楽だ。
飛んでいったブルはそのまま倒れて動かなくなった。 こんな大きさのブルなら売れば高いんじゃないか? 今現在の物の物価など全く分からないが。
俺はブルの死体を引きずりながら走る。 持ち上げた方がいいか? ということで持ち上げて走る。
「…………あれは街、か?」
酷く小さいが街のようなものが見えるような気がする。 今現在の時刻は夕暮れ。 つまりは俺は1日半くらい走っていたわけだ。 セブンスアビスだからといってこの体力は異常だ。
「…………ま、いいか」
受け継いだ記憶の主が強かったのだ。 このくらいにまで成長していてもおかしい話ではないだろう。
そう思いながら走っていると目の前にゆっくりと降り立つ1体の天使。 面倒だ。
「…………」
「…………」
その天使は酷く無表情だ。 セミロングで、日本では小学生と間違えるくらいに小さい。 ロリっ子と言うべきだろう。
その無表情の少女は俺を一瞥すると空を見上げる。
「…………」
「…………」
相変わらず無口無表情。 そして殺気も何もないのだ。 ただ俺を見るだけ、それ以外は何もして来ない。
無言の時間が続く。 そしてようやく天使に動きがみられる。 翼が大きくはためいた。
「…………もう来ない」
「は?」
小さい声で、それでも不思議と通る声だった。 天使はそのまま空へと飛んでいく。 夕暮れに染まる空へと消えていった。
「はぁぁ…………良かった」
こちらを伺い、試すような視線だった。 先程殺した2人の天使と違い、慎重に動く性格なのだろう。 勝てないと見込んで飛び去っていったのか。
あの天使の話を信じるのなら今日はもう来ないと思ってもいいのだろう。 いや、そういうことを言って俺を油断させる為の罠か?
「んー…………分からん」
幾ら考えても無駄なことなのだが。 俺が深読みしすぎなのか? いや、敵の言葉など普通は信じないだろう。
しかしあの天使が実際に殺気や、それどころか敵意も感じなかったのは事実だ。
もしかして、という可能性が俺の頭によぎる。 前の記憶の主も思っていたことだ。
頭を押さえると思い出されるのはその人物とは別の記憶。 分かりづらいとは思うが、事実だ。
実は前の記憶の主はセブンスアビスだったのだ。 荒廃した世界で懸命に生き残っていたところを深淵に吸い込まれてこの世界に来た。 つまりは神だけでなく天使の特徴もある程度は分かっているのだ。
俺が受け継いだ記憶の主の名はオーレリアという少女の記憶だ。 そのオーレリアが受け継いだ記憶の主はハグロウという男だった。
ハグロウはセブンスアビスの側近だった男で何度も天使と交戦した経験がある。 それどころか神との戦闘にすら参加していた。 その為に天使の情報も割とあるのだ。
「…………」
思い出してみると天使にも色々な奴がいる。 最初のように好戦的な奴、次に来た復讐者、そして最後の傍観者。
ここからは過去の想像と俺の予想を踏まえて導き出された結論。 恐らく天使は自分の意思でセブンスアビスを殺しに来ていないということだ。
もしかすれば俺達と同じく向こうも選ばれた何者かなのではないか。 それも天使ではなく神が。 そしてあの神に仕えている天使は神の意向に沿っていると仮定すると頷ける。
「はぁ…………頭痛くなって来た。 とりあえず街まで急ぐか」
俺はとりあえず急ぐことにした。 あの天使の言うことはあまり信用出来ない。 仮に俺の想像が正しければ余計に。
7つの深淵ならぬ7つの降臨とやらでもあるのだろうか?
あくまでも想像の域だ。 俺はそれらの思考を全て振り切って足だけを動かすことに集中した。




