白銀のエルフ 一
あの研究所はあってはならないものだ。 技術的なものは言わずもがな、他の人物には実現が不可能なものが多く、更には人体実験を認めるわけにはいかない。
あの改造された女の子達も全員運び出して研究所そのものを破壊した。 思い切り容赦無く。
調査員も何も言わず、ただ俺の行動を肯定し、手伝ってくれた。 この人は意外と良い人だ。
「…………」
墓の前で手を合わせて供養する。 こんなことをしたところで彼女達の命が戻ってくることはない。 しかしそれ以上に俺が自己満足の為にそうしたかったのだ。
「1人だけでも助けられて良かったですね」
「…………多分死なないんじゃなく、死ねなかったんだろうな。 自動再生能力は良くも悪くもそうなっちまう」
「彼女のこと、知っていらっしゃるんですか?」
「…………そうだな。 話す約束だったもんな」
彼女は…………ハグロウが仕えたセブンスアビスとエルフの女性との子孫だ。 当時種族間の争いが酷かった頃、2人は恋に落ちたという。 正確にはハグロウもその女性のことを好いていた。
その女性の名前はセシル・シルシス。 銀髪に綺麗な青い瞳を持った優しい女性だ。
彼女は強く、気高く、だからこそセブンスアビスですら彼女のことを好きになった。 ハグロウも当然だったが自分の恋心をしまい込み、2人のことを応援していた。
健気なものだと記憶を共有した俺ですら思う。 しかしその決断がどれだけ心を傷付けたか、それも俺は知っている。
2人の恋を皮切りに今現在、人間はエルフと協定関係にある。 つまりは2人のおかげで今があるのだ。
「…………自動再生はそのセブンスアビスの能力だ。 あいつも死ぬことを諦めていた。 もちろん天敵の神にそれは通じなくて死んじまったけどな」
「そう、だったのね」
「…………ルナさんはやっぱり優しいです」
「え?」
何故、今そんな話になるのだろうか。
「例え記憶を見たとしても必ずその良い部分を肯定するわけではないですよね? 日記にあったセブンスアビスのように曲がった考えをするかもしれません」
「そう…………なのかな。 でもな、日記のセブンスアビスも多分元は悪い奴じゃなかったんだと思う。 幼女とか書いていたけど、それでも大事な仲間だったんだろうな。 それが全員死んじまって、ダンジョンの奥地に追いやられて、心が壊れたんだと思う」
「そうかもしれないわね。 …………それで、ルナはこの子をどうしたいの?」
暗くなりそうなところをフェシルが無理やり話題を変えてくれる。 俺の黒いコートに包まった彼女を抱える。
日記には幼女だと書いていたが、多分そのまま成長してしまったのだろう。 しかも気になることも書いていた。
「…………シルヴィアの時と、同じなんだろうな」
「そうですね。 本来ならダンジョンに1人で入ることなどあり得ないです。 それも、その時は子供だったんですよね?」
過剰な力は恐怖そのものだ。 シルヴィアの時と同様に同族と上手くいっていないのだろう。
「なら…………なんとかしたい。 俺のワガママで、身勝手な押し付けなんだろうけど。 俺は彼女を助けたい」
「ルナがそう決めたのなら、それでいいわ」
「わたくしも、異論はありません」
2人が微笑んで肯定してくれる。 本当にありがたい。
「ありがとな」
俺は短く、しかし精一杯の思いを込めて礼を言った。
神や天使に見つからないよう急いで森と草原を駆け抜けてようやく街に戻ってきた。 徹夜になってしまったのはこの際目をつむった。
「お疲れ様。 悪いな、俺の都合でこんなことになっちまって」
調査員は首を横に振る。 流石はジーナだ。 人選が完璧過ぎる。
調査員と別れて俺はすぐに宿屋へと向かった。 フェシルとシルヴィアは別れて大きめの服を買いに行ってもらった。
もしかすれば俺を1人にするという意味もあったのかもしれない。 本当によく出来た仲間達だ。 この恩はいずれ何かの形で返したいと思う。
エルフの女性をベッドに寝かせて近くの椅子を持ってくる。 その寝顔は美しく、ひとつの芸術品のように思える。
その頬に、そっと触れてみた。 冷たい感触はなく、温かく柔らかい感触が返ってくる。 ひとまずは安堵した。
「ん…………」
「っ!」
ゆっくりと、その綺麗な青い瞳が開かれた。 その女性は俺の姿を見るなり目を見開き、同時に距離を取ろうとしてベッドから落ちた。
「うお、だ、大丈夫か?」
「…………誰」
そこには明らかな警戒が見て取れる。 でもとりあえずは服をきちんと着て欲しい。 半脱ぎってエロいよなとかちょっと思ってしまった。
「変な研究所に入れられてたのを助け出したんだ。 覚えてないか?」
「…………誰」
駄目だ、話通じねぇ。
「俺は紅月 ルナ。 セブンスアビスって言ったら怖いか…………?」
「っ…………!」
明らかに警戒された。 ロリコンクソ野郎が。 あいつのせいで前途多難じゃねぇか。
「すぐに警戒するなっていうのが無理だろうけど信用して欲しい。 …………俺が受け継いだ記憶にお前の祖先のこともある。 えっと…………ベリスって言って分かるか?」
「べ……リス?」
「こ、こっちは無理か。 じゃあセシル・シルシスって分かるか?」
「っ!? …………おばあちゃん」
え、おばあちゃん? いや、確かにエルフは長寿とされている。 けど長生きし過ぎじゃないか? 何百年前の話だよ。
「ベリスっていうのはセシルの夫の名前だ。 人間だからそこまで長生きは出来なかったんだろうけど…………おばあちゃんから聞いたことはないか?」
「…………あるようなないような」
良かった、きちんと話はしてくれるようだ。 コミュニケーションが取れなければもうどうしようもないからな…………。
「俺の受け継いだ記憶はハグロウっていう奴でな。 そのベリスの仲間だった男だ」
「…………」
キョトンとしている? ちょっといきなり過ぎたか? 見た目は女性でも中身はまだ子供なんだろうし…………。
「…………紅月……ルナ…………」
「うん、紅月 ルナだ。 お前の名前を聞いてもいいか?」
「……セリーヌ・シルシス」
よかった、きちんと名前も教えてくれた。 俺が手を伸ばそうとするとセリーヌはビクッと全身を震わせた。
「俺が…………怖いか?」
「…………」
その沈黙は肯定なのだろう。 雰囲気でなんとなく察した。 例え自分の祖母の知り合いの記憶を持っているからといって俺に気を許せるかはまた別問題だ。
「ただいま」
「ただいま戻りました。 あ、起きられたんですね」
フェシルとシルヴィアが大きな白い服を買って戻って着た。 これでとりあえず目のやり場に困らない。
「俺ちょっと出てるな」
「えぇ」
着替えをするなら外に出ていた方が良いだろう。 なんかもう手遅れな気はしたがそれが一応紳士的な対応だろう。
部屋の外で壁を背に窓の外の空を眺める。 もうそろそろ昼だ。 そして俺達は徹夜明け。 大きく欠伸を漏らしてしまう。
「あ、ちょ、て、抵抗しないでよ!」
「服着せるだけですから! ふ、服ですよ? る、ルナさんにあまり裸は見せちゃ駄目です!」
「そうよ! あの子止まらなくなったら凄いのよ!」
「そうですよ! そ、その分気持ち良いですけど!」
何やらとんでもない声が聞こえた。 眠気も吹っ飛ぶレベルの大変な内容だ。 そして俺がケダモノ扱いされたのはよく分かった。
「…………服くらい1人で着れる」
「そ、そう…………?」
「そ、そうですか…………?」
「ん…………」
ようやく落ち着いたか? まぁ呼ばれない限りは中には絶対に入らないんだけど。
「わぁ、髪だけでなく肌も白いです」
「髪もサラサラね。 瞳の色も綺麗だし…………」
「…………2人も美人」
おっと? 何やら馴染んでる雰囲気なのか?
実は俺がいるより女子達といた方がいいんじゃないか?
しかし、これから彼女のことをどうするか。 やはり親御さんに返した方がいいのだろう。 でも現状どうなってるのかの情報が全くないな。
「はぁ…………」
「ルナさん? もういいですよ?」
「ん? あぁ…………」
セリーヌのことを考えていてシルヴィアがドアを開けたのに気付かなかった。 戦場なら死んでたな、うん…………。
「考え事ですか?」
「まぁ…………これから彼女をどうしようかなと」
もちろん仲間に入れるのが俺にとっての最善。 でもそう簡単に俺のことを受け入れてくれるわけでもないだろう。
「セリーヌ」
「…………?」
「その…………お前は両親のとこに戻りたいよな?」
「…………いない」
「へ?」
両親がいない? どういうことだ?
「死んだ」
「…………そうか」
幼い頃にセリーヌを置いて死んでしまったのだろう。 ん? ということは彼女はこれまで1人で生きて来たのか?
「…………もしかしてセシルってまだご存命?」
「…………」
セリーヌは静かに首を横に振った。 セシルも流石にもう生きてはいなかったらしい。 いや、セリーヌがセシルと顔見知りということはつまりは近年までは生きていたということだろう。 会いたかったのだが。
「村人全員焼かれた…………変な魔物に……」
「…………」
つまり彼女は村から追い出されたのではなく全員死んでしまったということだ。 そして彼女だけは自動再生により生き延びたと。
「…………」
「そう、なのね」
「そうだったんですか…………」
俺だけでなく2人も悲しげな表情を浮かべていた。 本当に優しいのは分かるがあまりそういう表情をするのも良くないだろう。
「俺はともかく2人のことは信用出来そうか?」
「…………微妙」
「微妙か…………」
文字通り微妙な返答だ。 しかし彼女の本心なのはよく分かった。 だから俺はこう答えるだけだ。
「何なら俺達と一緒に来ないか?」
「…………?」
「いや、首を傾げられることを言ったつもりはないんだけど…………」
何やら返答も微妙なところみたいだ。 答えを急がせるつもりはない。
「まぁ頭の隅にでも入れておいてくれ」
「ん…………」
相変わらず無表情な彼女だが、この時少し瞳が揺れた気がした。 それが嬉しい涙の為か、恐怖の涙なのか、俺にはまだ判断はつかない。 しかし彼女にとって最良の選択を探したいと、そう思った。




