迷宮区『石の洞窟』 終
「ルナ、これは何かしら? なんだか読めない文字が書いてあるのだけれど」
そう言って渡されたのは日記だった。 中の文字は完璧に日本語だ。 この中で俺しか読めないわけだ。
『僕がこの世界に来たのは僕が32の時だ。 セブンスアビスというものに選ばれ突然殺風景な景色へと連れて来られた』
「32歳でセブンスアビス…………ルナさんの倍ですね」
「そうだね。 この年なら色々な判断が出来そうなもんだが…………まぁ続きを読んでくぞ」
『大変だった。 仲間と呼べる仲間はおらず、僕の記憶の主であるベルギルは極悪非道な奴だ。 鬼畜でドSのロリコンのクソ野郎だ』
「ボロクソ言うわね…………」
「いや、俺じゃないから」
『でもちょっと記憶の中の少女に興奮し––––––』
「よし、この日記燃やすか」
「やめなさい。 重要なことも書いてあるかも知れないわよ?」
「…………そうだな」
それから俺はページをめくって行く。 が、ほとんどがロリコンについての素晴らしさというものか書かれていただけだった。
この変態野郎、記憶を覗いたせいで見事に毒されやがった。 何してだよ…………。 俺も人のことは言えんが、流石にそんな妙な性癖に目覚めたりはしていない。
「ここからか」
ようやく見つけた本編に安堵する。 どんだけロリコンの素晴らしさ語ってんだよ。 ざっと10ページくらいあるぞ…………。
『この世界に馴染んで来て2年、僕にもようやく出来始めた家臣達(全員幼女)が殺させるという事件が起きた』
「全員幼女ってところで全く悲しみを共有出来なかったのだけれど」
「気にするな。 家臣が死んじまうのは悲しいのは俺はよく分かるけどな」
オーレリアも、それにハグロウも何人も仲間を失っている。 それがどれだけ辛いことかはよく分かる。 いや、ロリコンの気持ちは全く分からんが。
『気付けば僕は1人だった。 いや、神の仕業で1人にさせられた。 だから僕はようやくここに逃げ込んだんだ。 僕の能力は戦闘ではあまり役に立たないかも知れないけれど、極めれば全ての幼女をモノに出来るほどの力だ』
もうちょっと使い道考えろよこいつ…………。 俺達は全員で微妙な表情をしていた。
『だから僕はたくさんのゴーレムを作った。 あと大きいケンタウロス。 ロボタウロスって格好良いよね!』
「一瞬で壊れましたけどね…………」
「格好良かったかあれ?」
「いえ、全く」
やはり特別な感性をしている。 ロリコンだし小さいのが好きというわけではないのか? よく分からん。
『でもやっぱり幼女成分足りない。 幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女––––––』
「…………」
「ルナさん待ってください! あ、に、日記破れちゃいます!」
「ルナ落ち着きなさい。 全員気持ちは一緒よ。 私だって今すぐ破り捨てたいわ。 でもここは耐えないといけないの」
『幼女成分が足りない。 それに食料も足りない。あ、そうだ。 ここは僕のダンジョン。 ならばダンジョンに入って来た冒険者は僕の敵だよね?』
「…………あん?」
「なっ…………いきなり怖くなりました?」
「なんだか不気味ね」
『だから僕は1人、また1人と捕獲して、改造したよ。 ほら、いっぱいいっぱい友達が出来た』
「ごくっ…………!」
「こ、怖いです…………」
「幼女成分ってそんなに大事だったんだな…………。 俺もいきなり暴走しないよな?」
「いえ、そういうことではないと思うわ」
『僕の友達は全員地下室に入れておいたよ。 もちろん全員まだ生きてる。 僕仕様に改造しておいたけどね!』
「地下室…………」
キョロキョロと周りを見回すもそれらしきものは見つからない。 後できちんと探さなければ。
『幼女じゃない。 これも幼女じゃない。 僕の友達は幼女じゃな––––––』
「やっぱり幼女成分が…………」
「ここまで来ると否定出来なくなってきたけれどルナは平気よ。 大丈夫」
「そうですよ。 ルナさんにはちゃんとわたくし達がいますから。 あ、あの…………そういうことがしたいときはいつでも言ってくださいね?」
「幼女プレイとか新鮮だな。 …………でも残念ながら俺はロリコンじゃないんだよな」
やっぱりこいつの気持ちは分からん。 分かりたいとも思わん。
更に幼女について熱く語り始めたので数ページ飛ばす。 なんでこいつはこんなに変わっちまったんだよ。
『敵の1人に小さなエルフがやってきた。 久しぶりに見た幼女にテンションが上がる。 上がる上がる』
上がり過ぎだ。 怖いわ。
『そのエルフはなんと僕に反抗してきた。 腹をナイフで刺された。 血が止まらない。 痛い痛いよぉ』
「結構強いエルフだったんだな」
「小さいのに凄いですね」
「当然ね。 こんな奴は死んでもいいわ」
「まぁ落ち着けよ。 続き読むぞ」
『そのエルフはどんなに改造してもどんなに痛めつけても無意味だった。 身体が自動的に再生–––––––』
「…………」
「ルナ?」
「ルナさん? どうかしましたか?」
身体が自動再生だと…………。 い、いや、早計だろう。 まだ決まったわけじゃない。
「つ、続き読むぞ」
「え、えぇ…………」
「…………? はい」
『身体が自動的に再生してしまう。 その幼女は酷く無表情、無愛想で僕の神経を更に刺激する。 何度も性的に迫ると過剰に反応し、ついに僕は首を切られた』
「首を切られたのなら終わりね」
「はい、そうですね」
「…………続きな」
『ああ、視界が滲んできた。 それでも僕は最後の実験を行う。 おお、初めて反応があった。 金髪に変えることが出来た。 やはり魔物の血は大きく影響を及ぼすらしい。 それでも数秒後には銀髪に戻って––––––』
「地下室…………!」
「ルナさん!?」
「ちょっとどうしたのルナ!?」
俺は日記を放り出して周囲の物をどけながら地下室へと続く階段を探す。
「くそっ…………どこだよ」
「ルナ…………?」
「ルナさん!? お、落ち着いてください!」
シルヴィアに後ろから抱きしめられる。 咄嗟のことで驚いて呆然としてしまう。
「どうしたんですか!?」
「そうよ! 落ち着きなさい!」
「だって…………あいつの子孫が。 あいつの子供が…………」
「あ、あいつ? 誰のこと?」
「と、とりあえず地下室を探せばいいんですね?」
「あ、あぁ…………」
少し落ち着いた。 俺が頷くと2人は懸命に探し始めてくれる。
きっと違うと自分に言い聞かせる。 だってあいつは幸せを願ってエルフ族と…………自分の幸せよりあいつの幸せを願って…………。
「ルナ! ここよ! 階段を見つけたわ!」
「っ!」
「ルナさん!?」
俺は急いでフェシルの元へと駆け寄った。 階段を確認すると落ちるように降りていく。
狭い階段を降りると右手にドアが見える。 俺はそのドアを壊すような勢いで開けた。
そこは上の階よりも酷いことになっていた。 少女達が魔物と融合させられた状態で水の中へと入れられていた。
「…………」
既に生き絶えており、全員死んでいる。 そんな悲惨な光景が並ぶ中、一番奥に大きな入れ物があった。
「っ!」
そこに眠る女性はいつかに見たあの記憶の女性に良く似ている。 再会を喜ぶべきなのか、泣けばいいのか、もうよく分からない。
銀髪の長く伸びきった髪が水中を漂う。 目を閉じたその顔立ちは整っており、きっと目を開けばいい綺麗な青い瞳が映るのだろう。 身体もよく成長しており、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。 フェシルと重なるような綺麗な身体だ。 そして何より特徴的なのはエルフ族特有の尖った耳だろうか。
「…………」
ガラスに手で触れてみる。 酷く冷たく、そしてその女性も動きすらしない。
「…………クソッ」
「る、ルナ…………?」
「ルナさん…………?」
足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。 そんな俺に2人は駆け寄ってきて抱きしめてくれる。
「この方、知ってるんですか?」
「あぁ…………」
「そう…………ん? この人、まだ動いてない?」
「え?」
俺が視線を上げる。 しかし少し視界が滲んで見えづらくなっていた。
「す、すぐに出しましょう」
フェシルとシルヴィアがガラスを叩き割って女性を出してくれる。 俺は服が濡れるのも構わず抱き締めた。
胸に耳を当てる。 トクン、トクン、と確かにそこには生きている証が動いていた。
「動いてる…………心臓まだ動いてる…………」
「はい…………良かったですね」
「本当に普段は格好良いのにこういう時は泣き虫なんだから」
自然と目から涙が溢れてくる。 そんな俺は2人は抱きしめてくれる。 俺はその確かな暖かさを生きている証を感じながら頬を緩ませた。




