迷宮区『石の洞窟』 四
何処かで道を間違えたのだろうか。 いや、そんなことはない。 何故ならここはずっと一本道だったのだから。
「おかしいな…………」
「呑気に考えてる場合じゃないですよ!」
「な、何あれ!?」
フェシルが慌てて後ろを確かめる。 ガガガガガガ!!!! と洞窟の壁を削りながら転がってくる大きな岩。
「定番イベントだろ」
「何そのイベント!?」
「呑気にしてる場合でもないですよ!?」
この世界ではあまり定番ではないらしい。 やはり地球人か。 考えることは皆同じというやつか。
「つか、岩壊せば早いんじゃないか?」
「あ、そうでした」
「危機的状況で完全に失念していたわ」
冗談で言ったつもりだったのに2人は本気にしてしまった。 急ブレーキで立ち止まると両者それぞれ構えた。 こうなれば仕方ないと俺も諦めて立ち止まると刀を抜く。
「氷魔法でいいのか?」
「わたくしはそれでいいかと」
「そうね」
やることは決まった。 岩が眼前に迫った瞬間、それぞれで氷魔法を発動させる。 しかしその岩は砕けることはなく、少し速度を落とした。
「え!?」
「硬いわね!?」
「いや、充分」
俺は刀に黒い魔力を纏わせるとその岩を斬り刻んだ。 バラバラに分解された岩を確認して刀を鞘に納める。
速度が落ちたことで出来た芸当だ。 もちろん通常状態でも斬り裂くことは出来たのだが、多分バラバラに出来ずに破片が全部転がって来るだろうから出来なかった。
「ルナ格好良いわ」
「ルナさん格好良過ぎです」
2人が頬を染めてうっとりとこっちを見ていた。 えっと、無視してもいいんでしょうか?
そのまま4人で元の地点まで戻っているとガコンとシルヴィアが踏んだ地面が凹んだ。
「あれ? こんなのありましたか?」
「いやー…………うん、セブンスアビスって怖いな」
こうも定番の罠があるとは。 何が来るのかと周囲を警戒する。
「…………何も起こらないわよ?」
「まさかの起動ミス? なんだその拍子抜け」
まさかのミスだった。 いや、そういう罠なのか? 最初は油断させて次に踏んだ罠は起動するとか。
「まぁいいや。 行こうか」
「はい」
「えぇ」
俺たちは気にせずに先へ進むことにした。 続いて何かを踏んだのはフェシルだ。 先程同様ガコンという音と共に地面が凹む。
「…………何も起こらないわ」
「こういう系統の罠全部失敗してんのかよ…………」
なんだその残念感。 いや、実際命の危険なので見たいわけじゃないのだが。 なんかこう、もどかしいものがある。
何も言えない感を感じながらもどんどんと先へと進む。 ガコンガコンと地面が凹むものの何も起こらない。 嫌がらせに思えてきた。
「なんだか歩きにくいです」
「そうよね…………」
「本当にな」
実はこれが本命なんじゃないかというくらいに地面が凹む。 一歩進んで凹み、もう一歩進んで凹み、それを繰り返しているのだ。
俺達が少しイライラしながら進むとキキィー! というあの例の車型の動く鉱物がやって来た。 足場が悪いというのに最悪のタイミングだ。
「い、今ですか!?」
「あの車輪を撃てば止まるわよね?」
「そうだな」
フェシルが銃を構えた瞬間だった。 その鉱物が進む地面がガコンと凹み、その場で横転。 地面に頭をぶつけてそのまま大破した。
「「「…………」」」
なんだこれ。 何かの嫌がらせ? 俺達がなんとも複雑な表情で顔を見合わせる。
「行こうか…………」
「えぇ…………」
「はい…………」
何やら一気にやる気を削がれた気がする。 これが罠なら確かに強力だ。 色々な意味で。
やる気なく、そして相変わらずガコンガコンしながら進み、ようやく足場が整って来たところで大きく息を吐いた。
魔物がおらず、稀にあの動く生物まがいのものが襲って来る程度なので身体的疲労はない。 精神的には物凄く疲れたが。
「ん……?」
「どうしました?」
「いや、今風を感じて…………」
何やら奥から微妙に風が吹いているような。 それが頬を撫でたのだ。
「もうそろそろ出口か? いや、というかそもそもダンジョンの最奥ってどうなってんだ?」
「石の洞窟の本来のルートなら別の街の近くに出るはずよ」
「ということは外に出れる可能性は充分なわけか」
なんとも言えない空気になるので一刻も早く脱出したいところだ。 全員同じ気持ちなのか自然と少し早足となる。
少しして大きな広場へと出た。 向かい側には大きな門が見える。 というかこういう感じで漫画のような展開といえば…………。
「お前ら、ボスが来る」
「「へ?」」
何もいないのに何故そんなことを言えるのか。 だってそういうことだろ? もうセブンスアビスだろこれ? しかも地球から来た。
案の定、というかやはりというか。 急に目の前の天井が開き、大きな鉱物の塊が落ちて来る。
その姿はまるでケンタウロスのようだ。 4本の足に丸い球体がいくつも重なってしなるような尻尾。 上半身は先程から見て来たような人の姿をしており、手には大きな弓矢と背中には同サイズの矢が何本も籠のようなものに入れられている。 目は1つで真っ赤だ。 色も全体的に白くてなんとなく格好良さげなのは気のせいだろうか。
「全長どれくらいあるんだこいつ…………」
「えっと…………30mくらいでしょうか?」
「無駄に大きいわね」
無駄に大きいその鉱物。 流石に製作者の頭がおかしいと思ってしまった。
「あれ、なんて書いているんですか?」
「ん?」
よく見ると上半身の右の脇下辺りに文字が書いてある。 目を凝らしてよく見てみると『ロボタウロス』と思い切りカタカナで書いてあった。
「やっぱり地球人かよ。 しかも日本人だし。 というかロボタウロスってどんなセンスだ…………」
実は子供が作ったんじゃないか? それも俺のような高校生ではなく小学生とかその辺の。
「シンニュウシャ、ハイジョシマス」
ジャキンッ! と格好良い音と共に弓矢がこちらに向けられる。 そして更には何故か後ろの矢が浮いて自動的に矢が装填された。
「っ! 今のは…………」
ちらっと見えた。 しかし見えたのは魔力ではなく魔力が消費されたところがだ。 そういうことか。
「魔力がなくても動いてるってことじゃない。 外気の魔力を使って動いてんだな」
「え? そ、そんなこと可能なんですか?」
「普通は無理だ。 でも、セブンスアビスや神ならそういう能力が生まれても不思議じゃない」
「そういうことだったのね…………」
傍迷惑な…………。 しかも日本人っていうところが更に腹立つ。 アホだし。
「全員散開するぞ! 一箇所に固まってたら纏めてやられかねん」
「えぇ!」
「はい!」
2人が離れたのを確認する。 調査員は、あれ? 何処へ消えた?
俺が周りをキョロキョロしている間に矢が撃ち出された。 割と早いが雷を纏っていない。 速度は所詮はその程度という具合だ。
俺は刀を抜きながら走ってロボタウロスとの距離を詰めていく。 矢は俺が元いた場所に正確に突き刺さっていた。
「黒切」
黒い魔力を纏った刀で足の1本を斬り伏せた。 更に奥へ突っ込むと共にもう1本を斬り伏せる。
左側の足を無くしたロボタウロスは一気に倒れ込んでくる。 所詮はロボ。 生物の方が強い。
「ライトニングブラスト」
「アイスブレイク」
2人も同様。 フェシルの雷を纏った爆発のする銃弾が前足を吹き飛ばした。 いつの間にそんな技を? とかツッコミを入れればいいのだろうか。
更にはシルヴィアの氷魔法が後ろ足を砕き、ロボタウロスは支えを失って倒れてくる。 俺を下敷きにするように。
「えー…………」
弱いが故にこうなったわけだ。 もうちょっと耐えてくれよ…………。 長期戦になると思って思い切り下に潜り込んじまったじゃねぇか。
俺は足に雷を纏わせて一気にその場を駆け抜ける。 俺が脱出したのとギリギリでロボタウロスの上半身が落ちて来て地面に這いつくばる。
「え? お、終わり?」
「も、もうですか?」
うん、ボスらしくない。 というか神やら炎魔やらはあんなに手強かったのに。 炎魔はまだ余裕があったが…………。
「やはりなんか拍子抜け感が拭いきれんな…………」
本当にそれに限る。 ボスらしくない。 大きかっただけだ。 技術は凄いなと思ったのだが程度が知れた。
「はぁ…………さっさと奥行くか」
頭が痛くなって来てつい押さえてしまう。 そうしていると2人が駆け寄ってくる。
「あの、終わっちゃいましたね」
「なんだったのでしょうね…………」
「俺なんてわざわざ大量の魔力使ってまで足を斬り飛ばしたってのに」
全員感想は大体一緒だった。 一体どこにいたのか調査員も交えて向かい側の大きな門へと向かう。
「ギギ……ガガ……」
「あら? まだ生きてるのね」
「生きてるってか動いてるってか」
「ですけど足がないので立てないですよね?」
そう、動いたところで無意味だ。 そう思った瞬間顔だけくるりとこっちを向いた。
「…………風切」
俺はカマイタチでその首にトドメを刺した。 外気の魔力を吸うくせに魔法は吸えないという悲しい鉱物だ。 首がスパンと切れてついにはその目の輝きすらなくなった。
「と、とりあえず行きましょうか」
「そうですね…………」
「あぁ…………」
本当に最後までなんとも言えない。 俺達はロボタウロスを完全無視して大きな門をこじ開ける。
中は何かの一室だ。 研究員と言うべきなのか。 水槽の中に大量の鉱物が入っている。
「なんだこれ…………」
異常、というのがこの空間に似合う言葉だ。 鉱物だけじゃなく魔物までもな水の入ったケースに詰められているのだから。




